◆221 入団
―― 戦魔暦九十五年 四月十日 午前十時 ――
王都レガリア。
王都守護魔法兵団本部、鍛錬場には約五十名の真新しい制服を着た者が顔を連ねていた。
どの顔にもやる気と自信が満ち、正面に座るガストン、その傍に控えるヴィオラを見つめている。
その先頭にはリナ、そしてオルネルの姿が見える。
本日は魔法兵団の入団式。簡単な式典が終わり、任に就く前の新人が司令官であるガストンの前に立つ、初めての場である。
煌びやかな装飾の椅子に腰掛けているガストンは、過去スカウトしたオルネルを品定めするように見つめる。
鋭い眼光に捉えられながらも、オルネルは自身の過去全て、今の全てを見てもらえるように胸を張った。
(なるほど、この一年でかなり鍛えたようだな。瞳から迷いが消えている。そして――)
リナに視線を移す。
その手には己がアズリーに託した対の杖の一つ、炎龍の杖がしっかりと握られている。
リナから、オルネルに負けず劣らずの魔力を感じたガストン。
尖り、研磨され続けた名刀のような気合いに満ちあふれた魔力。
ガストンは思わず口を綻ばせた。
この変化にヴィオラが少し驚く。
(珍しい。こんなガストン様……まるであの男を前にした時のようだ。なるほど、あの娘が今期最高の魔法士という事、ですか。確かに小柄な体躯でも他の者と引けをとらない存在感だ……)
ガストンの吟味は続き、目の端に最後の一人を捉えた後、その小さな身体を支える足が前へ出る。
新兵たちは自分たちより小さなガストンに怖さを感じなくなったのか、拍子抜けとも見えるような表情を見せた。
その顔を見せなかったのは、リナとオルネルのみ。
「……ふん」
ガストンが小さな鼻息を吐いた瞬間、
「「っ!?」」
鍛錬場を、ガストンの片腕のヴィオラさえも青ざめるような、強力な魔力が覆う。
新兵たちが感じた魔力は、明らかに過去体感した事のない圧を含んでいた。
その圧力だけで自分たちを殺すかのような殺意。
高みから見下ろす戦慄の瞳に、新兵たちは尻餅を突き、たじろぎ、歯を鳴らした。
(こ、これほどの魔力。ガストン様は一体どうやって……!)
驚くヴィオラをよそに、ガストンは最後まで揺るぎない目を見せた二人の魔法士を見る。
(やはり……この二人のみか)
リナとオルネル。
ほんの少しガストンの表情が和らぐ。
僅かな変化故、正面からガストンを見ていて付き合いの長いリナだけが気付く。
すぐに顔を戻し、ガストンは最後に二人をじっと見た後、「励め」とだけ呟いて去って行った。
ヴィオラはガストンの後に続きながら新兵に待機を命じた。
周りを気にするかのような小さなざわめき。
オルネルはようやく緊張を解く。
「驚いたな……」
「えぇ」
リナの淡々とした答えに奇異を感じたオルネル。
「どうしたんだ? あんまり驚いていないって感じだな」
「アイリーン先生……いえ、アイリーン様と何回も模擬戦をしたっていうのもあるんですが、やっぱり――」
続く言葉は、オルネルには酷な言葉だったのかもしれない。
しかし、リナは言った。
その背中を追い掛けるために。
「アズリーさんは凄かったんだなぁって」
「…………」
不思議とオルネルの心に嫉妬は生まれなかった。
リナの言葉の真意が、好意ではなく尊敬だと知っていたからである。
「……やっぱり、あれより凄いのか」
「ん~、同じくらい……いえ、少しだけ上だと思います」
「……そうか」
「あ、でもあれから時間経ってますから、今はもっと凄くなっちゃってたりするかもしれませんっ」
「そ、そうか……」
虚空にアズリーの背中を見るオルネル。
奥歯を噛みしめ自分の恋敵を睨む。
(絶対追いついて――いや、追い越してやる……!)
