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―― 神聖暦百二十年 六月三日 午前十時 ――
まさか屋敷勤めで街に出る日が来るとは思わなかった。
この時間は魔法指導の時間だが、フェリス嬢に強く言われてはブライト少年もアルフレッドも何も言えなかったのだろう。
今は俺一人でブルネアの街に出て、ある物を購入しようとしている。
勿論、屋敷ではポチが目を光らせて警護をしている。あの二人には魔法書を読みながらの自習をお願いしている。
本来であれば午後の魔法指導が終わってからと思ってたんだがな。
ブライト少年の魔法能力は既に異常なまでに育った。
たった半月と少しで下級の攻撃、補助、回復魔法を修めてしまったのだ。
フェリス嬢には、この二日で攻撃魔法以外の魔法をバランスよく覚えてもらっている。ブライト少年程ではないが、子供ながらに吸収率は高い。
下級の魔法をある程度修めた者は、ある壁に当たる。
それは体力だ。
下級魔法士とは並以下の人間の動きではまずいのだ。いや、並の動きでもまずい。
ならば動いてもらうしかない。ただ立って魔法を発動していればいいという訳ではないからな。
少なくとも俺の魔法教室でそんな魔法士は育ってほしくない。
そしてブライト少年に提案したのが杖術の指導。
これも立派な魔法指導だと伝え、その意味を知ると、興奮させて首を縦に振っていた。
そう、姉を支えるならば、姉と共に動けなくてはいけないからな。まぁジュンの実力はジョルノやリーリアレベルだ。相当な修練が必要だろうが、体力を付けておくに越した事はない。
そんな訳で街に出て買いに来たのは杖術に使う木製の棒。先端を綿で覆って包んでお子様仕様にしなければいけないが、成長の早い子供の事だ。それもすぐとれるだろうけどな。
訓練用の棒や剣なら武器屋に売ってるだろうと思い、ブルネアの商業区までやってきた俺は、流石にどこでも一緒だろうと、品のよさそうな店に入ろうとした。
すると、背中を引っ張るようなしゃがれた声が俺の足を止めさせた。
「兄ちゃん、その店はやめときな」
振り返るとそこには頭より大きい面積の髭を蓄えた、背の低い中年男が立っていた。
太ってはいないが身体がそう見えるのは鍛えられた肉体と太い腕にあるだろう。右手には酒瓶、背中にも酒瓶。そして左手にも酒瓶と、身体を覆う酒気から鼻がおかしくなりそうだ。
「あの、何か?」
「何を買うのか知らねぇが、その店はやめとけと言ったんだ」
「それを決めるのは俺が店の中に入ってからでは?」
「ちげぇねぇ。だが、この店の俺の評価を教えといてやろう。見栄えそれなり、切れ味それなり、仕上がりそれなり、価格は最悪だ」
そこまで言ったところで、店の中から眼鏡を掛けたオールバックの細い男が飛び出して来た。
「あーた! まーたうちの評判を下げるような事をしてっ! さっさと消えないと水ぶっかけるわよ!」
女口調で中年の男に怒鳴る店の男。
「何でぇ、本当の事言っただけだろうに」
尖らせた口を戻さずに、中年の男は酒をあおる。
「すみませんでした。お客さんっ! ささっ、中へどーぞっ!」
誘われるままに店に入った俺は、店に入ってその事実に少し驚いた。
見栄えが…………それなりだったのだ。
の割には見える値段がとんでもない金額ばかり。隅に書かれた注意書きには「試し斬り禁止」の文字。
近寄って仕上がりを見てもちょっと乱雑な造り。武器の目利きは出来ないが、強力なモンスターがはびこるこの時代では、とても残念な品揃え、というのが俺の感想だ。
と言っても俺が欲しいのは、ただの木の棒だ。
「お客様はどのような武器をお探しで?」
「あぁ、訓練用の棒を探してます」
店の男は少し眉をひくつかせたが、そこはプロなのだろう。すぐにそのコーナーへ連れて行ってくれた。
どうやら客層もかなり選ぶみたいだな。
細工は豪華だが、その留め金が酷い。何故訓練用の棒で二千ゴルドも払わなければならないのか?
