012 門出の新調
―― 午後五時 北区 大市場 ――
あの応接室で、俺達が受けた簡単な説明は大まかに分けると三つだ。
一つ、入学式は四月一日。
一つ、入学式には魔法士として相応しい洋装で。
一つ、入学費用は入学式当日、入学式の前に受付で支払う事。
という内容だった。
しかし、俺とリナに関しては三番目の入学金は免除となった。
説明の最中にアイリーンが応接室に入って来て、俺達の成績をトレースに告げたのだ。
試験で満点をとると入学金が免除となるそうだ。
トレースは驚いていたが、俺が一番驚いたのは、
「アズリー、君は首席合格よ」
アイリーンのこの言葉。
本来は満点をとった者に与えられる名誉だが、満点が複数名いた為、唯一あの問題に正解した俺がその対象となった。
リナは涙を流して喜んでくれた。
ポチは指を差して笑ってくれた。
この差は一体なんなのだろうか?
放心を続けた俺にアイリーンは『楽しみにしているわ』とだけ告げて出て行った。
未だに実感は沸かないが、あの応接室で俺は訳のわからない震えに襲われていた。
リナは手をとって支えてくれた。
ポチは指を差して笑ってくれた。
あれは本当に俺の使い魔なのだろうか?
入学金が免除になったとは言え、月謝が無くなった訳ではない。月々千五百ゴルドを支払わなければならない。
お金に余裕が出来たのは嬉しいが、月々の生活がきつい事は明白だった。
魔法大学には学生寮なるものがあると聞いたのでトレースに詳しい話を聞いてみると、素泊まりであれば月五百ゴルドで入寮出来るという有り難い情報を教えてくれた。
俺とリナは入寮の手続きをし、入学の前月、三月からの寮生活を決めた。
とは言え、それまでの生活を宿で……となるので、今まで通りギルドで日銭を稼ぐという方針だ。
都会、という事で、そろそろ俺の服がみっともないと思ったのか、リナが浮いた一万ゴルドで、俺に服をプレゼントをしたいと言ってきた。
自分の為に使え、と言ったが、珍しく反抗するリナに根負けし、俺達は北区にある大市場まで歩いて来た。
「うわぁ……すっごい人ですねぇ」
「人ゴミで酔いそうだな……」
「マスターの服装が本当浮いてますよ。周りの人が避けて通るの気付きました?」
「おう、いくら鈍感な俺でも気付きましたともさ」
「はい、コーディネートは私とリナさんにお任せください」
ポチにわかるのか、と思ったが、リナが選ぶなら安心だろう。
俺達は様々な店に出入りをして服を物色した。時には俺の姿のせいで入店を断られながらも、着々と購入する物を決めていった。
因みに、使い魔の出入りに関しては、モンスターでもない限り基本的に自由だ。
「「完成です!」」
最後の店の試着室で俺は二人のこの言葉を受けた。
「おい……少し派手じゃないか?」
自分の着ている服を見下ろす。
「馬子にも衣装ですー!」
「バッチリですよ、アズリーさん♪」
「しかし……これは……」
黒いブーツに茶色いパンツ、黒いタートルネックのインナーの上から、銀の鍵のアクセサリーが付いたネックレス。そして、
「このワインレッドのマントだけでも何とかならんの?」
「お似合いですよ、正に大魔法士!」
「馬子にも衣装ですー!」
ポチの言葉に悪意を感じるが、このマントを選んだのもポチだったりする。
もしかしたらポチなりの褒め言葉なのかもしれない。
リナは少し予算をオーバーしてしまったとの事だったが、俺の為に買ってくれたので注意は出来なかった。
その後、俺は用事があると二人に伝え、先に宿に帰ってもらった。
そう、俺はリナの魔法大学の入学祝いをしたくて、プレゼントを購入しようとしていたのだ。
購入する物は決まっていた。それは魔法士にかかせない物……杖だ。
元来、魔法士に杖とは不要な物であるが、魔法陣の宙図に使ったり、魔力を集中させる媒体として効果が表れる事が俺の研究で判明している。実際に指で宙図をするのと、杖を使うのでは魔法陣を描く速度が違ったりする。そう、断然後者の方が早いのだ。
同様に魔力の集約や放出に関しても杖の役割は大きい。人間は生身で魔法を使うよりも、杖等の道具を用いて魔法を使う方が効率が良いのだ。
だからこそ、リナには二年前に渡したステッキを使わせていた。しかし、あくまでもあれは老人会の手作りのステッキで、魔法士用に作られた物ではない。
