152 古代の生徒、二人目
「……ブライト様、どうするんですか?」
「大丈夫です。今はアルフレッドが応接室で応対していますから」
「だからって何でベッドの下なんですかっ。私とマスターとブライトさんで、もうぎゅうぎゅうですよ!」
「はい、もふもふです」
「ふ、ふふんっ」
喜んでる喜んでる。
「フェリスさんはおそらくポーア先生を魔法指導役として使おうとしています」
「……でしょうね。あの眼は確かにそう言ってました。しかし他家の事でしょう? ブライト様が一言言ってくれれば――」
「無理ですよっ。あのお転婆女には何言っても…………あっ。し、失礼しました」
ブライトがここまで取り乱すんだ。相当なワガママに違いない。
そしておそらく、かなりの頑固だろう。オルネルを見ていればわかる。
「ではマスター、あのお転婆女からブライトさんを遠ざければ?」
「遠ざけた結果がこれだろう。流石にこの状態から街に出ればアルフレッドさんに何言われるかわからんぞ? 悪漢ならともかく、友好的な繋がりがあるんだから。フルブライド家とアダムス家は」
「とりあえず……最悪な結果にならないようにしなければなりません」
「というと?」
ブライト少年の言葉にそう聞き返すと、彼は静かに告げた。
「今日中に……帰ってもらいます」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リトルファイア!」
「うわっ?」
「おっと」
かろうじてブライト少年が避けたリトルファイアを俺が握り潰す。
魔法指導が始まって早々にこれか。
本日だけはと、ブライト少年とフェリス嬢に魔法指導する事になったんだが、典型的ないじめっ子といじめられっ子の構図だな。
「フェリス様、人に向けての魔法発動はやめるようにしてください」
「はいはい、手が滑ったのよ」
俺がよくポチに使う手だ。
ポチを前にするとよく滑るんだよな、手。
違いと言えば、ポチはポチでやり返してくるが、ブライト少年はフェリス嬢にやり返す事はない。
両家の関係悪化に繋がるからという頭が働いてしまってるんだろうな。これも姉に迷惑をかけたくない一心だな。
「それで、どんな強力な魔法を教えてくれるのかしら?」
「強力な魔法? とんでもありません。最下級魔法で手が滑ってしまうのでしたらまずはその修正からですよ」
「リトルファイア!」
「っと」
何て危ない子だ。顔に目掛けて飛んできたぞ……。
「大丈夫よ、もう狙って出来るわ」
どうやら狙われたらしい。
俺は凄く……それは物凄く困った顔をして溜め息を吐いたが、フェリス嬢には伝わらなかったみたいだ。
ブライト少年は目で伝えてくる。こんな人なんです、と、わかりやす過ぎる程のお転婆娘だ。
「でしたら、フェリス様はお父上に魔法を習ったそうですが、どの段階まで教わりましたか?」
「……そうね。リトルファイアとキュアーはしっかり覚えたわっ!」
これ見よがしに威張ってそう言ったフェリス嬢。
「……えっと、それ以外には?」
「何よ? これだけじゃ不満?」
…………アダムス家の現当主は、フェリス嬢の性格を知ってるからそこまでしか教えてないのだろう。
これ、俺が勝手に教えてしまっていいのだろうか?
ブライト少年の判断に任せてしまってよいのだろうか?
