119 あぁ懐かしの魔法大学
皆との話がひとまず終わり、俺はイデアとミドルスの話を聞くため、懐かしの母校、魔法大学にやってきた。
勿論、侵入という意味で。
「こんばんは」
「ったく、この糞忙しい時に…………何の用よっ」
と言いながらもアイリーンは部屋に入れてくれた。
「それに…………今何時だと思ってる訳?」
「任せて下さい。……現在午前三時十五分二十七秒、八秒、九秒――」
「そういう事を言ってるんじゃないわよっ!」
「ははは、それで、どうしたんですかその魔力? ちょっと見違えましたよ?」
「やっぱり…………わかるものかしらね」
そりゃそうだ。
内包する魔力の量が、前回会った時よりかなり増えている。
それにこの重心は…………そういえば、フユがレガリアにアイリーンが来たとか言ってたな。
王都レガリア、か。なるほど、少しカマをかけてみるか。
「どうでした? 東の方は」
「…………もしかして気付いてたの?」
「えぇ、今気付きました」
満面の笑みでそう答えると、この一秒後には俺の頬に衝撃が走っていた。
「……痛いんですけど」
「たまにはやらせなさい。それに、これは貴方の師匠の分よ。あの糞賢者……っ! ったく思い出しただけで腹が立つわっ」
腕を組んで剥れるアイリーンに、俺は過去の自分を重ねて苦笑してしまった。
「な、何よ……」
「――あはは、すみません。えっと、それで? トゥースとの修行はどこまでいったんです?」
「どこまでも何も、最初は筋力トレーニングばかりだったけど、途中からずっとマンツーマンで魔力が尽きるまで殺し合ってたわよ」
「でぇっ!? う、嘘でしょっ? それ、俺が一年かかった段階ですよっ」
「ふん、つまりそういう事なんでしょ?」
自慢げにする事もなくアイリーンはさらっと言った。
おのれ……まさかトゥースに対して傷とか負わせてないだろうな? あの段階は俺の二年の集大成と言えるところだ。
いや、まさか……だが、アイリーンなら…………あり得るよな。
俺は他人を見る目だけはあるとポチが言っていた事があるくらいだ。きっとそうなのだろう。
深いため息とともに複雑な気持ちを吐くと、アイリーンが席に座ってムスっとした様子で俺を見る。
「あ、なんだかこの感じ、久しぶりですね」
「そうね」
何で睨んでるんだろう?
「あ、もしかして怒ってらっしゃいます?」
「そうね」
イライラしているな。今にも爆発しそ――
「いい加減になさい! 社交辞令はいいからさっさと要件を話しなさい!」
「えぇえええ!? だって、アイリーンさんが、前に社交辞令がどうとか言ってたんじゃないですか!」
「そんな昔の話は忘れたわよ! どうせ今日はイデアとミドルスの件で来たんでしょっ!」
「あ、そうそれ。その件で来たんです」
「……まったく、疲れるわね」
ふと、アイリーンは損な性格なのかもしれないと思ってしまった。
荒い鼻息を落ち着かせたアイリーン。
にしても、床に足をつけるために大分浅く座ってるなこの人。低い椅子用意すればいいのに。
「別に、簡単な事よ。六法士は過去の生徒の情報を調べる事があるから、そういった重要書類の保管場所へは出入りが可能なの。で、あいつらの契約書をちょっといじってやっただけ」
「そうでしたか。あ、でも……アイリーンさんにも契約の効果があるのでは? よくそういった行動に――」
「あぁ、そういうえばそういった話はアンタにしてなかったわね。考えてもごらんなさい? 今は戦魔暦何年よ?」
「九十四年ですが……?」
「五千年前、アンタが通っていた魔法大学にはあんな契約書はなかったでしょ? あの契約書が戦士、魔法大学に広まったのがいつだか知ってるのかしら?」
「え……もしかしてあの契約書ってここ最近始まった事なんですかっ?」
ここでアイリーンは、呆れが多分に入った溜め息を見せつける。
もうこれでもかという程見せつけている。俺、何かしただろうか?