そこで思いついたのが、このサプライズプレゼントだ。
優秀な魔法士へ、俺の初めての弟子へ、新たに独り立ちするリナへ、心から送りたい物を選ぶ。そう思い、俺は魔法士ご用達と言われるマジックショップ《ガストンの魔道具専門店》へとやって来た。
《ガストンの魔道具専門店》は、六法士の一人、《焔の大魔法士ガストン》が、多くの魔道具をプロデュースし、取り扱っているという店だ。
店は、魔法大学の西側にあり、見た目は古ぼけた木造の家だが……なるほど、確かに微量の魔力が入り混じって空気中に混在しているのを感じる店だ。
「いらっしゃい」
扉を開けると響いた渋めの声。それと共に聞こえるドアベルの音。
店の最奥には、ふさふさの黒髪黒髭に、太い眉の爺さんが、本を読みながら椅子に腰掛けていた。
本、巻物、素材、フラスコ、短剣や宝石等、見渡す限りの棚に魔法や錬金術に使える道具が揃えてあった。
長年研究をしていた俺から見ても素晴らしい品々だと思う。
「あの、杖を購入したいんですけど、どちらにありますか?」
爺さんは額に掛かっている眼鏡を正し俺を見た。そのまま左の方向を指差し、俺も目礼をして左側のコーナーへ向かった。
その壁には多種多様な杖が立てかけられていた。木製、鉄製、特殊金属製等があり、目移りしてしまう程だ。
「あんさんが使うのかえ?」
心臓を掴まれたかのような驚き。まるで全身の血流が一瞬止まったかと思った。
後ろから声を掛けて来た爺さんは、足音を立てずに近づき、俺の前へ回り込んだ。
「あー、びっくりした」
「すまん、驚かせたか」
「あ、いえ、大丈夫です。えーっと、僕じゃなくて、このくらいの女の子が使う杖を探しています」
俺はリナの大体の背丈を手でアピールし、希望のサイズを伝える。
「身長は百五十あるかないか……というところか。女の子ねぇ……もしや魔法大学に入るのかい?」
「えぇ、先程入学が決まりまして、入学祝いにプレゼントしたいんです」
「なるほどな…………では、これなんかどうだね?」
老人は銀が白んだような色の杖を俺に手渡した。
シンプルな杖だが、持ち易く、ヘッドの五芒星の円形エンブレムもオシャレだと思った。
「これなら《スウィフトマジック》も対応してるし、プラチニウムという丈夫な木材を使ってるから、武器としても使えて便利だよ」
「スウィフト……マジック……?」
聞きなれない言葉が俺の耳に飛び込んだ。
「なんだいアンタ、魔法士なのに《スウィフトマジック》も知らないのかい?」
「せ、説明をお願いします」
「スウィフトマジックは別名、《速攻魔法》と言われ、杖の中に魔法陣を予め組み込める機能さ。この《スターロッド》は、二つの魔法陣を組み込めるようになってる。勿論、素材が良くなればもっと組み込める数が増えたりするけどね」
も、盲点だった……。確かに魔法の研究や錬金術の研究はしたが、武器の括りは専門外だ。
こういった所は文明が進歩したと言えるのだろう。
「どうやって使うんです?」
「エンブレムに指で魔法陣を書き込むのさ。最大数を超えたら初めに入れたのから消えていくよ。発動したい時は、杖に適量の魔力を込めれば出る仕掛けになってるよ」
「へぇ……それは便利だ。なんだか俺も欲しくなってきたな……あ、でも高いんじゃっ?」
爺さんが俺に小さく笑いかける。
「ほっほっほ、財布事情が暗いと見えるな。予算はいくらだい?」
「だ、出せて一万三千です」
「一万三千か……では、男用のスターロッドとペアセット……これで一万二千ゴルドではどうだね?」
「そ、そんなに安くていいんですかっ? だって、この棚の商品九千八百ゴルドって書いてありますよ!」
俺は棚に貼ってある値札を指差して爺さんに問いかけた。
「なあに、贔屓にしてくれそうなお客には大サービスだよ。買うかい?」
「勿論です!」
即決即断とは言ったもので、俺はすぐにその杖の購入を決めた。
爺さんはリナ用の杖にピンクのリボンまで付けてくれた。たとえぼったくられていても、俺はこの店の常連になると誓った瞬間だった。
「毎度ぉ」
入った時同様のドアベルと渋い声。この二つに見送られ、俺は店を出た。 辺りは既に暗くなりかけ、所々に見える篝火が夜を知らせる。
さて、リナは喜んでくれるだろうか。俺は期待と少しの不安を胸に宿へと戻った。