148 教えてポーア先生!
ジュンと固い握手を交わした後、俺は二階のブライトの部屋へ案内すると言われ、部屋を出た。
当然、途中のエントランスホールでは、ポチがお座りしながら待っている。
遂に束縛が解放されると思ったのか、ポチは目を光らせるが、俺たちがそのまま二階へ上がってしまった時のあの悲しそうな表情は、今日一番の収穫だろう。
「君の使い魔だね? 名前は?」
「シロといいます」
「はははは、黒い体毛の面積が大きいのにシロか、面白いな」
黒いシロが勝手に付けたんです。
ジュンの言葉は、挨拶程度の世間話の延長なだけに、少し乾いた笑いだった。
二階に上り、奥の廊下に並ぶ六部屋の内、手前から二番目まで来ると、ジュンとブライトは足を止めた。
この廊下には左右三部屋ずつ。
「この左側の部屋がブライトの部屋だ。そして右手奥の部屋が私の部屋だ。ブライトの身辺警護をお願いするからには、君には左手手前の部屋を使ってもらおうと思っている。君の部屋とブライトの部屋は室内にあるドアで繋がっているし、警護もしやすいだろう」
こくりと頷いた俺だが、どうしても気になる事を聞いておかなければならない。
「あの」
「ん、何だ?」
「シロをこの部屋に入れちゃまずいのでしょうか?」
ピタリと止まるジュンさん。
まるで「正気か?」と訴えかけるような顔だ。やはりか。
悪い予感はことごとく当たるな。確かに貴族の家だし、どこぞの冒険者の使い魔が家の中を歩くのは流石にまずいと言う事か。俺としてはポチの鼻と耳は重宝するし、何より枕がなくなるのはな……なんとしても避けねばならない。
私の顔が全てを物語ってるだろう、と言わんばかりにジュンは何も返してこない。少しの間の抜けた沈黙が走ると、思わぬ援軍が現れた。
「姉上、僕からもお願いします」
ブライト少年のこの言葉、そして階下から大声で聞こえる『私からもお願いします!』と響く声。あんにゃろめ、後でお仕置きが必要だな。前者の言葉だけで十分だったのは言うまでもない。ジュンは膝を曲げ、顔を崩してブライト少年を撫でた。
「へへ、もぉ~、ブライトはしょうがないな~」
あのキリっとした顔つきがどうしたらここまで綻ぶんだと思う程、ジュンは変な生物になった。
確かにブライト少年の瞳には年相応の可愛さがあるが…………マナやリードでも、リナに対してここまで豹変しないだろう。
しかし、このブライト少年……もしかして――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よいしょっと!」
部屋の端にある窓から出さなくてもいい声を出して現れた我が使い魔。
あの後、ジュンは屋敷内で獣が出歩くのだけは駄目だと言い、庭から繋がるこの二階の窓をポチの出入り口とした。
つまり、ポチは窓から俺の部屋に入り、窓から外に出るという訳だ。
この時代の貴族にしてはとてつもない譲歩と言える。
「お前、屋敷内で大声出すなよな」
「あら、聞こえちゃいましたか?」
何故あれが聞こえないと思うのだろうか?
ウィンクしながら可愛く出してる舌を引っ張ってやりたい。
「魔法指導は明日からでしたね」
「あぁ、でも身辺警護は今日からだから、異音や異臭に気付いたら教えてくれ」
「それにしても身辺警護って……フルブライド家ってそんなに敵が多いんですかね?」
「それについては、後でアルフレッドさんが教えてくれるそうだ」
「マスター、見てください! キングサイズのベッドですよ!」
フルブライド家の敵への興味はどこへいった?
