015 入学式まで
「四翼の竜、バラッドドラゴンの角、牙、爪ね。やるねお兄さん」
「はははは、運が良かったんですよ」
嘘は言ってない。
リナとポチを宿に帰し、俺は素材を換金する為に大市場のモンスター素材店まで来ていた。何処でも売れる素材もあるが、こういった素材となると素材店が一番早いし、お金も弾んでくれる。
色々な町を歩いて、やはり昔から変わっていないみたいだった。
「三万八千でどうだい?」
「え、四万で買い取っても儲けはあるでしょう?」
「あや、兄さん詳しくね? そういうの専門の人かい?」
「ま、色々調べたりはしてるからね」
俺がそう言うと、素材屋の親父さんは、光っている頭を掻きながら「まいったなー」と零した。
「それじゃ四万千でどうよ?」
「おー、一気にいきましたね」
「言われるがままに四万にしてたら商売人じゃねぇよ。ふっかけた詫びと常連さんへの先行投資さ」
流石にベイラネーアになると良い商売人がいる。売りに出した素材から、俺の実力をランクAのモンスターを狩れると判断したのだろう。
レアな素材はどこの店も欲しい。したがってその実力を持った俺を店に通わせたいのだ。
俺はその後ギルドに行って、高ランクモンスターの情報を集めようとしたが、遠方だったり、相性が悪そうなモンスターばかりで、手を出せなかった。
仕方がなく簡単なモンスター討伐を三つ受け、近隣で小遣い稼ぎをしてから宿までの道を歩いていた。
辺りは既に冷たい風と闇が覆っており、俺の体内埋め込み型魔術、《体内時計》は深夜零時を迎えようというところだった。
ベイラネーア東区にある宿に向かっていると、前方からアイリーンとトレースが光源魔法で辺りを照らしながら歩いて来た。
「あら、アズリーじゃない? こんな時間まで何してたの?」
「昨日ぶり、ですわね」
「ギルドで小銭稼ぎですよアイリーンさん」
「へぇ、ランクはどれくらいなの?」
腕を組み、肘を持ちながらアイリーンが尋ねる。
「まだDですよ」
「Dね……あなたならCかBくらいいけそうなのにね」
「まあ、その年でその段階までですか?」
五千歳とちょっとになります。
「そうよ、入学したら絶対に私の《白》の派閥に入れる予定よ」
「派閥……」
「派閥と言っても二つしかありません。アイリーン様と私は白の派閥、ガストン様の派閥は黒ですね」
「しかし、あなた方は教職でしょう? 生徒にも関係があるのですか?」
アイリーンとトレースが呆気にとられたような顔をして互いを見合わせた。
「アナタ、魔法大学を目指すのに《白黒の連鎖》も知らないの?」
初めて聞く名称だった。
俺が頭の中から該当、または類似するものを探していると、トレースが助け舟を出すかのように説明を始めた。
「来る魔王襲来に備え、魔法大学、戦士大学の内外を問わず派閥を設けているのです。互いに負けぬよう、技や魔法を忘れないように、切磋琢磨するのです。毎年、親善試合も行われるのですよ」
「えっと、つまり……弱くならない為に競争相手を作ったと?」
「簡単に言うとそうなるわね。もっとも、大学内では大学内でしか親善試合はないけどね」
「へぇ……それって……強制なんです?」
出来れば関わりたくないものだ。
派閥に加わらなくて良いのであれば楽なんだが、この二人の顔を見るとそれは難しそうだな。
「入学式当日に選ぶ事になるわ。安心しなさい、アズリーは白に来れば優遇してあげるから」
「アイリーン様、入学前のスカウトはお控えください」
「スカウトじゃないわよ、餌で釣ってるの。知らない奴等に付くより、知ってる人に付いた方が楽だしね」
「アズリーさん、この事はどうかご内密に……」
トレースが目礼をする。
入学前のスカウトはご法度か。それがバレると立場が悪くなる、そういう事か。
「構いません。検討させて頂きます」
「えぇ、それじゃ私達も帰るわ。またねアズリー」
「失礼します」
「はい、おやすみなさい」
二人はそう言うと、白と金の髪を揺らしながら西区の方へと向かって行った。
深夜だというのに、かなりの時間話してしまった。俺は急いで宿に戻ったが、卵を抱えるポチとリナは、座りながら、丸まりながら寝てしまっていた。
申し訳なさからか小さく息を吐いた俺は、二人に布団を掛け、自分の部屋に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《ストアルーム》……以前俺がダイナマイトを出した黒い空間だ。おそらく俺しか使えないであろう特殊な魔法だが、何の事はない、実はただの物置空間である。
この中は、縦横十メートル程の空間容量がある。しかし、空間内は場所という概念は存在せず、手を入れれば出したい物がとれるようになっている。勿論、入れた物でないと駄目だが、この魔法を発動すると、脳内に、入れた物の情報が流れ込んでくる。その中から選び取り出すという訳だ。
この魔法の取り扱いは非常に危険で、もし、空間の中に自分が落ちてしまったら、おそらく戻って来れないだろう。
おそらく、というのは試す方法がないからだ。俺が描く魔法陣とまったく同じ魔法陣を描く魔法士がいれば、取り出しは可能だろうが、流石にそれは期待できない。
あくまで緊急時や、周囲の安全を確認出来てからでしか発動をしないようにしている。因みに、俺とポチが暮らしていたダンジョンにあった研究データやガラクタなんかは、全てこの中に詰まっている。