「いえ、そんな事は……ないですよ」
ひくつく顔を抑え、見事笑顔で返した俺を誰か褒めて欲しい。
「シロ、下級魔法なら教えられたよな?」
「中級魔法までなら問題ありませんよ。知識としては特級まで入ってます!」
誇らしい顔で言ったポチだが、いつの間にそんな知識を……。
「ならブライト様の発動を補助してやってくれ。もし危なかったらしっかり守ってやれよ」
「お任せを!」
「さてフェリス様」
「なーに?」
「先程のリトルファイア、もう一度、今度は私に向かって発動してもらえますか?」
「ふふん、いいわよ! …………リトルファイア!」
宙図速度は上出来。普段からこの魔法を何度も使っている証拠だな。
逆に言ってしまえば、遊び道具がこれしかなかった事も問題なのかもしれないが……。
俺は放たれたリトルファイアを人差し指で受け止める。同時にフェリス嬢の顔がビクついた。
弾くと思ったが受けるとは思わなかったのか。しかしやはり自分からダメージを負うってのは嫌なもんだな。
「ちょ、ちょっとっ! アンタなら簡単に消せたでしょうっ! それを何でそんなっ!?」
「おー、あちちちち。えーっとこれは、わざと受けたのです」
「見ればわかるわよっ」
俺は受けた人差し指をフェリス嬢にぴっと見せる。
生々しい傷と火傷に目を逸らそうとするフェリス嬢に、俺が声に圧を掛けて止める。
「……何なのよ」
「では、キュアーをお願いできますか?」
「そういう事? しょうがないわね。見てなさい………………キュアー!」
回復魔法の宙図は並以下だな。普段は早々そんな場面に出くわさないだろうし、それも仕方ないか。
指の傷が治り始める。しかし途中まで治ると、その効果を消してしまった。
「あ、えっ!? 何でっ?」
「キュアーが治せるのは傷であって火傷ではありません。つまり火傷には別の回復魔法が必要になるわけです」
「…………じゃ、じゃあそれを早く教えなさいよ」
むすっとしながら目を背けて教えを乞うフェリス嬢は、少し恥ずかしそうだった。
俺は一冊の魔法書を渡し、それを読むようにと彼女に伝えると、ムキになったように読み始めたのだ。
その間、フェリス嬢はブライト少年をチラチラと見続けていたが、彼に負けたくないのと、彼に好意があるからだろう。
若いのに進んでる事だ。
さて、このフェリス嬢だが……やっぱり攻撃魔法を多く教えるのは怖いな。
ならば回復や補助魔法に重点を置いて指導するのがいいだろうな。
筋は悪くないし、今日一日あれば下級補助魔法のいくつかは覚えられるだろう。
「それで、フェリス様はどのような魔法士になりたいのですか?」
「炎龍を倒すのよ!」
「……は?」
「知らないの? ロードドラゴンって呼ばれる大きな龍よ」
「勿論知ってますが、何故炎龍を?」
「…………どうでもいいでしょ、そんな事はっ」
何かありそうな間だったな。ムキになるところが怪しいが、炎龍とはね。
その後、俺はスピードアップとタイトルアップの魔法をフェリス嬢に教え、ブライト少年は下級魔法の公式無視の法を練り、その安定性を上げた。
夕方になり、本日の魔法指導が終わろうとしていた時、裏庭へアルフレッドがやって来た。
アルフレッドは魔法書と格闘するフェリス嬢に深く頭を下げると、終わりを告げる一言を伝えた。
「フェリス様、お迎えがいらっしゃいました」
「わかったわ、今行く」
おぉ、もっとごねるのかと思ってたらそうでもなかったな。
ブライト少年もほっと一息吐き、フェリス嬢に気付かれないように拳を握っていた。
するとフェリス嬢はすっと立ち上がり、無言のまま俺たちの前から去って行った。
「……無言で去ったな」
「まぁ嵐の前も後も静かなもんですよ」
「そうだな。とりあえずあそこで神に祈ってるブライト様が治ったら、ここを片付けるか」
「そうですね」
俺はポンポンとポチの頭を軽く撫でるように叩き、振り返ろうとした。
その瞬間。背後から先程去って行ったはずの靴音がコツコツと戻って来たのだ。
すぐに俺とポチが振り返ると、そこには偉そうに鼻を鳴らした、あのお嬢様が立っていた。
ブライト少年は既に限界だというのに、この子は一体何を考えているのだろう。
「フェリス様、一体どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ。さっさと続き、やるわよ」
「あれ? ……えっと、帰られるのでは?」
「誰がそんな事言ったのよ? 迎えを帰して私の着替えを取りに行ってもらったの。こっちにいる間、私もここに泊まる事にしたから」
この言葉の後、ブライト少年は祈りのポーズのまま、裏庭の芝生に顔を突っ込んだ。
俺は過去に……一体何しに来たのだろう?




