◆284 個体情報
2018/1/31 2話目の投稿です。ご注意ください。
―― 戦魔暦九十六年 六月二日 午前 ――
王都レガリアの王都守護魔法兵団本部では、リナ、オルネル、フユ、ジャンヌ含む精鋭たちが馬に跨り、緊張の面持ちで整列している。
「ガストン様、皆、準備が出来ております」
団長のヴィオラが一礼してガストンに伝える。
ガストンは肩にコノハを乗せ、本部正面の大扉を見据える。
齢八十を超えるその眼光は、少しの衰えも見せていない。
「ランクSSモンスター……カオスリザードか」
「何だご主人? どこか思うところがあるのか?」
口から溢れたしゃがれ声。
コノハが首を傾げながら聞くと、ガストンは口を少し結んでから答えた。
「確か小僧と小娘が倒した事があると言っていたな」
「トゥースと同じく悠久を生きるあの坊やか。もう二年も会っていないな。トゥース程ではないが濃い魔力を持つ人間だった。そういえばご主人がやたら気にかけていたな?」
「小僧の功績は多岐に渡っている。気にしない方が難しいだろう。まあイシュタル殿に目を付けられる前でよかったが……ビリーにはその特性がバレてしまっている。今、小僧が戻って来ないのは正解とも言えるだろう」
ガストンの推論にコノハが頷く。
「では我々がこんなところで躓いている訳にもいかないな。さぁ、行こうご主人っ」
肩から大扉を指差すコノハ。
それに応えるようにガストンの口尻が上がる。
「出発だ」
ガストンの重い言葉を聞き、団長であり第一小隊隊長のヴィオラが声を上げた。
「出発っ!!」
「「応っ!!!!」」
トゥース式の指導によって鍛え上げられた王都守護魔法兵団。その精鋭部隊五十名。
第一小隊隊長ヴィオラ。第二小隊隊長ジャンヌ。第三小隊隊長オルネル。第四小隊隊長リナ。
先頭のガストンが跨る馬の歩が進む。少し遅れてその隣をフユが進む。スターホースのプラチナに跨りながら。
皆が大扉をくぐり、向かう先はカオスリザードの生息地。
王都守護魔法兵団、その精鋭たちの出発に国民が湧く。
温かく、力強い声援にリナは少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。リナの隣を進むオルネルがそれに気付き、くすりと笑う。直後、リナの背をバシンと叩き、オルネルが活を入れる。
「ひぁ!?」
背筋をピンと伸ばし驚いたリナ。オルネルは親指を立てて笑い、後方にいる隊員たちも愉快に笑った。
むっとして振り返るリナの視線をかわすように、皆は顔をそらす。
リナが振り返った先に見えるレガリア城。見上げる先に映る黒い雲。不気味な感覚に囚われたリナの表情が一瞬固まる。
笑っていたオルネルもリナの変化に気付き、その視線の先を追う。
「気にし過ぎじゃないか、リナ?」
「……うん」
不穏な空気を背後から感じとったのか、ガストンがちらりと後ろを振り返る。
間近にいたフユが小首を傾げるも、その意図には気付いていない。
「ご主人、顔が怖いぞ。元からな」
「険しいと濁せ」
「あぁ、濁り切った怖さだ」
「ふん、口が減らない――――……な。……?」
一瞬止まったガストンの言葉。
「どうした、ご主人?」
「いや、どこかで聞いた事があるような……?」
「何をだね?」
「…………あ、いや。何でもない。ほれ、そのままだと落ちるぞ」
「うーん、何ともご主人らしくない」
王都守護魔法兵団本部の一番近くにあるレガリアの西門をくぐった一行は、そのまま更に西を目指すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ガストンたちが西門から見えなくなってすぐ、レガリア城内地下。その影を蠢く黒い存在。
そして、燭台の火が照らされる場に立つ一人の男。
「そろそろだ」
影から聞こえるこもった声。
その言葉とともに男が小さな丸眼鏡を指で上げる。
「相変わらず聞き取りづらい声だな、クリート」
影が人間に近い輪郭を持ち、頭部より覗かせる二つの黄金の瞳が鋭い目つきとなってビリーの背中を睨む。
