280 初心忘れるべからず
「えーっとアイリーンさん?」
「何よ?」
「ゾンビ討伐って話なんですが、何匹の依頼内容なんです?」
「えーっと……三匹ね」
完全にビギナー冒険者の依頼だな。
十匹を超えればランクEの依頼にもなるが、金銭効率が悪いには変わりない。
だが、こういう時こそ初心を忘れてはいけないんだ。
たとえランクFの討伐依頼でも、この世の中のためと考えれば、苦にはならないはずだ。
ここでアイリーンと出会ったのも、何かしらの運命なのかもしれない。
「それで、ゾンビはどこにいるんです?」
「ふふん、北よ!」
おかしい。
連れて来られたのは南門出口だ。
「正反対ですー!?」
ポチが困りながら叫んだ。
まったくこのお嬢様は、世間知らずもいいところだな。
フェリスに少しだけ似てる? いや、アレはアレで大変だったからまだマシな方か。
「ポチ、巨大化だ」
「仕方ないです、ねっ!」
ぼふんと大きくなったポチを見て、アイリーンの目が輝く。
「ちょっとちょっと今の何!? どうやったの!? 教えて教えて!?」
「い、痛いですー!? お髭引っ張らないでくださいー!」
「アイリーンさん、巨大化は使い魔だけに許された特権です。それも体内の魔力コントロールが上手な個体に限られるんです」
俺がそう言うと、アイリーンの手がピタリと止まった。
はて? そんなに効果的な言葉を言ったつもりはないんだが?
「何だ、それなら仕方ないわね」
一体何が?
するとポチが俺に耳打ちをしてきた。
「マスター、アイリーンさんって身長の事気にしてましたよね? だから巨大化に興味を持ったのかと……」
なるほど、流石ポチ。
乙女心についてはよくわかっていらっしゃる。
俺はポンと手を打った後、アイリーンをポチの背に乗せ――
「ひぁ!? ちょっと! 何するのよっ!」
「うん? えーっと……………………抱っこですね? いや、持ち上げようとした?」
「そ、そうならそうとちゃんと言いなさいよね! えっち!」
おかしい、ポチの視線が痛い。
そこはお前、俺を味方してくれたっていいだろうがっ!
「いいわよ! 自分で乗るから! ふん! …………ふっ! てやっ! むー……てぃ! このっ……ぬくくくく……!」
ポチの体毛を掴んではずり落ちるアイリーン。
おい、さっきの腕力はどこへ行った?
「仕方ないな……」
アイリーンの後ろに回った俺は、その跳躍と同時に足下へドリニウム・ロッドを運んでやった。
ドリニウム・ロッドが足場となり、ようやくポチに乗る事に成功したアイリーン。
「ふんっ! どう!? 私だってやれば出来るんだから!」
大変だ、俺の助力に気付いていない。
もしかしてこれは、アイリーンへの教育的指導をしなくてはいけないのか?
出来れば早くこの時代に来た理由を知りたいものだが…………まぁ、放ってはおけないし、しばらく様子を見てみるか。
「よっと!」
「ふぇぁ!? アナタも一緒に乗るの!?」
つくづく大変そうだな……コレ。
アイリーンが振り落とされないようにポチが駆け、俺はその隣を走った。
…………何故か走った。
「ふぅ……さぁ北門です。ランクFの討伐依頼だし、そんなに遠くはないと思いますよ」
「…………ぃ」
「え、何か言いました?」
「……降りれない」
………………レオンみたいな子は稀だよな、やっぱり。
俺はポチに目配せをして、巨大化を解除してもらった。
「何よ、これなら最初からこの状態で走ってもらえばよかったじゃない?」
言われると思った。
標準サイズのポチでもアイリーンならちょうどいいからな。
「あははは、最初はマスターも乗る予定でしたからっ」
ポチなんか既に接待モードだ。
あれは苦手意識がある相手へのポチなりの応対法。
こりゃ、ポチの援護は期待出来そうにないなぁ。
さて、ポチの嗅覚も当てにはならないし、ここは地道に探すかな。
…………あれ?
