2:今日はのどかで忙しい誕生日
神帝歴41年――オーリ6年
半の月
3人目ともなれば、慌ただしさも中くらいなり。
と言えるほどの器量がもし俺にあればいいのだが、緊張するものは緊張する。
これは一般論だが、出産というのは、母体へのダメージが大きい行為であると言い換えてもいいだろう。
だからこそ、世のパパはいつだって自分の妻の体を心配するわけである。
と、ふと、べつに病気ではないので自分でできることは自分で、と出産直後であるのになんだか冷たい反応を産婦人科医からされたという中学校の国語教師の話を思い返してみるが、よくよく考えると異世界に来て40年経ってるわけで、元の世界では5、6年前のことだけれども、体感的には40年以上前のことなのだなあと思うにつけてもときの流れの無常さを感じることよ。
いや、まあ、さして昔のことにも思えないが、なんの話かよくわからなくなってきたので、話題を戻す。なんの話かよくわからないのはいつものことなので、俺が混乱していることの証左にはならない。
とかく、出産というのはダメージがでかい。
ということは、とてつもなく強いシーマに限ってダメージ関連の心配はしなくてもいいというドライな判断もできないこともないが、まあ、できない。
なんであっても心配なものは心配だ。
どれだけ強くても、でも、やっぱり強いのだから、出産とは言え、言ってしまえばダメージ。心配にはきっと及ばないに違いない。
「おんし、その締りのない思考をやめよ。不快だの」とキルシュリーゲンが言った。
唐突だった。
「すみません」ととりあえず俺は言った。「お目にかかれて恐縮至極」
妻の第3子の出産間近というかむしろ最中なのに、なぜこれがこの姿で俺の前にいるのか。
少々説明が必要だとは思うが、俺とて説明できない。
無法ではないが、不適切と言わざるをえないタイミングである。
「うむ。まあ、そうであろな。恐縮至極であろ。わっちものう。のこのここのようなところに出てくるのは興が乗らんがの。まあ、せんなきことよな」
「というよりも、驚きです」
「おんしにしてみれば、ずいぶんと唐突に思えるだろうの」
「そうですね」
「なに、心配するな。わっちがおんしの前に自発的に現れるときは、いつもおんしに有利なことしか落ちてはおらぬよ。わっちがおんしを直接攻めることはせん。わっちが勝つに決まっておるからの」と自信満々にキルシュリーゲンは言った。
しかし、その姿形はトゥーリなので、いつも自信ありげに語るトゥーリがいつものようにしゃべっているようにしか見えない。
「わっちが出てきたのはほかでもない。おんしの息子を転生者のウツワにしようかと思うてな」
「お断りです」
「冗談よの。おんしはわかっておらんだろうが、いまは新たな転生者など生まれない。枠が埋まっておるからの。40年も生きてそれすら知らんあたりがおんしの無能さを物語っておるがの。圧倒的チートがありながら、どうしてこのように苦戦するのか、わっちにはさっぱりわからんわ」
「ピンチらしいピンチもなくここまで来たと自負していたんですが」と俺はすこしムッとして言った。
神帝と呼ばれ、たった40年で世界をほとんど統一した俺にむかって、いかな絶対神とは言え、言い過ぎではないか。
「40年もかかっておるではないか。前のアレなら3日でやったことよ。もはやこれまでずっと隠居しておったかのような速度よな」
「自分では牛馬のごとく働いているつもりなんですけどね」
「働きぶりをアピールするときだけ引き合いに出される牛馬の気持ちがおんしにわかるかえ?」
「まったく」
「であろうの。まあ、よいわ。とかく、おんしのいま生まれようとしておる三男はの、わっちにとっても少々放ってはおけぬ要素ゆえな。ドラゴンボール的には悟飯、ドラクエ5的には主人公の息子のようなものよ」
「えっ!? 俺、お払い箱ですか?」と俺は言った。
完全に主人公交代じゃねーか、それ。
すくなくとも最強戦力じゃなくなる瞬間じゃねーか!
