154 ジュンの帰還
狼王ガルム? まさかまさかそんなはずはない。問題は姓の方だ。
咄嗟に懐から出した護身用のナイフ。確かに彫られた「ドン・キサラギ」の文字。
あのレウスとドンの姓。腕がいいとは思っていたが、ここまで遡って武器屋を営んでいるとは思わなかった。
にしてもこれだけの短期間で、俺の知っている名前や存在に出会うのは出来過ぎている感がある。
神の狙いがこういった事にあるのかもしれないだろうが、いまいち意図が読めないな。
「くっ!」
「このっ!」
「そうです。魔法はフェイクにも、牽制にも使えます。途中まで描いた魔法陣を消したふりを見せ、片手で保持。そのまま反転して相手の攻勢を乱すんです」
杖術の指導が始まってすぐ。フェリス嬢の思わぬ才能を発見した。
どうやらフェリス嬢はこっちのが性に合っているようだな。
魔法士の中にもタイプがある。ブライト少年のような完全後衛型。そしてフェリス嬢のような前衛型。
前者はオルネルやイデアみたいなタイプで、後者はリナやミドルスのようなタイプだ。
こればかりは血だけではないという事か。
「はっ!」
「そこです!」
「よーし、良い調子です。常に仲間の一人を敵の死角に置くのは集団戦で大きな利点になりますっ」
「でも……当たらないじゃないっ!」
「動きが全く読めないです……」
俺対二人の杖術での戦闘。フェリス嬢が俺と対峙し、ブライト少年が背後から狙う。
咄嗟にチームを組ませて戦わせてみたが、中々のチームワークだ。長年腐れ縁のように付き合ってきたからかもしれないな。
「少し難度を上げますよ」
「「……っ!?」」
身体を覆う魔力の圧を一段階上げる。これだけで二人の顔は緊張し強張った。
先程まで軽かった足が重くなり、頬を伝う汗の量も増える。
「シロ、アシストについてやれ」
「かしこまりました! フェリスさん。マスターの行動全てを奪わなくていいのです! 半身、いえ片目だけでも行動を奪ってください!」
「無茶ばっかり言ってっ!」
「ブライトさん! マスターが持つ杖は右手です。しかし左手には何らかの罠があると思ってください!」
「はいっ!」
ポチの指示と適度な応援もあり、フェリス嬢は一歩を、ブライト少年は牽制を放つ事が出来る。
難度を上げたといっても、覆う魔力を上げただけで、戦闘力を上げるといった訳ではないのだ。
実戦形式の魔法指導を取り入れた事により、戦闘中の戦略の重要性を理解させ、その判断を向上させる。
これだけで、魔法士としての能力は段違いに変わる。
戦闘力はともかく、あくまで知識としては、この二人…………魔法大学一年生レベルまで育ってきているだろう。
「ぼさっとしてないで、アンタもいきなさい、よっ!」
「ひぁっ!?」
抜けた悲鳴を出し、お尻を押さえて跳び上がったポチは、涙目になりながら俺に向かってくる。
「お、おいっ、ずるいぞ!」
「使えるものは何でも使うのがアダムス家よ!」
「マスター、危ない! すぅぱぁ肉球アタック!」
爪こそ出さないものの、ふりかぶって俺に殴りかかってくるポチ。こいつめ、後で覚えてろ?
完全な援護ではないが、俺の行動を制限し、自分の選択肢を増やすやり方は確かに悪くない。
ちゃっかりブライト少年も俺に下級魔法を放とうとしている。何てブラックなんだ。
「もらったわっ!」
後頭部一直線。フェリス嬢が放った一撃は、確かに俺の頭を捉えた。
しかし、先程の手の痺れ同様、鈍く重い音を響かせた杖。その衝撃のあまり、フェリス嬢は杖を落としてしまった。
「何なのよもうっ! アンタ、何てかったい頭してるのっ!?」
「そうです! マスターはいつもお堅いんですよ!」
本当、調子乗るとうるさいんだからポチは。
「シールドの魔法を局部的に発動させたんですよ。これはもう教えた魔法でしょう?」
「……凄い」
「確かにそうだけど、そんな事が出来るなんて聞いてないわよ!」
「私だってシロを使うとは聞いてませんでしたから」
満面の笑みでフェリス嬢に答えると、彼女は顔真っ赤にさせてそっぽを向いてしまった。
体術に関しても手を抜いてるとは言え、中々早い成長だな。
ブライト少年も、すぐに腰掛け、先程の局部的シールドの考察に入ってる。
良い調子で育ってきた。それだけにレベルの壁があるのは早くなんとかしたいものだ。
身辺警護と言っても、その仕事が一番やりやすいのは、警護対象が強くなる事にある。
移動もスムーズになるし、やるべき事もいち早く理解できるからな。
幸い、間も無くジュンが出てってからひと月が経つ。もうすぐ戻ってくるだろうし、それまでは底上げに重点を置くしかないだろうな。
―― 神聖暦百二十年 六月十八日 午前六時 ――
と思ったらいつの間にか半月が過ぎていた。予定よりも遅いとの事でブライト少年も心配していたが、ジュンは問題なく戻って来た。
「姉上っ!」
膝を立ててブライト少年を迎えたジュンは、そのまま優しく抱き包んだ。
早朝故フェリス嬢は起きて来なかったが、ブライト少年が起きては俺も起きない訳にはいかない。
