146 フルブライド家
どう考えても何かしら問題を抱えている。そんな依頼内容だ。
振り向き困った顔をしてるであろう俺を見たジョルノは、親指を立ててとてもイイ顔で微笑んだ。
魔法士がいない訳ではないが、ただ単に条件に当てはまる魔法士がいなかっただけかもしれない。
適役かもしれないが、頭に残る不安を拭い去る事が出来ない。
ギルド外にいるはずのポチ。探しに出てみれば、ポチは一人の少年に身体を撫でられていた。
「そうです! 頭から首に! 首から胴にかけて!」
「おぉ!」
「そして頬に円を描くように! そうです! 中々上手になってきましたよぉ!」
「はい、先生!」
何やってるんだ、アイツは。
黒髪の少年がポチの頬を揉むように撫で、再び頭部に手を移したところで俺が声をかける。
「お待たせ」
「あ、マスター! 何かお仕事は見つかりましたか?」
頬を引っ張られながらも気持ちよさそうにポチが言う。
「んー、あるにはあったが、手つかずの依頼でちょっとなー……」
「どんな内容なんです? どんな仕事でもやってみる価値はあると思いますけど?」
「ちょっと珍しくてな? どうやらフルブライド家の長男が魔法の指導を求めてるらしいんだが、大分手がつけられてなくていわくつきみたいな依頼なんだよ」
「む、ほら! 何で手を止めてるんですか! 次は背中から尻尾にかけてですよ!」
「あ、はい!」
手が止まった黒髪の少年に、ポチが続きを催促する。
おや? この少年、どこかで会ったような気が…………気のせいか?
「報酬はどれくらいなんです?」
「それも成功報酬で、一週間前後しか生きられない懐事情の俺たちには少し不透明な感じで悩んでるんだ」
「それくらいなら――――」
「ほら! また手が止まってますよ!」
「はいぃ!」
まったくコイツは……この少年、結構な身なりだぞ? 何様のつもりなんだか。
……そういやこの少年、まだ十歳程だろうが昼間とは言え保護者の付き添いがないのか?
冒険者ギルドの正面だとはいえ、流石に危ないような気もするが……。
「とりあえず受けてみてはいかがです? 定期的な収入になるかもしれませんし、相手が見えなくちゃわからない事もありますから」
「んー……ま、そうだな」
「それなら――――」
「はい、耳の裏!」
「はい!」
「お前、いい加減にしてやれよ。さっきからその子、何か言いたそうにしてただろう」
耳の裏のマッサージを心地よさそうに薄目にして聞いていたポチが、腑抜けた声で「そうですかぁ?」と言った時、気持ち良さからでるポチの吐息にかぶせるように背後から声が聞こえた。
「坊ちゃま!」
俺たちに掛けられた声ではないと分かったが、声の方向と距離を考えて、掛けられた相手はこちら側にいる。そんな声に俺たちは振り向いた。
するとまた背後から声が響く。まだ成長途中のボーイソプラノ。張りがあって通る声だった。
「爺!」
一言で主人と従者がわかる言葉に、俺とポチは顔を見合わせた。
……お前まだ薄目なのかよ。
ポチから手を離してオールバックの白髪の老人に向かった少年。そうか、やはりこの黒髪の少年はそれなりの身分の子共、という訳か。
中腰になり少年の言葉に耳を傾けている老人は、一通り聞き終えた後、俺たちをちらりと見た。
まるで……そう、あれはまるでゴミを見るような蔑んだ目だった。
え、何ですかあの目は?
