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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第五章 ~古の放浪編~

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◆150 ただの魔法兵団

 ―― 戦魔暦九十四年 六月一日 午前八時 ――


(何だ……コレ(、、)は…………?)


 王都守護魔法兵団の鍛錬場で、雷光とも称されるジャンヌは巨大な黒い影に覆われていた。

 それは鍛錬場の八分の一が影に染まる程だ。

 幹部席の石畳をコツコツと鳴らす小さな男は、呆然と立ち尽くす兵たちの前まで歩く。

 焔の大魔法士ガストン。魔法兵団の長たる彼が、兵たちに見向きもされない。彼を心酔しているヴィオラ団長でさえもだ。


「窮屈でしたかな?」


 ガストンが言葉を発した時、全ての視線を彼に集めた。


「……そりゃな」


 そして再び視線が戻る。

 ガストンが放った言葉。それは相手を敬う発言だった。

 それに対し、やる気のなさそうな返事で返した男は、影の正体から発せられた言葉だった。

 知肉のトゥース。極東の荒野を出て、はるばるここ王都レガリアまでやってきたのだ。


(ったく、まさか本当に一週間でアレをモノにするとは思わなかったぜ。こうなるなら手なんか抜かなきゃ良かったってもんだ……)


 胡坐をかいて座るトゥースの隣に立つガストン。

 並べてしまうと、豆粒にも見えるガストンに、兵たちは溜まっていた唾で喉を鳴らした。


「まぁーったく、ここに来るなら来るでちゃんと教えて欲しいものよね!」


 ツンと張る声を、トゥースに掛けた女が一人……観覧席から現れた。

 知っている声だけに、皆の動きは迅速だった。振り返った兵の一人がその名を叫ぶ。


「アイリーン様!」


 即座に控える兵たちにアイリーンは軽く手を上げて起立させた。


「出たな、糞婆……」

「五月蠅いわよ糞賢者。ガストンから知らせが入らなかったら、気付かないで終わってたでしょうね」

「はんっ、苦労したぜ。ここまで来るのにな」

「アナタが?」


 アイリーンが小首を捻る。賢者と言われる程の男が、レガリアへの移動に、苦労という言葉を使ったのが理解出来なかったのだ。

 単純に、トゥースがここまでくるのは非常に簡単だ。

 しかし、トゥースにはトゥースの事情がある。王都に存在する灰色(グレイ)の師であるからして、王都に近づきたくないのだ。近づけば死なないにしろ面倒が起こる。それ故、トゥースの王都接近という報を、グレイ(ガスパー)に知られてはならない、という障害があったのだ。

 そのため、トゥースはガストンにアズリー発案のストアルームを教え、かつてメルキィがアズリーに頼んだように、ガストンへここまで運んでもらったのだ。

 そして、身体に宿る巨大な魔力を抑えるという事も行っていた。アイリーンやアズリーが常時身体に施している魔力循環の法を少し弄り、空間転移魔法の公式を応用して、極東の荒野にその噴き出る魔力を送っているのだ。

