3話
――春。
それは、溜まりに溜まった汚れを一掃する季節である。
だが、タケルの住む『ジャンク・エンド』に季節感などない。
あるのは、空を埋め尽くす「数百万隻」の帝国艦隊だけだ。
「……なぁ、ミーナ。これ、俺の人生の詰み(チェックメイト)だよな?」
タケルは、ガクガクと震える膝を押さえながら空を見上げた。
太陽の光を完全に遮る巨大な影。
中央には、月ほどの大きさがある最終兵器『プラネット・クラッカー』。
あれが一度火を噴けば、この星は文字通り、一瞬で消滅する。
「いいえ、旦那様。これは絶好のチャンスです」
ミーナは、新品の『高級はたき(対艦用分子分解ロッド)』を手に微笑んだ。
「ちょうど、換気扇の奥の汚れが気になっていたのです。
あの巨大な『空き缶(最終兵器)』から出る衝撃波を使えば、
星全体の埃を一気に吹き飛ばすことができます」
「お前の掃除、いつも規模がデカすぎんだよ!」
***
その時、空から一本の光の柱が降りてきた。
現れたのは、昨日逃げ帰った執行官ゼノスと、
銀河帝国で「死神」と恐れられるエリート魔導騎士たちだ。
「……ふははは! 往生際が悪いぞ、ジャンク屋!
この最終兵器の前に、小細工など通用せん!
さあ、その『欠陥兵器』を引き渡せば、お前だけは助けてや……」
ゼノスの高笑いを、ミーナが「パチン」と指を鳴らして遮った。
「旦那様。突然の来客ですが、茶菓子が足りませんね。
少し『おもてなし』をしてまいります」
「お、おい! 相手は軍隊だぞ!?」
ミーナが、一歩、前へ踏み出す。
シュバッ!!
彼女の姿が消えた。
次の瞬間。
威圧感たっぷりに立っていた魔導騎士たちの『襟元』が、
超高速の指先でクイクイと整えられた。
「……第一ボタンが緩んでいます。規律の乱れは、景観の汚染です。
お客様として、まずは身だしなみを矯正させていただきます」
「なっ……動けん!? 何をした!」
騎士たちが叫ぶ。
ミーナが彼らの服の繊維に、微弱な「位相固定(物理フリーズ)」をかけたのだ。
彼らは「ビシッ」と気を付けの姿勢のまま、一ミリも動けなくなった。
「……ふざけるな! プラネット・クラッカー、起動!!」
ゼノスが狂ったように叫ぶ。
宇宙に浮かぶ月サイズの兵器が、真っ赤に発光した。
惑星の核を貫く究極のエネルギーが、今まさに放たれようとしている。
ミーナは、静かにエプロンを締め直した。
「旦那様。……少々、窓を開けていただけますか?
換気のお時間です」
「はぁ!? 窓どころか、星が吹き飛ぶぞ!?」
「いいえ、旦那様。
掃除とは、『不要なものをあるべき場所へ戻すこと』です」
ミーナが、大地を蹴った。
ドォォォォォン!!
大気圏を突破し、彼女は宇宙空間へと躍り出る。
その前方に、プラネット・クラッカーから放たれた「星を焼く光」が迫る。
ミーナは、右手に持った『埃取り(はたき)』を、
まるでプロの料理人がフライパンを振るうように、優雅に回転させた。
「……特大のゴミ(光線)は、丸めて捨てるのがコツです」
パシュッ!!
信じられない光景だった。
惑星を壊すはずの巨大な光線が、ミーナの周囲で渦を巻き、
みるみるうちに「小さな光の球」へと圧縮されていく。
彼女は、その光の球を――
バシィィィィィン!!
はたきで、プラネット・クラッカー本体へと打ち返した。
「……セルフ・クリーニング。ご自分の汚れは、ご自分でどうぞ」
ドガァァァァァァァァァン!!
宇宙空間で、月サイズの巨大兵器が爆発……はしなかった。
ミーナの放った「掃除波動」によって、最終兵器はみるみるうちに折り畳まれ、
一辺一メートルの『超高密度な空き缶(圧縮ゴミ)』へと変貌したのだ。
***
ジャンク・エンドの地上。
空から「キィィィィン」という爽快な風が吹き抜けた。
最終兵器が圧縮された際に出た衝撃波が、
ミーナの計算通り、星全体の不浄な空気を宇宙へと吸い出したのだ。
ひんやりと、清々しい空気。
地上では、腰を抜かしたゼノスの前に、
宇宙から「トン」とミーナが着地した。
その手には、月サイズの兵器を圧縮した『鉄のサイコロ』。
「……こちら、粗大ゴミの回収品です。
玄関先に置くと邪魔ですので、お持ち帰りください」
ミーナが、その数億トンある「ゴミ」を、
ゼノスの膝の上に、そっと(物理的には大ダメージ)置いた。
「ひ……ひぎぃっ……!? 重っ……無理っ……!」
「以後、立ち退きのご相談は、まず『お掃除の予約』から承ります。
……さようなら、ゴミ出しを忘れたお客様」
ゼノスと帝国艦隊は、戦う気力もプライドも、
そして最終兵器も失い、這いずるように銀河の彼方へと逃げ去っていった。
***
夕暮れ時。
タケルとミーナは、守られたボロ家の縁側で、
新しく買った高級なお茶(経費)を飲んでいた。
「……終わったんだな。星も守られたし、空気も綺麗になった」
「はい。春の大掃除、完了です」
ミーナが満足げに頷く。
だが、タケルの表情は、お茶よりも渋かった。
「……なぁ、ミーナ。今回のおもてなしと、宇宙空間への出張費。
あと、最終兵器の『廃棄物処理手数料』を計算したんだが……」
「……あ」
ミーナが、初めて少しだけ気まずそうに目を逸らした。
空中に投影された請求書。
そこには、銀河帝国の国家予算が数年分吹き飛ぶような額が書かれていた。
「……これ、俺たちが一生ジャンクを拾っても返せないよな?」
「……不備ですね。……ですが、解決策はあります」
「なんだ? 宝くじでも当てるのか?」
「いいえ、旦那様。……明日より、この星を『銀河最高級の観光リゾート・ホテル』として改装いたします。
私が支配人兼、メイドを務めますので、旦那様はフロントで営業(集金)をしてください」
「……俺の家、ついにホテルになっちゃうの!?」
「はい。……あ、旦那様。廊下に埃が落ちていますよ」
「ひっ! 待て、掃除機は使うな! 箒でいいから!」
夕焼けに染まるジャンク・エンドの星で。
銀河最強のメイドと、世界一金欠な主人のドタバタな日常は、
これからもピカピカに磨き上げられていくのであった。




