025 帰らずの迷宮
―― 四月十八日 午前六時半 ――
寒い程ではないが冷えた空気、人為的介入が見られる整った足場、遠くから聞こえる不可解な叫び声のような響き、松明や光源魔法が無ければ互いの顔さえわからないだろう。
俺達が帰らずの迷宮に潜り始めて……一時間が経過していた。
迷宮と呼ばれる場所は、基本的には一本道である。しかし、その距離は非常に長く、攻略に数日から一週間かかる事も珍しくない。
食料の確保や水分の補給、これらが重要な事は言うまでもないが、こういった一本道で重要なのは、精神状態の維持にあると言える。
迷う訳でもないが、ただひたすら真っ直ぐに歩き、時間の目安がないまま最深部を目指す。
慣れない者であれば、三日程で発狂する者もいる。
したがって、何気ない会話でも必要がないとは言えないのだ。
「そういや、前に潜ったパーティってのはどんな構成だったんだ?」
「ランクBの戦士が三人、魔法士が二人と聞いてます」
「けど、潜ったとは限らないわ。途中であの盗賊団に襲われて、全滅してたのかも?」
「ふむ……それは十分あり得るな。現にこの段階で、数匹のモンスターと戦闘している。ランクBのパーティが遅れをとるような奴等ではなかったはずだ。最深部まで行けなかったとしても、浅い部分でのモンスターが討伐されていない以上、迷宮までは来ていなかったのかもしれない」
その通り……現状、人が入った形跡は見当たらない。
モンスターを倒しているのであれば残骸があるはずだ。
冒険者が死んでいるのであれば、その亡骸や遺留品が確認出来ているはずだ。
血痕や争った跡、骨も見つかっていない以上、あの盗賊団、《笑う狐》に襲われて死んだという可能性は高い。
「む、前方にグールロードを数体発見、各自迎撃態勢!」
「おうよ!」
そして、出会うモンスターはランクC相当。
通常のランクBパーティが倒せない敵ではない。
その後も比較的弱いモンスターしか現れず、順調に二日程歩くと、俺達は最深部と思われる場所まで出た。
「参ったな、こんなのは初めてだ……」
暗い円形の部屋、五人が入って、広くも狭くもなかった。
その奥には数段の段差が有り、先には固く閉ざされた牢のような格子……その中に、煌びやかに光る財宝の数々。
「鍵穴みたいなのが付いてるが……そんな物は途中落ちて無かったしなぁ?」
「これは相当硬いわね、六勇士でもない限り斬れないんじゃない?」
「試してみるか……アズリー君、補助を頼むっ」
「はい……テンションアップ!」
「……ふんっ!」
剣を抜いたブレイザーが大きく振りかぶり、会心とも言える一撃を格子に向かって放った。
瞬間、弾かれた剣と格子から大きな音が鳴り響く。鈍く、それでいて甲高い音だった。
「……剣が少し欠けてしまったな」
「鉄じゃねぇ材質だな? 特殊金属か?」
「私も知らない材質だねぇ? しかしこれが取れないとなると、依頼の達成は出来ないわよ?」
「マスター、これって……」
ポチは振り返りながら後ろにいた俺に聞く。
格子は、鉄特有の銀色……その中にまだら模様の赤みが見える。そう、あれは文献で読んだ事がある。ポチの様子を見るに、あいつも知っているのだろう。
「古代金属の一つ……ドリニウム鋼。かつて聖戦士が防具として用いたって言われる貴重な金属だ」
三人の顔が一斉に俺へ向く。
「まじかよアズリーッ?」
「ど、通りで斬れないはずだよ……財宝よりこの格子の方が貴重なんじゃないかい?」
「確かに……しかし開けられないのでは……」
「どうにかなりませんかね、マスター?」
「開けられはしないが、財宝を取るだけなら簡単だ」
「なっ、どうするんだよ?」
ブルーツが興奮混じりの声を上げる。
「格子を気にせず側面から掘れば良いだけです。ちょっと面倒ですがね」
「…………あー、なるほどっ」
ブルーツに大した驚きはない。
考えてみれば実に滑稽であるが、理にかなっている事だからだ。
「部分的に岩を掘りやすくするので、その後はお任せします」
「俺が掘るのかよっ!?」
「適材適所よ、兄貴」
とほほと項垂れるブルーツに、ベティーが背中をバシバシと叩いて励ましている。
「ったく、干し肉一切れよこせよな、アズリー?」
「俺のとポチのを一切れずつあげますよ」
「ちょっとマスター、巻き添えですかっ!?」
ポチがこの世の終わりかのような顔をしている。
「使い魔たる者、マスターと一心同体であるべきだぞ、ポチ?」
「マスターと心が一緒になる訳ないでしょ!」
「そりゃもっともだ」
「「くっ、はははははっ」」
ブルーツとベティーが大きな声で笑い、ブレイザーも口元を押さえている。
そんなにもおかしかったのだろうか?
