125 錬金術師アズリー
―― 戦魔暦九十四年 四月七日 午前九時二十四分 ――
新生徒ララの加入、そしてティファとリナの新たな魔術指導。
それらが始まって数日。ララの魔法士としての才は知っていたものの、メキメキと簡単な魔術を習得し、ティファに迫る勢いを見せる。
正に天然の天才というやつだ。
リナが十八歳、ティファが十五歳、ララが十二歳と皆若いが、各々才能があって、先生である俺の顔がひくつくのも無理はないだろう。何故世界はこんなにも不平等なのだろう。
ララの勢いに、ティファ、リナは負けじと六角結界の魔術を覚える。
ティファは昼間学校に行き、寮を抜けてポチズリー商店にやって来る。ライアンたちが協力し合って一つの家を借りるんだとか? その準備が整い次第、ティファも寮を卒業するそうだが、それまでは昔の俺のように脱寮の日々だ。ティファは問題ないが、付いて来るタラヲが見つかってしまうかもと呟いていたのを聞いたので、リナが助け船を出した。
リナが直接助けるとまた喧嘩になりそうだから、友人であるアンリとクラリスが協力し、ティファとタラヲの脱寮を助けているそうだ。そのおかげか、この数日でティファは二人の友人を得たらしい。
あの二人も元気にやっているみたいで嬉しい限りだ。
リナはリナで、魔術習得という目的のため、日々の学業以外の雑務処理の速度が異常な程上がったそうだ。
これはアイリーンからの情報ではあるが、「アンタ、あの子に何したのよ。どんどん学生自治会長が様になっていくわよ」とのお言葉を頂いた。ウォレンみたくならないで欲しいなぁ。
では大学に行っていないララが一番魔術を習えるかと言うと、そうでもなかったりする。
ララの農作業は本当に細かく、雑草一つだって見逃さないのだ。
その中の最後の仕事、農園パトロールが終わるのは、ティファが俺に合流する時刻とほぼ同じタイミングだ。
当然、学業以外に仕事のあるリナが少し遅れて来るのは仕方がない。
そう思ってなのか、二人はリナがやってくるまで授業内容を始めようとしない。
ララ曰く、「リナを待つ」。
ティファ曰く、「フェアじゃない」。だそうだ。
なんだかんだでティファは昔のティファのままなのかもしれない。
そして本日、連日昼間が空いていた俺は、数日で材料を集め、買い、そして魔力を施す下ごしらえをしていた。勿論それは、錬金術の事だ。
俺の部屋からは異様な煙がたちこみ、ドアの外側ではイツキちゃんがドンドンとドアを叩いている。
『アズリーさんっ。あのー! なんかすっごく煙が――けほっけほっ。ちょっと、これなんなんですかーっ。ねぇアズリーさん、いるんでしょー!』
「……って言ってますけど、マスター?」
「うるさい、今いいところなんだ」
「なーんか、久しぶりに見ますねぇ。そんなマスター。それで、本日はどんな調合を?」
「ポチビタンデッドの作成だ」
「なんですって?」
「だーかーらー、ポチビタンデッドだってば!」
「それ、どういう意味なんです?」
「特に意味はない! 何か元気が出そうな言葉と響きよくしたらこうなっただけだ!」
「つまり、私の名前は元気が出るんですね!?」
「あ、ぅ……うるさい! そう、いつもうるさいから、どんだけ元気なんだよ、とか思ってるだけだ!」
「へぇ~……そうなんですか~」
細目でニヤニヤするポチを横目に、俺は火照る頬に服の胸元をバタつかせて風を当てた。
そして始まりの地へ向かうまでのこの大事な時期の事だ。ポチはなんとなく俺が目的とする事を理解しているようだった。勿論、それは研究内容の事ではなく、俺が変な実験や調合はしないだろうという理解の事だ。
「で、そのポチビタンデッドは、どういった効果が見込めるんです?」
「む、よくぞ聞いてくれたポチ君。これはな、疲れ知らずになる究極の体力回復薬だ!」
「へ? でもそれって回復魔法でどうとでもなるのでは?」
いまいち理解出来ていないポチに、俺は補足する。
「治療薬じゃなくて、文字通り、体力回復薬だ。俺たち人間は、疲れたら眠るだろ? それを無くすための薬だよ。勿論ポチにも使える」
まぁポチは使い魔契約のおかげで寝なくても回復するからいいんだけど、より早く回復するためには眠った方がいいって最近わかってきたしな。
精神的疲れからくる肉体的疲れもあるって事だろう。
「って事は、それを飲めば、不眠不休で動き続ける事が出来るって事です?」
「そういう事だ!」
「それは無理では? 脳への負担が大きすぎます。副作用……というより体調に何らかの影響を及ぼしますよ」
「及ぼしてないじゃないか」
「へ?」
「だーかーらー、ほれ、見てみろ。何の問題もないだろっ?」
俺は両手を前に広げ、自分の身体をアピールするように言った。
しばらく首を傾げていたポチがゆっくりと口を開いて、いつもの「あんぐり」とした状態になる。
当然、俺はこの後の事を知っているので、耳を塞ぐ。
「あぁああああああああああああっ!! マスター! また自分で試しましたねっ!? 何でいつもそうなんですかっ! 未使用の薬は危険だと、あれほど言っておいたのに! もうっ! それでここ最近私の枕を使わなかったんですね!?」
「ははははは! 人生はチャレンジの連なりだよ、ポチ君!」
「何適当な言葉で誤魔化してるんですかっ! 怒りますよ!」
もう怒ってるじゃないか?
