126 新たな水魔法
―― 戦魔暦九十四年 四月九日 正午 ――
たまにある魔法大学の休み。
リナに炎龍の杖のスウィフトマジックについて相談された俺は、いつものベイラネーア西、草原地帯の広場へやってきた。
因みにポチは元気なララ、何故かむすっとしたティファと一緒に杖を探しに出ている。
もしかして魔法教室が一日なくて嫌だったのだろうか?
「最後です、ヘルファイアウェイブ!」
「おぉ! 火魔法の上級魔法か!」
「…………ふぅ。あの……どうでしょうか? アズリーさん?」
「んー、ハイキュアー、テンションアップ、スピードアップ、そしてヘルファイアウェイブか。どれも《速射向上》、《速度向上》の魔術公式が組み込まれているし、上級魔法であるハイキュアーとヘルファイアウェイブは特級魔法並みといってもいい。でも、風魔法は入れなくていいのかい? リナは攻撃魔法の中じゃあれが一番相性良かっただろ?」
俺がそう尋ねると、リナは顎先に指を置いて思い出すように話し始めた。
「えーっと、私もそうしようとは思ったんですけど、四属性の魔法で試すうちに、スウィフトマジックだと火属性魔法が一番しっくりきたんですよね?」
「火魔法が……? あぁ、もしかして杖の特性に反応してるのかもなっ」
「そうか、炎龍の杖でしたものね」
炎龍と言えばその名の通り炎を巧みに操る巨大な龍。火魔法と相性がいいのは納得出来る。
確かにそれならスウィフトマジックには火魔法がいいな。得意な風魔法は宙図で描けばいい事だし、デメリットにはならないだろう。
「でも、そうなるとアズリーさんの水龍の杖に合うのは…………水魔法ですか?」
「あ? あぁ、確かにそうだね。けど、ここには水魔法で扱える水がないし……――」
と言うと、リナがくすくすと笑い出した。
……何かおかしい事言ったのか? 俺。
「ど、どうしたリナ?」
「ふふふふ。この前、ティファにアズリーさんの研究資料を少しだけ見せてもらったんです。その時の事を思い出しちゃって……」
俺の研究資料?
フォールタウンに置いて来た資料の中で、今の話のタイミングで笑うようなものなんてあったっけか?
するとリナが人差し指を胸の前に置いて言った。
「水を使用しないで水魔法を発動するっていうアレです」
「あっ、あぁあああああっ! あったあった! 確かにそんな研究をしたような思いでがある。えーっと、ほいのほい、ストアルーム! …………んーっと、確かここに……あ、あったあった! ほら、これだろっ?」
俺が羊皮紙を開いて見せると、リナが驚いた様子でそれを見た。
「なんだか……凄く読みにくいです……」
「そうなんだ。ポチが清書したんだがな? ティファの持ってる下書きより酷くなったんだ。最初俺は下書きを持って行こうとしたんだが、ポチが怒ってな、仕方なく…………はぁ」
吐きたくない溜め息も、吐いてしまう時があるものだ。
「これ、今のアズリーさんなら出来るんじゃないですか? この、『この魔法に要する課題』の項目の中に書かれている事、『一:魔法に伴う魔術公式の導入』・『二:一のバランス保持』・『三:一、二の魔法式情報量の削減』・『四:三の式の作成』・『五:四の魔法式情報量の削減』……? これ、四と五がずっと繰り返されてますね?」
「あぁ、情報量削減式の情報量削減式だからな。それが延々繰り返されて膨大になっちゃうんだ。ってまてよ――――」
という事は、これはもしかしたらあの大魔法式を組み込む手法と同じにすればいいんじゃないか?
「アズリー……さん?」
まてまて。
問題の水はたしか……あった、このポチ肉球スタンプの乱れ押しのところだ。
えぇーっと何々?
水魔法(肉球)は、水(肉球)を操る(肉球)事で発(肉球)動する(肉球)事が出(肉球)来る。(肉球)ならば(肉球)氷を召(肉球)喚出来(肉球)る、例(肉球)えば氷(肉球)柱一角(肉球)等の魔(肉球)術を公(肉球)式に組(肉球)み込み(肉球)、更に(肉球)それを(肉球)溶かす(肉球)火魔法(肉球)の公式(肉球)を中に(肉球)組み込(肉球)めば、(肉球)《水》(肉球)そのも(肉球)のの召(肉球)喚は容(肉球)易いだ(肉球)ろう。(肉球)しかし(肉球)、この(肉球)中に更(肉球)に加速(肉球)式、具(肉球)現式、(肉球)移動式(肉球)、発動(肉球)式が加(肉球)わると(肉球)なると(肉球)、何ら(肉球)かのア(肉球)ーティ(肉球)ファク(肉球)トの存(肉球)在が必(肉球)要不可(肉球)欠とな(肉球)る。だ(肉球)が、そ(肉球)れすら(肉球)存在し(肉球)ても、(肉球)この膨(肉球)大な情(肉球)報量を(肉球)消化し(肉球)発動す(肉球)る事は(肉球)困難だ(肉球)ろう。(肉球)byポチ。(肉球)(肉球)(肉球)
…………何で俺これ持って来ちゃったんだろう?
読みにくいにも程があるぞ!