「えぇ、最近も最近。それも五千年も生きるどこかの愚か者と違って、たった五千日程前の事よ」
見える程唾を飛ばしてアイリーンは悪態をつくように言った。
本当に《悠久の雫》の事が妬ましいんだろうな。それもこれもトゥースっていう悠久の雫を飲んだ新たな存在が原因だろう。
えーっと、五千日っていうと……。
「それって……約十四年前って事です?」
「そ。で、私の歳は? ――って言わなくていいわ」
「聞いてないですからわからないですって」
「ま、まぁいいわ。前戦魔帝サガンが崩御したのは十五年前。新たに戦魔帝の地位についたヴァースは、サガンの血を受け継いではいたものの、まだ幼かったわ。さぁこれから国を立て直そうってそんな時、内乱でも起きたら国の大事よ。老齢ながらも国を支えたサガンはそれ程までに巨大な主柱だったの。だから、そういった反対勢力を増やさないため、こういった契約書を作ったの。当時から頭角をあらわしていた元六勇士、黒のイシュタルがね」
戦魔帝サガン……ツァルの元主。やはり国としても重要な人物だったようだな。
あの後少し話して聞いたが、聡明な人間だとツァルは言っていた。ふむ、一目見ておきたかったものだ。
にしても、ヴァースの代は十五年程しか続いてないのか。十五年前で幼かったとしたら、現年齢もかなり若いはずだ。
なるほど、傀儡王と言われても仕方のない事か。
「つまり、この十四年しか、白黒の連鎖の契約書は書かせてないの。それ以前に卒業した私が書いてるはずもないわ」
という事は…………もしかして悪魔側は魔王の復活がいつなのか知っているのかもしれないな。
今から四年後に胎動期が始まるとあの爺さんは言っていた。魔王復活がそれから数年。
もしそれがわかっていたらこれはやはり計画性の高いもの。魔王復活の際、十五歳から約五十までの脂の乗った戦士、魔法士を操れるのだから。
アイリーンやガストンたちにそういった縛りがないのはありがたいが、これは――――
「ちょっと……厄介ですね」
「ん? 何の事よ?」
細い首を傾げてアイリーンが聞く。
どうせ話すつもりだったし問題はない。
ガストン同様、アイリーンには魔王の胎動期、そして悪魔崇拝の話をしておかなくちゃいけない。
でも…………話したら話したでまた怒るんだろうなぁ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
怒らなかった。
アイリーンは俺の話を聞いて黙ってしまった。焦りこそ感じてはいたみたいだが、ショックだという程ではなかった。
あの真面目な顔にどういった複雑な意味があるのかはわからなかったが、「後日改めて話をする」という事に決まり、俺は部屋を後にした。
中央校舎から裏手に回り、塀を乗り越える。前は壁を蹴って跳び上がったり、ポチの跳躍で脱寮していたが、今は簡単に跳び越えられる。
さて――明日から大変だ、ぞっと!
「っ!? くっ!」
塀を跳び越えようと跳び上がった瞬間、鋭い風が俺の上部を通り過ぎた。
見事なコントロール。制御された音、塀や校舎の壁を傷付けないサイズ。惚れ惚れしそうな程凄い技術。
見たところ殺傷性が薄い下級魔法の《ウィンド》だ。
殺しが目的ではないが、どうやら俺に挨拶があるみたいだな。
「何の御用でしょうか、テンガロン大学長」
「それはこちらのセリフだ。……アズリー」
流星の魔戦士テンガロンこと、現魔法大学大学長テンガロンが薄闇の中からすっと現れた。
まさかこんな時間に見回りなんかしているとはね。
入る時も気付かれていたのか? いや、そういった気配はなかったはずだが。
「まさか、たった一年だけいた俺を覚えているとは思いませんでしたよ」
「謙遜なのか馬鹿なのか、あれだけの事をしておいて余所見を出来る程、私の神経は図太くないのだよ」
「そのようですね」
こんな時間に学校内を歩いている大学長なんて、ホント珍しい。
しかしこの会話のやりにくさ、ウォレンを思い出すな。
当てても流される嫌な感じだ。
「驚かれないのですね。俺が生きていた事に」
「驚いているよ。その姿にな」
俺の体の変化に、という事か。
しかし、何故俺の生存には驚かないのだろう。
「ふん、どうやら後者のようだな。街の警備の者もお前の生存には気付いている。この二ヶ月どれだけの依頼をこなしたと思っているんだ、お前は。気付かぬ方が馬鹿の極みよ」
「あぁそうですか。しかし何故警備の人間は俺のところへ来ないんでしょうかね?」
「お前を死んだままにしておいた方が都合がいいだけだ。大々的に生きていると知られれば、お前の過去の自殺演出は脱走のカモフラージュだったとわかってしまうからな」
その通りだな。
それがバレると警備には国からの圧力がかかる。それは避けたいという腹積もりか。
「さぁ、お前の質問には答えてやったのだ。今度はお前の話を聞かせてもらうぞ?」
鋭い視線が俺の身体を突く。
どうやら何かを疑っているようだが、アイリーンと話していた事が問題なのだろうか?
とりあえず、最初は適当に誤魔化してみるか。
「別に。何も企んでなんていませんよ。散歩コースにここが入っていただけです」
「ふん、六法士アイリーンの私室を訪れる事もか?」
やっぱりばれてる? いや、カマをかけられているだけかもしれない。
ここでちょっとエサをちらつかせる。
「さて、以前はお邪魔してましたが、今日はそちらへは行っておりません」
「ほぉ? ではどこへ行ったというのだ?」
よし、食いついた。というかやっぱりカマかけられてたのか。危ない危ない。
話を逸らすいい機会だ。ここで真実を少し入れつつ逃げきろう。
「今日、私の魔法の生徒がここに入学したんですが、長い寮生活が始まるので最後の挨拶をしに……ね」
「お前の……生徒か。なるほど、覚えておこう。その者の名は何という」
「おっと、それはご勘弁を。大学長直々の贔屓は他の学生にとってフェアではありませんから」
「…………まぁいい。本当に、それだけなのだな?」
「えぇ」
俺を見る目はいささかも変わっていないが、どうやら納得はしたようだ。
やはり怖い程強力な圧だ。旅に出始めた頃の俺であれば裸足で逃げ出しただろう。
それでも、今すぐこの場から逃げてポチ枕にくるまりたい。そのためならばポチの罵声は甘んじて受けよう。
「ならば行け。そして二度とここへは来るな。…………いいな」
「申し訳ありませんが約束は出来ません」
「ふん、愚かな狸だったか。行け」
「では、おやすみなさい」
塀を跳び越えるまで鋭い眼差しは背中を捉えているのがわかった。
あそこまで近くで対峙したのは初めてだったが……なるほど、ありゃ魔法大学大学長たる存在感だな。
あ~~~……怖かった。




