011 入学試験
―― 二月二十日 午後二時 ベイラネーア魔法大学 中央校舎 ――
俺は、あの後すぐ起きたが、その時刻はまるで示し合わせたかのように昼過ぎの時刻となっていた。
リナにこの事を話す段階は決めかね、ポチとの相談の末、保留扱いとなった。
リナの成長と共に話す事になるだろう。今はまだ学生生活を満喫させてやりたい。
魔王には《胎動期》という時期があり、この期間が主に準備期間となる。この時期は魔力の高い者ならわかるようになっている。
胎動期は一年から二年程と言われているので、その段階でリナに話しても遅くはないだろう。
本日、俺達は魔法大学の入試試験会場である魔法大学中央校舎の受付までやって来た。
昔の魔法大学とはガラッと変わっているが、煉瓦造りの巨大な建物が中央校舎。そして、中央校舎を囲むように東棟と西棟が存在する。
コの字型にそびえ立つ魔法大学は北に、対面の土地に同様に造られた戦士大学を南側に置いている。
「入学試験を受けに来ました。イベリアルタウンから二人です」
俺はガラス窓越しいる女性の受付員に、細工した推薦状を渡した。
リナの顔に色んな意味での緊張が走るが、受付員は慣れた手つきで推薦状を開き、内側にあるであろう偽造防止の魔法陣の上に載せている。
チーン! チーン!
思った通り、問題なく通ったようだ。
「……凄い……」
ポツリと零したリナに受付員が反応する。
「こんな魔法陣で驚いていてはこの先大変よ?」
「あ、はい、すみませんっ」
案の定、違った意味でリナの言葉を受け取った受付員は、俺とリナの名前と出身地を写した新しい羊皮紙二枚を俺に渡してきた。
「試験はこの先の教室で行います。現役で活躍する魔法士の先生とのマンツーマンの試験となります」
「筆記試験ではないんですか?」
「考える時間を与えない事を目的としています。当大学は即座に対応、解答を出せる優秀な魔法士を求めています」
「わかりました」
「では、教室の前までご案内します……あら、そのワンちゃんは?」
扉から開けて出てきた受付員は、俺の足元にいたポチを初めて発見した。
「俺の使い魔です。大学の入り口にいる警備の方に許可を貰って入ったのですが……?」
「使い魔とは驚きました。しかも入学前に……いえ、失礼しました。こちらです」
受付員は少し下がった眼鏡をくいっと上げ、ブロンドの綺麗な髪を揺らしながら俺達を教室前に案内した。
教室前には、長椅子が一脚置かれていて俺とリナはそこに腰を下ろした。
「こちらが実施教室です。今から一人ずつこの中に入り、中にいる教師の質疑応答の後、実戦形式のテストを受けて頂きます。ではまず……リナさん、どうぞ」
「は、はいっ!」
緊張で声が裏返っている。
こりゃ少し危ないかな。
「落ち着いてやれば大丈夫だよ。リナなら楽勝だ」
俺はリナの名前と出身地が書かれた紙を渡しながら、リナの肩に手を置いて言った。
「あ……はいっ」
リナは可能な限り平静を取り戻し、教室の中へ入って行った。
「ふふ、仲がよろしいのは結構ですが、この大学の入学試験は甘くありませんわよ?」
「ははは、リナなら大丈夫ですよ。心配なのは俺の方です」
「使い魔を持つ程の実力でしたら問題ないと存じますが?」
いや、普通の答えを出せるか心配なんだが、それを言ってもどうかなる訳でもない。
「因みに、使い魔の入場も許可してます。使い魔はアズリーさんのお力の一つとなるので、試験への参加は問題ありません」
「へぇ、そうなんですね。えっと、お姉さんはここで待つんですか? ずっと立っているのも大変そうなので……」
「ふふ、ありがとうございます。でも仕事ですから」
受付員の女はにこりと笑いながら俺に言った。
その後、二十分程でリナが教室から出て来た。その顔は教室に入る前以上に落ち着いていた。
「アズリーさん、やりましたっ」
目に涙を溜めながら俺にVサインを送るリナ。どうやら上手くいったようだ。
「その年で合格とは素晴らしいですね。リナさんおめでとうございます」
「あれ、その場で合否が出るんです?」
「入学応募は多いものの、合格者が少ない事があり、教師にその場で合否を出すように言っております。では、リナさんはこちらへ。アズリーさんもご健闘を……」
「はい。よし、行くぞポチ」
「はーい」
俺は教室の引き戸を開け、ポチと共に入室した。教室は細長く広がっていて、その手前中央に一人の女の子が座っていた。
「マスター、女の子ですよ女の子!」
「見りゃわかるわ」
「へぇ、使い魔持ちか。使い魔持ちは今期二人目だね」
リナより小さいその白髪の女の子は、腕を組みながら立ち上がり俺に近付いて来た。
ショートヘアに赤く大きな瞳、この大学の教師の正装なのか、先程の受付員と同じ紫色のローブを纏っている。
俺の持っている紙を見て手を出してきたので、俺は紙を女の子に渡した。
「アズリー、先程の女の子と同じ出身か……もしかしてあの子の指導をしたのも?」
「指導って言う程じゃありませんがね」
「ま、謙遜かあの子の卓越した才能なのかは、実際試験を受けて貰えばわかる事よ。アイリーンよ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
俺とポチはアイリーンに一礼した。
「では、わかるものだけ答えていきなさい。まずは簡単なところから……四大元素を全てあげなさい」
本当に簡単なところだな。
「火、水、土、風です」
「おい、なんでポチが答えんだよ!」
「先程の女性が私も出しゃばっていいみたいな事言ってましたよ?」
言ってねぇよ。いやしかし、俺の力の一部だから入室を許可したという事は、こういうのもありなのか?