ハンカチを取り出して口元に当てて近寄り…………対面にして話すにはやや離れた位置で止まる老人。
背はかなり高い。ブレイザー並みにあるな。常に皺が寄っている眉間と、太い白眉。綺麗に整えられた顎鬚がハンカチからはみ出ている。
「……ふんっ」
敵意剥き出しの目と、威圧感のある声を交えた鼻息。
流石に俺もポチも気付いてしまう。この老人は、冒険者を快く思っていないのだと。
身なりからして貴族だろうか。質の良い生地を使った黒いスーツ。メルキィが教えてくれなければ知らなかった。やけに背中の部分が長いスーツだが、こういう服なのだろう。
そしてあの少年の服もそうだ。スーツの上から薄手の羽織り……どこからどう見ても貴族様だ。
「なんとタイミングの悪い冒険者だ」
「……どういう事でしょうか?」
未だ理解しにくい状況だが、薄々わかってきた気がする。
もしかしてこの二人は…………――
「付いて来い」
「ご馳走様です!」
流石ポチだ。
理解より先に欲がきている。獣の鑑だと思う。
だが、そう言いながらも俺を先頭にして膝裏を頭で押すところは小心者だと思う。
断る理由もなかったが、老人の態度が抵抗材料として残った。しかし、こちらを見て微笑む少年の目は、何故か断れない魅力があった。
まったく、厄介事じゃなきゃいいけど……。
◇◆◇ ◆◇◆
「デカいな」
「おっきぃですねぇ〜」
俺もポチも眼前に現れた大きな屋敷を見上げながら言った。
ブルネアの南東に建つ屋敷は、正門が頑強そうにあり、その中にはよく手入れされた芝が見えた。とんでもないな、庭だけでポチズリー商店より広い。
「ここは?」
老人は俺の問いに答える様子を見せない。
先程から黒髪の少年も何も喋らずニコニコとしているだけだ。
無垢な笑顔だが、この笑顔、どこかで見た事のあるような気がする。
正門から入り、歩いて三分はかかる庭を通り過ぎると、俺たちは屋敷内へと通された。
広いエントランスホールが俺たちを迎え、右手後方には二階へ通じる階段。一般的には二階が住居だ。屋敷の裏手側に別棟が見えたが、そちらが使用人の住居だろうか?
老人に続き俺が一歩前へ出ると、どこから出したのか、老人はステッキをポチの正面に出し、その進行を妨げた。
この行動に俺は止まったが、ポチは前にステッキなどないかのようにするりと避けて前に進む。
いや、止まれよお前。
「くっ、止まれ、犬」
制止を促す声にようやくポチは足を止め、ピタリと止まる。
それはもう見事な止まり方だ。ポチだけ時間を止めたかのような止まり方。
ウィンクさえしなければ剥製と見間違うんだがな。
「犬はここまでだ。貴様はこっちだ」
「爺、僕は姉上を呼んでくるよっ」
「それはそれは、お手を煩わし申し訳ありません」
少年にはコロッと目の色を変え、深々と頭を下げる老人は、少年の足音が二階へ向かうと、再びキツい目を見せて頭を上げた。
「来い」
俺は小さく鼻息を吐くと、老人が向かう階段横の部屋まで付いて行った。
ドアを開けた老人が入室を目で促す。促されるがままにそこへ入ると、どう見ても応接室とは言えないような簡素で寂れた部屋へ通される。静かにドアを閉めた老人は、小さな咳払いを一つする。
……座れって事か。
損傷こそないが古びた対面ソファーの奥に座り、テーブルを挟んで老人が座る。
窓の中から光が顔を見せ照らされる部屋は、どこか不思議な印象だった。
見たところ部屋の大きさを考えると…………どう見ても屋敷の端の部屋には思えない小さな部屋だった。
入る時に見た部屋の一帯に、他の部屋はなかった。だとしたら、何か他の空間があるのか?
部屋を見渡す俺に、老人が話し掛ける。
「貴様、名前は?」
「ポーアといいます」
今でこそこの偽名を使っているが、本当は使いたくない。しかし、ジョルノたちがこの街にいるならば、本名を名乗ってしまうと不都合が出てきそうだった。だから、俺とポチはあえて偽名のままでいる事にしたんだ。
俺が名乗り終えた頃、どこからか浴びせられる鋭い視線に気付いた。これは? 壁の中から感じる?
なるほど、つまり余分な部屋の空間を隠し部屋に使い、誰かが覗いてると。
とまぁ、流石にこういう流れだと気付いてしまうな。
あの黒髪少年の身なり、そして姉上の存在。
……この視線の持ち主は只者じゃない。壁越しでもわかる程の実力。そうだ、リーリアは言っていた。
「仕事を探してるそうだな?」
フルブライド家の娘には驚いた、とね。
担当編集さんに交渉しましたが、店舗特典の掲載はNGでした。
やはり限定の壁は超えられませんでした。申し訳ありません。




