156 事件
―― 神聖暦百二十年 六月十九日 午前九時 ――
出発を明日に控え、とんでもない金額の成功報酬をもらった俺とポチは、ずしりと手に乗るゴルドが沢山詰まった革袋を持って目を輝かせていた。
「二十万ですよ、二十万ゴルドッ! マスター! 何買いますっ?」
「ふふふふふふ、まぁ待てシロ。まずは明日の準備からだ」
明日の準備を、という事で、本日の魔法指導はお休み。
警護もジュンがするからと、一日休みをもらった俺たち。
しかし、まさか二十万もの大金をもらえるとは思わなかった。フェリス嬢の指導もこの中に入ってるのかもしれないな。
そう考えると妥当な金額なのかもと思ってしまう。
「うーむ、あの特殊魔法陣には色んな素材が必要だよなぁ」
「何が必要なんです?」
「主に眼球だ。キマイラのは以前リードたちと倒した時に貰ったし、この数年で色々な眼球が手に入ってる」
「眼球って、また鑑定魔法でも使うんですか?」
「今回はちょっと違う魔法だ。解析魔法って言った方がいいかな?」
「解析魔法…………マスター、変な事には使わないでしょうね?」
目を細めてポチが聞いてくる。
俺にはそういった趣味はないと、いつになったらわかってくれるのだろうか、この使い魔は。
俺も同じような目で返すと、ポチは気を取り直して更に聞いてきた。
「どのモンスターの眼球が欲しいんです?」
「モンスターに指定はない。出来ればランクSのモンスターの眼球が欲しいんだが……売ってるかな?」
「とりあえずそれっぽいお店に行ってみるしかなさそうですね」
「だな」
そんな話をしつつ、俺たちはこの時代には珍しいであろう街の外れにあった錬金術の店で、ランクSSモンスター『黄竜』、その仔竜である眼球を手に入れる事が出来た。お値段なんと十万ゴルド。
それしかなかったから仕方ないが、本来は数万ゴルドで済んだはずだ。
まぁこれはランクS相当の価値はあるし、これはこれでいいだろう。
その後昼食をとり、ポチの間食、そして俺たちの夕飯とポチの夜食を購入して屋敷に戻った。
休み故に、今日の食事もないって事だ。
屋敷に戻った時、時刻は太陽が傾きかける十六時半を迎えていた。
「いやー、今夜が楽しみですね!」
一週間分の買い物に見えるが、やはり一日分なんだな、それ。
買い物袋を両手に抱え、器用に立って歩くポチは目が頬に付きそうな程垂れている。
相当嬉しいようだ。
屋敷の庭を通り過ぎ、玄関近くまで歩いて一旦ポチと別れようとしたその時、玄関の扉が大きな音を立てて開いた。
何事かと目を丸くした俺たちの前に、青ざめた女が一人。
「ジュン……様? ど――――」
「どうしたのですか?」……その一言が出るより早く、ジュンは一瞬で間を詰め、俺の両肩を掴んだ。それはもう強烈な力で。肩から血が出てるんじゃないだろうか?
「ブライトがいないのだポーア殿! 貴殿、ブライトを見なかったかっ!?」
視界がブルンブルンと振られている。
その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまったのはどうか許して欲しい。
そうか、ジュンが帰って来た時に感じたへばりつくような嫌な視線はこれか。
ジュンの帰還によって起きた人事の入れ替わりによる隙を狙ったのか、それとも別の機会があったのか……。
そう俺が理解するより早く、ポチが動いた。
「間食はおあずけですか……」
膝を落とし、顔を覆うポチはとても悲しそうだが、今はそうじゃないと思う。
「ほい、ストアルーム」
俺は荷物を全てその中に放り込み、間食を追ってストアルームに跳び込むポチの尻尾を掴んで放り出した。
「痛いですー!?」
さっき昼食食ったばっかだろうに!
