026 笑う狐
俺達は迷宮内で決めた作戦を決行した。
俺は、自身を含むパーティメンバー全員に、タイトルアップとテンションアップの重ね掛けを施した。
スターロッドのおかげで魔法の重ね掛けは出来るようになったが、タイトルアップの魔法を杖に組み込んだ為、ファイアーボールの魔法が除外されてしまった。
スウィフトマジックが使えない今、刹那の攻防の中での魔法陣や魔術陣の形成は非常に困難だ。
「では……行きます!」
ポチが駆け出し、やや暗み掛かる迷宮の外へ出ると、瞬時に巨大化してみせた。
周囲の気配を読んだのか、最弱と思われる敵の方へ跳躍するポチ。それを迷宮内から見送った俺達は、数拍遅れて外へ出た。
「ぐぁああっ!?」
ブレイザー、ブルーツ、ベティーが、俺を囲む陣形をとった時には、既に敵の一人がポチの牙に挟まれ、そして千切れ跳んでいた。
「前方、五!」
「左、七よ!」
「右、一人減って五だ!」
「後方、頭上共に異常無し!」
つまり十七人。
俺達は五人だけで笑う狐のメンバーを相手にしなくてはならない。
「ポチが右にいる! ブルーツ、やや左に警戒を移せ!」
「おう!」
経験豊かなブレイザーが的確な指示を飛ばす。その声には不思議と士気を上げるような力がこもっていた。
ここからが勝負だ!
ポチの被害に注意しながら、俺は魔法陣の作成に入った。と同時に、前方、そして左の敵がこちらに攻撃を仕掛け始めた。
「ぎゃああっ!」
ポチの爪に引き裂かれた男の断末魔が聞こえる。
前方の奥にいる男が指示を出し、ポチに向け前方の兵を四人誘導した。来る途中、ベティーが手を出せなかった男だ。やはりあいつがリーダーなのか。
しかし、これでポチの囮が活きた。
「へっ、こっちは八人か……」
「ベティーは遊撃、ポチとブルーツの状況を見極めろ! ブルーツ、お前はなんとか六人相手にしろ!」
「「あいよぉっ!」」
兄妹故か長年の付き合い故か、息の揃った二人が返事をする。ブルーツには六人、つまりベティーは遊撃を行いながら二人は足止めしなくてはいけない。
ブレイザーは感覚レベルで戦力バランスを判断している。なんとも凄い能力だな。
敵のリーダーも動いている。ブレイザーの相手はリーダー含む三人。
「っしゃああおらぁっ!」
剣と剣がぶつかり合う音、ブルーツの交戦が始まった。強化された肉体が放った剣撃が敵の剣にぶつかる。瞬間、剣は弾きとばされ、迷宮の入口横の岩に突き刺さった。
ガードの空いた敵の顔面は痺れによる苦痛に染まり、そしてブルーツの後方から飛んで来た匕首が命中する。脳天を突き刺したそれは、先程までベティーの腿に装着されていたものだった。
「ナイス、ベティー!」
「とーぜんよ!」
素晴らしいコンビネーション。俺とはくぐり抜けている修羅場の数が違う。
「はあっ!」
「ぎゃっ!」
ブレイザーも先行してきた敵を瞬時に斬り倒す。
ポチがいる方向でも何人かの悲鳴が聞こえた。悪くない状況だ。
「…………っ! 最優先で魔法士を狙え!」
笑う狐のリーダーが戦況を見極め、目標を俺へと絞る。相手も相手で百戦錬磨という感じだ。
ここから周りの敵は、『ブレイザー達を倒す戦い』から『ブレイザー達を足止めする戦い』に移行する。敵が少しでも俺へ辿りつけばいいのだから。
数人がブルーツに飛びかかり、動きをけん制する。
「っちぃ! スマッシュスラッシュッ!」
大剣から繰り出されたブルーツの剣技は、一番近くにいた男を剣の面にて払い、そして斬り上げた。
知覚出来ない程の威力で千切れ飛んだその上半身は、地面に落ちて小さく唸り声をあげ、そして沈黙した。
尚も戦闘は続く。ブレイザーは敵リーダーからの攻撃をうまく防いでいるが、もう一人の仲間に合間合間に攻撃を入れられ、大きな傷こそないが、小さな傷が目立ち始めている。
「痛ぅっ!」
右側からポチの声が聞こえる。苦痛の混じった酷くかすれた声だ。
しかし援軍は求めない。俺達にその余裕が無い事を知っているからだ。誰も彼もいっぱいいっぱいの状態で戦闘を続ける。
「ぐぅっ!」
大技を放ったブルーツの援護をしたベティーの右太腿に大きな傷が入る。すぐさまブルーツがその右に入った。
「くそっ! まだかアズリー!」
返事は出来ない。俺の全神経を集中して魔法陣を描く。
火が黙し、風が止み、水が漂い、大地に根を張る巨木のように……!
