◆288 メルキィと薫
2018/1/31 6話目の投稿です。ご注意ください。
かつて、アズリーとポチ、そしてチャッピーが訪れたトウエッドの聖堂。
階段を登り、正面から入り、一つ目の障子、二つ目の襖を開けるのは、アズリーの姉弟子メルキィ。
まだ陽が高い位置にある昼時、メルキィは廊下側から差し込む光にうんうんと頷いている。
「随分と立派な建物だね~。それに歴史を感じるよぃ」
正面に座るは、あの時と変わらぬ姿の……称号消しの巫女。
「薫と申します。遠路はるばるトウエッドにようこそ」
「メルキィでっす!」
「えぇ、よく存じております。あのトゥース殿のお弟子さんだとか……」
ピクリと止まるメルキィ。
メルキィがここへ来たのは数日前。巫女との面談を申請こそしたものの、その素性を誤魔化しはしたが、明らかにしていない。
誤魔化しがバレるまでは計算出来るが、流石にそこまでは想定していなかったようだ。
「……おっかしぃね~。いや、それでこそ巫女と呼ばれるべきって事かねぃ?」
「ふふふ、数十年前から知っていましたよ。あなたがトゥース殿のお弟子になった事も、ここへ来る事も」
「っ! まったく、どこまで知っているんだか……」
メルキィは座りながら痒くもない頬を掻いて言った。
「貴方がここへ来た理由。それくらいはわかっているつもりです」
「それじゃあそれを当ててもらおうかなー?」
「ふふふ、ここは面談の場。それに、言葉でかわさなくてはわからない事もありますから」
薫が微笑みながら言うと、メルキィは毒気が抜かれたような顔をした。
(全てを知っている訳ではない? そもそも、最初の話自体カマを掛けられた? いやいや、あんなピンポイントで突っ込める訳ないじゃないかぃっ。これはただ単純に僕との会話を望んでいるって事なのかねぃ?)
メルキィの様子に、微笑み続ける薫。
「別に貴方と敵対する訳ではありません。今は話し合いを楽しみましょう」
「……面白い人だねぃ」
全てを見透かしたように言う薫。
「む~、いつもは僕がそっちの立場なんだけどねぃ」
「確かに、貴方の魔眼も、世界にとっては異例。それは誇ってよい事だと思います」
「あちゃ~、この事もバレてるのか。道理でさっきから薫さんの事が読めないと思ってたんだよぃ。まさか僕以外に魔眼持ちがいるとはね~……」
額をぺしんと叩くメルキィ。
「さ、手札を切ったところで腹を割ろうじゃないか?」
突如、変化した薫の言葉遣いに、メルキィは目を丸くする。
「最近外交ばかりでね、ちょっと肩が凝ってたんだよ」
「……ぷっ、あははは。面白い人だねぃ、僕の事はメルって呼んでよぃ!」
「では、メル……ここからは真面目な話だ。それだけ世界は困窮の道を歩んでいる」
「そうだね、僕もそれが理由でここへ来たと言っても過言じゃないんだから……」
メルキィの真剣な目に薫が頷く。
「まず僕がここへ来た理由だよぃ」
「予言の碑の事だね?」
「うん、あの予言の碑に書かれた彼の者……聖戦士ポーア。あんな伝説上の人間が、実際いるっていうのかぃ? それと、あの予言の碑を書いたのが誰なのかも気になるよ……」
薫は頷き、少しだけ間を取ってから話し始めた。
「まず、聖戦士ポーア。彼は私にとっても、素晴らしき友人さ。だが、彼が今どこにいるのかは、知らないんだ」
「友人? 実際に会った事があるっていうのかい? ポーアって言ったら五千年以上前の…………いやいや、待ってねぃ? ……薫ちゃ~ん、もしかして師匠と同じアレ……飲んだって事かぃ?」
「メル、今大事なのは本当にそこなのかい?」
「……違うねぃ。けれど、それならばポーアと面識があるのは納得さ。まさか悠久の雫をねぇ~。うんうん……なるほどなるほど」
情報を整理しながら自分を言い聞かせるメルキィ。
「それで、所在がわからないって事は存在はしているって事でいいんだよねぃ?」
「……おそらく、としか言えないかね」
