◆281 久しぶりのお使い
2017/12/31 本日一話目の投稿です。
―― 戦魔暦九十六年 六月一日 ――
ここは戦魔国某所にある解放軍のアジト。
「アイリーン様、いかがされました?」
執務室の机の上で頭を抱えるアイリーンの耳に、心配そうな声が届く。
難しそうな顔をしながらアイリーンがその声の方を向く。
「トレース……」
アイリーンの側近として解放軍入りしたトレースが、そこに立っていた。
「お仕事が難航しているのかと思いきや、そうではないみたいですね」
机の上に処理された書類の山を見てトレースが言った。
「一体どうされたのです?」
「…………あの爺。明日、リナやオルネルを連れてSSランクのモンスター討伐に行くそうよ」
「それは危険な任務ですね。しかし、ガストン様ならばそう心配される必要はないのではありませんか?」
「ただのモンスター討伐なら私も心配しないわよ……」
意味深なアイリーンの言葉に、トレースは眼鏡を指で上げた。
「……では、イシュタル様も関わっている。という事ですね?」
その問いを肯定するかのようにアイリーンが言葉を続ける。
「どうもきな臭いのよ。イシュタルはこれまでガストンに対して嫌って程危険な任務を与えてきた。けど、今回は引率という立場。そして相手がSSランクならば、精鋭部隊を連れて行かざるを得ないわ」
アイリーンの説明を黙って聞いていたトレースが、その意味を理解したかのように顔に緊張を走らせた。
「……そういう事でしたか。つまり、問題なのは、それをイシュタル様が承認なさったという事ですね?」
「その通り。精鋭部隊が丸々狙われているって事なのよ。それも、十分勝算のあるモンスター討伐よ?」
「ガストン様の留守を見計らって、何かをするつもり……? いえ――」
「――王都から離れた土地で、ガストンたちを暗殺する事も可能って事よ」
このアイリーンの結論は、トレースの背中に冷たい汗を流させた。
そして二人は俯く。その打開策を講じるために。
「ここは王都から遠すぎます。援軍を引き連れての行軍は最低でも一週間はかかります」
「そうね、目ぼしい空間転移魔法陣を使ったとしてもあまり変わらないわ」
「では王都守護魔法兵団の出発後、ガストン様に空間転移魔法陣をどこかで起動して頂き、そこへ行くというのはいかがでしょう?」
「案の定断られたわよ、あんの爺……。『こっちはこっちでやるからそっちはそっちで適当にやれ』とかふざけてるんじゃないでしょうねっ?」
怒気を露わにしたアイリーンだったが、トレースも含め、その意図に気付いていない訳がなかった。
「こちらの立場を考慮したガストン様らしい断り文句ですね」
「だからこっちも適当にやるって言ってるのよっ!」
ばしんと机を叩き、書類の束を散らばらせるアイリーン。
トレースは床に落ちたそれらを丁寧に拾いながら黙っていた。
(その言葉の真意を理解していても、外側の意味で動こうとする方も珍しいですね。本当に、アイリーン様は可愛らしい方ですね)
書類を拾い集め、机に戻したトレースは、再び別の策を提示する。
「近隣に援護が可能なお知り合いの方はいらっしゃいませんか?」
「駄目よ。銀も白銀もイシュタルに動きを封じられているみたい。どうやらその情報すら知らされていなかったみたい」
「トゥース様はいかがでしょう?」
「…………っ」
トレースの言葉……というよりは、「トゥース」という言葉に対して歯を見せながら怒りを見せたアイリーンに、トレースは何も言えなかった。
(連絡すらとれなかったと見て間違いなさそうですね……)
大きく溜め息を吐いたアイリーンに合わせるように、しかしアイリーンに悟られぬように小さな溜め息を吐いたトレース。
「……かしこまりました。では、そちらは私の方で手を打ってみます」
「何とかなるのっ?」