持っているのが大金……あくまで俺達にとってだが大金という事もあり、まとまった金銭は基本的にストアルームに入れている。
勿論余分なお金のみで、必要な金額は俺とリナ、各自である程度は持つようにしている。
あの日以降、高ランクモンスターの討伐が難しいという現実に打ちのめされ、俺達は通常のモンスター討伐をする事になった。
ポチ……はどうでもいいとして、リナの成長は目覚ましかった。安全を期して三人で行動していたが、夜、食事をとった後、一人で討伐に出掛ける事が増えた。
同じ部屋のポチには話していたらしいが、俺には黙って出かけていた。心配を掛けさせたくないのだろうが、はっきり言って凄く心配なので、しょっちゅう尾行している。
リナの魔法技術の向上度合に気付いたのは、その時だった。
スウィフトマジックの恩恵があるにしても、持続型回復魔法リジェネーションを使い、火と風の攻撃魔法を使い分けていた。
余裕がある時は設置型魔法陣を描き、ない時はそこへモンスターを誘導して倒し、緊急時には、リードやマナが仕込んだ体術が役に立っていた。
最近は俺が教える機会も減ってきた。その機会というのも、討伐の際の移動時位で、実演するのはいつも戦闘中だったりする。
リナはその戦闘中に俺の魔法陣構成をよく観察し、自分なりの戦闘方法へ昇華しているのだろう。
わかってはいたが、本当に有能な魔法士……いや、魔法戦士になるのかもしれない。適正はある、リナ次第というところだろう。
三月になり、俺達は魔法大学の学生寮へ入寮した。
机が一つ、チェストが一つ、ベッドが一つ揃った簡素な部屋だったが、月額五百ゴルドには代えられない。
魔法大学は中央校舎、東棟、西棟に分かれている。西棟は全て学生寮で、北側が男子寮、南側が女子寮となっている。男子寮から女子寮、女子寮から男子寮への侵入は許されておらず、事情を話し、許可が下り、教師の付き添いのもと入る事が可能になるという。
背に腹は代えられないので、入寮を決意したが、些か連絡が取りづらい為、俺は《念話連絡》という魔術を使い、リナと合流していた。
リナは驚いたようでそうでないような反応だったが、すぐに利用方法を理解した様子だった。
面倒なのは十九時以降の夜間の外出だ。基本的には禁止、それを犯した者は教師が指定する奉仕活動。
勿論、予め外出申請を出しておけば問題はないが、申請から許可まで数日かかる為、利用する者は少ない。しかし、リナには無理だが、俺の場合、バレなければ問題ないのだ。お金も稼がなくてはいけないので、俺は夜になっても何度も外出していた。そして、
「何をしているのかしら、アズリー?」
ギルドでアイリーン様にお会いした。
「何言っとるんですか? あだすはフランクという名前ですだ」
「別に隠さなくてもいいわよ、私も何回かやった事あるからね。何? お金に困ってるの?」
「いえ、困ってる訳ではないんですが、貯めておかないと不安な残額ではありますね」
アイリーンはいつものように腕を組み考え事を始める。
この待ち時間、俺は待っていなくてはいけないのだろうか?
「いいわ、ランクSの私が協力してあげる」
「いえ、結構です。では」
俺は手を前に出しきっぱりと断った。
どんと胸を張って協力を申し出たアイリーンは固まり、周囲からは「可哀想」だとか「あっちゃ~」だとかアイリーンを憐れむ声が聞こえる。
当然、アイリーンの耳にも届いているだろう。少し悪い事をしたか?
この一ヵ月で俺はランクCにまで上がり、すっかりギルドの馴染みになっている……と思う。
声を掛けられる事もあるし、リナなんてある意味人気の的だ。若い、可愛い、強いと三拍子揃った人材をギルドは歓迎していた。
だからこそのこういった注目が集まる訳だ。アイリーンはまだ固まっているし、早いところ依頼を受けて討伐に向かおう。
「これお願いします」
「……はいアズリーちゃん、今日も頑張るわね~」
「いえ、ダンカンさんも、いつもお疲れ様です」
「あん、ふふふふ、もっと言って~ん♪」
このお兄さんにしか見えないお姉さんは、ダンカンさんという変なギルド受付員だ。
顎髭が目立つ三十前後のオカマさんだが、他の冒険者からの信頼は厚いようだ。
簡単なように見えるギルド受付員の仕事だが、冒険者同士のいざこざの解決や、集中する仕事依頼の受付、そして今の俺が行ったような冒険者の仕事受注手続きもしなくてはいけない。これを迅速的確に行う能力が、このダンカンにはある。聞いた話じゃ、ダンカンがこの店を任されてから、ベイラネーアの仕事依頼、受注の量が増加し、回転率も上がったとか?
「ダンカン、今こいつはどの依頼を受けたのっ!」
「だめよ~、そういうのは禁止。いくら六法士だからって教えられないわ~」
アイリーンが俺の依頼内容を知りたがっている。間に合わなかったか。
「じゃ、失礼します」
「は~い、また後でね~」
ダンカンがウインクを送り手を振る。
俺はギルドを出ようと扉に手を掛けようとしたが、その扉はアイリーンの手により開かれた。
「待ちなさい、私も行くわよっ!」
「いえ、結構です。では」
俺は手を前に出しきっぱりと断った。
アイリーンは固まり、周囲からは「可哀想」だとか「あっちゃ~」だとかアイリーンを憐れむ声が聞こえた。
この日から、夜俺がギルドへ行くと、アイリーンは俺の仕事に付いて来るようになった。
そしてこの日から、夜俺は憂鬱になった。




