151 ねじりマント
―― 神聖暦百二十年 六月一日 午前十一時 ――
「――これにより、反発し合う火と水、土と風の元素は、互いに同じ魔法式内に存在出来ない事がわかります。しかし、これには例外も存在します。何故だかわかりますか?」
「……おそらく魔法式内での共在が不可能なだけで、一度閉じた魔法式の外に、一回り大きな魔法式を構築する事によって、反発までの時間を稼ぎ、それよりも発動を早くすれば…………可能なのでは、と」
本当に飲み込みが早い。たった半月で下級魔法の殆どを習得してしまった。
「では証明してみましょう。ほい」
俺はブライトの前で宙図を始め、中級系風魔法のクロスウィンドの魔法式を描いて見せた。
「これが何の公式かわかりますか?」
「風魔法の中級……いや上級系魔法? 情報量から考えると上級系魔法でしょうが……主軸の公式情報だけは簡易なものですから、中級系でしょうか?」
「その通りです。これに魔力を込めれば中級系風魔法、クロスウィンドが発動します。これに素早く中級系火魔法、ファイアウォールを繋げてしまいます」
そう告げると、ブライトの顔は一瞬で強張った。
流石だな。この危険性に気付いたか。
「完成している魔法式に更に完成した魔法式を繋げる…………一歩間違えば暴発してしまいます……」
少し震えた声で言ったブライト少年に、俺は静かに頷いた。
「そう、だからこの魔法は相当な修練が必要です。後ほど鍛錬法を教えますので、最下級魔法で試していくのがいいでしょう」
「……はい」
息を飲むようにブライトが返事をすると、俺は溢れてしまった笑みを戻すように宙図を再開した。
「――よっ」
「これはっ? 平面的な魔法式の構図ではなく、重ね合わせている!? いわば魔法式の立体化……」
「そう。最後にこの魔法式の終わりの部分を、クロスウィンドの魔法式の終わりの部分に繋げ合わせ、魔力を込めれば…………めでたく暴発する訳です」
「えっ!?」
「しっかーっし! 繋げた瞬間、魔力を込めている最中に関しては暴発する事がありません! 魔力が魔法式に注がれ終えたその時、手に反発指向性の魔力を込めれば……暴発が反射され、この魔法が完成するのです! ……ほい、フレイムトルネード!」
フルブライド家の裏庭中央に放たれたそれは、人間大程の炎の渦となってブライトの瞳を橙に染めた。
ジエッタは粛々とスカートを押さえながらも、目に驚きを見せている。
石畳を黒く染め渦を巻く魔法は、十数秒の時を経て風と共に消えていった。
「…………凄い」
「とまぁ、これは私のオリジナルです。ブライト様に魔力が宿ってきたら教えてあげましょう」
「は、はい!」
「そろそろ昼食の時間ですね。続きはその後にしましょう。午後からは中級の回復魔法の座学に入りますからね」
俺がそう言うと、ブライト少年は少し難しい表情になった。回復魔法は本当に苦手みたいだからな。嫌ではないにしろ、距離を置きたい気持ちはあるのだろう。
しかし、日常に魔法を置く者こそ知っている。どんな攻撃魔法を覚えるにしても、最低限中級系の回復魔法を習得しておかなければならないという事を。
確か現代の魔法大学でもそれを推奨していたはずだ。
あのオルネルなんかは攻撃魔法を優先して覚えてたみたいだが、俺としてはあまりオススメ出来るものではない。
オルネルといえば……この時代にアダムス家も存在してるんだよな? だとすると、このブルネアに住んでいるのだろうか?
神聖暦でもレガリアは存在したはずだが……――――
『ブーラーイートーくーん!!』
甲高く黄色い声がその声を子供のものであると俺に知らせた。と同時に、俺の前で食事をしていたブライト少年が、持っていたスプーンをカランと落としたのだ。
赤い絨毯に白色のスープが染まり、浸されて黒くなる頃、ブライト少年は顔を青くさせていた。
「ど、どうしました、ブライト様?」
「に…………ょう」
「え?」
「今すぐ逃げましょう! ポーア先生!」
「……へ?」
ガタンとテーブルを鳴らし立ち上がったブライト少年。
突然の豹変に、扉の近くで控えていたアルフレッドを見ると、彼は目で俺に伝えた。
――指示に従え、と。
何やらよくわからないが、撤退という事なら早い方がいい。俺はブライト少年を片手でヒョイと持ち上げ、二階で待機するポチの下へ向かおうと食堂を出た。
瞬間、
「リトルファイア!」
「っ!? あっっっっっつっ!?」
俺のデコを襲った小さな熱球は、パチンと音を立てて消える。
尻もちを突く俺。その衝撃でブライト少年を離してしまったが、どうやら無事なようだ。
しかし今の衝撃は……魔法っ!?
