155 胎動
「見事だポーア殿。まさかブライトがあそこまでの実力を身に付けていたとは思わなかった。それにフェリス殿もな」
「最初はどうしたものかと思っていましたが、ブライト様の相手として互いに刺激し合えてるのかと」
実際、あの二人は良い意味で合っている。
ブライト少年はフェリス嬢の強烈な攻撃といじめに必死で抵抗するし、フェリス嬢はブライト少年に良いところを見せたいようだからな。
互いに性別を間違えて生まれてきたらよかったのに。
「成功報酬は金だったな。後でアルフレッドから受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
「それで、どうだろうか? これから先もブライトの魔法指導をしてくれるだろうか?」
「それはジュン様が私の事を前向きに検討して下さっているという事でよろしいですか?」
「勿論だ」
良い傾向だ。
これならば少しくらいの我儘を聞いてくれるかもしれないな。
「でしたら私のお願いを聞いて頂きたいのですが……」
「何だ? 出来るだけ譲歩しよう」
「ブライト様のレベルの事です。これまでは誤魔化しながら魔法を使ってきましたが、流石に今のままのレベルではこれ以上の成長は難しいかと思います。低レベル帯のモンスターの狩りや、戦闘を行わせたいのですが、いかがでしょうか?」
ジュンは腕を組んで黙ってしまった。
モンスターを倒さなければレベルは上がらないし、強くもならない。
どの時代であれ、それは変わらない事実だ。
ジュンがブライト少年を溺愛している事は知ってるが、このままではブライト少年の成長にはならない。
ジュン自身も殻を破って欲しいところだが……さて?
「……ポーア殿の言いたい事はわかった。しかしだな――」
「――しかしもかかしもないわよ!」
ドンと応接間のドアを開けたのはフェリス嬢。
そして聞き耳を立てていたのか、ブライト少年が倒れ込んで来る。
「ジュン殿! アナタがいつまでもそんなんだからブライトはいつまでもこんなんなのよ!」
「こんなんって……ブライトは可愛いじゃないか、フェリス殿」
論点はそこじゃない。
「私もブライトも、少しは強くならないと自分の身を守れないのよ!」
「この子に私しかいないように、私にもこの子しかいないのだ。ブライトの身は私が守る」
「じゃあ何!? ブライトはお遊びのために、このひと月魔法指導を受けたっていうのっ?」
「そんな事は言っていない……しかし――――なっ!?」
「くっ!?」
「な、何だっ!?」
その時、強烈な大地の震動とともに、腹の底に響く脈動が聞こえた。
相当大きな揺れ…………これはもしかして……。
「魔王の…………胎動……?」
いつもは気の強いフェリス嬢が両肘を抱いて蹲る。
未だ揺れ続ける屋敷の中、俺とジュンは見合う。
逆に、いつもは気の小さいブライト少年が、フェリス嬢の肩を支えているのだ。
「姉上…………私からもお願いします。どうか……!」
強く逞しい眼差しに、ジュンが何を思ったのかはわからない。
しかし、このひと月の成長を実感した事は確かのようだ。
それにしても魔王の胎動がここまでとはな……。
両肩に圧し掛かる強力な魔力。心の臓を直接握られたような感覚。まるで死と隣り合わせにいるみたいだった。
俺でも立っているのがやっとだ。
ポチのヤツ、今頃ベッドの下で目を塞いでるだろうな。……助けに行ってやるか。
「ジュン様、シロが心配です。ここをお願いします」
「あぁ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいシロ! 大丈夫か!?」
『いません!』
案の定ベッドの下から聞こえるこもった声。
「大丈夫だって。まだ魔王の復活まで時間がある。それまでに強くなればいいんだって!」
『いないんです!』
こりゃ相当ビビってるな。
獣特有の感性というか、本当に鋭い事。
「俺、シロがいないと生きていけないんだよ!」
『私だってそうですよ!』
声が少し震えている。
ポチにしては珍しい。
「だから……な? 手伝ってくれよ」
『駄目駄目なマスターですからね!』
「……あぁ、駄目駄目な俺だから、お前が必要なんだよ」
鼻先だけベッドの下から出てきた。
「…………アズリー」
「何だ……ポチ」
「約束してください。私を置いていかないと……」
言葉に、詰まった。
こんなにも弱気なポチを見るのは初めてだから?