「ハッハッハッハ、いや、良いコンビだぜお前達は」
「ふふふ、若いのに長年連れ添った夫婦みたいだよ」
ポチが干し肉を一切れあげるよりも不幸そうな顔になる。
まるでそう、ゾンビやグールを噛んでしまったかのような表情だ。
「マスターと私が……夫婦ぅっ?」
すごい表情だ。
本当に嫌そうな表情……え、泣くよ?
「良い冒険者とは冒険者に認められるものだ、今後が楽しみだな」
ブレイザーが剣を納めながらニコリと笑う。意外な表情かもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……お、終わったぁ……」
「素晴らしいな、こんな横穴をたった二時間で掘り切るとは……」
ブルーツが地に手を突き、汗だくになっている。
息絶えるのではないか、と感じてしまう程、顔に精気がなかった。
「はい兄貴、お疲れー!」
「ベティー……おぶってくれ……」
「い、やっ」
瀕死のブルーツが、這いつくばりながらベティーの助けを求めるが、背後に花が咲かんばかりの満面の笑みを零しながら、ベティーはそれを一蹴した。
差し出した手を振り払われたブルーツは、そのまま地に顔を伏せ「ひでぇ」とだけ呟いた。
「あはははは、とても仲が良いですねー」
「ふっ、君達に負けず劣らずという感じだろう?」
「むぅ、やはり納得がいきませんねぇ……」
「当人達は中々気付けないものさ。人が見てそう思った事は、少なからず本人がそう見せているという事だよ。それが淘汰され、削られ、研磨されて呼び名や印象が決まってくるものだ」
「おー、わかりやすいですねー」
いい言葉だ。メモしておこう。
「さて、格子を持って行けないのは残念だが、これで今回の依頼の半分は完了だな」
「ふぅ、あとは生きて帰るだけって事だ」
「ブルーツ、いけるか?」
「十時間位寝かせてくれればなんとか」
「無理だ、さあ帰るぞ!」
ブルーツの本音混じりの軽口を両断したブレイザーは、財宝を纏めた大きな革袋を背負いながら先頭を歩き始めた。
外まで出れば、ポチが巨大化して荷物を運べるが、それまでは一番体格の良いブレイザーに任せるのが妥当だろう。
迷宮の脱出を急ぐ俺達は、身体に疲れを感じながらも、行きと同じ速度で入り口付近まで戻る事が出来た。
しかし、
「……おい、囲まれてねぇかこれ?」
迷宮内から外の気配を感じたブルーツが、剣に手をかける。
「なるほど、これがやつらのやり方か……」
「どうすんのよ、これじゃ出られないわよ?」
「マスター、どうします?」
「………………では、ポチを囮にして逃げましょうっ!」
「却下ですよ! タメにタメてそれですか!?」
「たまにはいいじゃないか?」
「たまにで死ぬ日を決められてたまるもんですかっ」
「……おぉ、上手い返しだ」
「た、たまたまですよ」
少しオヤジっぽい返しだが、そこから更にノってきたな。
ポチが顔を赤らめて答えていると、ブレイザーが荷を下ろした。そして、負荷のかかっていた肩をほぐすようにぐるぐると回し始めた。
「さてと、いっちょ死闘ってやつを興じてみっか!」
「うむ、避けえぬ戦闘ならば、可能な限り相手の戦力を削ぎ、後に続く者達の負担を減らさなくてはな」
「作戦は?」
「……ポチを囮にしましょう」
「……今度は本気みたいですね、マスター? 何か策でも?」
一瞬でポチの表情が硬くなり、俺の策でこれから行うであろう事を覚悟した様子だ。
「ポチにタイトルアップとテンションアップを重ね掛けします。幸い、スウィフトマジックのおかげで楽に掛ける事が可能なので、そこの心配はありません。直後、ポチが巨大化して敵に奇襲、瞬時に判断し、弱い奴から順に倒せ」
「……はいっ」
「我々三人はどうするかね?」
「わがままで申し訳ないのですが……俺の護衛をお願いします」
「つまることの、ポチ一人が特攻か。なるほど、確かに囮だな。んで、なんで護衛に三人も必要なんだ?」
「確かに、私とブルーツなら二人、ブレイザーなら一人で出来ると思うけど?」
二人が正確な分析をして、俺に必要な護衛人数を計算する。
「確かにそうなんですが、護衛して頂いてる間、俺は完全に無防備になります。自分で自分を守れない為、この人数が必要なんです」
「……かなりの大技、と言う訳だね?」
「そんな大層なもんじゃないですけどね」
「よし、それで行こう」
「えぇっ、良いんですかっ?」
「自信がないのかい?」
ブレイザーが俺の顔を覗き込む。微笑みがかったその顔は、何か俺を試すような感じがする。
「そ、そういう訳では……」
「安心したまえ。アズリー君は既に我々の信を掴んでいる。自信をもってやりたまえ」
「へっ、そういうこった」
「ふふふ、命預けるわよ?」
「けどちゃんと返却してくださいねっ!」
しっかりと落としてくるなこいつは……。
「よし、始めるぞっ!」
「「「応っ!」」」
別作の『転生したら孤児になった!魔物に育てられた魔物使い(剣士)』の発売が3月13日(金)となりました。
情報は随時活動報告やツイッターで流していきますので、機会があれば是非宜しくお願い致します。