しかし本当に図々しい奴だな。
「答えられるのか?」
「偏った知識を持つマスターより詳しいと思いますよ?」
「へぇ……構わないわ。続けるわ。第二問……魔法公式を改変して魔法を発動する事は可能か否か。また、その理由も含めて答えなさい」
一気に難度が上がった。視線が俺じゃなくポチに向いている。なるほど、ポチを試しているのか。
「可能です。理由は、公式とはあくまで公式であって、絶対にその公式を使わなくては魔法が発動出来ないという訳ではないからです」
「第三問、公式を無視した代表的な魔法を三つ挙げなさい」
「魔力放出の安全装置を外した公式の魔法が挙げられます。一つ、ハイキュアー、一つ、ハイリカバー、一つ、使い魔の洗脳契約です」
最後に爆弾投下するポチ。
それは俺が見つけた公式無視の魔法なので、まだ知らないのではないだろうか?
「使い魔の洗脳契約が出来ると? 自我を持ってこその使い魔だ。それを無くし契約出来ると?」
「えぇ、マスターにかかればほほいのほいですよ! 私自身がかかったんですから間違いありません」
そう言えば、悪戯でポチに洗脳契約を上書きした事があった。あれは確かここ最近の事だ。
「何でそれ言うかなー。普通の答えがもっとあったじゃん」
「ふふふ、たまにはマスター自慢をしたいものですよ!」
「どこよ……」
「へ?」
「いったいどこをどうすれば洗脳契約が出来るのよっ」
アイリーンの拳に力が入る。
「私は使い魔の契約について研究してるの、そんな事は出来ないと実証済みよっ」
「マスター、出番ですよ!」
にゃろう、わかんない癖に威張っちゃってさ。
アイリーンの視線が俺に向く。その幼くも険しい表情は、自分の研究の限界を超えられたかのようだ。俺も似たような壁にぶち当たった事が沢山あるから、多少はその気持ちがわかる。
「使い魔契約の公式、魔法陣の中に、特定の魔法の公式を入れれば可能です。……俺に言えるのはここまでです」
「馬鹿な、そんな事が出来る訳がないわ……いや、ちょっと待って……これはもしや?」
「そう、公式無視……というより無視からの特殊関数を代入するやり方なら可能ですよ」
こりゃ、どっちが試験してるかわからないな。
「完成しても、やるならモンスター相手でお願いしますね」
「マスターは私に使いましたけどね!」
「あれはお前の寝小便を治すっていう名目があったんだよ」
「お腹抱えながら笑ってたでしょ!」
「だってこんだけうるさいポチが『ご主人様、ご飯はまだでしょうか?』って……くくくくっ、やべぇ、思い出してきたっ」
《使い魔の洗脳契約》、気性の激しいモンスターや動物の方がどうしても強力な使い魔になる為、五千年前も研究されていた課題だ。
事実、そういった強力な使い魔を持つ者が、あの時代の実力者として名を馳せたものだ。
勿論、魔法士達はそういった使い魔と契約を結ぶ為、無理矢理ドラゴン等の強力な使い魔を持ったが、契約の力だけでは抑え切れず食い殺される事等しばしば見られた。
そして課題となった洗脳契約……頭の固い魔法士では絶対に行わない公式無視からの特殊関数の代入。
これを行うと魔法が暴発し、死ぬ危険がある。そんな事、やりたがる魔法士はいないし、進んでやる奴もいないだろう。
俺だってやりたくない。しかし、ある特殊な方法を用いて俺はこの研究を成功させた。
そして従順なポチが完成し、半日で飽きた。
俺に反論しないポチなんてポチじゃないし、笑わない、怒らない、泣かないという感情の制御なんてやってはいけないと気付いたからだ。
因みに洗脳契約中の記憶は残るそうだ。と、いう訳で、俺はその後ポチに散々怒られた訳だ。
「……アズリーと言ったわね?」
「えぇ、アイリーンさん」
そう言えば、アイリーンって……どこかで聞いた名前だな?