がしかし――――
「ふかふかですー! ――はっ!?」
「どぉおおおおりゃっ!」
「へぶんっ! く、く、く苦しいですー!」
「主人を差し置いて何勝手にベッドを独占してんだお前は!」
「あはははっ、ここでは私が王様ですよ!」
「おのれ、こちょこちょこちょこちょこちょーっ!」
「くっ、あははっ、ちょっ! この、こちょこちょこちょこちょーっ!」
「「あははっ」」
「「あはははっ!」」
「「あははははっ!!」」
「――いいかね?」
その渋い声に、ベッドの上でピタリと止まった俺とポチ。
部屋のドアはいつの間にか開かれ、手を背で組むアルフレッドがそこに立っていた。
ベッドから下りる俺と、ベッドの下に隠れるポチ。どうやらこの爺さんは苦手のようだな。俺もそこに入りたい。
「ははは……よいです」
「このフルブライド家では貴様は下男の一人だ。だが、ご主人様の言い付けによりこの部屋を使わせるのには意味がある。それはわかっているのかね、ポーア殿?」
こくこく頷く俺に、仏頂面のアルフレッドが続ける。
「よろしい。フルブライド家に仕える以上、節度と尊厳をもって行動にあたれ」
「…………」
「屋敷を魔力で覆う事は出来るかね?」
「この大きさとなると、常時、という訳にはいきませんが――」
「――では、止む無く坊ちゃまから離れる場合。排泄等の場合はそれを使え。貴様が寝る場合はどうする?」
「あ、シロを――」
「信頼出来るのかね?」
「それはもう――」
「フルブライド家は貴族の割りには敵が少ない。それはご主人様がこれまで血の滲む思いでここまでやってきたからだ。しかしいないという訳ではない。学のない貴様が知ってるとは思わないが、聖帝様に仕える貴族にも派閥がある。フルブライド、アダムス家含む保守派。それに対する革新派がいる。魔王の胎動期が始まってからこの革新派の動きが活発化してきた。既に保守派の何人かが被害に遭っている。くれぐれも注意しろ」
なるほど、魔王が生まれる前だってのに、人間は人間で小さな勢力争いをしているって事か。
そして――ようやく思い出した。
ここは遥か昔、聖帝時代。年号は確か…………神聖暦。俺が生まれる十年程前に終わった時代だ。
聖帝の病、後継者の病死なんかで時代が変わったと記憶してるが、なるほど。もしかしたらこの貴族間の争いが原因の一つかもしれないな。
「食事は八時、正午、二十時だ。全て坊ちゃまの食事が終わってからとする。そこの犬と交代でとれ。こちらまで運ばせよう。八時五十分より十一時半、十二時五十分より十八時が坊ちゃまの魔法指導の時間となる。その間、侍女を一人付ける」
「つまり用があればその方に――」
「貴様ではない。坊ちゃまの侍女だ」
「あ、はい」
「魔法指導は裏庭で行え。身辺警護も忘れるなよ」
「わかりま――」
「では失礼する」
…………………………………………。
「私、あの人苦手です」
「奇遇だな、俺もだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 神聖暦百二十年 五月十五日 午前五時 ――
ジュンが早々に家を出るという事で、俺はブライト少年、アルフレッド、複数の侍従と共にジュンの見送りに庭に出ていた。
昨晩食事が少なすぎて泣いていたポチは部屋でふて寝しているが。
「アルフレッド、家を頼んだぞ」
「かしこまりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ポーア殿、ブライトを……」
「任せてください。気を付けて……」
頷くジュン。
最後にブライト少年が俺の前に立ち、小さな背中を震わせる。
「姉上、ご自愛ください」
「なぁに、たったひと月の事だ。ポーア殿の下でしっかりと励むんだぞ」
「はいっ!」
「では行ってくる」
背中を見せながら言ったジュンだが、きっとブライト少年と離れる事になって寂しいんだろうな。
ブライト少年以上に背中を震わせてるんだから。
てっきり、馬車か何かで出かけるのかと思ったが、ジュン程の実力者になると流石に必要ない、か。
国からの招集みたいな公なものだとそうもいかないんだろうけどな。
ジュンの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、俺は部屋に戻っ――――れない。何故かマントに重みを感じる。
「早起きしたついでです! 早速教えてください! ポーア先生!」
無邪気に輝く瞳、期待と魔法への憧れ。
そんな気持ちが垣間見え、初日から時間外労働を強いられる俺だった。