「いくら貴様がイシュタル様に信を置かれようとも、私を嬲る事は許さぬ……!」
「ふふふふ、まぁ落ち着け。コイツを見てみろ……」
ビリーが視線を足下に向ける。
するとクリートの瞳が驚きに包まれた。
「っ!? それは……!」
ビリーの足下で沈黙を貫く生物。
しかし、身体は脈打ち、視線すら定まらぬ異形の生物。
「中々の魔力だろう? この個体だけでランクSのモンスターに引けはとらない。私のキメラ部隊の先陣を切るのに相応しい存在だと思わないか?」
「……まさか本当に完成するとはな」
すると、ビリーが人差し指を立てて説明を始めた。
「着眼点を少し変えたのだよ。今まで私は、生物を進化させるという膨大な時間を要する実験を繰り返してきた。だが、それではキメラの完成を見る事は大分先になってしまう。そこで考えたのだ。既に膨大な時間によって成熟した個体情報を使えば、一から……いや、無から強力な生物を作れると」
「それがコイツだというのか?」
クリートが生物を見て呟く。そして何かに気付く。
瞳が光り、その光は自分の左腕に向けられる。
「何だ? せっかく新たな左腕を付けてやったというのに合わないのか?」
ビリーがその様子を訝しみそう言った。
「似ている…………その生物。我が左腕を噛み千切った…………あの犬に! っ! 貴様、先に言った個体情報……一体何から得たものだ!?」
「とある大学の救護室。そこへ頻繁にやって来た可愛げなシベリアンヌ・ハスキー」
「っ!?」
身に覚えのある、記憶に残る戦闘。クリートはフォールタウンで戦った相手。特に記憶に残った二人の存在が頭を過る。
「ふふふふ、貴様もようやく追いついたか。そう、彼らは悠久を生きる者。その身を傷付け帰った時、損傷した腕から成長した個体の唾液を採取しておいた。これら二つの個体情報を合わせる事で、様々な角度からの実験が可能となった……。まあ、それでも二年以上の時を使ってしまったがな」
不敵な笑みを浮かべるビリー。
(……そういう事か。あの者、確かに魔に精通していた。あやつの使い魔もどこか他の使い魔と印象が違ったが……なるほどな。しかし……――――この個体のどこにシベリアンヌ・ハスキーの面影がある? 肉は剥き出し、人を喰らい尽くすような裂けた口、竜の如き鋭利な牙……動物というのにはあまりにも異形。そう、我のように……!)
静かに笑うビリーを前に、クリートは自らのただれた手を見つめ、そして握りしめた。
「……イシュタル様には伝えてあるのか?」
「無論、あの者は後の脅威となり得る。ランクSの昇格審査の時よりその動向は知れぬが、居場所がわかり次第イシュタル様が手を打つだろう」
それを聞いたクリートに疑問が生まれる。
「ならば銀を潰すのは早計だったのではないか? 確かあの者は銀の連中と共に行動をしていた。戻る場所をベイラネーアと定めてしまった方が得策だったでは……っ! いや……」
クリートの気付きにビリーが頷く。
「そう、あの者も他の者同様に、協力者を側に置いて欲しくないのだろう。目立つ実力者は静かに各個撃破……ふふふふ、味方ながら恐ろしい御方だ……」
そう言って肩を震わせるビリー。
するとクリートが懐から懐中時計を取り出し、ビリーに見せる。
「……時間だ」
「そうか。では行こう。鼠狩りへ……!」
ビリーがそう言った直後、クリートが空間転移魔法を設置する。
空間転移魔法陣は発光してビリーを迎え、ある場所へ導くために起動した。
「カオスリザードの生息地からは少しばかり離れている。しっかり仕留めろ。イシュタル様の怒りを買いたくなければな……」
「ふん、出来の悪い貴様と一緒にするな……」
クリートの言葉を受け、ビリーは自信に満ちた表情のまま消えていく。
しんと静まり返ったレガリア城の地下、残されたクリートが小さく呟く。
「ちっ! 我は、我は出来損ないではない……!」
その言葉は少しだけ地下に響き、そしてすぐ消えていく。
クリートの身体と共に。