「ん~、ブライトの良い匂いだ。もう最高だな。すんすんすん」
余程弟に飢えてたのか、帰宅早々全開で全壊なジュン。
ハッと我にかえった時はもう遅い。俺もポチも困った顔しかしていなかった。
コホンと咳払いをしてほんのり赤くなったジュンは、アルフレッドに荷物を預け、俺の下まで歩いて来た。
「慣れたか? ポーア殿」
「アクシデントさえなければ、もっと早く慣れたんでしょうけど。でもそれも少しは慣れました」
苦笑しながら言った俺に、ジュンは首を傾げた。
「アクシデント?」
答えにくい俺を気遣い、ブライト少年が補足する。
「フェリスさんが……」
「何? 本当かっ?」
「二階の客室にてお休みになられてます」
アルフレッドが一言伝えると、全てを理解したようにジュンは片手で額を覆った。
溜め息を吐きながら俯き、俺に「すまない」とだけ言った。
「いつからだ?」
「六月の一日よりいらっしゃっております」
「そうか……。ポーア殿、詳しい話は日が昇ってからとしよう。これからはブライトの身辺警護も楽になるはずだ。私も少し休む。後程な」
「わかりました」
ジュンはそう言ってブライトとアルフレッドたちと共に屋敷の中へ入って行った。
その時、一瞬……背後に視線を感じた。殺気こそないがへばりつくような嫌な視線だ。
「っ!」
すぐに振り返った俺だが、既に背後には誰もおらず早朝の静寂だけが広がっていた。
「シロ、今何か感じたか?」
目を切らずに言った俺に、ポチは鋭い目つきで答える。
「えぇ、私の鼻は誤魔化せませんよ。……朝食の支度が始まりました」
そっちじゃないそっちじゃない。
二時間程経ち、ブライト少年とフェリス嬢の朝食が済んだ後、俺の手が手羽先に見える程病んだポチの食事を先にとらせた。
警護しやすいようにと、ブライト少年は俺の部屋まで来てくれた。まぁ、少しの間だけでもフェリス嬢から逃げたいという口実なんだろうけどな。
「おーいちちち。どうしたら俺の手が食べ物に見えるんだよ……ったく」
「マスターはたまに美味しそうに見えますからね!」
それはお前が腹ペコになったサインだろうに。
「それよりブライト様。ジュン様はまだ起きてないのですか?」
「えぇ、朝食に起きて来ないところをみると、やはり相当疲れていたようです」
きっと帰りはとてつもないスピードで帰って来たんだろうな。
ポチの食事が済み、俺の食事をポチが横取りしたおかげで、俺の朝食は、パン一つという成人男性にはとても足りない量で我慢する事になった。
今日も朝の魔法指導が始まる。
「仮想敵……ですか?」
「そうです。今からシロが獣系のモンスターを模してお二人と戦います」
「へぇ、中々面白そうじゃない」
珍しく嬉しそうなフェリス嬢は腰に手を当てて言った。
「ではフェリス様からやりますか?」
「当然よ」
「シロ、ランクDのヘルハウンドだ」
ポチは少しだけこちらを見た。
どうやら「本当にそれでいいのか?」と言いたそうな雰囲気だ。
いいんだよ。勝てない相手とやらせなきゃ意味がないんだから。
「いくわよっ!」
試合が始まり突っかけたフェリス嬢は、ポチの鼻先を杖で狙い打つ。
しかし手加減しているとはいえ、ランクDの強さを模しているポチにかわせないはずはない。
「ぬっ、この! このぉ!」
翻弄し続けるポチにフェリス嬢の息が乱れる。
「ちょこまかしないでよねっ!」
右手から瞬時に左手に持ち替えた杖でポチを払うフェリス嬢。
――がしかし、
「はばいれふ!」
甘いです、と言いたかったんだろうが、口で受けたらそうしまらなくなるよな。
フェリス嬢の武器を制し、それを奪い取ったポチ。
納得がいかない様子でまたもムスッとしたフェリス嬢。しかしこの半月で成長したものだ。
最初の頃であれば、勝負について納得がいかなかっただろうが、今は自分の力にそれが向いている。
座学用の椅子にどすんと座り、次の相手であるブライト少年に譲ったようだ。
杖を構え、腰を落としたブライト少年はどうやら待ちの姿勢みたいだな。
ポチの目配せに俺は先手を許可するように頷いた。
跳びかかって距離を詰めるポチを、すんでのところかわすブライト少年。
「――のほい! ウィンド!」
おぉ、片手宙図か!
左右に跳び、攻撃の意図を読ませないポチの動きを逆手にとったんだ。
「なんの!」
身体を捻って下級系風魔法をかわし、着地と同時に地を蹴ったポチ。
「っ!?」
が、一瞬にして後退した。
何だ今のは? 強烈なプレッシャーを屋敷の方から感じた?
俺とポチだけがそれに気付いたようだが、好機ととったブライト少年が差を詰め寄る。
「おっとっ」
首を反ってかわし、フェリス嬢と同じく武器を咥えようと振り切られた杖を口で追う。
「くっ!」
また同じプレッシャーッ!?
俺はその原因を探ろうと、それが一番放たれてる屋敷の二階を見上げた。
二階の窓のところに誰か……いる?
目を凝らすと、そこにはなんとも言えないオーラを発したジュンが、ガラス窓にへばりついて試合を見ていた。
なるほど、弟への愛分の憎悪がポチに向いてただけか。
あ、窓にヒビが…………。




