016 クラスメイトと白黒の連鎖
―― 四月一日 午前九時 魔法大学中央校舎 ――
俺とポチとリナは、中央校舎中庭にある魔育館という鍛錬や集会時に利用する場所に来ていた。
五十人程の新入生と、数百人の在校生や魔法士の姿が見える。
入学式が始まる前、新入生席に掛けようとしたらドラガンやアイリーンに話し掛けられた。他愛もない個人的な祝辞だったが、嫌でも周りから視線が集まってしまった。
因みに、ドラガンは来賓として学校に来ていた。
少なからず保護者席が存在し、その中に座る一際目立つ毛むくじゃら、ポチの姿が見える。あいつもまた注目を集めていた。
使い魔の同伴は許されたのだが、新入生席に座る事は出来ないので、保護者席で大人しくお座りしている。周囲の淑女達と話してるみたいだが……大丈夫だろうか?
十五歳以上が新入生となる為、女子席と男子席が分かれている。昔は一緒だったのだが、こういった所の変化でたまに違和感を覚える。
そして入学式が始まった。
校歌斉唱
『腕もげようとも 前に進め
脚もげようとも 前に進め
祖先の心 熱き魂
魔法の心 希望の光
白黒連鎖の果ての果て
ベイラネーア ベイラネーア
あゝ我等の 魔法大学 魔法大学』
歌い出しはどうかと思う。
魔法大学長である《流星の魔戦士テンガロン》の式辞。
火、土、風の複合魔法を得意とする戦士上がりの魔法士だ。厳格、とは言い難く、温和な風体と表わすのが良いだろう。
薄くなった頭頂部に白い髭、適度に目立つ皺。開けているのかわからないその眼を見る事はかなわなかったが、魔法大学長として相応しい風格だったと言える。
来賓のドラガンの祝辞やトレースの教師紹介があり、いよいよ在校生歓迎の言葉となった。
学生自治会会長の《ウォレン》、テンガロンの時もドラガンの時もざわついたが、ウォレンの登場時はそれ以上に騒がしくなった。
おそらく、一般公開している親善試合の影響が強いのだろう。《黒帝》と称されるその実力は、次期六法士筆頭との噂もよく聞く。
黒の派閥に黒の法衣、黒のマントに長い黒髪、きっと腹の中も真黒なのだろう。
薄い顔立ちではあるが、整っており、その眼光は中々に鋭い。
気のせいか俺の方を見たような? まあ気のせいだろう。
そして新入生代表の挨拶。
いや、代表は俺じゃない。そしてリナでもない。二人共辞退したからだ。
首席とはいえ、通常試験の満点合格者は三人いたのだ。ならば、その三人目にお願いしよう、という他力本願な俺の心は、すぐにポチに見抜かれた。
しかし、リナも似たような意見だった。リナは自信こそ付いたが、そこまで教養が高くなく、読み書きくらいなら出来る、というレベルだ。
生まれた時からフォールタウンにいたのであれば、それは無理もない。町が落ち着いてから、ライアンやレイナや俺が色々教える事は出来たが、やはりそれはこの学校の新入生達に比べると劣ってしまうのだ。
勿論、魔法の事に関しては人一倍頑張っていたので、他より優れている。しかし、この学校でリナもまた一段と成長するだろうし、俺もそれを願っている。
新入生代表は俺とリナの同級生になる《オルネル》、青い髪に同じ色の瞳、眼鏡を掛けた優男だ。
ハキハキと喋り、熱が籠ったその表情は自信に満ち溢れている。
入学式が終わり、俺達はトレース引率のもと教室へと案内された。
入室の際、ポチも一緒に入れたので、これからは通学も一緒で大丈夫という事だろう。
そこには各机毎に木彫りのネームプレートが置いてあり、それが机付属のプレート入れにスライド式に入れられるようになっている。
「では、自分の席を確認して、ネームプレートをプレート入れに差し込んで着席して下さい」
「マスター、私のネームプレートまでありますよ!」
「いいから黙ってろ」
使い魔と一緒にいると、どうしても目立ってしまう。周りからは興味本位な視線と、クスクスという小さな笑い声が混じっていた。その声の中にリナの声があったのは言うまでもないだろう。
教室は非常に大きく、階段状に座れる形式で、百人は講義を受けられる仕様となっている。なるほど、ポチも入れるはずだ。
俺とポチは中央付近に腰掛け、リナは最前列の一番右側、廊下側に座った。
教え子とこういった場所で同席とは、中々味わえるものではないかもしれない。
トレースの改めての挨拶、明日からの学校生活についての簡単な説明を受けて、一人一人に二枚の羊皮紙の巻物が配られた。
これは……契約書か?
