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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第六章 ~聖戦士編・前編~

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◆189 絶望との対峙

過去編は少し先になります。

予めご了承ください。


「失礼しんす!」


 慌ただしく冒険者ギルドの扉を開けたのは春華(はるはな)だった。

 あきらかにいつもと様子の違う春華に目を丸くしたダンカンは、カウンターの椅子から腰を上げた。


「どうしたの? 春華ちゃん」

「モンスターでありんす!」


 その一言に、ギルド内で騒いでいた冒険者たちの手が止まる。

 春華の言葉、挙動、余裕のない表情にただ事ではない状況を理解したのだ。

 息を切らす暇もない様子で、春華は今起こっている事を話した。


「……わかったわ」


 ベティーが覚えた念話連絡をナツへ。ナツから各方面へ向かった銀のメンバーへ連絡が届く。そして他の情報がまたナツへ集まると、それが全ての銀メンバーへ伝えられたのだ。

 把握している情報を全て伝え終えると、春華はアズリーに買ってもらった愛刀「小桜」を手にした。


「春華ちゃんはどこへ?」

「私はポチズリー商店へ戻りんす。その後はライアンさんの指示を仰ぎんす」


 ダンカンが頷くと、春華はすぐ冒険者ギルドを後にした。

 春華の背中を追う事なく冒険者たちへ向き直るダンカン。


「聞いたわね?」


 無言で頷く冒険者たち。

 中には若い冒険者も見受けられるが、気迫は他の冒険者に負けていない。

 目を瞑り、腰に手を当てるダンカンはいつも通り。そう見えたのであれば、ベイラネーアの冒険者は務まらない。

 ダンカンが目を見開いた時、それは始まった。


「……戦闘準備」

「「応っ!!!!」」


 互いが互いの鼓膜を揺らし、魂を奮わせた瞬間、ダンカンは迅速に指示を出し始めた。


「ランクAの冒険者はそれぞれ東西南北の門へ向かいなさい。ランクBはそのサポート。前線では各々の判断で動いてちょうだい。ランクCとDは戦える魔法大学の魔法士と協力。絶対に上位ランカーより前へ出ない事。ランクE以降は連絡要員。ここを仮本部とします。戦士大学のひよっこ共には住民の避難をさせなさい。避難場所は魔法大学がいいわね。冒険者ギルドダンカンの指示だと伝えれば大丈夫」


 冒険者たちから返事はなく、ただ全ての行動が素早かった。

 冒険者たちは自由。それが強みであり、最大の武器。

 しかし、こと統率に関しては弱みがある。それをこのベイラネーアではみせなかった。

 絶対的主柱であるダンカンの存在故か、ベイラネーア最強のチーム、銀の統率ぶりにあてられたのか、誰にもわからなかった。

 ダンカンはこの事態から口こそ綻ばせなかったが、内心安堵していた。

 そしてその安堵を追い払うように己が両頬を叩き奮い立たせた。


「野郎共、忙しくなるわよ!!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 上位ランクの冒険者たちがギルドを出る頃、ブレイザーが魔法大学にずぶ濡れになりながら到着していた。

