◆287 馬鹿マスターと犬ッコロ
2018/1/31 5話目の投稿です。ご注意ください。
白面広がるアズリーの夢世界。
その真ん中に腰を下ろす神に向かって肉薄するアズリー。
『一体何でそんな事になっちまったんだよ!』
『戦魔国、黒のイシュタルが思ったより早く動いたのじゃ』
『イシュタルって、あの黒の派閥のトップだろっ? あいつが一体何をっ?』
神は少しの間の後、口を開く。
『国中の冒険者チームに対し苛烈な依頼、耐えうるチームは少なく、主だったチームはほぼ解散』
『何だってっ? それじゃあ銀はどうなってる!』
『……上手く立ち回っていた銀も、遂にイシュタルに追い詰められ、トウエッドへ避難した』
『……なるほど、それなら国からの圧力は回避出来る。冒険者ならではの動きだな。っ! リナやティファはどうしてるんだ!?』
『ガストンの下でイシュタルの過酷な任を押し付けられているが、強く生きている。がしかし、それも危険かもしれぬ』
『……くっ!』
アズリーは掴んでいた神の肩を放し、顔を歪めた。
『何故だ。悪魔たちは魔王を倒すための手駒が欲しかったんじゃないのかっ?』
『ガストンは派閥の契約が及ぶ前に魔法大学を卒業している。あのカリスマ性とその実力はイシュタルにとって邪魔なだけなのじゃ』
『そうか……冒険者も契約を結んでいないから邪魔なだけ。たとえ魔王討伐に動いたとしても、いざって時に粒だって動かれるのは作戦の支障になりかねない。っ! まさか!?』
『そう、おそらくイシュタルは個々に冒険者を取り入れようとしているのじゃ。白黒の連鎖に……!』
神が言い放った衝撃の話に、アズリーは言葉を詰まらせる。
『何も知らぬ冒険者の大半は戦士。元来戦士は魔力抵抗の低い者たちばかりじゃ。白黒の連鎖の契約の前に抵抗は出来ないじゃろう。奴らは冒険者を都合のいい兵隊のように使おうとしている。今この時代で出来る事は、事前に策を講じて現代へ戻る事。現代に戻ってからのアズリーの行動が全てに繋がっていると言っていいじゃろう』
『くそっ!』
俯きながら焦りを露わにしたアズリー。
その辛そうな瞳を避けるように、神が背を向けて話す。
『ワシも出来るだけの事はやってきた。しかし、ここまで来てしまった以上、もはや希望はお主しかおらぬ。復活する魔王、そして戦魔国に巣食う悪魔たち……。お主しかおらぬのじゃ……!』
絞り出すかのような声で神がそう言うと、アズリーが再び顔を上げる。
『これ以上、一体何をすれば…………』
正に神に縋るようなアズリーの表情。
普段表に出さない彼の表情は、神すらも己が唇を噛ませた。
『辛い思いをさせる。これより先はワシすら何も見えぬ……。ワシとて協力出来る事があるのであれば、お主に力を……。だが、この時代、現代ではそれが叶わぬ……!』
『…………っ』
『ワシに言える事はもはやただ一つ。お主が「研鑽」を続けている今、それをしろとは言えぬ。ただ一つ……お主の足跡が世界を変えると…………信じている』
『足跡……』
アズリーがそう呟いた後、神が白面の夢世界、その天を仰ぐ。
『どうやら時間がきたようじゃ。この時代で以降お主に会う事は叶わぬ。恥を承知で頼む、アズリー。……世界を、救ってくれ』
『おい待て! まだ聞きたい事が――――』
「――――おいっ!!」
レジアータの宿で目を覚ますアズリー。
その目の端に映るのは、アズリーの大声によってビクついたポチ。
瞬時にベッドから跳び下り、肉球で目を覆っている。
「べ、別にマスターの寝顔とか覗いてないですからー! ほっぺとか美味しくないですからー! 財布からもう百ゴルドとってないですからー! 本当はとりましたごめんなさいぃいいいいっ!」
一息で全てを言い放ったポチだったが、アズリーからは何の反応もなかった。