俺は肩で息をするように大きく吐いて、その店を出て行った。
去る者追わず、なのか、出て行く者には何も言わない店の男に不信感を抱いてしまうのは仕方ないだろう。
これは、リピーターも少ないな。
店を出ると、なんとあの中年の男が、酒をあおりながらまだ立っていたのだ。
苦笑する俺に、「ヒヒヒ」と愉快そうに笑いながら。
「ウチへ来な」
酒の匂いを追うようにその後ろ姿に付いて行く。
現代とこの時代の大きな違いは、魔法士も戦士も武器屋を利用するという事か。
現代であれば、武器屋の店先で魔法士の客の取り合いという現象は起きないだろう。
その店を離れて五分程、少しだけ古い建物が俺を迎えた。
店の名前は「マールス・ウェポン」。戦神の武器とは、中々思い切った名前だな。
中に入ると、そこは異質な空間だった。この匂いと独特の雰囲気はどこか感じた事のある場所だ。
見栄えこそそこまでよくないが、鏡のように仕上げられた刀身と、背中をぞくりとさせる刃の鋭さ。持ち手の事を考えたグリップに手頃な値段。
凄いなあの男。酒だけ飲んでる訳じゃなさそうだ。
「気に入ったかい?」
「知り合いに見せたいくらいですね」
「そりゃ嬉しいね。今度宣伝しといてくれ。ヒヒヒ」
「けど、今日俺が求めてるのはこういった武器じゃないんです」
「まぁ、珍しくも魔法士だからな。しかし、使わない訳じゃないんだろ?」
男はカウンターに肘を置き、ぐびぐびと酒を飲んだ後、俺の懐に差した護身用のナイフを指差した。
ちょっと前に王都レガリアで買ったものだ。
多少マントに隠れてたのによく気付いたな。
「護身用ですよ」
「だから少しは目利きが出来ると思ったんだよ。そうだとしたらあの店から出て来る事はわかったからな。んで、何が欲しいんだい?」
「訓練用の棒を。その度合によって、今後も新調があるかもしれません」
「ほぉ、杖術でも教えてるのかい?」
「そういう事です」
「歳と背丈は?」
「九歳のこのくらいの男の子と、十歳のこのくらいの女の子です」
俺はブライト少年とフェリス嬢の情報を簡潔に説明し、男は少し考えた後、中央端のコーナーへ歩いて行った。
「それならこれだな」
持ちやすいように柄が丁寧に削られていて、子供にも優しい造りだ。
この時代にここまで手を入れるのも珍しいな。
即決した俺は、屋敷から預かったお金を支払い、その証明をもらった。
「また来な、兄ちゃん」
「……どうも」
安い買い物にもしっかりと気持ちを送るあの男、中々良い店主だな。
屋敷に戻り、アルフレッドに残った金を渡した俺は、裏庭まで向かった。
そこでは背中に跨られ、手綱の代わりに耳を引っ張られている涙目のポチがいた。
「アイタタタタッ、痛いですー!」
ブライト少年は勿論止めようとしている。
しかしフェリス嬢に口で敵わないのか、慌てながら見ているだけだ。
「こらっ、暴れるんじゃ……ないわよっ!」
「痛いです! 痛いです! 痛いですー!?」
尻をぺちんぺちんと叩かれるポチ。
何て可哀想なんだ。可哀想だけど面白そうだからもう少し見ていよう。
「フルーツの盛り合わせじゃ割に合いません!」
なるほど、既に釣られた後か。
「じゃあそれを一週間付けるわ」
「ハハハッ! どうぞ犬とお呼びください!」
ははは、お前は既に犬だぞ。
「鳴きなさい!」
「アオーンッ!」
「お座り!」
「サササッ!」
「お手!」
「サッ!」
「ちんちん」
「ありません!」
俺が腹を抱えていると、ブライト少年が、俺の存在に気付いた。
「ポーア先生!」
「あ、やばっ」
フェリス嬢も俺に気付いたようだ。
どうやら先生として意識はしてくれているようだ。
慌てながらどこからか出した眼鏡をしたポチは、指示棒を使って空を指している。
「こ、このように魔法に魔術公式を埋め込む技術が確立したわけです!」
凄いな、この一瞬でそこまで教えたか。
「あ、あれ? マスターじゃないですか? 早かったですねっ?」
「フルーツ盛り合わせ」
「一週間!」
脳と声が直結してるんじゃないだろうか、この犬は?
「こ、これは…………!? 一体私に何の魔法を掛けたんですか、マスター!?」
それ風に言われても俺の心は乗り気じゃない。
「食欲だ」
「あ、納得です」
「さぁ二人とも、訓練用の杖ですよ」
ブライト少年、フェリス嬢それぞれに手渡すと、早速フェリス嬢がそれを振り被った。
ブライト少年が眼前でそれを受け、顔をひきつらせた。
しかしそれはフェリス嬢も同じだった。
「結構響くでしょう? それが実戦に近い衝撃ですよ」
初めて手にした武器とその感覚に、二人の顔は固まり、痺れる手を見つめるばかりだ。
するとブライト少年が気付く。手元の柄に彫られた銘に。
「えと、ガルム……キサラギ……さんの作品ですね。手に馴染んでとてもいい感じです」
………………何だって?