 これにより、トゥースはガスパーに察知される事なく王都レガリアへ入ったのだ。

 無論それは…………ガスパーには(、、、、、、)気付かれないというだけで、野生に潜む者は当然に気付くのだった。

 一人、兵たちが並ぶ最後列で尻もちを突いた女兵がいた。

 前に並んでいた男兵がその女兵を睨む。トゥースという大事なれど、規律を乱す事は王都守護魔法兵団の恥であるからだ。

 しかし、男兵は気付いたのだ。女兵が見上げたその先に、鍛え上げられた正規兵が取り乱す原因を。


「あ…………あ……」


 女兵とともに尻もちを突いた男兵は空に見た。

 次々と強制的に腰を落とされる兵たちの波が、ついにトゥース、アイリーン、ガストン、ヴィオラの下へ届く。

 トゥースが見上げ、黒い点を捉えた。

 空で止まり、その圧倒的魔力で兵たち、そして隣にいるガストン、アイリーン、ヴィオラに強烈なプレッシャーを掛けたのは――――


「なんでぇ、紫死鳥か」


 頭を掻きながら、空を見つめた先には、先日アズリーたちを苦しめた紫死鳥が飛んでいた。

 トゥース程の人物が王都レガリアに近づけば、レガリア近辺を縄張りにしている紫死鳥が気付かない訳がない。

 相手に害があれば、身の危険にも繋がるからだ。


「……お知り合いでしたかな?」

「なぁに、二回程喧嘩した事があるだけだよ」

天獣(てんじゅう)相手に喧嘩ぁ? ふざけた男ね」


 平静を装いながらもガストンもアイリーンも気付いていた。紫死鳥の圧力に。

 その気になれば、自身を含むこの場の全員が死んでしまうという事実に。

 隅に控えていたフユは、杖を抱きかかえながらガタガタと震えている。姿形がまともに捉えられない距離にいる小さな黒点に、場の皆は恐怖し、そして震えた。

 天獣(てんじゅう)が現れてはトゥースも身を隠した意味がない。

 早々にこの場から去って欲しいと思ったトゥースは、紫死鳥に念話連絡の魔術を発動した。


『よぉ、久しぶりじゃねぇか』

『……やはりお前だったか』

『今やり合う気はねぇよ。お家へ帰んな』

『…………最近はよく人に会う』

『へぇ、珍しいじゃねぇか? だが、ここから先は色んな人間に会うだろうぜ』

『どういう事だ?』

『ま、そいつぁまた今度教えてやる。今は帰れ。てめぇの視線が俺の敵を呼んじまうからな』

『……………………いいだろう。渓谷で待つ』

『あいよ』


 目を瞑ったまま念話していたトゥースは、懐かしさからか少し口を緩ませると、紫死鳥は北へと戻って行った。

 天獣(てんじゅう)を前にする。それだけの短い時間が、兵たちの顔を白くさせてしまった。彼らが、いつの間にか出ていた大量の汗に気付き、冷たさを感じる頃、いち早く平時(、、)に戻ったガストンは、小さな咳払いをした。

 それに後押しされるように、地に付けていた腰が上がり、再び兵に規律が戻る。

 ガストンはトゥースを手で差し、言った。


「トゥース殿だ。極東の賢者と呼ばれる知る人ぞ知る偉人である」

「へっ、爺が持ち上げやがる……」

「先日より皆に課した鍛錬メニュー。誰一人として最後まで行えた者はいないと聞く。無論、このヴィオラもだ」


 この言葉に俯くヴィオラだが、誰も彼女を非難する事はない。

 アズリーが行ってきたトレーニングは、兵たちに「不可能」だと思われていたからだ。

 少なからずそう思っていた兵たちは、この鍛錬メニューを出したガストンに不信感を持っていた。「戦士でもない我々に何故これほどの肉体鍛錬を課すのか」と。

 だからこそ、この話を聞いて俯く者はいなかった。

 この時、兵たちの顔に苛立ちを覚えたアイリーンが一歩前に出たのだ。


「ぬっるいわ! そんな顔してるからいつまでたっても弱いままなのよ!」


 兵たちの顔が凍りついた。

 それなりの強さを自負する兵たちが、弱いと宣言されたからだ。

 いくら六法士のアイリーンといえど、この事態を飲み込むには時間がかかったのだろう。


「おめーもな」

「アンタは黙ってらっしゃい!」


 ボソりと呟いたトゥースに噛みつくように言うと、アイリーンは再び兵を睨んだ。


「あの程度のメニュー、十時間もあれば楽勝よ! 私もガストンも当然クリアしてるわ! 魔法技術や魔力じゃなく、私たちとアナタたちの単純な差はこれよ! 意思の弱さ、わかる!? 爺も爺よ! こいつら全員、甘やかしすぎなのよ!」


 吠えるように喚き散らし、言いたい事だけ言ったアイリーンは、最後にそっぽを向いて荒い鼻息を吐いた。

 兵たちはただただ驚きを隠せずにいる。もしアイリーンの放った言葉が全て事実であれば、自分たちは何なのだ、と。

 意思の弱さを指摘された。しかし、彼らには自信があった。そこらの冒険者には決して負けないという自信が。

 言葉の意味を理解出来ている者はいない。

 トゥースが溜め息を吐き、アイリーンがそれに続くと、ガストンが一歩前へ出る。


「……日々の鍛錬、まことに結構。だが、それで終わっている者がお主らだ。飽く事なき鍛錬の先に真の力がある。そういう事だ」

「ま、口で言ってもわからないヤツばっかりだから、こんな糞賢者を呼んだってわけよ」

「糞は余計だ、糞婆」

「これより先! 付いて来れぬ者は置いてゆく! 皆の者、心せよ!」


 ガストンが太くしゃがれた声を鍛錬場に響かせる。

 状況を理解出来ない兵たちの気遅れした返事に、トゥースが再び深い溜め息を吐く。


(まったく、何人持つ事やら…………。アズリー(あの野郎)、こんな面倒な仕事押しつけやがって……帰って来たら…………いや、それも面倒だな)


 大きく長い欠伸を出し、足下で喚いているアイリーンにいつまでも気付かないトゥースであった。

皆様の応援のおかげもあり、ようやく150話です。

終わりという先が見えな過ぎて不安ですが、もっと魅力的に書けるように努力します。

いつもありがとうございます。感想、お気に入り、評価、励みになっております。

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