それを怪訝に思ったポチは、肉球を目の前から外し、そこから主を覗き込んだのだ。
直後、ポチの目は大きく見開かれ、その色は焦りと不安、そして心配へと変わった。
「ちょ、ちょっとマスター!? どうしたんですか!? 顔が! 顔が真っ青ですよ!? お粥ですか!? これはお粥ですね!? 顔からお粥浴びればすぐに赤くなれますよ! あ、私お粥作れないんです! マスター! お粥作ってマスターにあげてくださいっ! とりあえずその汗! 何とかしましょう! 舐めますか!? 私舐めましょうか!? 出来ればお粥を浴びてからの方が美味しいと思うんですがどうでしょう!? あ、お粥がありません! でもでも私お粥作れないんですっ! どどどどどどどうしましょうマスター!? 私、お粥作れないんですぅううううううっ!!」
いつの間にかアズリーの懐まで飛び込んだポチの目は、うるうると震えていた。
アズリーは俯いたままである。しかし、ポチはアズリーの顔を鼻先でグリグリ覗き込み、心配そうな眼差しを送った。
「マ、マスター……?」
無理矢理合わされた視線。
しかし、アズリーにとってはそれが救いだったのかもしれない。
「ひゃっ!?」
きつく抱きつかれるポチ。
「ママママママスター!? ど、どうしちゃったんですか!?」
太く、力強い主の腕。ポチにとってはそれが当たり前。日常だった。
しかし、今日の主は違った。
かつて見せた事のないようなアズリーの不安を、その身体で体感したのだ。
「っ…………ぅう……っ!」
震えるアズリーの身体。
伝わるポチの温かさ。
「……怖い夢でも見たんですか」
ポチはアズリーの耳元で呟いた。普段より落ち着いた声で。
「ポチ……ポチ…………!」
「はい、何でしょうっ」
今度は少しだけ明るく。
「あぁポチだ……。ポチだ……!」
「そうですよー。マスターが名付けてくれました。『犬の名前ならポチだろう!』ってマスターがそう言って名付けてくれましたっ」
「あぁ……あぁ……!」
「でもでも、そこに私の性別を無視してましたね。一般的に雄の名前だって調べて分かった時、私が怒ったの、覚えてます?」
「あぁ……でもあの時、改名は断られたんだっけ……」
「そうです、私の名前はポチなんです。マスターから最初に貰ったモノなんです。捨てられる訳ないじゃないですかっ」
脂汗が滲むアズリーの表情。
しかし、そこには温かく、しかしとげとげしい使い魔の身体。
「ちくちくするなぁ……」
「ずっと忙しかったから傷んでるんですー!」
「そうか……あの時そんな理由で怒ってたのか」
「あ、あ、でもこれ、マスターには内緒ですよっ」
不可解な事を言うポチに、アズリーが一瞬止まる。
「……俺、ここにいるんだけど……」
「今ここにいるのは、マスターであってマスターではありません。大丈夫、その内いつものマスターが戻って来ます。だから、そのマスターには内緒ですっ」
アズリーの耳元でそう呟き、言い切ったポチ。
するとアズリーは一回鼻をずるっとすすり、
「訳わかんねぇよ…………」
ポチの首元でそう呟いた。
「いいんですー。私の中のマスターは沢山いるんですー」
呑気そうに言うポチ。しかし、アズリーはそれに納得したかのように黙った。
そしてしばらくの時が経った。
いつしかアズリーの顔から汗は引き、少しだけ涙で濡らした頬から渇きを訴えられる。
すると、ポチの頭ではアズリーの手が優しく動かされる。
その少しの変化をポチが読み取ったかのように、小さく、そして優しい声で話しかける。
「……おかえりなさい、馬鹿マスター」
「うるせぇ、犬ッコロ……」
悠久の時、幾度も繰り返された二人の呼び名。
「…………ただいま」
「ふふふふ、私、お腹が空いちゃいました」
それは、これからも、いつまでも続く二人の呼び名。