いや、長い長い間。悠久とも言えるその時間を共に過ごしてきたからこそ、ポチが言ったんだ。
長い長い間。無限とも言えるその時間を友として歩んできたからこそ、言葉に詰まったんだ。
「……それは、俺のセリフだ」
かろうじて振り絞った言葉に、ポチへの返答は含まれていなかった。
「……馬鹿マスター」
「犬ッコロ……」
鼻先を引っ込めたポチは、垂れているシーツをグシャグシャにした後、何事もなかったかのようにヒョイと出て来た。
窓に向かい、庭に降りようとする背中でポチはこう言った。
「さぁ! そろそろ午後の魔法指導の時間ですよ! マスターもボーっとしてないで、ちゃっちゃと準備しちゃってください!」
それだけ言って、ポチは庭へ降りて行った。
「……あいつも、震えてたな」
魔王という強大な存在の片鱗を直に触れて、ポチが感じたものは大きいだろう。
俺たちもそろそろ強くならなくちゃいけないな。
せめて……ジョルノたちと肩を並べられる程には…………。
午後の魔法指導の時間、フェリス嬢は部屋にこもってしまった。
部屋の奥で「一日だけ欲しい」と言っていた。どうにも出来ない俺とブライト少年は、久しぶりに二人だけで授業を行った。
その魔力量故に中級魔法を教えるのは先になるだろうが、教えられない事がない訳じゃない。
魔法の効果や範囲、その有効対象など、覚える事は尽きる事がない。
座学から動きに発展し、魔法を深めるのは俺がよくやっていた手法だ。
基本的な下級魔法は完璧に覚えたブライト少年は、早く次の段階にいきたいのだろう。うずうずしているのがよくわかる。
そんな印象に困っていた俺の下へ、ジュンが現れた。
「どうしたんですか?」
「低レベルのモンスター狩りの話だがな」
さて、ブライト少年の強い眼差しの結果は……どうなったかな?
「北へ行ってもらいたい。あそこならば危険は少ないだろう」
「姉上!」
パァッと顔に明るさを見せたブライト少年は、ジュンに抱きついた。
一瞬にへらと笑ったジュンだが、俺に視線を移した時には既に戦士の目をしていた。
「私はここを離れる事は出来ない。ポーア殿、お願い出来るか?」
少し驚いた。
まさかこの短期間でそこまで俺を信頼してくれるとは思わなかった。
……これは、礼で応えなくちゃいけないだろうな。
「任せてください」
俺は深く頭を下げた。
しかし北……か。ブルネアより北って事はレジアータやレガリアの方だろうか?
「出発は明後日。ブライトにはジエッタを付ける。それ以外の事はアダムス家の者に聞くといい」
「アダムス家?」
「信のおける者がポルコ・アダムス殿しかいないのだ。明後日ポルコ殿とその護衛団と共に北へ向かってくれ」
「……という事はフェリス様も?」
「アダムス家はレガリアの西、『クッグ』という村にある。ポルコ殿が帰るのであれば娘が付いていかない道理はないだろう。おや、どうしたブライト?」
ジュンに抱きつきながら膝を落としたブライト少年の気持ちは、とてもよくわかる。
レガリアか。聖帝が住んでる地ならば、そりゃ治安もいいだろうな。
それにしてもソドムからどんどん離れて行くなぁ。だが、それが今の俺の実力だと考えた方がいい。
先日街で聞いた情報では、魔王の胎動期が始まったのは昨年。
これからどう動くかはわからないが、魔王の復活までやれる事をやるだけだ。
低レベルのモンスターが多いのであれば、俺としてもやりたい事があるしな。
「まーた変な事考えてませんか? マスター」
「ふっ、わかるかねシロ君」
とにかく、強くならなくちゃな……。




