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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第五章 ~古の放浪編~

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◆158 悪口、そして撤退

 怒気を露わにしたディノが、ポチとアズリーに向かって突進していく。

 その後方ではチキアータが魔法陣を宙図(ちゅうず)し始めていた。

 アズリーを乗せたポチは、ディノが真っ直ぐこちらへやってくる事を予期し、予め後方へ跳ぶというプランが頭にあった。

 瞬時に距離をとったポチは叫ぶ。


「今です!」


 空いた空間、ブライトに被害が及ばない範囲を狙った行動。

 アズリーが杖を掲げ、魔法名を叫んだ。


「ポチ・パッド・ボム!」


 水龍の杖に仕込まれたスウィフトマジックが発動し、一つの巨大な水球がディノに向かって飛んでいく。

 その大きさから凌げると判断したディノだったが、その背中に後方からの声が届く。


「よけなさい、ディノ!」

「何っ!?」


 気付いた時には遅く、ディノは避けられない位置まで迫っていた。

 だが、ディノの生存への本能が、最大の窮地(、、、、、)から救ったのだ。

 ポチ・パッド・ボムの正面に放たれた(きわみ)ブレス。着弾と同時に強烈な風圧と水弾のような余波がディノを襲う。

 ディノの身体は竜族の強靭な鱗によって守られている。

 しかし、その身体はアズリーが放った魔法の間接的な威力だけで貫かれてしまった。

 前進を止め、赤緑の身体が鮮血に染まる。尚も倒れずに歯を食いしばるディノを見て、ポチが身体を縮み上がらせた。


「うそぉ!? どう見ても致命傷ですよ!?」


 泣き言のようなポチの言葉に、アズリーは頬に汗を流しながら言った。


「誇りだよ。竜族はあれでいてプライドが高いからな。……だが、これであいつは回復しない限りリタイアだ。シロ、あの女の動きに注意しろ!」

「お任せを!」


 ポチはそう言ったと同時に斜め前方に跳ね、ディノの睨みをかわしながらチキアータに迫る。

 ディノのために回復魔法の宙図(ちゅうず)を始めていたチキアータだが、ポチの接近により宙図(ちゅうず)の解除に追い込まれた。

 チキアータは咄嗟に杖を振り、ポチの接近を牽制する。

 しかし、ポチの野性は鋭敏に反応し、杖を咥え、受け止めて見せたのだ。


「このっ!?」


 両手で杖を持ち、振り放とうとするが、巨大なポチの身体はどうする事も出来なかった。

 完全に固定された杖に意識が向かっている中、ポチに一瞬遅れてアズリーの追撃が始まった。


「唸れ大胸筋っ!」


 チキアータにとって、鋼鉄のような腕から振り被られた水龍の杖は鈍器にしか見えなかっただろう。

 だが、結果は違った。

 辛うじて身を逸らしたチキアータが見たものは、そんな生易しいものではなかったのだ。

 目を疑ったチキアータが捉えたのは自分の杖の先端。

 未だポチに咥えられ、半身ながら自分も持っている杖の先、約三分の一が、綺麗に斬り取られていたのだ。


「……嘘っ?」

「うぉおおおおお! 弾けろ外腹斜筋(がいふくしゃきん)っ!」


 身体を(ねじ)り、外側の腹筋の力を目一杯振り絞り、水龍の杖を振り上げる。

 先端の見えない攻撃に恐怖を感じ顔を引きつらせたチキアータ。遂にはポチが咥え、支えられている自身の杖を足場に後方まで跳んで回避してしまったのだ。


「喜べ、僧帽筋(そうぼうきん)っ!」


 勢いよく半回転したアズリーは、チキアータに大きな背面を見せ、バックダブルバイセップスのポーズを見せつけた。

 ポーズの余韻に酔いしれる予定だったアズリーの目は、正面に立つディノに近寄るミャンを捉えた。


(あれは確かミャン!? ブライト少年はどこだっ?)