二人が見るアズリーの背中。
するとその意識を刈り取るように整った足音が響く。
ざわつきは一瞬で止み、周囲から集まる正規兵の中から一人の女兵が新兵の前に現れる。
リナ、オルネルは共に目を丸くさせた。
その女兵を、二人は確かに知っていた。しかし、目の前に現れた女兵は、かつて見せていた柔和な顔を一切見せていなかったのだ。
魔法大学時代、雷光と称された頃、黒帝にいいようにあしらわれた頃纏っていたおだやかな魔力は消え、研ぎ澄まされた鋭利な魔力となって二人の前に現れたのだ。
学生自治会の先輩――そんな相手とは思えない程の気迫。そして敵意のような感情が見てとれた。
言葉を発する事が出来ない新兵は、正面に立ったジャンヌを前にごくりと喉を鳴らす事しか出来なかった。
「きをつけ!」
ただただかしこまる新兵。
「これより王都守護魔法兵団の鍛錬を始める! 付いて来れぬ者は置いて行く。それがここの決まりだ! 我々の双肩には戦魔国民の全てがかかっている! 役に立てぬ者は必要ない!」
「「はっ!!」」
ようやく出した新兵の返事。
「死も厭わぬ者のみ歓迎しよう!」
「「はっ!!」」
「吐いた唾はのめぬと知れ!」
「「はっ!!」」
ジャンヌの威圧に対する恐怖、決意、緊張などが錯綜し、自らの言葉として答えている者は限りなく少ない。
しかし、ジャンヌはそれがわかった上でにやりと笑う。
三日月型の口元を見たオルネルの背に冷たい汗が流れる。
「知肉のトゥース式! 愛の筋トレ劇場の始まりだっ!!」
「「…………ぇ?」」
本日は王都守護魔法兵団の入団式。と同時に初鍛錬日でもある。
魔法兵団という格式故、その当日に退団した者は皆無だったが、本日より始まった『新兵即戦力計画』では実に半分の新兵が退団した記録が残った。
尚、アイリーンの魔法情報解禁により、この日新兵の皆に魔力循環の活性法も伝授された。
若く美しいリナの体型変化を、アイリーンの脳内が否定した結果である事は、誰も知らない。
「な、なんで俺様までっ!?」
「リナしゃま、これキツいでしゅ!?」
使い魔にも行われた鍛錬は、明け方近くまで行われた。
「糞ったれぇぁああああああっ!」
「リナしゃまぁあああああああっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同日、レガリア渓谷。
知肉のトゥースと呼ばれる大男は、その巨大な身体を窮屈そうに縮こまらせて歩を進めていた。
内包する魔力故か、纏わせている魔力故か、はたまたそのどちらもなのか。トゥースに近付く生物は一匹たりとも存在しなかった。
彼が辿り着くその場所までは――
「お?」
空を見上げたトゥース。
その動きには余裕があり、一瞬にして着地した天獣の動きを目だけで追っていた。
「来たな」
「呼ばれたからな」
「面倒臭がりのお前が珍しい」
「それ以上の面倒を避けるためだよ、馬鹿たれ」
「ほお? 何があるというのだ……友よ」
小さく不満を表す息を漏らしたトゥース。
紫死鳥は一度大きく羽を広げた後、これから起きるであろう長い会話に備えるように足を畳むように折った。
トゥースも近くの手頃な岩に腰掛け、ぼさぼさのボンバーヘッドを掻きむしる。
「臭うな。ちゃんと毛繕いをしろ」
「ったく、お前みたいなそんな習性はねーんだよ」
「暮らしは獣同然でも、やはりお前はヒトなのだろうな」
「エルフだっつーの」
「私から見れば大差ない。どうした? 話しづらい事でもあるのか?」
未だ返答をもらえずにいた紫死鳥は嘴で羽を繕いながら言った。
「てめぇが話挟んだんだろうに……!」
そっぽを向きながら小言を返すトゥースに、紫死鳥は鋭い視線を向ける。
「何か言ったか?」
「なんでもねーよ!」
「それは何よりだ」
わなわなと拳を握りしめたトゥースは、その怒気すら面倒になったのか、ふっと怒りを溜め息と共にはき出した。
「魔王が復活する」
ピタリと止まった紫死鳥。
さらりと言い放ったトゥースは小指で耳をほじっている。
「……ただホラを吹きに来る男ではない、か」
「でっけぇ土産話だったろ?」
「アレが…………また復活するというのか……!」
すっかり固まってしまった紫死鳥の緊張をほぐすためなのか、トゥースは話題を変えた。
「そういえばお前ぇ、人に会ったとか言ってたな? こんな辺鄙な場所に来るなんてどこの馬鹿だ、ソイツ」
「……そうだな、どことなくお前に似ていたかもしれないな。名は確か……――」
「――アズリーとポチ、だよねぃ?」
二人の会話に割って入ったのはトゥースの弟子であるメルキィだった。
両者に動揺は見られなかった。メルキィが近くにいる事を知っていたようだ。
「なるほど、お前かメル。あいつらをここへ来させたのは」
「さっすがお師匠様~! アズ君もアズ君だよね~。天獣である紫死鳥がレガリアのこんなに近い場所に住んでて何故人気がないかとか思わなかったんだろうかね~?」
やれやれと肩を上げて困った顔を作るメルキィ。
「私の住処を知っている者はお前たち二人以外にいない。どちらかの差し金だとは思っていたが……やはり犯人は魔眼使いの方だったか」
「眼鏡にかなったようで安心したよ」
「俺がそんな面倒臭ぇ事するわきゃねーだろう。だが、よくお前が生きて帰したな? あんな馬鹿、一瞬で殺せたろうに」
「気になる事があったのだ」
「ほぉ?」
紫死鳥の言葉に反応するトゥースだったが、メルキィはくすりと笑っていた。
するとトゥースはそちらの方が気になったようだ。
「なんでぇメル、お前何か知ってるのか?」
「……何も言わないところを見ると、また啓示というやつか。もしくはその眼で、また何かを視たのか……」
「さっすが~。紫死鳥さんは察しがいいですねぇ」
ふふんと笑うメルキィに紫死鳥はそっぽを向く。
「あんなんでも俺の弟子だ。あいつはどうだ? 見込みはあったか?」
「これから訪れるあの忌々しい時代を乗り越えられるか、か?」
「今のままでは無理だ。しかしあの時のあいつなら――――」
「ぁん? あの時ってのはいつの話だ?」
トゥースの疑問は当然だったが、紫死鳥はそれ以上話す事を拒むように口を噤んだ。
答えを得られぬと判断したのか、トゥースは思い出すようにメルキィに問いかけた。
「そういやメル、お前ぇ何しに来たんだ? 何か用事でもあったんじゃねぇのか?」
「あ~。そうだったそうだった。二人は関与しないだろうけど一応報告しておくよぃ」
メルキィはごほんと咳払いをしてから静かに言った。
「黒のイシュタルが動きそうだよぃ」
先日コミカライズの第二話がUPされたそうです。
お時間ある時にでも是非ご覧いただければ幸いです。