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白黒の連鎖 加入契約書
_____(以下「甲」)と、白黒の連鎖(以下「乙」)の甲乙間において、次の通り契約を締結する。
一、甲は、心身共に鍛錬し、戦士、または魔法士として相応しい姿勢を心がける
二、甲は、魔王襲来の際、聖戦士を全面的に援護し、魔王討伐の参戦に同意するものとする
三、甲は、白または黒の派閥に所属し、乙の団体の活動、思想に同意するものとする
この契約の証として、本書を二通作成、甲乙双方の署名の上、各自一通を保管するものとする。
戦魔暦九十一年四月一日
甲 _____
乙 白黒の連鎖
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とんでもない契約書もあったもんだな。
一と二はまだわかるが、三の強制力はなんだ? 白黒の連鎖の活動や思想なんて聞いた事ないのに、曖昧な言葉で濁している。ある意味、死ねと言われたら死ななくてはいけない契約書だぞこれは。
「これは酷いですねー」
ポチが小声で俺に呟く。
リナは俺の方をちらちらと見ている。やはり困っている様子だ。
俺も驚いたがその対象が違う。……他の連中だ。皆すらすらと署名をしている。そして署名を終えた者から順番に、教壇の上にある白黒の箱の中に契約書を入れている。
あの二つの箱……つまり白い箱に入れれば白の派閥に属するという事か。なるほど、たちが悪いな。
ばれないようになんとかするには……、
「ほいのほい、レターエディット……そして、地走魔送」
魔法と魔術を並行して地面に発動し、地走魔送の魔術が、リナの机の巻物まで俺の魔法陣を運んだ。
リナは焦った様子で机に顔を伏せ、契約書を隠した。
「んでもって俺のも……レターエディット」
《レターエディット》……魔道具の契約書は、その作成者の魔力に応じてその効力を発揮する。その魔力が大きければ大きい程、その契約を破る事が出来なくなる。そういった契約の書き換えをするのが、この《レターエディット》という魔法だ。
ポチが使い魔じゃない時、大事な文献に粗相をしてしまい、文字が滲んでしまった時に考案した魔法だ。
その契約書を書いた当時の作成者の魔力を上回っていれば、契約書の編集が可能だ。俺程魔力を保有している人間はおそらくいないだろう。だからこそこの魔法が活きる。
文字がくねくねと踊り出し、編集が完了した契約書がこれだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
白黒の連鎖 加入契約書
_____(以下「甲」)と、白黒の連鎖(以下「乙」)の甲乙間において、次の通り契約を締結する。
一、乙は、心身共に鍛錬し、戦士、または魔法士として相応しい姿勢を心がける
二、乙は、魔王襲来の際、聖戦士を全面的に援護し、魔王討伐の参戦に同意するものとする
三、乙は、白または黒の派閥に所属し、乙の団体の活動、思想に同意するものとする
この契約の証として、本書を二通作成、甲乙双方の署名の上、各自一通を保管するものとする。
戦魔暦九十一年四月一日
甲 _____
乙 白黒の連鎖
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一、二、三の「甲」を全て「乙」にしてやった。つまり俺はこの契約書にサインをしても何の効果もないという状態となる。
たとえ魔力が俺より低くても、強制力が少しでも働くのは厄介だ。
おそらくこの契約書を交わした他の生徒は、白黒の連鎖の言いなりになるという事になるだろう。
しかし、これが原因で、俺はともかくリナに火の粉が降りかかったら……? 面倒だが、少し細工をしておくか。
さて、問題はあの箱だが……どうしたものか?
まあ、これに関してはアイリーンに何度も念を押されているから仕方ないか。投函の際、浸透魔法で教壇の下まで落として後程回収しようと思ったが、リナもいるしそれは難しいだろう。
俺は契約書にサインを書き、白の箱にそれを入れた。
そしてリナは……
「あら、リナさんは黒ですか? 残念ですわ」
ポチもあんぐりと口を開ける程の衝撃だった。
「…………」
「親善試合で……先生と戦いたいから……」
……そういう事か。
しかし、今の言葉は、このクラスほぼ全員の注目を集めるのには十分だった。
「それは聞き捨てならないな!」
クラスに響いた声。低く、しかし通った声だった。
リナと同じく最前列、その中央に腰掛ける男、オルネルの姿がそこにあった。
「そうだ、親善試合を舐めるな!」
左手後方からの圧のある声。ネームプレートには、《ミドルス》という文字。
魔法士にしては体の大きい、厳つい褐色肌の男。
「皆、親善試合代表を目指すんだ、アンタみたいな小娘には負けないよ!」
右手後方の女、美人だが目がキツい印象の赤髪の女。ネームプレートには《イデア》という文字。
その後、黒に属したであろう人間がリナの言葉に反応した。
なるほど、代表とは一年生の黒代表。親善試合に出れる人数は決まっている。一年生の門は険しく狭い。
――参加人数一人。
二年生から三人となるらしいが、親善試合の時間枠の都合から一人のみ。また、その代表は他学年にもマークされるという話だ。
リナの顔が少し歪む。しかし必死で堪えているという状態だ。仕方ない……ここは――
ダンッ、という鈍く響く音。杖で一度、強く地面を叩く。
自然と注目がこちらに集まった。
「あーあー、黒の代表狙ってるからって一々ひがむな雑魚共! そういう事言うのは《首席》であるこの俺を超えてから言えよ!」
「な、何を言ってる! 首席はこの僕――」
「面倒だから俺が代表を辞退したんだよ! トレースさんに聞けば教えてくれるはずだ!」
「そうです、このレベル百の使い魔を使役するマスターこそが最強です! 小さき弱い者がいくら叫んでも負け犬のなんとかですよ!」
最後の部分はしっかり言って欲しかったな。
しかし、ポチのフォローのおかげで、周囲に動揺が広がり騒ぎ始めた。レベル百の使い魔は確かに強力な一言だ。
よし、注目対象がリナから俺に変わった。
「静かにしなさいっ」
その時、トレースが手を叩きながら学生を収め始める。思ったより早く騒ぎは収まる。どうやら既に契約書の効果があるのかもしれない。
先にリナを席に着かせたトレースは、教壇の前に立つ俺に話し掛けて来た。
「アズリーさん、席へ戻って下さい」
「はい、申し訳ありませんでした」
色んな意味を込めた謝罪をする。
トレースもその意味に気付いてくれてるみたいだった。
席へと戻った俺は、鋭い視線達に刺されながらその日を終えた。
申し訳なさそうなリナの眼が一番強く刺さったが、俺はあえてその眼を見なかった。
ようやく入学出来ました。