ぷんすかと怒るポチだが、最終的にはいつも溜め息を吐いて許してくれるのだ。
こういうのがわかってくると、慣れてしまって軽率になりがちになってしまうのだろう。
ダメなんだろうがやってしまう。ふむ、やるなと言われてやってしまうみたいなものか。
なるほどなるほど、人間は面白いな。これも賢者のすゝめに書いておこう。
お、ポチ君が溜め息を吐いたぞ。
「まったく、それで、どうやってこれを実現したんです?」
「人間の体力……まぁ今回の場合は生命力と言い換えた方がわかりやすいだろう。人間の生命力、そして魔力は数値化されているだろう?」
「HPとMPの事ですね? 人間を作るプロセスで神様が組み込んだものだとかマスターは言ってましたね?」
「まぁそれは本当かどうかはわからないんだけどな? で、その数値化を体力、つまり俺たちの疲れの度合いに合わせたのさ」
「それまたどうやって?」
「最初は魔法で回復出来ないかなと色々魔法式を考えたんだが、やっぱりどうもうまくいかない。だから発想の転換で、体内に直接取り込む方法で、その体力回復の魔法が発動すればいいと考えたんだ。この瓶、しっかり締まってるだろ?」
俺が渡した瓶を器用に持ったポチがプニプニと肉球を当てて確かめる。
「確かに締まってますね?」
「それが空いた時、液体の中に入ってる魔法が時限式で発動するようになる。そして一気に体内に取り込めば、その魔法は体内で発動するようになる。体外からは傷の回復しか受け付けなかった魔法が、体内からでは疲れにも効く。そういう事さ」
「は~~、また凄いものを作りましたねぇ……。でぇ……見たところ量産しているようですが、効果時間はどれ程なので?」
「それが厄介でな。常時疲れないって訳じゃないんだ」
「というと?」
「疲れたら飲む。体力回復。疲れたら飲む。体力回復……まぁそういう事だ」
「あぁ~、つまり効果は一回限りで、再度疲れた際にはそれが必要だと?」
「その通りだよポチ君! 材料さえあればいくらでも作れるけど、なくなったらそれは普通の状態に戻るって事だ」
「まぁ、それでも、凄い事には変わりませんよ。最後に聞きたいんですが……材料は?」
「主に果肉を絞った果物だよ。体内に浸透しやすい物を選んでブレンドしただけだ。このポチビタンデッドの肝は液体内の魔法だからな」
「それって……………………錬金術です?」
「…………さぁ?」
俺が首を傾げた頃、ドアの外が騒がしくなってきた。
どうやらツァルとベティーまで来たようだ。
『『アズリー殿、このままでは作物がダメになってしまう。即刻この煙をなんとかしたまえ』』
『ちょっとアズリー! アンタがどんないかがわしい事しようと遠目で笑って見てやるけど、子供たちに害がありそうなこれは、すぐになんとかなさい!』
「……って言ってますけど、マスター?」
「むぅ、課題は山積みだな」
「そもそも果物のジュースで何でこんな煙が出るんです?」
「いや、この煙はただの雰囲気作りだ」
この後、ポチが俺の悪口を言って広めているという話が耳に入った。
その内容は――――
「もう、愚者ですよ愚者! 悠久の愚者!」
何だ、いつも通りじゃないか。
この度「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」の第三巻の発売が2016年5月14日土曜日と決定致しました!!
書影に関しては活動報告に載せておりますので、是非ご覧になってください。
本日の投稿と公式発表に少しズレがあったので、明日の投稿の後書きに、書影を載せる予定です。
いつも応援ありがとうございますm(__)m
これからもよろしくお願い致します!