途端に顔を豹変させたアイリーンが机から身を乗り出し、輝かんばかりの笑みでずいと顔を覗かせる。
近くまで来たアイリーンの顔にほんのりと顔を赤らめるトレースは、その熱を振り払うかのように再び眼鏡を上げる。
「お、お任せください。岡目八目……私ならではの方法を試してみましょう」
そう言い切ったトレースは、どこか嬉しそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
極東の荒野。
吹き荒れる砂嵐に微動だにしない大男が一人立っている。
その大男が描く宙図。指先に魔力こそ集まれど、その速度は常人の目に留まる事はない。
「ほい、ハウス」
魔法陣の中から光を帯びて現れるは巨大な猪。
数々の冒険者から恐れられる無敵のご機嫌殺し。
キング・ハッピーキラー。
「久しい。顔を見るのは数年ぶりか、トゥース」
「お前の汚い面ぁ見たくはなかったんだがな、用が出来た」
「契約で縛られた身だ。逆らう事はない。さて、どんな厄介事か?」
自分を呼び出す時は、トゥースの止むに止まれずという非常事態。ブルはそう理解していた。
そしてその問いを聞いて、上を指差したトゥース。
黒い瞳に映るのは深紫の人間程の鳥。
「久しいな、友よ」
荒野の岩先から見下ろす紫死鳥が語る、旧友への挨拶。
「何だ……お前か」
見上げながらの挨拶。
そしてブルが再び主を見る。
「あやつと共に何をしろと?」
「準備だけはしておかねぇと、あの野郎にどんな愚痴言われるかわからねぇからな」
「あの野郎…………もしや以前にトゥースが引き合わせた弟子の事か?」
ブルの指摘に、トゥースが凄く、それは物凄く嫌そうな顔を浮かべる。
「アズリー以外にもそんなヤツがいたら、俺様は世界の反対まで逃げてるだろうな」
「……まったく、一度煮え湯を飲まされた相手には本当に態度が悪い。記憶にないのはその性格故か……はてさて」
「あぁ? 何か言ったか?」
「何も。しかし、紫死鳥と共に動くのであればここからかなり離れるという事。使い魔契約があるならば、このお使い、そう遠くへは行けないぞ」
ブルの質問を受け、トゥースは面倒臭そうにまた紫死鳥を見る。
どうやら紫死鳥に説明させようとしているようだ。
「心配するな。そう遠い場所ではない」
簡潔な紫死鳥の説明だったが、ブルは更なる疑問をトゥースに向ける。
「ほぉ? しかし、何故私を? この時代で紫死鳥をもってして解決出来ないと?」
「前時代からの生き残りだから困ってるんだよ。お前と紫死鳥…………まぁ足りるだろ」
「前時代……っ! なるほど、残りの三天に会いに行け……という事か。それは骨だな」
目を瞑ってそう理解したブル。
トゥースは頭を掻きむしり、ボンバーヘッドから大量のフケを舞わせた。
「いいか? 魔王の復活を匂わせるだけでいい。それ以上深く突っ込むなよ。特に灰虎のやつは何か知らねぇが、ずーっと気が立ってやがる。延々と『失恋』がどうとか呟いてたからな。ったく、マジ訳わかんねーぜ」
ブルはフケから回避するように一歩引いた後、小さく頷いた。
「その命、確かに承った」
ブルが紫死鳥を見上げ、紫死鳥はブルの背に飛び乗った。
「爪を立てるなよ」
「貴様こそちゃんとした道を走れよ」
「相変わらず」
「面倒なヤツだ」
トゥースが寝息を立て始めると共に、二人は北へ身体を向けた。
「まずは誰からだ?」
ブルが走りながら紫死鳥に聞く。
「殻にこもった糞爺だ」
「あのドン亀爺か。生きてるのか?」
「死んでたら花を添えた後にブレスでもして花と甲羅ごと燃やし尽くしてやればいい」
「なるほど、それは名案だな。是非付き合いたいものだ」
「しかし――」
「――そうだな」
紫死鳥とブルの声が揃う。
「「生きているから糞爺なんだよな」」
こうして、紫死鳥とトゥースの使い魔ブルの、天獣巡りの旅が始まった。
本日三話更新予定です。