 東棟から北棟への渡り廊下を歩いていたトレースは、ブレイザーの様子に異変を感じ、すぐその場で声を出した。


「ブレイザーさん!」

「トレース殿! 襲撃だ!」


 ブレイザーは動くことなく簡潔に情報を伝えた。


「アイリーン様はどこに!?」

「ここにいるわ」


 いつの間にかブレイザーの後ろに立っていたアイリーン。

 魔法大学に漂う濃い魔力の揺らめきを乱した強力な存在ブレイザーに、アイリーンはいち早く反応したのだ。

 すぐにトレースの隣にはリナ、魔育館の方からはオルネルが駆けつけた。

 そして大学長室の窓からは魔法大学長テンガロンがブレイザーを見ていた。


「緊急事態です! 東西南北のあらゆる方角からモンスターの接近を観測。冒険者ギルドには報告が完了。魔法大学と戦士大学に――」

「わかったわ。あなたはやる事があるでしょう。行きなさい」

「感謝します」


 そう一言伝えると、ブレイザーはまた駆け始めた。

 雨の中消えゆく背中。アイリーンは窓越しのテンガロンを見る。

 テンガロンが一つ頷くと、アイリーンはその場で巨大な魔法陣を描いた。

 過去親善試合などの式に使われた拡声魔法である。

 すでに魔法大学を後にしたブレイザーの存在を一つ遅れて感知したティファとタラヲが場に到着した時、それは始まった。

 アイリーンによる、魔法大学からの避難勧告。


『ベイラネーア住民の皆様。六法士のアイリーンです』


 リナ、オルネル、ティファはこの時のアイリーンの声に驚いた。

 この緊急時、アイリーンは住民に対して冷静で落ち着いた声を出したのだ。

 そして三人は気付く。火急ならばこその声。アイリーンの声が冷静であれば冷静であるほど住民は落ち着いて行動出来るのだと。

 勿論慌てる住民もいるだろう。しかし、そんな人間を一人でも減らすようアイリーンは努めた。

 魔法大学、戦士大学への避難誘導が始まると、魔法大学の校舎からは悲鳴のような叫び声が聞こえ始めた。


「一年生か、無理もないな」


 オルネルがそう零すと、リナはすぐに校舎へ駆け始めた。

 魔法大学に広がる不安を取り除くためにいち早く行動したのだ。

 遅れてティファが動き出すと、オルネルはそれを御した。


「っ、どいてください」

「そうだ、どくのだオルネル!」


 ティファとタラヲはオルネルに食ってかかった。


「行くのはリナだけでいい」

「何で、私だって学生自治会の――」

「リナは元会長だ。ティファが行ってどうにかなる問題じゃない。今はリナに任せておくんだ」


 オルネルが諭すように言うと、ティファは諦めるように俯いた。


「それより今俺たちがやるべきは住民の避難誘導だ。三、四年生は実戦経験があるヤツが多い。俺とトレース先生で率いて街に出る。いいですね?」


 オルネルは避難勧告を続けるアイリーンの無言の頷きを確認すると、すぐ行動に移った。


「二年まではクラリスとアンリに協力して冒険者たちの後方援護だ、これにはティファ、お前も頼んだぞ」


 一つ首を縦に振ったティファは、走りながら他の学生たちに迅速に指示を出すオルネルの背中を見送ると、中庭に出て来たクラリスとアンリの下へ走った。

 その最中(さなか)、タラヲが聞く。


「ティファよ、ポチズリー商店の方はよいのかっ?」

「…………」

「あそこには多くの子供がいる。イツキだけでは誘導出来ないのではないかっ?」

「……大丈夫よ、今日あそこには長が行くって言ってたから。レイナさんやアドルフもいるでしょうし、ナツもこの一年で成長したわ」


 駆けながらタラヲが俯く。


「そ、そうか…………いやしかし、何やら嫌な予感がするのだ……」

「…………」


 その進言は無言で返され、タラヲもそれ以上言うことはなかった。

 学生の大半が中庭や魔育館前に集まった頃、戦士大学の方で大きな掛け声が響いた。

 六勇士のチャーリーやドラガン擁する戦士大学。その士気は非常に高く、学風からも実戦経験の多い学生が多数いる。

 アイリーンが住民の避難勧告を続けなければならない状況下、前線を担うのは戦士大学と冒険者だろう。

 頬を伝う汗と冷たい雨にもどかしさを感じるアイリーンは、歯を食いしばりながら避難勧告を続ける。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 西門には既に多数の冒険者が集っていた。

 そんな中、高い外壁から腕を組んで立っていたのはララ。

 緊張を隠せない様子の春華は、モンスターの大群を目にし、小桜を強く握った。


「「む、無事だったか」」


 ララに巻き付いていたツァルが逃げて来るミドルスたちを捉える。


「「案山子(かかし)モード発動だ」」

「……わかりました、師匠」


 ララの瞳の色が変わる。

 無機質な緑色の瞳がモンスターたちを捉える。


「「状況報告」」

「モンスター数、およそ千五百。平均ランクC~B。ランクSのオチューを視認。害獣度二百五十。最優先迎撃対象です」


 ララの視線の先をツァルが見ると、そこには樹木の根を丸めたような茶色く巨大なモンスターが大きな口を開けながら走っていた。


「「屍肉を好む腐食モンスターか。仕方ない、あれは私が受け持とう」」


 ララが小さく返事をすると、ツァルは外壁を這いながら西門前へと下りて行った。


「「ララはここで上空のモンスターの対処だ。イデアとミドルスにも同じ指示を出す。皆を死なせるな」」

「……はい」


 師の背中を見送りながらララがそう言うと、西門に下り立ったツァルは一気に元の巨大な身体へと戻った。

 外壁に届きそうな身体をうねらせ、カガチが味方だという安心を他の冒険者に与えた。


「ツァルさん!」


 先頭を走るイデアが叫ぶと、ツァルは自身の尻尾を前にイデアたちに向けた。


「「イデア、ミドルス……掴まれ!」」


 尻尾の先端を抱きかかえるように掴んだ二人は、瞬時に外壁にいるララや春華の下へ飛ばされた。

 呼吸の荒い二人だが、外壁にいる冒険者たちを見ると、すぐに自分の持ち場だと理解した。西門前には上位ランクの冒険者がいたが、攻勢に出ることの難しい外壁上には、上位ランク魔法士の数が明らかに足りていなかった。

 ララと春華の冒険者ランクはB、イデアとミドルスはAである。二人見合った魔法士は、互いに頷くと、持っていた杖をモンスターに向ける。


「はぁ……はぁ……やるぞ、イデア!」

「ったく……上等だよ!」


 西門前では遅れてツァルの尻尾に掴まったエッグが叫ぶ。


「あれ!? この尻尾、動きませんよっ!?」


 慌てるエッグにツァルが見下しながら呟く。


「「エッグ、貴様は下(こっち)だ」」

「えぇええええええええええっ!?」


 悲痛な叫び声を上げる六勇士の弟子。

 強い睨みを見せるツァルにたじろぎながら、口の先を尖らせて愚痴を零している。

 背後の気配が強まると、ツァルの尻尾の先から下り、背中の剣を握りながら腰を落とす。


(三人の内で唯一息が乱れていない。流石六勇士の直弟子だな)


 エッグの背中を見つめるツァル。


「「来るぞ」」

「はい!」


 ベイラネーアの西門。

 雨が更に強まる絶望の中、いち早くモンスターの大群と戦闘が始まった。

◆主要メンバーの現在の状況◆


西門外壁:ララ・春華・イデア・ミドルス   西門前:ツァル・エッグ 

東門:マナ

南門:リード

北門:ブルーツ・ベティー


ポチズリー商店:ライアン・レイナ・ナツ・イツキ

魔法大学:リナ・アイリーン・オルネル・ティファ・タラヲ・トレース・テンガロン・クラリス・アンリ

戦士大学:?

冒険者ギルド:ダンカン


?:ブレイザー

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