俺だって超サイヤ人になりたいし、てんくうのつるぎ装備したい。
「ええい。やかましいやつよの。どっちも主人公は最後まで絡んだであろ」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「パパスでないだけありがたいと思え」
「いや。いやいやいやいやいや。俺まだハーレムなんにもしてないんですけど」
ハーレムは主人公だけに許される特権である。
しばらく、シーマがいるうちはハーレムは諦めたものの、その後も悠久のときを過ごす神帝オーリとしてはそのあとのハーレムまで諦める気は毛頭ない。
隠居はしてもいいが、俺は主人公の座には居座り続ける。院政、後北条氏、徳川将軍、上杉鷹山、と歴史的にもむしろ前例しかないレベル。
ハーレムもせずに主人公の座を渡せるものか。
「そんなにハーレムを望むなら、ホアソンあたりは受け入れるであろうよ。アウロリーテも喜ぶであろうかの。ひとえにおんしに意気地がないからよの。これがおんしの次男ならやることはやっておるわ。おんしはもう諦めよ」
「たとえ絶対神キルシュリーゲンと言えど、俺にだって引き下がれない場面があります」と俺は言い切った。
「ははは。さすが煩悩の塊よ。まあ、いまのは戯れ言よな。いや、おんし自体が戯れ言かの。まあ、よい。おんしと話すと本当に話が進まんわ。おんしに死ねと言うておるのではないし、主人公を変われとも言うておらん」
「ではなんです?」
「おんしの三男はしゃべれるようになってからの期間が短すぎる。わっちの興が乗らん」
「どういうことです?」
「そのままよな。おんしはじつに手がかかる。わっちからことばをかけてやるなど、どれだけのチートであろうな。ほかのおんしの能力の何倍もチートよ。その力を持ちながら、さらにチートが必要とは本当におんしは無能ゆえな」
「……なんか、すいません」
「まあよい。おんしにいまさら有能になれとも言わぬわ。わっちの興が乗るようになんとかアレとイーブンまで持っていくのに、三男の力も使おうかと思う。具体的にはおんしの子供に少々チートを与える」
「チート?」
「左様。とは言ってもな、所詮それは異世界の民。どのような力があるかわっちは知る気もない。完全に運だがの」
「この子はキルシュリーゲンさまの力の及ばぬところで能力が決められているのですか?」
「あろうはずがなかろ。わっちが決めるのよ。無論。だが、わっちがわからんようにわっちが決めることも可能ゆえな。なにしろ、わっちは絶対神キルシュリーゲンであるからの。自分の知らぬことを作るなど造作もないことよ」とキルシュリーゲンはよくわからない話をした。
ので、
「すいませんが、よくわかりません」と素直に答えた。
「おんしはもうこれだけ覚えておけばよいかの。つまり、おんしの子は非常に早く意思疎通が可能になる。具体的には立ち上がる前にことばを話し、3つになる頃には成人と変わらぬ言語能力と思考能力を持つであろうな。そこから先どこまで伸びるかはわっちも知らぬが、おんしらと通常よりはかなり早めにことばが交わせるということだの」
「知力のステータス的なチートはないが、知力の成長のみチートである、と」
「左様」
「……つまり、俺と三男のコミュニケーションを増やしたいということですか?」
「そういうところは理解するあたり、無能なうえに扱いづらい男よな。……ま、ありていに言えばそうだの。兄ふたりと同程度にはおんしと語ってもらいたいのよ。ここから数年での」
「数年後になにがあるんです?」
「数年後にはなにもないよ。まったくおんしもカンが悪いものよな」と高笑いをする。
「俺の知らなくていいことですか?」
「なに、もういまさらよ。知っているやつはおらんが、気づける者はもう気づいておるだろ。気づかぬ者はそのときが来るずっと先まで気づかぬだけよ。シーマあたりは気づいておるだろうの。それゆえ機嫌が悪いのだろう。ひょっとするとこれも感じておるかも知れんの。おんしはまだ疑ってもおらんようだし、そうなったら興ざめゆえな、わっちが強制的に忘れさせるのみよ」とさらりと恐ろしいことを言う。
まあ、と言われるぶんにはとくに不服はない。
数年後? 数十年後? とにかくそこで訪れる危機にこれから生まれる三男と俺のコミュニケーションが大事だということはかろうじて理解できたが、だからなんだと言う話である。
ひとはいつか死にます。
なら、ハーレムを作ります。
俺にはそう答えるしかない。
三男とふつうより早くしゃべれるようになる。ただそれだけだ。
「確認しますが、能力自体は俺やシーマのようなチートではなく、成長のみがチートということで、転生者であったりはしない、ということですね?」
「左様。おんしの息子であるのは確実だの。成長が早いだけでほかのなにかではないということだの」
つまり、俺が気味悪がって転生を疑わないために釘をさしておこうということだ。
三男を嫌ったり、疎んじたりしないように。
たしかに、俺は転生者ではないかと疑った場合に、遠ざけたかもしれない。もちろん、この子は天才じゃああああああああああああああああああああああああああと国中を駆けまわる可能性もあったが、疑う可能性もあった。
つまり、俺はこの子が生まれた瞬間に、ウチの子は天才じゃああああああああああああああああああああああああああと国中を駆けまわっていいということである。
絶対神から確約された天才だ。
ウチの子は絶対神から確約された天才です。
なんといい響きか。
「さて。相変わらず気持ち悪い男よな。まあ、そろそろ生まれるころであろうからの。わっちは消えるとするかの。これにとっても養父と子の対面ゆえな。わっちが取って代わっては不満もあろ」と言ってキルシュリーゲンは消えた。




