159 反省会
屋敷に付いて早々、俺たちはジュンとブライト少年に出迎えられた。
後方ではフェリス嬢も腕を組んで立っている。
何だ? 二人はともかくフェリス嬢まで心配してくれたのだろうか?
「ポーア先生!」
「ポーア殿!」
近寄って来た二人に俺は手を上げて応えた。
ブライト少年なんて俺のひざ元に抱きついてきたくらいだ。こうして見ると結構子供っぽく見えるんだな。
ポチは既に外の庭から部屋に入ってるだろうが、もしかしたら連れて来た方がよかったのかもしれない。
「ブライト様、先程は失礼をしました」
咄嗟に呼び捨てしてしまったのはまずかっただろうな。
「そんな事ありません! ポーア先生は……その、凄くかっこよかったです!」
これは嬉しい事を。後でポチに自慢してやろう。
「それにシロさんも!」
別に言わなくてもいいかもしれないな。きっと増長するだろうから。
興奮するように言うブライト少年にジュンが続く。
「ポーア殿、本当にありがとう。まさかこのタイミングで敵が動くとは思わなかった……」
「いえ、俺も軽率でした。後程お話を伺いたいと思います」
「わかった。それにしても驚いたぞ。ポーア殿の部屋からブライトが現れるとは……!」
「僕もビックリしました! まさかポーア先生の部屋のベッドの下に飛んでしまったのですから!」
暗くてビックリしたのだろうか。それとも空間転移魔法にビックリしたのだろうか。
いや、まぁわかりきった事なんだがな。
「あれは……その……」
「あの魔法! あの魔法を教えて頂けませんかっ!?」
せがむように言うブライト少年に、俺は苦笑する。
いや、この時代で教えたらまずい事になるよな、絶対。
って事は絶対に教えられないような気がする。しかし、この子に頼まれると断れないような感覚にとらわれるのは…………黒帝様の呪いなのだろうか?
「では時期がきたら……とだけ」
「そ、それで十分です!」
光を灯したように笑みを見せ、両手の拳に力を入れるブライト少年。
あーあ、約束まがいの事言ってしまったな。
でもブライト少年が誰にも教えなければ、それはそれでいいんだろうな。本当に信用出来るまでは教えないでおくのが一番って事か。
「ジュン様」
「何だ?」
「少しシロと話がしたいのですが、お話はその後でも?」
「うむ。では一時間後に私の部屋に来てくれ」
部屋に?
初めて呼ばれるな。話す時は応接間を使っていたのに。
女性で年頃の貴族の家長が、下男を部屋に呼ぶのはまずいのではないのか?
俺はぎこちない返事をジュンにした後、二階で待つであろうポチに会いに行こうとした。
すると、フェリス嬢が話しかけてきた。
「アナタ…………いえ、ポーアだったわね」
もうすでに半月魔法を教えてるはずですが?
「えぇ」
「アダムス家の長女として、礼を言っておくわ。私の友達を救ってくれてありがとう」
救ってくれて――のあたりで既に背中を見せていたフェリス嬢だったが、少々その言動に驚いた。
あのお転婆姫がお礼をねぇ……。
去り際に小走りで消えていくところを見ると、かなり照れていたみたいだ。自分で自分の行動に驚いてるのかもしれないな。
「ポーア殿」
「アルフレッドさん」
厳しい顔つきは相変わらずだが、アルフレッドは俺を横切りながら、短めの礼を述べた。
「坊ちゃまの事、感謝する」
それだけ言って、アルフレッドはジュンたちの方へ向かった。
あのアルフレッドが珍しい。しかし、何度聞いてもお礼を言われるのは慣れないな。
そんな事を考えながら自室へ着くと、ポチは部屋のテーブルにお茶の用意をしていた。
「さっさとストアルームです!」
つまり断念した間食を出せ……そう言ってるのだ。
まあ出すつもりだったから別にいいけどな。
スウィフトマジックのボイルで温かいお茶を用意し、ストアルームから焼き菓子や果物出す。
ものの数分で平らげたポチは、ぽっこりお腹をポンポンさせていた。
「ったく、少しくらいくれたっていいじゃないか」
「ダメです!」
「でも――」
「ダメです!」
お茶だけで口の寂しさを紛らわせてた俺の言葉を、先程から何度も断る我が使い魔。
ホント、食い意地だけは張ってるんだから。
そんな事はまあ些細な事か。少し待てば夕飯の時間だ。
さて、今回の戦闘で、ポチとは色々話さなくちゃいけないだろうな。