「六法士が一人、《常成無敗のアイリーン》、君の事が気に入ったわ。あの無謀な研究を成功した者としてね。合格よ」
あー、アイリーンって六法士のアイリーンか。確か体内の魔力循環を活性化させる為、最も魔力成長する時期で体の成長を止める事に成功したっていう……なるほどね、だからこんなに小柄なのか。
常に成長し続ける魔力……それは俺もそうだけど、発想の転換でこうするのも勇気がいるものだよなぁ……。
「えっと……実技試験はどうなるんです?」
「む、確かに……一応やっておかねば不平等かしら。先程の女の子を育てた手腕ならば、やらずともわかるけどね……」
その後俺は、魔法大学発行の魔法大学入学の為の本を数冊読めばわかるような簡単な魔法の実技試験に臨んだ。
遠距離にある対象を壊す攻撃魔法、実験用ネズミの傷への回復魔法、同様の補助魔法をかける等様々な試験を行った。
「パーフェクトよ。先程の女の子も同じだけどね」
「終わりですか?」
「次で最後よ。本来の試験はここで終わりなんだけど、パーフェクトが複数いる場合も考慮して、全問正解者には少し難しい問題を出す事にしてるの。先の二人はこの答えを出せなかったわ。これは別に受けなくてもいいけど……どうする?」
二人という事は、リナ以外にもパーフェクトがいたという事だろう。
あまり目立つ事は避けたいものだが、さて、どうしたものか。
「弟子に負けては問題です。勿論やりますよ!」
またもポチの暴走が俺を困らせる。
「よろしい……ファイア&リモートコントロール!」
アイリーンが描き出した魔法陣から一メートル程の火の玉が現れ、それが教室中央に浮遊している。
「このファイアをこの教室から消してみなさい」
「水はないし中々強力そうですね、これより強大な魔法で打ち消すしかないのではありませんか、マスター?」
「教室の破壊をするのは駄目だ、私の給料が減ってしまうからな」
「うーん、どうしたものかな……」
「先の二人はこの段階で諦めたが、君ならどうする?」
火の玉を教室から消す。教室を傷付けては駄目。
さてどうしたものか。いくつか候補はあるが、あまり目立たずに行うのであれば可能なものは限られてくる。
「……降参するか? 降参しても君は合格だが?」
「いや、選択肢が多くてどうしようかと」
「……へぇ?」
「んー、やっぱこれかな? ……ほいのほいのほい、リモートコントロール&パラサイトコントロール」
リモートコントールで引き戸を開き、パラサイトコントロールでアイリーンのファイアを強制コントロールする。
「なっ……ぐぅっ!?」
アイリーンの出した魔法陣から青白い光が放出し、パチパチと音を出して消滅していく。アイリーンの管理下からコントロールを失ったファイアを俺がコントロールする。
そして、ゆっくりと教室外へ運んだ。
「ふぅ、これでこの教室からファイアは消えましたよね?」
「……相対する魔法士の魔法を……コントロールッ?」
「安全かつ一番早い手段をとりました。ま、魔法陣が消えた今、あのファイアもしっかりと消さなくちゃいけませんけどね」
俺は教室外にあるファイアを、握り潰すモーションをとる。するとファイアは、圧縮されるかのように小さく萎んでいき、最後には消えていった。
「……今のは?」
「魔力の圧縮操作でファイアの魔力を吸収しました。最初からこれでも良かったんですが……これは魔法じゃないですからね。最初はわかりやすく魔法でやりました」
「気を使い過ぎなんですよマスターは。私ならおしっこかけちゃうところですよ」
ばっちい奴だ、そんなポチはたまに犬思考が出るから困る。
アイリーンは腕を組み、未だ困惑しているみたいだ。
「……アズリー、一ついいかしら?」
その困惑を掻き消すように首を振り、アイリーンが尋ねる。
「なんでしょ?」
「選択肢が多いと言ってたわね? 参考までに他の方法というのを聞きたいわ」
「うーん、汚いんですが、唾液を肥大増量させて消火させるとか、風魔法で切り刻んで細かくなったところで吹き消すとか、部分的真空空間を作り出し――」