「ふ~ん、まぁポーアの事はいいさ。問題は予言の碑を誰が書いたか……だねぃ」
「私の姉さ」
「姉? もしかして姉妹で悠久の雫を飲んだって事かぃ?」
メルキィは自身の記憶にある予言の碑の劣化具合から、それを察した。
その問いに薫は頷き、そして一度だけ咳払いをする。
「姉の眼も特殊でね、力を使い過ぎて今は寝込んじゃいるが、姉はまだまだ元気にしてるさ」
「……なるほどねぃ、予言というよりも予知の魔眼といった方が正しいか。しかし疑問が残るよぃ」
「何故戦魔国の中枢にそれを残せたのか、かい?」
「その通り。今も昔もあそこは腐っちゃいる。けれど腐っても国の中枢だよぃ。あれほどまでに繊細な情報をどうやってトウエッドの重鎮が残したのか、僕としてはそれが気になるねぃ」
そんなメルキィの疑問に、薫がくすりと笑う。
「予言自体は姉の仕事。戦魔国に忍び込むのは、古い友人に頼んだのさ」
「古い友人? …………んー、どれくらい古いのか気になるねぃ」
「それは秘密のままにさせてくれないかい。ちょっと訳ありでね」
「ふ~~ん、まぁそれなら仕方ないねぃ! あ、最後に一ついいかぃ?」
メルキィの最後の質問内容は薫にもわかっていた。
「……干支の事だね?」
「こちらにはない文化だ。詳しく聞いておきたいと思ってねぃ」
「ちょっとだけ長くなるけど聞くかい?」
メルキィはその言葉に頷く。
そして薫が干支の説明を始めた。
十二支と呼ばれる動物。干支文化の歴史を。
一通り説明が終わる頃、太陽は既に傾きかけていた。
「なるほどねぃ。十二の動物。干支か。読みが同じだから国を騙すにはちょうどいい組織って事か。今の十二士会は……」
「聖戦士ポーアを取り巻く環境の中で、干支に因んだ協力者がいると姉が言っていた。おそらくそれは――――」
「――――魔法士。干支ってのはその使い魔の事じゃないかぃ?」
「私も姉もそう思っている。それ以上の事は、わかってないね」
「そうか~、うーん、まぁ今日は大分前進したかなっ!」
メルキィは、ある程度の疑問の解決と、ある程度の疑問を残したままその場に立ち上がった。
それを追うように薫が顔をあげる。
「あら、もう帰るのかい?」
「こっちもちょっと急用が多くてねぃ。ここに来るのも遅れてしまったくらいだよぃ」
ピースサインを薫に送ってにこりと笑うメルキィ。
薫はそんなメルキィを静かに見つめた。
「メル」
「んー? なんだぃ?」
ウィザードハットを被り直し、薫に背を向けて返事をするメルキィ。
「灰色のグレイ」
「っ!?」
「貴方の兄弟子の《ガスパー》を追うのであれば、覚悟が必要だよ」
「…………っちゃ~、そこまでわかってるのかぃ。中々に厄介だねぇ~、薫ちゃんのお姉さんの魔眼」
「以前彼がここを訪れた事がある。おそらくトゥース殿の下を離れてすぐだろうねぇ。その異質な魔力故、姉は協力を拒んだ」
「……ガスパーならお姉さんの口を割らせる事も容易かったんじゃ?」
「言っただろう? 私たちには、古い友人がいるんだよ」
薫の言葉にメルキィが振り向く。
「そんな馬鹿なっ? ガスパーの魔力はあの当時で師匠に肉薄する程だったんだよぃ!? そんな実力者がトウエッドに!?」
「争った訳ではないよ。けど、そのガスパーを前にして退かせるだけの実力者さ。勿論、今のガスパーにはもう敵わないだろうけどね」
「……ふふ、ちょっと会いたくなったねぃ。その古い友人って人と」
「ふふふふ、さぁ? 今はどこで何をしているのかね。ただ、これだけは言っておくよ、メル? この世界での貴方の役割は非常に大きい。ガスパーを取り戻したいのであれば、その身体、無理に扱うんじゃないよ」
強い意思の籠った薫の言葉。
メルキィはウィザードハットを深く被るだけで、その返事をする事はなかった。
やがて歩き出し、薫の視線を背で感じなくなった後、メルキィはふと聖堂を振り返る。
――――彼は私にとっても、素晴らしき友人さ。
「…………私にとって……も?」