よし、我が賢者足る脳を働かせればこんな文章あっと言う間に
水魔法は、水を操る事で発動する事が出来る。ならば氷を召喚出来る、例えば氷柱一角等の魔術を公式に組み込み、更にそれを溶かす火魔法の公式を中に組み込めば、《水》そのものの召喚は容易いだろう。しかし、この中に更に加速式、具現式、移動式、発動式が加わるとなると、何らかのアーティファクトの存在が必要不可欠となる。だが、それすら存在しても、この膨大な情報量を消化し発動する事は困難だろう。byアズリー。
ふふふふ、サイン部分は脳内で上書きしてやったぞポチめ。
つまりそういう事か。情報を統制する式を構築してこの連結発動式を括り、その中に時限消滅の魔術を組み込めば…………なるほどな。よし、善は急げとも言うし、やれるだけやってみるか!
「――リーさんっ! アズリーさんっ?」
「ほわっ!?」
いつの間にか資料を抱え込んで地に座っていた俺は、リナの声で我に返る。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ。よーし、やってみるぞ、リナ」
「え? あ……はいっ!」
まずは氷の魔術、というと、氷柱一角、氷結結界、絶対零度か。俺が知る中で一番強力なのは、やはり絶対零度だろうな。その公式を組み込み、えーっと、火魔法で溶かすんだよな。なら後から放たれるものに……しかし絶対零度を溶かす火魔法ってなんだ? あぁ、大魔法のヘブン・ヴァーミリオンを組み込んでおけばいいのか。しかし情報量が……あぁいいやいいや、時限消滅の式をこれにも組み込んでおけばいいんだから。それで、加速式か。これはこれで速度が無ければ意味がないしな。風魔法の大魔法、シャープウィンド・アスタリスクに良い加速式があった。それをこれに組み込んで……それに具現式に移動式に発動式か、なるほどなるほど、全部まとめて時限消滅してしまえばいいんだ。あぁそうか。これにも速射向上、速度向上の魔術を組み込んで……ふふ、ふふふふふふふ。
「――出来た」
「それじゃあっ?」
手を合わせて喜ぶリナに、俺は親指を立てて応えた。
「けど、使えるのは十五分後だ」
「へ? それってどういう事なんですか?」
「ちょうどいいからリナにも教えておくか。大魔法のスウィフトマジックの方法」
「え?」
簡単な理屈だし、時限消滅の魔術公式をさらっと教えただけでリナはその意味を理解した。
そして、自分の炎龍の杖に入るヘルファイアウェイブとハイキュアーを消し、ヘルインフェルノ、そしてハイキュアー・アジャストという大魔法を組み込んでいた。時限消滅の魔術式が少ししか入っていなかったため、リナの方が早く完成し、それを実践する事が出来た。
「ハイキュアー・アジャストッ!」
優しい温かみの魔力が俺に降り注ぐ。どうやらどちらも成功したみたいだな。
「凄い……こんなに簡単に大魔法が……」
「だろ? この利便性は魔王復活の際役に立つだろうから、広めた方がいいんだろうが、今はまだその段階じゃない気がしてな。俺もリナに初めて教えたよ」
「わ、私が初めてなんですかっ!?」
「あ、え……うん。後でガストンさんとアイリーンさん、そしてビリーさんには教えるつもりだけど……?」
「そうかぁ……初めてかぁ…………」
「……?」
頬に手を当てて何故か嬉しそうなリナだが、何がそんなに嬉しいのだろうか?
初めてってとこに嬉しさを感じるって事だろうか?
確かに最初に新しい魔法を発明したら嬉しいかもしれない。そういう事と一緒なのかもしれないな。
「けど、やっぱり大魔法ですね。身体から持っていかれる魔力は相当なものです。乱発は出来ません」
あぁ、確かにそうかもしれないな。リナの魔力で……出せて十発というところか。
短期戦では使えるが、魔王軍と戦う事になると、相当にキツイかもしれないな。
俺は俺で無駄に出せるだろうけど……。
……っと、俺の魔法も水龍の杖の中で完成した頃合いだな。
「あ、そう言えば多分新魔法なんでしょうけど……その、名前って決まってるんですか?」
「あぁ、水龍の杖から出る水、そしてこの研究資料を滅茶苦茶にしてくれたアイツのコレでピンときたからね。デザインも凝ってみた」
「デザ……イン?」
「狙うはあの深罪の森だ!」
「は、はい!」
あちらには深罪の森しかないし、人的被害はない!
行くぞおおおおおおおおおおおおっ!!
「ポチ・パッド・ブレス!!」
「ポチさんっ!?」
水龍の杖から放たれたソレは、バラードの倍は大きい巨大な肉球の塊となって具現化された。勿論構成しているものは水だ。
狙い定めた深罪の森に向かう肉球は木々を砕き進み、勢いが留まる様子がない。
深罪の森を喰らう肉球はモンスターたちの悲鳴をも喰らい、勢いが治まる頃には大地を歪ませ、深罪の森を半壊させ、周辺一体を水浸しにしている。
未だ原型を留める水の肉球塊は、りんとそこに存在を示している。
「嘘……」
口を塞ぐリナも驚いているというより唖然としている。
「凄いな……ポチ・パッド・ブレス…………」
自分の震える手を確認しようとした瞬間、肉球塊が耳を劈く巨大な音を放ち、爆発した。
「…………」
「…………」
深罪の森が……全壊した。