◆130 爆発、アズリー
本日5月5日、二話目の投稿です。
ご注意ください。
セイラの言葉をきっかけに、アズリーの額に大きな青筋が走る。
アズリーの髪が揺らめき、目は赤く血走っている。
隆起する筋肉、放出される魔力、強力な殺意を帯びた鋭い眼光に、セイラがバッと立ち上がる。
アズリーが踏み締める床が砕け、扉の向こうで聞こえていた喧噪がピタリと止まった。
セイラが自らの魔力放出により抑え込もうと両手を正面へ出す。同時にアズリーの後方からダラスが扉を開け状況を視認する。
濃密な魔力がセイラに驚きとそれ以上の焦りを浮かべさせ、本来セイラを守るべきはずのダラスが、アズリーの背中を見ただけで動きを止めてしまった。
同ランクであるダラスが動きを止めてしまう程の魔力、そしてセイラの顔を歪めさせる程の魔力に、ダラスの後方からは小さな悲鳴が聞こえる。
先程放ったセイラの風魔法は本や羊皮紙を舞い上げたが、アズリーが単純に放った怒気を帯びた魔力は、それ等を微動だにさせていない。だが、壁や机、椅子や床が軋む音、砕ける音を発し、耐久度を下げている事は明白だった。
セイラが放つ魔力は、アズリーの身体から常時噴き出ている魔力に一瞬にして相殺され、圧殺され、肉薄された。
凶悪な魔力にセイラは飲み込まれ、内包していた魔力の一切をアズリーによって奪われる。
「な…………何なの……この魔力は…………っ」
喉が詰まるような圧迫に、辛うじて出したセイラの声は、アズリーの耳には届いていなかった。
焦点の定まらないアズリーが、手を正面に向けると、セイラが何かに備えて防御の姿勢をとる。しかし、その一瞬で放たれた魔力の圧は、セイラを浮かし、後方へ飛ばし、岩の壁にめり込ませた。
「ぐぅっ!? カッ……フ……」
口から血を吐き出し、苦悶の表情を見せるセイラ。
この時、ようやくダラスが動きだした。
アズリーの前へ駆け、そして両の手を開いてセイラを庇った。その重圧に、ダラスでさえも苦しげな様子だ。
剣を抜かずアズリーの前に立った理由は一つ。アズリーに害意を見せないためである。
そしてダラスは、ダラスの身体は知っていた。たとえ抵抗しようとも、このアズリーを前には虚しく終わってしまうだけだという事に。
「アズリーッ! 抑えろっ!」
短いダラスの言葉にアズリーは一瞬だけ止まる。
だが、放出され続ける魔力量は変わらず、絶えず解放軍のアジト全体を制圧している。
「アズリーッ! やめるんだ!」
何度も叫ぶダラスだが、アズリーの怒気が治まる事はない。
後方では、その圧故に、失神する者まで見受けられる。正面からこれを受け止め、立っていられるダラスと、意識を残すセイラだが、何をする事も出来ないでいる。
「アズリーッ!」
幾度となく訴えかけるダラスの呼吸が乱れ始めた。
その瞬間、アズリーの後ろから軽やかな足取りで近づき、そして跳躍した者がいた。
「なーにやってんですか、マスター。その目、気持ち悪いですよ!」
アズリーの肩にしがみ付いて耳元で叫び、いつも通りのポチ。
「もう最悪です! ほら、髪なんてキシキシですよ!」
アズリーの髪を器用に摘み、そして揉んでそれをアピールする。
目を丸くするダラスに、戦慄するセイラ。使い魔なれど、ポチの行動は常軌を逸していた。
一触即発のタイミングでダラスの前に現れたアズリーの使い魔ポチは、軽快に罵り、爪でアズリーの頬を刺し、そして――
「アハハハハッ! 針金みたいですー!」
笑った。
この言葉の後、針金は糸に戻り、噴き出た魔力は吸い込まれるように身体に戻り、解放軍のアジトが軋む音は次第に止んでいった。
笑うポチの爪が、その揺れでアズリーの頬を更に刺し、一滴の小さな血が流れる。
「…………痛ぇよポチ」
「おはようございます!」
「夜だよ」
「そうですね!」