「さーて! 沢山やっつけるわよ!」
「ところでアイリーンさん。武器か何か持ってないんですか?」
まぁ見るからに持ってないから聞いたんだけどな。
「ふふん、私の武器は……コレよ!」
……グーだな。
ぐうの音も出ない程グーだな。
ポチに助けを…………――――
「あ、あぁ! 蝶々ですー! かーわいーですー!」
逃げたな。
仕方ない…………俺がなんとかするしかない。
俺はアイリーンの死角でストアルームを開け、中を探してみた。が、そもそも俺はほとんど武器を持たないのだ。ある訳がなかった。
「はぁ、少し大きいかもしれませんが、これを使ってください」
「気持ち悪い色ね。まぁないよりかはマシか」
聖戦士愛用のドリニウム・ロッドなんですけどね。
あぁ、そうだ。肝心な事を聞いてなかった。
「そういえばアイリーンさんって、魔法は使えるんですか?」
「何言ってるの? 私は戦士になるつもりよ?」
………………なるほど、これか。
つまるところアレだ。
ここでアイリーンに魔法の魅力を教えなくちゃいけない訳だな。
そうしないと……そう、俺が魔力循環の法を教われないし、空間転移魔法陣も世に広まらない。
だが、これだけなのか?
これだけだとしたら何ともあっけないような気もする。
俺は…………この時代に何をしに来たんだ?
「マスター、ゾンビ一匹発見です」
ポチの呟くような声。その言葉にアイリーンがびくりと反応する。
…………端正な顔が、面白い程歪んでいる。
「……アイリーンさん、モンスターとの戦闘経験は?」
「ああああああるに決まってるでしょうっ!」
なさそうだ。
「武器を持った事は」
「あ、あるって言ってるでしょ!」
これもないな。
ならば、最初のモンスターがゾンビで正解だったかもしれないな。
奴は動きが遅く、身体も脆い。
似たようなグールともなると、動きが早くこちらがやられかねない。
「いいですかアイリーンさん。最初は近接戦闘を教えます。私の言う通りにしてください」
「な、何で私がアナタの言う事を聞かなくちゃいけないのよっ」
「お願いします」
「……一回だけよ」
うん、こういう扱い方か。
やっぱりフェリスより女の子だな。
先程まで一緒だったフェリスと……同じくらいの歳だとは思うが、どうなのだろう?
「ゾンビは左右に揺れ、その揺れを利用して少しずつ歩きます。これは、身体の全てが腐食して痛覚に刺激が伝わるのを防ぐためだと言われています」
「どう倒せばいいの?」
「弱点は頭部ですが、背中が丸まっているので正面から叩くと首が飛ばず思わぬ反撃に遭います。確実なのは上から首を叩き落とすか、下から首をかち上げます」
「わ、わかったわ……」
思い切りは良さそうだからいけそうな気もするが、はてさて?
「ふっ!」
「そうです! 十分に引きつけてから、落ち着いてかち上げる!」
「えいっ!」
やっぱり筋がいいなー。
こんな世界じゃなければ、この歳からモンスターと戦う必要はないんだけどな。
まぁ、無い物ねだりをしても仕方がない。
「次いくわよ次!」
「魔法もいいですよ。魔法も」
「いいの、今のスコーンっていって楽しかったから! それに魔法って何か面倒そうだし!」
おかしいな?
何がアイリーンから魔法を遠ざけている?
身に纏う魔力を見ても、彼女の魔法士適性が高い事は明白だ。
何だ? 何が足りない?
「即位したばかりのサガン様もすっごく強いのよ! 負けてられないわ!」
はて、サガン?
どこかで聞いたような名前だな?
ん? ……即位? …………サガン……様?
「あぁあああいあああっ!?」
「な、何よいきなり大きな声出して!?」
「蝶々ですか!?」
ポチのボケに突っ込んでいる場合ではなかった。だってポチは元からボケだから!
いやいや、そんな事言ってる場合じゃない。
そうか、この時代でやるべき事……!
「戦魔帝……サガン…………!」
その理由は一体?




