223 初戦
コロシアムの中には大した人数の観客はいなかった。
どうやら使い魔杯とは三日に分けて行うもののようだ。
予選トーナメントを行い幾度となく使い魔を戦わせ、勝敗を決める。
そうやって勝ち残った使い魔は二日目、そして最終日の使い魔杯決勝に出場する事が出来るそうだ。
「皆さん! ご声援ありがとうございます!」
しんと静まっている会場。
立って観客席に手を振るポチの目には、どうやら幻影のような観客が見えているようだ。
「母上ぇ-! 頑張ってください!」
どうやら応援してくれる者が一人いたようだ。
会場に入れるのは使い魔とその主だけ。
使い魔ではないチャッピーは観客席で待ってもらう事になったんだ。
「ふっ、すみませんねチャッピー! 私には既に大勢のファンがいるのです! アナタだけの声援に応えてあげる事は出来ません!」
いないいない。
来賓席はやはり空席。
どの貴族も忙しいだろうからな。観客同様来るのは準決勝と決勝くらいか。
「使い魔シロ! 前へ!」
「はい!」
立ち歩きで緊張故か、足と手が同時に前に出ているポチ。
おいおい、あんなんで大丈夫か?
さて、初戦の相手は――
「使い魔ライオネル! 前へ!」
「ふんっ」
やたら威張った様子の使い魔だな。
あれはランクBモンスターのリュウノオトシゴ。
強靱な尾の筋力で立ち、背に生えた羽で空を飛ぶ。長時間飛ぶことは出来ないが、普段は尾で跳ねながら歩行しているのが特徴だ。
しかし一番の脅威はあの細長い口だ。あれで獲物の血を瞬時に飲み込む事が出来る。
冒険者の間では割に合わないモンスターとして有名だが、よく使い魔に出来たな?
さて、予選に関しては全てポチに任せると決めているがどうするんだろう。
この一週間程で出来たポチの成長も含め、楽しみではあるな。
「始めっ!!」
名前はライオネル、か。
見たところレベル百三十前後という辺りだと思うが、これって――――、
「そ、それまでっ!」
現在のポチのレベルは百九十近くなっている。
これだけの差があれば、ライオネルとの勝敗は明白だろう。
瞬時に前方に跳び込んだポチがライオネルを押し倒し、首元に牙を突きつけた。
ライオネルは体格が大きいが、ポチは巨大化すら使わずに圧倒した。
この明らかな戦力差を当のライオネルが気付いたのは、押し倒されたと気付いた時。
空を見上げる丸くなった目は、自分が獲物だとわかったからだろう。
「勝者、使い魔シロ!」
ライオネルの首から口を離したポチは…………何でアイツ足引きずってるんだ?
「はぁ……はぁ、はぁ! マ、マスタァ……何とか勝てまし…………、たっ……」
倒れたな。
コテンと。
目は閉じているが、目元はピクピクとしている。
ふむ? 眉間の形が多様に変化しているな? 待て、大体わかる。
あの表情はおそらく「おかしい?」だ。……むぅ、また少し変わったな。
あぁ、あれもわかる。あの表情は「むむむむ……?」だ。
あ、目が開いた。
「マスター! ここは私を心配して助けにくるところでしょうっ! 私が倒れる前に! わかりますっ? ふぁさ! ですよ、ふぁさ! そんな感じで受け止めなきゃ駄目です! 見事な苦戦だったでしょうっ!?」
「いや、快勝というか圧勝だったぞ」
「んまーっ! 血も涙もありませんね!」
ぬぅ、どうやらポチの中ではここで感動の演出が必要だったらしい。
かといって血も涙もないとは心外だな。
「母上ー! 流石の圧勝でしたね!」
「ふふん! とーぜんです! でも、ありがとう! ありがとうですー!」
既に演出は脳内から消えてしまってるようだ。
何か泣いてるように見えるが、その後ろ手に隠しているのは嘘泣きグッズか何かかな、ポチ君?
そうか別の演出に切り替えたのか。忙しいなポチ。
「しかし今日だけで二試合やるんですね。それで明日も二試合ですか?」
「今日勝たなきゃ明日は出られないよ」
出場選手の控え室でポチの背中を揉んでいるが……はて? 今揉む必要はあるのだろうか?