 ミャンが捕まえていたはずのブライトの姿が見えない。

 そう思い周辺を見渡すが敵以外見当たらないのだ。

 ならば馬車の裏手、アズリーたちの死角に位置する場所にいるのか、と、アズリーが馬車の上に跳び乗ろうとした瞬間、足下から聞きなれた声が届いた。


「ポーア先生!」


 この一言で十分だった。チキアータはミャンを睨みながら小さな舌打ちを見せるが、アズリーがそれを気にしている余裕はなかったのだ。

 アズリーは馬車の下から現れたブライトの眼前に、左手で描いていた宙図(ちゅうず)を発動した。

 しかし魔法が発動する事はなく、その兆しすら見えなかった。

 やがて魔法陣が発動の失敗を告げる魔力の霧散へ移行し始めた時、アズリーの目が大きく見開かれた。


「ここだ! コピー&ライト!」


 水龍の杖で描いた魔法は、左手が描いた魔法陣を的確に複写していく。


「何かしらね、あの不気味な魔法は……まさかっ! 宙図(ちゅうず)では発動しない魔法……つまり設置型!?」


 チキアータが気付いた時、アズリーの魔法は地面に魔法陣の複写を完成させていた。

 後方ではディノの回復がミャンによって行われている。

 嫌な予感を感じたチキアータも、この速攻には反応出来なかった。


「ブライト! 乗れ!」

「はい!」


 咄嗟に出た強い発言。しかし言葉にこもった気迫が、ブライトに迷いを生じさせなかった。

 魔法の発動を知らせる光が見えた瞬間、ブライトは姿をぼやけさせ、人魂のようにゆらゆらと燃え始めたのだ。

 魔法陣の前をポチ、後ろをアズリーが堅め、チキアータとディノを警戒する。

 人魂は魔法陣に吸い込まれるように消えていく。そして、一つ間をあけて魔法陣が消えていった。

 背後に気配がなくなったのを感じたアズリーとポチは、示し合わせたかのように馬車の上へと跳んだ。

 着地と同時にポチに跨ったアズリーは次弾の宙図(ちゅうず)に入っている。

 ポチは回復を終えたディノを見て、歯を剥き出して威嚇している。

 だが、チキアータとミャンは目の前で起きた不可解な事に、呆然と立っているだけだった。

 魔法名テレポーテーション。アズリーが現代で作ったオリジナルの空間転移魔法は、古代に生きる二人の魔法士には理解出来ない魔法だった。

 この中で一番厄介な相手、チキアータ。

 彼女がこの混乱から解けるまでの一瞬の隙が、アズリーに勝機を生んだのだ。


「ほい! 聖十結界!」


 魔術陣から放たれたアズリー最強の結界魔術がチキアータに向かう。

 唯一反応出来たディノがチキアータを庇おうと走るが、進行方向にポチの煉獄ブレスが放たれ、足を止められてしまった。

 ミャンはただただ反応出来ずにいた。だが、チキアータはこれがどういう魔術か知っている。

 顔に先程までの余裕は感じられなかった。


「……やるじゃない、坊や」


 厚い唇を長い舌で舐め、小さく呟いたチキアータ。

 その時、アズリー、ポチの二人に凄まじい悪寒が走った。

 上空から迫る何かにアズリーが警戒する中、ポチは馬車の上部を壊す程の跳躍を見せ後退した。

 アズリーはこの時、りんと鳴り響く自身の杖の共鳴音を聞いた。

 アズリーが見上げた先には大きな影。放った結界魔術は、影が大地を潰すような強力な一撃を放ち、消え去ってしまったのだ。

 ポチの着地とともに、二人の四つの目が捉えたのは、青く長い身体を持つ巨大な龍だった。

 頭だけでポチの半分程の大きさがあり、口元に広がる鋭利な牙。背に生える金と銀の体毛と、体表の青く光る鱗。

 長い胴体に見える短い四つの手足。

 アズリーは初めて目にするモンスターを前に、ただ呆然とするしかなかった。


「水龍……コバルトドラゴン…………」


 しかし、ポチの激しさを増した威嚇が、彼を呼び覚ます。

 ハッと気づくと、馬車を尾で弾き飛ばすディノが正面に立ち、チキアータはコバルトドラゴンの顎下を撫でていた。


(くそ! どうして気付かなかった!? ディノの(あるじ)がミャンだと知った時、同じ魔法士であるチキアータに使い魔がいない事を……何故疑問に思わなかった!?)


