010 ベイラネーア
―――― 戦魔暦九十一年 二月十九日 午前六時 ――――
俺達はインベリアルタウンを出て様々な町、村を経て、北の大山脈、《巨人の通り道》を歩いていた。
そして、下山途中の中腹ポイントで、遂にベイラネーアと思われる都を発見したのだ。
遠目に見えるその景色は、どこか懐かしい記憶を呼び覚ます。
「うわぁ……あれがベイラネーアですね……この距離なら後一日もあれば着きそうですね」
「この一ヵ月とちょっと、苦労の連続でしたからねぇ……ようやく報われましたね。……ま、それもこれもマスターのせいですけど!」
「おい待て、身に覚えがない話だぞ!」
まったく、ポチは勝手に俺の非を捏造するんだから……。
「いいえ、身に覚えがあるはずです! 三週間前、面白そうだと偶然見つけたダンジョンに入って、ランクBのモンスターが闊歩するモンスターハウスに閉じ込められたのをお忘れですか!」
おや?
「二週間前、見た事がないキノコだと、勝手に焼いて私達に出して、見事《大泣き茸》に当たった私達をお忘れですか!」
おやおや?
「一週間前、最後の町、《ロマーヌタウン》のギルドの仕事で、複数の討伐を請け負って、全てのモンスターの討伐数が一匹足りなくてもう一度討伐に行ったあの日をお忘れですか!」
おやおやおやー?
「そしてさっき、火を熾すからと、焚き木にリトルファイアを放たず、私の顔にファイアランスを放ったのをお忘れですか!」
「あれ、全部身に覚えがある!? ポチ、お前いつの間に記憶消去魔法を!?」
「マスターが寝てる時に使いました!」
「え、マジっ!?」
「嘘に決まってるじゃないですか! 本当に困ったマスターですね!」
そうだったそうだった、俺は困ったマスターだった。
「何それを認めたような顔してんですか! 何『なんでわかったんだ!?』って顔してるんですか! 何『読まれている!?』って顔してんですか! あー、ニヤニヤして! 私で遊んでますね!?」
「すまん、途中から面白くなってな」
「もうっ、そろそろ出発しますよ!」
ポチがプイッとそっぽを向いて立ち上がる。この数分後には尻尾を振って歩いてるに違いない。
長年付き合ってるが、こいつの性格が掴めてるようで掴めてない。すぐ怒り、すぐ許してくれる。勿論俺も出来るだけ怒らせないようにしてるが、どうにもポチの守備範囲が広くて対応が間に合わない。
「ちょっと待ってくれ。……えーっと、人間は忘れたい過去は結構簡単に忘れられる……っと、これでよし」
「アズリーさんたまに何か書いてますけど、それは何を書いてるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。これは、アズリー自伝! 《賢者のすゝめ》だ!」
「あ、ポチさん待ってくださいよー」
…………。
「リナさんって結構……」
「え、なんですか?」
「いえ、なんでもありません。マスター、行きますよー!」
俺は……負けないっ!
―― そして翌日 午前四時 ――
早朝でも明るい場所が目立つ。色煌びやかで大小様々な建物、町の中央付近に見える二つの馬鹿デカい建物……あれが、魔法大学と戦士大学か。
「つ、着いたーっ!」
「最後に無理して正解でしたね、マスター!」
「はぁはぁ、もうヘトヘトですぅ……」
「よーし、とりあえず宿をとって少し休もう。昼過ぎに入学試験を済ませて、町巡りだな!」
「「はいっ!」」
俺達は、明かりが見える町の外側から一番近い宿をとった。
一人一泊三百ゴルドと非常に高かったが、そんな事は疲れた肉体が全力で許可を出した。
リナとポチを部屋へ送り、俺は自分の部屋に着くなり、ベッドの上にばったりと倒れた。
一泊が高いだけあって、ベッドのクッションも中々で、俺の疲れを包むように癒してくれた。そして、そんな事を意識したかしないかの内に、俺の意識は夢の中へ消えていった。
『アズリー、アズリーよ』
俺は眠い……。
『アズリー、アズリーよ、寝たままで構わん。話を聞け』
俺は眠い。
『…………えっと、アズリー君?』
眠い!
『あー、マスターは夢の中でも起きませんよ?』
『む、アズリーの使い魔か』
『ふふふふ』
『な、何を笑っておる?』
『ふっ、ようやくちゃんと使えるからですよ』
『何をじゃ?』
『貴様何者だ〜♪』
……ったく、うるさい奴らだな。
『おぉ、ようやく起きたか』
『爺さん何者だ? 人の心地よい疲れの回復を邪魔するのは、良い趣味じゃないよ?』
夢の中……一面が光りに包まれたような白い世界。
『すまんな、急ぎの用じゃった。……にしてもあまり驚かないもんじゃのう?』
『十分驚いてるよ。あぁ、立ってないで座りなよ。ポチ、座布団持って来な』
『なんか……すまないのう』
白いローブを着た爺さんは、ポチがどこからか持って来た座布団の上に胡座をかいて座った。顔はフードを深く被り、中を覗いてもそこには闇が見えるだけだった。
『好奇心旺盛な若者だのう。いくら覗いてもワシの顔は見えぬよ』
『…………』
――――――――――――――――――――
???