「……どうしたの、続けなさい?」
少しやり過ぎた感が否めない。どう見てもアイリーンの眼は研究者の眼だ。この調子では、いつまで経っても質問攻めにあいそうだ。
「あ、これ以上は内緒です」
「ちょっと、ずるいわよっ」
ずるいってなんだよ。
少し子供のような発言だが、俺の魔法のレパートリーを何故小娘に教えなくてはならないのか、と懇切丁寧に説明してやりたいものだ。
少し興奮気味にアイリーンが俺に詰め寄る。しかし、俺は杖を盾にし、くるりと回避する。
「入学してからも時間はあるはずです。なので知りたければ盗んでください」
「な、なんて生意気なのかしら……合否の権限は私にあるのよっ?」
俺とアイリーンは、杖の周りをくるくると回りながら問答を繰り返す。
確かにその通りだが、別にこちらとしても入学しなくても問題ない訳で、さしたるダメージはないだろう。
「でもマスターが入学しなかったら、数ある中の解答群は一生わかりませんよね?」
素晴らしいフォローだと思った。この一言でアイリーンの足が止まった。
墓穴を掘ったからか頬が紅潮するアイリーン。中々可愛いところもあるものだと、俺は顎に手を添える。
「い、いいわ……入学したら、この私が、貴方を丸裸にしてあげるわっ」
小娘に丸裸にされる自分を想像するとあながち悪くないと思えてくる。しかし、
「情熱的なお誘いだとは思いますが、遠慮します」
「なっ、そういう意味じゃないわよ!」
「そういう意味ってどういう意味ですかね?」
アイリーンは茹で上がったタコのみたいに真っ赤になった。
気のせいか頭から湯気が出ているようにも見える。
「ご、合格よっ、退室なさい!」
俺とポチは、アイリーンに追い出されるように教室を出た。
ぴしゃんと閉められた扉の前で俺とポチは顔を見合わせた。
「合格だってさ」
「合格ですって」
「帰るか」
「帰りますか」
そう言ったものの、先程までいた受付員の姿は見えず、俺達は最初受付を済ませた場所へと向かった。
そこには受付員の女とリナが何やら雑談をしながら立っていた。
「アズリーさんっ」
俺を発見すると、リナは嬉しそうに俺を呼びながらとことこと駆け寄って来た。
「どうでしたかっ?」
「おう、バッチリだったぞ」
パァッ、と明るい表情を見せたリナは、俺の手を取って喜んだ。
「やりましたね! アズリーさんが不合格なんてありえませんからっ!」
「あ、あぁ……ありがとね」
「半分は私の力でしたよ!」
ポチがいつもの調子で威張る。
確かに俺も驚いた。ポチがいつの間にか魔法の知識を吸収していた事に。
「ポチさんもお疲れ様です!」
「いやー、手間の掛かるマスターでしたよ」
「おい、酷い言われようだなっ」
「ふふふ、本当に二人共合格ですか。魔法大学は優秀な魔法士を歓迎します」
受付員の女が声を掛けてくる。
「トレースさん、言った通りアズリーさんも合格でしたよ!」
「流石使い魔を使役するだけの事はありますわ。申し遅れましたが、私はトレース、今年度の一年生の担任をさせて頂きます」
美しい、と思わせる礼をするトレース。ほのかに香る甘い匂いは香水の匂いだろうか?
教職とはいえ都にいる若い女だ。身嗜みには気を使うのだろう。リナも匂いを嗅いだみたいで、マナにはない大人の魅力を勉強するような目付きだ。
「一年生という事は俺達の担任という事ですね。これからよろしくお願いします」
「マスター共々お願いします」
「わ、私もっ」
「さて、入学にあたっての説明をさせて頂きます。そちらの応接室へどうぞ」
トレースが美しい所作で応接室へ案内する。
俺達はその後に続き、応接室へ入って行った。ある意味簡単な試験ではあったが、昔感じた同じような高揚感が溢れてくる。
ここから俺の第二の学校生活が始まる。
「常成無敗のアイリーン」の二つ名は、この物語の造語です。
響きが似ている「常勝無敗」からとっています。
アイリーンの場合は、「常に成長する魔力をもった無敗のアイリーン」というニュアンスで付けてます。