休日とはいえあんな事があった後だ。ジュンも早く話したいだろう。
そんな中、せっかく時間をもらったんだし、有効に活用しなくちゃな。
「シロ、今回の敵……どうだった?」
「どうもこうも……これですよこれ」
多少水で身体を洗ったが、未だに体中に残るポチ自身の血。
もしかしたら始まりの地を出てから一番のピンチだったかもしれない。
「ランクSのカイゼルディーノ……か」
「動きこそそこまで速くなかったですが、勝負所の動きはやっぱり竜族ですね。マスターの強化魔法がなければ勝負にならなかったです」
意外にも落ち込んでいる様子は無かった。ポチはただ冷静に敵の戦力を述べた。
ポチなりにこの場をそういう場だとちゃんと認識しているって事か。
「この時代に来て、種族の差が顕著に現れてますねぇ」
「だよなぁ……」
「あのディノって使い魔……レベルいくつでしたか?」
「すまん。動きからポチと同等だろうと思って、あのチキアータのレベルしか見てなかったんだ」
「ではそのチキアータは?」
「百五十二」
ポチは顎下に前脚を当てて考えている。
「その方より低いと思うのが普通ですが、マスターのレベルで同等に戦えたのなら及第点じゃないです?」
「あのミャンって子は発展途上だったし、ディノの性格とチキアータの実力を考えたら、僅差で勝てたかもしれない」
「でも、まさかコバルトドラゴンとは思いませんでしたね」
「あぁ、ランクSのディノ以上に厄介だぞありゃ」
するとポチは首を傾げた。
「どうしてです? 確かに今の段階ではあちらの方が強そうでしたけど、将来的にはランクSのディノの方が厄介では?」
ポチは冒険者ギルドが認定したランクの差を言っているのだろう。
コバルトドラゴンはランクA、カイゼルディーノはランクSだしな。
「カイゼルディーノは陸上で淘汰され、モンスター同士の争いの中でランクSの実力なんだ。空を飛んで、生存競争のほとんどないコバルトドラゴンは、何にも侵害されずにランクAなんだよ。あんなのが使い魔になったら……ましてや限界突破の魔術があるこの時代では……――」
「――――そんじょそこらのランクS……いえ、ランクSSのモンスターでも手に負えませんね……」
「そういう事だ。そういった意味では、リナの使い魔であるバラードもそんな底力はあるんだけどな」
咄嗟に名前が出てしまったが、リナは元気にしてるだろうか?
またティファと喧嘩なんかしたりしてないだろうか?
「とりあえず私もマスターも伸びしろはあるんですから、今はそこまで深く考えない方がいいですよ!」
「あ、あぁ。うん。そうだな」
「それにしてもマスター、驚きましたよ。さっきの十の魔!」
「お、気付いたか? 流石俺の使い魔」
「当然気付きましたよ。あれ全て上級魔法でしたよね? 一、二発上級魔法が入ればいいレベルだったのに、実用段階で全て上級魔法を入れるなんて……」
そう。十の魔は情報量のちょうどいい中級魔法で使っていたが、今回の戦闘ではほぼ全て上級魔法で使えた。
ポチのヤツ、自分も戦闘中だったのによく見てたな。
もしかして見てたから傷を負ったなんて事は…………流石にないか。
「レベルが上がった恩恵だろうな。思いの外宙図技術も向上してたみたいだ。まぁ、最後のフリーズファイアだけは中級魔法だけどな」
「あぁ、そういえばそうですね」
真面目な会話の中、珍しくポチの反応もいい。
これはもしかして俺の成長を喜んでくれているのだろうか?
心なしか尻尾も振ってるし……。
「でも、ブライトさんを助けられたのはいいですが、結局は撤退。私たちもまだまだですね~」
「そうだな。それについては色々考えておくよ。これからジュン様に会って来るから、シロは明日の準備でもしておいてくれ」
俺はそう言って立ち上がり、自室を出ようとした。
しかしポチは俺のマントをぐいっと引っ張って、その動きを止めたのだ。
……嫌な予感しかしないが、一応聞いてやろう。
「あれを見てください」
ポチの前脚の先に、部屋の時計があった。
時刻は俺の体内時計と多少ずれてはいるが、間も無く十九時になるところだ。
「もうすぐ夕食の時間です!」
知ってた知ってた。
俺は大きな溜め息を吐きながら、再びストアルームの魔法を発動するのだった。