すぐに立ち上がった俺だが、その時ブライト少年は俺の背後にさっと姿を隠していた。
まさか、こんな日中から……敵襲っ!?
魔法が放たれた魔力の筋を辿りながら追うと、そこには逆光に包まれた小さな体躯のシルエットが腰に手を当てて立っていた。
「女…………の子?」
そのシルエットの中にスカートと思われる影を捉え、少女を認識した俺がそう零した時、ブライト少年は既に俺の背中のマントを捻るように隠れていた。子供がカーテンにくるまるように……。
一歩歩けばブライト少年が倒れてしまう。そう思い、俺は相手の出方をうかがって身構えていると、影の女の子はそのままこちらへ歩き出した。手は腰に置いたまま……。なんだろう、随分と偉そうな感じで歩くな。
敵……なのか? 敵意や殺意は感じないが、マントから伝わる振動が、ブライト少年が震えているという事を知らせている。
「あら? ブライト君じゃないのね? アナタ誰?」
「……いきなり攻撃魔法を放ってきた方に名乗る名はありません」
以前トゥースに、いきなり大魔法を放った俺だが、そんな事は忘れた。今、忘れた。
「……死にたくなければ答えなさい」
尖ったように鋭い言葉で静かに脅す……少女。
「その程度の魔法で死ねる身体ではないもので」
「口が減らない下男ね。アルフレッド! アルフレッドはいないのっ?」
知っている名前を叫ぶ少女に、俺の背後からアルフレッドが返事をした。
「ここに……フェリス様」
「コイツをクビにして頂戴っ」
……おや? なんだか徐々に話が見えてきてしまったぞ?
もしかしてこの少女はとてつもなく偉い方なのでは? 死にたくなければ……と言ったのは、もしかして社会的にという意味なのでは?
俺の収入源をいきなり絶たれるのは困る。そんな困った様子の俺をちらりと見たアルフレッドだったが、顔つきを変えないままフェリスと呼んだ少女に頭を下げた。
「フェリス様、大変申し訳ございません。この者はブライト様の警護を担う者でございます。多少のご無礼はご容赦頂ければと存じます」
逆光から抜け出ながら俺の前に姿を現した少女は、キツイ目付きを俺に送った。
「……アナタがぁ?」
ピンクが基調のワンピースに薄手のショール。丸顔だが整った顔立ちで大きな瞳。水色の長い髪をまとめた団子頭。
絵に描いたようなワンパクお転婆生意気少女……そんな印象だった。
年はブライト少年より上……なのかもしれないな。
「ポ、ポーアといいます。……えっと、あの、どちら様で?」
アルフレッドにそう聞くと、彼は表情を崩さず淡々と告げた。
「そちらにいらっしゃるお方はフェリス・アダムス様だ。アダムス家の次期当主で、ブライト様の幼馴染でもある。以後、態度には気を付ける事だな」
「はぁ……」
「下男のくせに派手な服ねっ」
「すみません」
何で謝ってるのか自分でもわからないが、とりあえずここは波風立てない方がいいだろう。
「それで、ブライト君はどこ?」
キョロキョロと見渡すフェリス嬢は、未だに俺の脚にピトリとくっ付く捻りボーイに気付かないでいる。
すると奥の逆光の中に、再びシルエットが現れた。今度はとても見慣れた姿だ。
窓から降りてこちらに回って来たのか。
「マスター! いかがしましたかっ!?」
玄関の扉が閉まり、逆光がなくなり見えたポチの姿は……相変わらずだった。
「おいシロ、口元がジャムだらけだぞ」
「それは勿体無いですー!」
振り向いて口のまわりをぐるりと舌で拭うポチを見たフェリス。
どうやら言葉を解する獣、そしてその内容で俺の正体に気付いたようだ。
「……ポーアって言ったわね? アナタ、もしかして魔法士?」
「はい。ブライト様の身辺警護と共に魔法指導の仕事をしています……」
そう告げた時、彼女は不敵な笑みを浮かべ、俺を見つめてきた。
これは……嫌な予感しか――――
「いいわ。パパがトウエッドに向かってからアタシも魔法の指南役を探してたのよっ」
………………………………だから何なのだろう?
フェリス嬢の青眼に宿る面倒臭そうな光に、俺はブライト少年と一緒になってマントにくるまりたくなった。