「エネミートラップ! グラビティストップ!」
瞬間、辺り一帯の空間が無に支配され、敵を『赤』、味方を『青』に照らした。
「がぁっ!?」
地面に吸い込まれるように伏した笑う狐のメンバー達。
重力干渉系時空魔法『グラビティストップ』。魔術の『六角結界』を元に、敵のみを焦点に合わせた重力地獄。
ちょっと強い位の人間であれば、自重を支えきれず地に伏してしまう。
「ぐぅ……き、貴様……何をした……っ?」
「やはりあなたは動けるみたいですね」
「くっ、身体が重い……思うように動かない……」
「無理をしない方が良いですよ。いくら筋力で支えても、脳や内臓にかかる負荷は一緒ですから」
俺の言葉で男の顔が歪む。厳つくもたくましいその顔には脂汗が浮き出ている。
ブレイザー達も敵に起きた異変に、ようやく理解が追いついたようだ。
「……これは、動きを制限したのかしら?」
「どうやらそのようだな」
「アズリー、効果時間は?」
「俺の魔力が尽きるまで……まだしばらくは大丈夫です。ブレイザーさん、どうします?」
ブレイザーとブルーツは、俺がそう言った直後に残存する敵の首を刎ね始めた。
まるで油断せず、躊躇という顔を表に出さなかった。
「…………うわぁ」
「これが冒険者の世界だぞアズリー君。逡巡すれば一切合財無に消える場合だってある」
「ごもっともです。死なない為には仕方がない……」
「さて、お前は笑う狐のリーダー、《マウス》だな? 以前手配書で見た事がある」
ブレイザーの剣がマウスの首元に置かれる。反対側には既にブルーツの剣が添えられ、マウスの首は二つの刃に挟まれた。
ベティーは傷の深いポチの様子を見ている。
「答えたまえ、以前ここに向かったパーティをどうした?」
「……ふん、答えなくてもわかるだろう? それが冒険者の世界なんだ」
にたりと笑ったマウスは、見上げながらブレイザーを見下した。
「そうか。ならばせめて一瞬で送ってやろう」
ブレイザーが剣を振りかぶった瞬間、その足元に向けナイフが飛んで来た。いや、俺はそれに気付けなかった。ブレイザーも体勢を崩しながらかわし、ブルーツはかわしきれず、足の甲をナイフと地で結ばれた。
気付いた時にはマウスの隣には一人の女が立っていた。
小さく、若い。まるで生きているとは思えないような無機質な表情が、ブレイザーさえをも止めて見せた。
マウスに肩を貸したその娘は、少女とは思えない力強く軽やかな跳躍で、確保した退路から逃げて行った。
「……逃がしてしまったな」
「おい、それより足が痛ぇよ! 早くなんとかしてくれ!」
「アズリー、そんなのよりもポチをお願い!」
元のサイズに戻ったポチを抱えたベティーが緊急を知らせる声を出した。
そうだ、ポチっ!
急いで駆け付けた俺は、ベティーの膝の上でヒューヒューと息を切らせていた。
「あら……マスター、生きてましたぁ……?」
「喋らなくていい。変顔の練習でもしてろっ」
「あははっ、それは……きついですね」
脈に異常はないが内臓を痛めてるな。内側から回復してやらないといけないな。
「ほいのほいのほい。聖生結界」
魔術陣がポチの体の下に刻まれ、ポチとベティーが淡い光に包まれた。
「……これは? なんだか身体が温かいわ」
「大地の息吹を収縮してこの……魔法陣から出しています。体内のエネルギーを活性化させる効力があります。ポチのこの状態だと、傷より内側の損傷を回復させた方が良さそうですから。」
「ふむ、回復には時間がかかりそうだな。ブルーツ、見張りをしていてくれ!」
遠くから足を痛がるブルーツの悲壮な声が響くが、誰も返事を返さなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当、魔法って便利よねー。私もしっかり学べば良かったかしら?」
翌朝、ベティーが魔術と魔法により完治した足をさすりながら言った。
「それじゃあブルーツさん、足を見せて下さい」
「今頃かよっ!」
「すみません、ポチの治療を先にしてしまって……」
「っへ、一番大変な役を務めたんだ。しゃあねぇだろうよ」
腕を組みながら傷ついた足を見せたブルーツは、明後日の方向を向きながらそう言った。
使い魔を道具扱いせず、個として見る冒険者は非常に少ない。本来、人間の治療を優先させるべきと判断する者が多い中で、ブルーツのこの対応は稀なケースだと言えるだろう。
魔法士でさえ使い魔を道具扱いする者もいる。困ったものだ。
「ありがとうございます。回復魔法がもっと上手ければ良かったんですが、まだまだ修行中でして……」
「ほんと、至らないマスターでごめんなさい」
「だから何でお前が答えるんだよ!」
「え、至ってましたっけ?」
「至ってませんとも!」
「じゃあ問題ないじゃないですか」
あ、本当だ。