笑顔で答えるポチを床に降ろすと、アズリーはセイラを見る。
人型の窪みから血を流し、恐怖を色付けた瞳でアズリーを見る彼女は、ダラスに手を貸され、椅子へと腰を降ろす。
「……ちょっかい出すなら俺だけにしてもらえますか?」
「……………………そうするわ」
項垂れて言ったセイラの言葉には誠意と謝罪があり、アズリーを納得させた。
ダラスが再びアズリーの前に立つと、深々と頭を下げる。
「すまん。こちらの不敬が原因だ」
「ダラスさんが謝る事はないです。それに、ダラスさんの用事はこれではないでしょう?」
ダラスが顔を上げ、こくりと頷く。
セイラがウォレンから連絡を受け、ダラスを使いに出したのは、ダラスがアズリーとの面会を希望していた時期より後の事だ。
セイラの話を聞いたアズリーは、自分と面識のあるダラスが遣わされたという結論に至ったのだ。
「セイラ殿、よいか?」
「いいも何も、私に扱いきれる戦力じゃなかったわ。ダラス、アナタこうなる事がわかってて連れて来たわね?」
「説明が苦手なものでな。百聞は一見に如かずだ」
少しだけ笑い、セイラにそう言ったダラスは、アズリーの肩を抱いてセイラの部屋の外へと誘導する。
「セイラさん!」
ビクリと肩を震わせたセイラに話し掛けたのはポチ。
「マスターは正面からの方が動きますよ!」
「…………そう、ね。後日、ウォレンから連絡させるわ。アズリーさんの件はあの子の方がわかってるみたいだし」
「お薬、ありがとうございました!」
「……ふふ、油物にはあの胃薬が一番よ。後からもたれないから」
薬を盛られたポチは、自分が飲まされた薬について理解していた。だからこそ、セイラにこのアドバイスと礼を言ったのだろう。
無い武器を用いてアズリーと話し、抱き込もうとしたが、セイラは失敗に終わった。
しかし、ポチの存在が、因縁を縁に変え、セイラがそれに感謝したのは言うまでもない。
テーブルの下に隠れる人間、壁際に寄り、アズリーを避ける人間、剣を抜き構える人間、気を失っている人間と、様々なこの空間。
ポチが座った席にはご馳走が並べられ、そのテーブルの端には置き手紙のように一切れの紙が置いてある。
内容は「この肉、食べるべからず」。
走り書きで書かれた文字だが、それは肉に添えられたソースを使って書かれたもの。
飛び散るソース具合から、アズリーが興奮し、セイラが慌て、ダラスが飛び入り、セイラが壁にめり込まされ、ダラスが庇い、アズリーが今にもセイラに追撃を加えようと………………本当にギリギリまで食事していた事がわかる。
アズリーとダラスを追い抜かし、その席にお座りするポチは、ギリギリの空間で再び食事を始めた。
食事の続きにはポチなりの順序があるのだろう。最後の噛み跡に倣うように、沿うように肉にかぶりつく。
「美味しいですー!」
ポチの頭をひと撫でしながらアズリーも席へ掛ける。その顔は、既に怒気も何もなく、穏やかなものだ。
隣にポチを置き、正面の席にはダラスが座った。
周りは静まり、ポチの食事の音だけが響く。
二人の会話の一切は、ここにいる者ならば聞ける、そんな空間だ。
無論、二人がそれを気にするならば、ここに座る事はない。話があるダラスが「ここでいい」と決めたのであれば、問題はないのだ。
「それで、俺に何の用事だったので?」
「付き合いを考える者が一人、俺とアズリー共通の知り合いに現れた」
「共通の知り合い? そんな危なっかしい人なんていましたっけ?」
ポチが零した飲み物を布巾で拭きながらアズリーが聞く。
言うのが躊躇われるのか、ダラスは少しだけ沈黙を語った。
水滴を引き伸ばすが如く、布巾が布巾としての役目を帯びなくなる頃、ダラスは重々しくその口を開いた。
「…………聖法士ビリー」
思いがけない名前に、アズリーが手を止め、ポチが咀嚼を止めた。
そしてダラスが静かに語り始めた。




