◆029 焼き鳥
三人称視点での物語となります。
今後は三人称視点の話に関してはタイトルナンバーの前に【◆】を入れます。
―― 五月五日 正午 ――
ベイラネーア北区にある冒険者ギルドではブレイザー、ブルーツ、ベティーは、先程ダンカンが貼り付けた掲示物を見ていた。
それは、昨晩アイリーン達が話していた討伐隊の募集の事が書かれていた。
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求む、六法士直轄オーガ討伐隊参加者
目標:オーガ、オーガファイター、インペリアルオーガ、オーガクイーン、オーガキング
指揮官:ガストン
副官:アイリーン
専属治癒魔法士:ビリー
作戦参謀:アズリー
参加資格:ランクC以上の冒険者、戦士・魔法大学三年生以上
参加方法:ベイラネーア魔法大学中央校舎一階受付にて申請可能(五月九日締切)
出発予定:五月十日午前十時
参加報酬:十二士会より三千ゴルド
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三人の視線は全て同じ高さで止まっていた。
彼等は、遠くに感じる六法士や回復魔法の権威よりも身近に感じ、つい先日まで共に行動していた仲間と同じ名前を真っ先に見つけていたのだ。
ダンカンもその後ろで改めて募集の張り紙を見ている。
「……これ、あのアズリーだよな?」
「……だろうな」
「アズリーに間違いないわよ。冒険者ギルドでアズリーという名前を登録しているのは彼だけだもの」
ダンカンが言う。
ベティーが頭を掻きながら困惑した表情を見せる。他の二人も似たような様子だ。
「オーガが徒党を組む事よりも、アズリーがこの国で知らない者はいないとされる三人と一緒に名前を連ねてる事にビックリだよ私は……」
「アイリーンちゃんと仲が良いのは知ってたけど、流石にビックリよね~」
「どうするブレイザー?」
「あのお堅い十二士会が一人三千ゴルドの報酬か……大物相手に少ない報酬だとは思うが、六法士とお近づきになれる上にあのガストンが指揮官だ。うまくアピール出来れば王都への紹介も考えられる。参加者は多かろう。俺達にそこまでメリットはないが……やはりこの“作戦参謀”は気になるな」
「あぁ気になるな」……そう言ったブルーツを見て頷いたベティー。三人はニヤリと笑いながら参加意思を決めた。
がははと笑ってブルーツがエールを注文すると、はいはいとダンカンが注ぐ。
三人が座る卓にそれが届けられると、アズリーのちょっとした出世を祝う乾杯の音が、ギルド内に響いた。
同時刻、ベイラネーア魔法大学一年生の教室は、ちょっとした騒ぎとなっていた。
未だ冷めぬアズリーへの嫌がらせ行為を吹き飛ばすかのように、アズリーの前に人だかりが出来ていた。そこにはオルネル、ミドルス、イデアが正面を占領し、両側にはリナの友人のクラリスとアンリが詰め寄っている。その周囲を固めるクラスメイト達。リナは後方で背伸びをしたりジャンプをしたりしてアズリーの席を見ようとしている。
「アイタッ、誰ですか私の尻尾を踏んだのはっ?」
「あ、ごめんポチ君」
「なんだクラリスさんですか。いいですけど気を付けてくださいよー?」
ポチが自らの尻尾を抱えながら息を吹きかけている。
「おいアズリー、一体どういう事か説明しやがれ!」
アズリーに怒号を浴びせるミドルス。
「アイリーン先生やビリー先生はともかく、何故君がガストン様とっ!」
机を叩きながらオルネルが問い詰める。
「すかした面してんじゃないよ、さっさと説明なさいよ!」
イデアが黄色い声で彼の鼓膜を揺らす。
しかし、アズリーは微動だにせず静かに目を閉じている。まるで瞑想するかのように……。
数千年生きて来た彼にとっては、この程度の事は動じる事もないのだろうか。
(おのれ、あのジジババ共め…………同行はすると言ったが、ここまで俺の名前をアピールせんでもいいだろうにっ。いつか復讐してやるいつか復讐してやるいつか復讐してやるぅ……しかしこの状況をどうすべきか。昼休みに告知されたが、まだ休み時間も始まったばかり……授業までこの状況はさすがにキツいしな)
そんなアズリーの胸中を察してか、教卓の前に現れたのはアイリーンだった。
「アイリーン先生!」……いち早くその存在に気付いたリナが叫んだ。瞬間、アズリーに向けられていた視線が、叫び声の主、リナが見つめるその先を見た。
クラス中が先程のリナと同じ声をあげ、その身をかしこまらせた。