言われるままにポチの言うことを聞いているが……はて? ポチのマスターは俺じゃなかっただろうか?
まぁ、今回はポチが主役だ。多少のワガママは聞いてやるつもりだが、あまりに横暴な態度になってきたら注意するか。
……ポチの事だから大丈夫だろう、と思ってしまうのは俺とポチの絆故なのか?
うーん、長年付き合ってればわかる事か。
「それで最終日も二試合……という事は! 参加する使い魔は六十四人ですかっ!?」
おぉ、頑張って計算したもんだな。
「だが惜しい。前回の優勝使い魔が第一試合のシード権を有しているから六十三人だ」
トーナメントには色んなパターンがあるって事は黙っておこう。
ポチが混乱しちゃうからな。
額に肉球をぺたんと置いたポチは「あちゃ~」と言った後……何故かぶるりと震えた。
そんなポチの異変に気付いた俺は、その視線を追うと、そこには腕を組んで不満そうな表情を浮かべるリーリアさんが立っていたのだ。
「……どうも」
「何故そこまで強くなれたの?」
俺の挨拶は華麗に無視され、リーリアは真っ直ぐな質問をぶつけてきた。
見たところあの赤帝牛は連れていないようだ。
あのサイズだからな。大型の使い魔が集まっている控え室にいるのだろう。
「俺も聞きたい事があります」
「何?」
質問を答えなかった事には異を感じなかったように首を傾げるリーリア。
「あの使い魔、赤帝牛ですよね。どうやって使い魔にしたんですか?」
「聞いてどうするの? 答えはポーアの中で決まっているのでしょう?」
リーリアは俺の質問に表情を変えずに答えた。
……やはりそうなのか。
「では、同じ言葉を返しておきます……」
するとリーリアは小さく「そう」とだけ呟いて踵を返していった。
ポチは少しだけ眉をひそめて、声をひそめて耳元で聞いてきた。
「少し冷たかったんじゃないですか? 一時はパーティを組んだ中なのに」
「油断しないためってのもあるけど、さっきのアレを聞いちゃな……」
「赤帝牛の事です? 何か裏でもあるんですか?」
「見てわかった通り、あの赤帝牛は成熟している大人だ。それはわかっただろう?」
ポチはコクリと頷き、俺の言葉を待った。
「そして天獣は獣だ。モンスターではない。モンスターを使い魔とするなら刷り込みが必要。大人である天獣にはそれが必要ない。ちゃんと懐くからな。しかし、あの赤帝牛とリーリアにそんな絆があったようには見えない」
「つまり、かなり強引な使い魔契約が行われたと?」
ポチの的を射た言葉に今度は俺が頷く。
「俺はそう思っている」
「なるほど。あの強そうな牛さんなら、力を認めたという線もなくはないですが、確かにあのトーナメント表を見る限り、信頼関係はなさそうですね」
ポチが見たトーナメント表。
運がいいのか別のブロックになったリーリアとその使い魔の名前……赤帝牛。
名付けも行わないとはな。力任せの契約が手に取るようにわかる。
そういった契約がなくもないが、不十分な契約は呪いを生む可能性もある。
どうやらあの二人の場合は上手くいったようだが、タラヲのような存在を作るケースもあるんだ。
魔法士である者がやる事じゃない。聖戦士、戦士リーリアだからこその強引さ、か。
「まぁ、そこがシロの狙い目であり、赤帝牛の弱点だと考える方がいいだろう」
だが気になるな?
何故リーリアはそんな不十分な関係の赤帝牛を率いて使い魔杯に参加したんだ?
あの性格から考えてこんな面倒な事は避けるだろうに?
その後ポチは難なく初日の二回戦を勝ち抜き、二日目の三戦目に駒を進めた。
「さぁ、今夜はチャッピー仮面とポッチー仮面がその素顔を見られてしまうシーンですよ!」
「おぉ! 絶体絶命の危機ですね、母上っ!」
……元気が有り余っているようだ。
「使い魔は使い魔使い」も更新したので是非ご覧ください。