 焦るアズリーの耳に届く声は友の声。


「馬鹿だからです!」

「そうか! ……って違う!」


 鼻息を荒くし、にじり寄るディノを前に、ポチは一歩、また一歩と後退する。


「さっきはよくもやってくれたな小童……」


 戦況は一変。互角に戦えると踏んでいた状況が覆されたのだ。

 迂闊に攻め込めるはずがない。だが、アズリーの狙いは別のところにあった。

 チキアータが何かを呟き、コバルトドラゴンの顔が二人に向いた時、アズリーは上空に水龍の杖を掲げた。


「ポチ・パッド・ボム!」


 再び放たれた肉球型の水系爆弾は上空高くへと疾走した。

 行方を見守るディノとミャン。そしてチキアータとコバルトドラゴンは、ポチに意識を向けていた。

 再びアズリーが叫ぶ。

 第四のスウィフトマジックの発動。


「ボイルッ!」


 ポチ・パッド・ボムに向けて放たれたそれは、魔法がぶつかり合ったと同時に融合し、消えていった。


「ふん、何だ今の魔法は……?」


 ディノが再びアズリーを睨み、魔法から目を逸らした瞬間、空高くで昼をも明るく照らす光が迸った。

 コバルトドラゴンがその長い首を上に向け、何かに気付く。

 瞬時に(あるじ)であるチキアータを覆い、守るようにとぐろ(、、、)を巻く。

 コバルトドラゴンの行動をなぞるようにディノが舌打ちをしながらミャンの下へ走る。


「あっ!」


 押し倒すかたちでミャンに覆い被さったディノは、背中から受ける熱い感覚に襲われた。


「熱ッ! うわちゃちゃちゃちゃっ!?」


 本来火魔法と相性の良いカイゼルディーノだが、体表を貫かれ、中から浸透する熱には弱い。

 アズリーは水魔法であるポチ・パッド・ボムに重ね掛けの魔法を放ち、水温を超高温にまで熱しあげたのだ。

 コバルトドラゴンとディノ、二人の使い魔が攻撃を防いでる間、チキアータとミャンは己の使い魔に回復魔法を施している。

 これにより、二人の使い魔は攻撃が止んだと同時にアズリーたちに奇襲を掛ける事を考えていた。


「そろそろだぜぇっ!」


 多少のダメージを覚悟の上、ディノは攻撃の射角からミャンを守れるギリギリの位置で立ち上がった。

 攻撃を払いながら視界の端にディノが捉えたのは、


「なっ!?」


 ポチとアズリーの後ろ姿。

 顔だけを後ろに向け、後方確認を行うポチ。


「それは、私の冷めたシチュー用の魔法です!」


 半身になって後ろを警戒するアズリー。


「俺の冷めたコーヒー用の魔法だバーカ!」


 二人の雑言はディノの耳に届き、(きわみ)ブレスを発射させるだけの誘発性を含んでいた。


「シロ!」


 アズリーが簡潔な指示をポチに出すと、ポチは前方に宙返りをしながら相殺用の(きわみ)ブレスを吐いてみせた。

 同時に、跨っていたアズリーが、後頭部を地に擦る。


「ふぎゅっ!?」


 いや、ぶつかったと表現した方が正しいだろう。


「おいてめーシロ! いってーよっ!」

「……見てくださいマスター! ちゃんと相殺出来ましたよ!」

「聞けよ!」


 本題をかわす事が出来なかったポチだが、後方で物凄い怒りを見せるディノの顔を見て、満足そうである。

 しかし、撤退を余儀なくされたのは事実。

 これは二人にとっての課題であり、次へのステップなのかもしれない。


ポチ(、、)、逃げる時はアレだアレ」


 もう聞こえないだろうと、アズリーがポチに言う。


「えぇ、わかってます!」


 ポチが同意してアズリーの言葉の意味を察した。


「「覚えてろーっ!!」」


 荒野に二人の声が響き渡る。

 走り去る二人の背中を、溜め息交じりに呆れて見るチキアータが呟いた。


「何なんだい、あれは……」


 敵とはいえ不可解過ぎる敵に、チキアータたちは怒気すらも見せられなかったのだ。


「くっ……ぶっ殺すっ!!」


 勿論、ディノを除いて。

一度は主人公に言わせてみたいセリフ。


「覚えてろ」


夢が叶いました。

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