「俺たちがブライト様を探します。ジュン様はここでお待ちを!」
「待て! 私も一緒に探す!」
「屋敷にはフェリス様もいらっしゃるはず。ここを留守にしてフェリス様にも危険が迫ったら相手の思う壺です!」
「何者かの仕業だとっ?」
「ジュン様がお帰りになった時、変な視線を感じたのは確かです。思い過ごしであればいいのですが……」
「くっ…………頼む……」
唇を噛んで頼んだジュンは悔しそうに言った。
「シロ、巨大化はいい。ブライト様の匂いを探れ!」
「アウッ!」
簡潔な指示だったが、俺がそれを言うより早く、ポチはその任を理解していた。
即座に走り始めたのがいい証拠だ。
流石わかってらっしゃる。
「この道を真っ直ぐ北上してます!」
「北東の門の方だな、急ごう!」
「はい!」
ポチの返事と同時に駆け始め、駆けながらオールアップの魔法を施す。
極端なレベルアップにより歩く人々が突風のように消えていく。
速度にも驚いたが、それに付いていく肉体にも驚いた。やっぱりなんとしても限界突破の魔術を現代に持って帰らなければ。
いや、今はそんな場合じゃない。
そう頭を振った時、ポチは速度を緩めて……そして止まった。
「どうしたっ?」
「ここで匂いが消えています」
「ここで?」
見渡すと周りには何もない。
人気もないただの裏路地。
周辺をくるくると回り、地面の匂いを嗅ぐポチは外壁の隅に身体を向けた時動きを止めた。
「……上?」
「これを子供一人抱えて跳び超えるって事は、相当な実力者だな」
「ぬんっ!」
巨大化したポチに跨る。
背に乗った瞬間、跳び上がったポチは外壁を超え、ふわりと街の外に着地した。
「匂いが近いです。ここから北東!」
「そりゃっ!」
ポチの身体を誘導し、北東に向ける。
地に足の跡が付く程強烈なダッシュに、一瞬目を瞑ってしまう。
「――っと、距離はっ!?」
「およそ千! 二分で追いつけます!」
どうやら相手の足はポチより速くないようだ。
それを理解した俺は、いつでも魔法が発動出来るように目と手に意識を集中させた。
ブライト少年を連れ去ったという事は殺せなかったという事。
殺す以上のブライト少年の価値…………おそらく人質。穏健派のフルブライド家を意のままに操ろうとか考えてるんだろうな。
弟を溺愛しているジュンには非常に効果的だ。
それだけで力を持った貴族を操れるんだ。多少の危険は冒すだろう。
「見えました! 馬車です!」
しかし引いてるのは馬じゃない。もっと強力な何かだ。
「回り込め!」
「はい!」
半円を描くようにポチが馬車の前に躍り出ると、馬車は静かな車輪音を発して止まった。
「カイゼルディーノッ!?」
ランクSの小型の竜系モンスターで、性格は獰猛。生まれた時に契約しないと扱えない程の強力な種だ。
頭は大きく手が短い。しかしスピードにのれば相当な速度になると聞く。あの分厚い脚を見るからに間違いないだろう。
体表が赤緑の斑になっている。火魔法には強そうだな。
それが馬車を引いていた。御者がいないって事は、おそらくこいつは使い魔。
使い魔ならば手綱を握る必要はないからな。
「のけ、小童」
こもった低音の声……やはり使い魔か。
「ブライトさんを返してもらいます!」
「ふん、何の事だかわからぬな」
すっとぼけやがって。
こっちは馬車の中からブライト少年の魔力を察知してるんだよ。
「出来れば中の人に出て来てもらいたいのですが?」
馬車の中には……三人。一人はブライト少年、もう一人は強い魔力を秘めた者。
もう一人は……ブライト少年より少し強い程度の魔力だ。
こんな危険な仕事に、このレベルの人間を連れ歩いているのか。
馬車の扉がぎぃと音を立てて開く。左右同時……奇襲を警戒したが、それは杞憂だった。
左からは細く小さな白い足。出て来たのは緑髪の少女。ララのようにエメラルドグリーンではなく、森のように青々とした緑。
おそらく小さい魔力はこちらの方。気を失っているブライト少年を抱えている。年の頃は十三、四……出会った頃のリナのようだ。
小顔で小さな口の、フユに似た印象だ。
右の扉から出て来たのは小麦色の肉感的な脚。薄い紫色の髪に赤い瞳。整った顔立ちに大きな唇が印象的。
肩と谷間が露出した色っぽいローブ。
六勇士のキャサリン程じゃないが、あまりじろじろ見ていたらポチに怒られそうだ。
しかし…………まずいな、三対二か。加えてブライト少年が向こうの手にある状況。
「あら、中々いい男じゃない」
小麦色の女が言った。
なんとも艶っぽい声だ。ブルーツがいたら囃し立てたに違いない。
「そういう事は私にはわかりません」
聞き取りにくい小さな声で少女が答える。
「主人、命令を」
なっ!?
カイゼルディーノが少女に向かって聞いた? って事はあの少女がカイゼルディーノの主……。
「先生、どうしましょう?」
「ん~……あなたは下がってらっしゃい。私とディノでやるわぁ」
ディノ……カイゼルディーノの名前か。
肘を組んで女が近づき、ディノは固定された綱を器用に外している。
「あの子を殺せないと知ってるなら追い払うしかないわよね。あなた、お名前は?」
「……ポ――」
「シロです!」
知ってた知ってた。
「ポーアといいます」
「ん~、いいお名前。私はチキアータ。あの子はミャン。よろしくね、ポーア?」
呑気に挨拶か。
俺も名乗ってしまったが、これ以上無駄な会話は慎むべきだろうな。
「ふん……かみ砕いてやるっ」
「それは困ります!」
ディノの威圧と存在にもポチは臆してないようだ。
俺はチキアータ、お前はディノだ……いいな?
…………そんなに嫌そうな顔するなよ。