LV:??
HP:??
MP:??
EXP:???
特殊:???
称号:爺さん
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『ほっほっほ、何も見えぬよ。しかし夢の中でも魔法が有効だとよく知っていたな』
『二千年程前に夢に関する研究をしたからな。自身の手持ち魔法であれば発動出来る事は知っている。ま、これは夢魔対策の為の研究だったんだけどね。そして、夢はある程度のイメージの具現化も可能だという事がわかってる。……こんな感じにね』
俺は、三人が座る座布団の中央にテーブルを、その上に人数分のお茶を出現させた。
『……やるのう』
『で、爺さんは夢魔の類かな? まあ、そうは見えないけどね』
『神の使い、とでも言っておこうかの?』
『マスター、この人マスターより変ですよ!』
ほんと失礼な使い魔だ。
いや、俺も変な人だと思ったけどな。
『神の使いねぇ……あ、どうぞ飲んで飲んで』
『おぉ、すまぬの』
三人でお茶をすすり、一息吐く。
因みに、ポチのお茶のカップも俺と同じだ。ポチはこういう所も努力家で、しっかりカップを持ち飲むことが可能だ。
『それじゃ、ご用件を伺いましょ』
『……魔王の復活が近い……』
『……確か最後に倒されたのは、俺が生まれる数十年前……って事は約五千年周期の復活という事か。そうなると聖戦士の出現もそろそろって事だな……』
『実はのう、聖戦士はいないのだ』
『冗談よしてくれよ、天恵を受けた人間が現れなきゃ魔王は倒せないでしょう』
本来魔王出現に伴って、《聖戦士》と呼ばれる三人が天恵を受け生まれてくる。
三人のうちの一人が戦士、そして魔法士、最後に勇者とされている。天恵とは聖戦士の称号に備わるもので、高レベルの実力と鍛錬により相乗効果が現れ、人とは思えぬ力を発揮するんだ。
『これには理由があるのだ』
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
『なにかな?』
『何でその話を俺にするんだ? そういうのは国の代表とか魔法大学長とか戦士大学長に言うべきだろう?』
『……信じてもらえなかったのでワシが夢に現れた記憶自体を消しておいた。おそらくその理由も今から説明する事でわかるだろう』
くそ……嫌な予感しかしない……。
ポチの顔も凄く嫌そうだ。俺も酷いと思うけど、神の使いに対して度胸あんなおい。
『ここ数十年な……我が主に祈りを捧げる者が極端に減った。その祈りの対象が神ではなく、人間に移ったからだ』
『……そうか、神は人の祈りや願いを糧とする。それが減ったら……』
『そう、神の力は低下し、天恵を与える事が出来なくなる』
『待てよ……という事は……国の代表までもが人間に尻尾振ってるのか!』
『その通り、だからワシの進言を信じなかったのだ』
ぬぅ、こりゃ今の国は相当荒んでるな。
『しかしだ、それで何で俺に話すんだよ?』
『一番神格に近い者に話しておけば良いと思ってな』
『あはははははははーっ! マスターにそんなもの……ちょ、やめてくださいよ……くくくっ』
『笑うなや! けど、神格って……俺は長生き出来るだけであって神格なんてもん…………あったか?』
『あるはずじゃ、その眼鏡で今一度自分を見るとよいだろう』
おいおい、そんなもの……あったか? いや、もしかして最近付いたのか?
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アズリー
LV:52
HP:864
MP:14781
EXP:241169
特殊:攻撃魔法《特》・補助魔法《上》・回復魔法《中》・精製《上》
称号:愚者・偏りし者・仙人候補・魔法士・錬金術師・杖士・六法士(仮)・教師・ランクD
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え、ランクDが増えたくらいで何も変わってないだろう?
『よく見なさい、称号の左から三番目だ』
『…………候補やん。つーか仙人って神とは呼べないだろう!』
『神格に近い者と言っただろう。神とは言っておらんよ』
『ぬぐぅ…………それで、俺に何をしろと?』
『なに、難しい事ではない。よく研鑽し、励みながら実力を付け、来る魔王復活に備えなさい。……それは……必ずお前の役に立つ……』
爺さんの体が白んでいく。徐々に透けてきている。
『おいおい、まだ話は終わってないって!』
『……よいかアズリー、研鑽せよ……』
そう言って爺さんは俺の夢の中から消えて行った。
『……言うだけ言って消えてっちまったぞ……』
『マスター』
『あん?』
『お茶おかわりです』
…………貴様何者だ?