「着席なさい」
その言葉一つで、全ての者が我先にと自分の席へ向かった。そして、アイリーンの指示通りしっかりと着席した。背もたれに寄り掛かる者は誰一人とていない……ほっと胸をなで下ろしたアズリーを除いて。
しんと静まる教室の中で、アイリーンの足音とポチの欠伸だけが聞こえる。
教壇の前に移動したアイリーンは、騒ぎの原因であるアズリーを一度見た後、全体に目をやった。
「ほんと小さな奴等ね、あんな紙一枚に名前が載ったくらいでこんな騒ぎにして」
そう言うとアイリーンはオルネルの方を見た。
「お前、あの紙に書かれた意味が理解出来ないという質問をアズリーにしてたわね?」
いつかの繰り返しのように、アイリーンはオルネルの名前をあえて言わなかった。
一瞬顔をしかめたオルネルだったが、心臓を貫かれるような視線により再びその顔に緊張が走る。
「あの紙に書いてあった指揮官の名前は何だったしら? 答えなさい」
「ガ、ガストン様です!」
「そう、討伐隊とはいえ指揮官は指揮官……彼に決定権があるわ。要職を任命するのも彼。作戦参謀のアズリーを任命したのも彼だって事、わかるかしら? その指揮官が任じた事に異を唱えるような真似は今後慎みなさい。その発言でお前の今後を左右する事だってあるのよ」
お前、と言ったが、これはクラス全員にかけられていた。
魔法大学の就職先はほぼほぼ国の関連機関である。上の判断を軽んじて反論すれば痛い目をあうのは自分なのだ。
「この募集を表面上だけで捉えているからお前達はまだまだガキなのよ。知っての通り、この学校は実力主義。実力が足りてれば自ずと声が掛かるものと思いなさい。今一度、お前達とアズリーの立ち位置の違いを認識なさい」
教室中が響く大きな返事。
鬼の教官を思わせるアイリーンは、最後にアズリーを自室へ呼びその場を後にした。
嵐の如く昼休み。
(ほぼ十代で構成されるこのクラスの子には酷な言い方だな。しかし流石、説教慣れしていらっしゃる)
アズリーはちょっとしたお説教劇に感心し、未だ欠伸が止まない使い魔を連れて鬼教官の下へ向かった。
が、
「もう、何で言い返さないのよっ!」
(えぇー、さっきと全然違うー!?)
「ちゃんと説明すればいいじゃないの!」
激変した鬼教官は、もはや肉体相応の少女のような黄色い声を出しアズリーに肉薄した。
「いやー、打開策を考えてたところでしたよ?」
「予め考えときなさいよ!」
「なっ、俺の名前が載るなんて聞いてないですよ!」
「私の名前が載ってませんでしたよ!」
「ほら、ポチだってマスターの名前が載って良かったって言ってるじゃない!」
「あなた耳ほんとに付いてますかっ!?」
「私にはしっかりプリチーな耳が付いてますよ!」
「何でポチが答えるのよっ!」
「戦闘の場に使い魔が出るのは常識でしょう!」
多勢に無勢か、アイリーンがぐっとたじろぐ。すると意を決した様子で小さな指で魔法陣を描き始めた。
(ん、この魔法陣は……見たことがないな? 俺のストアルームに似てるけど……)
「ハウス……っ!」
アイリーンがそう唱えると、手の平に収まる程の魔法陣から光が飛び出し、その中から小さな影が現れた。
素早く移動しながらアイリーンの頭頂部に止まったそれは、アイリーンの小さな顔と比べても非常に小さかった。
「ス……スズメ?」
「おう、てめぇ何ガンくれてんじゃい! スズメが使い魔でなぁにが悪い!」
野太い声でアズリーを威圧したのは、灰色のスズメだった。
「黙りなさいホーク」
「へい、姉さん!」
アイリーンの頭上で頭を下げたホークと呼ばれた使い魔は、その視線をアズリーから外しはしなかった。
礼に伏しながらもアズリーを睨み、鋭い眼光で彼を威圧し続ける。
「姉さん、この喧嘩、微力ながら助太刀させて頂きやすぜ」
「ふん、どう? これで二対二よ?」
「へー、使い魔を魔法陣から呼んだのか……」
(これはもしかすると魔術公式に似通ってる部分があるのかもしれないな。そうか、だから他の魔法士達が使い魔と一緒にいないケースが目立つのか。そういえば以前トレースさんに物好きと言われた事があったかもしれない)
「マスターマスター」
「ん、どうした?」
「今夜は焼き鳥にしましょうよ!」
ポチが本能的な欲求を口にした時、ホークの眉間に青筋がピクリと現れた。
キョトンとするポチと依然鋭い目つきのホーク。ただの見栄で使い魔を出したアイリーンとそれに関心を見せるアズリー。
今日も魔法大学は平和である。




