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Redundant1:兄が嫌いな弟などいない

神帝歴46年――オーリ11年


 シーマがロッソア王子(エーヴィル)メカリア王子(ワイゼン)を同時に子育てするために、ロッソアのメカリアに極めて近い場所にエーヴィル伯領、メカリアのロッソアに極めて近い場所にワイゼン伯領を作り、ふたりの息子は月の半分くらいをそこで過ごしている。

 たぶんその周辺が世界一機能していない国境になるだろう。


 三男(ルーファー)はこれまでつねにシーマについて移動していたが、5歳になった今年からはヤポニアにトゥーリと残ることもある。

 なにしろ、この5歳児は兄ふたりとは一線を画する程度には頭がよく回る。

 魔力はそれほどでもないみたいだが、トゥーリから教えてもらえることがおもしろいので、ヤポニアに残りたいようだった。


 まあ、三男の話は自慢にしかならないので置いておこう。

 いまは次男(ワイゼン)の話である。


 俺にもっともよく似た――いや、俺の理想の姿にもっともよく似た我が息子である。


 メカリア神聖国ワイゼン伯領は長らく領主が留守にしている。

 ワイゼンは今年、ほとんどワイゼン伯領には帰っていない。


 やつは、諸国を回っている。


「俺、諸国を回ってみたい」とワイゼンが今年のつぎの月に、唐突に言い出した。

「ダメです」ときっぱりシーマが言い切った。

「父さまは?」とワイゼンは俺に助けを求めた。


 そうシーマが言ったとき、説明を聞く気が皆無なことは、ワイゼンにもわかっている。


「もう少し大きくなったらいいんじゃないか」と俺はかろうじて答えてみたものの、シーマの無言の圧力の前に屈しそうになる。

「いい、ワイゼン。あなたはメカリアの王子なのよ。気ままに旅していい身分じゃないもの」

「16歳まではいいってシューゼンも言ってたよ」とワイゼン。

「こんど母さまが詳しくシューゼンに話を聞いておくわね」とシーマは言った。「母さまは反対よ」

「なあ、シーマ、とくに危険もないようなら――」

「あなたは黙ってて。いまあなたはワイゼンが危機でも駆けつけてあげられないでしょう?」とシーマはすこし苛ついて言った。


 たしかにシーマより力はないが、それでも俺は世界でそこそこ強い枠には入っているので、やろうと思えば駆けつけられないこともないが、とはもちろん言わない。

 シーマが失敗した、というような顔をしたからだ。


「ごめん。そういう言い方するつもりじゃなかったんだけど。でも、ワイゼンのためにも身の安全は大事だと思うの」とシーマは言った。


 俺の力が落ちた理由はシーマにあるということを、シーマ自身がよくわかっている。

 それはわかっているけれど、夫がもはやかつてのような絶対的な戦力を有していないとなると、事実上ナンバーワンである自分ががんばらないといけないことも強く意識しすぎている。

 いままではナンバー2で、()()()()()()()、最終的に俺がいればなんとかなった。


 対シーマ以外では俺が負けることはまずありえなかったからだ。

 だが、シーマは俺以外に負ける可能性は充分にある。

 俺に対して異様に強いだけで、もちろんシーマ自身が異様に強いのだけれど、異様に強いというのは負けないわけではない。


 かつての俺の強さはニアリーイコールで負けない。

 シーマの強さはとても強いが負けないわけではない。

 神留地(リゾート)で引きこもっている神並の強さはあるが、あいつらだってひとに負けることがある。


 具体的にはシーマやキルシュリーゲン以外の神々はシューゼンかイルギィスか全盛期のヴォーディのうちの2人以上とトゥーリかジビルガフが組んで本気で敵対した場合にはおそらくシーマは負ける。


 ほとんど起こりえないが、具体的に想像はできる。

 対して、俺がシーマ以外に負ける様は想像できない。

 シーマ以外の全員が本気で敵対しても、俺やキルシュリーゲンには勝てない。


 勝率99.9999999999%から、98%くらいに下がったイメージだと思えばそうは外れていないだろう。


 ただ、その2%は母親(シーマ)にとてもよく効く。


 結果、言いようのない苛立ちが彼女を支配していて、有り体に言えば俺たち夫婦はあんまりうまくいっている感じがない。

 ギクシャクしていると言えるかもしれない。

 言ってみればよくない流れ、みたいなものはここ数年ある。

 シーマのオルドラ市国建国案から、ロッソアの乱までの流れでいい流れになるわけもないが、これもいま俺がちゃんと以前のように圧倒的な力を発揮できていれば話は変わるはずだ。

 なにがあろうとも、味方の圧倒的な力は安心を生み、安心はゆとりを作るのだ。

 

 ただその回復への糸口が見えない。

 唯一の望みであるキルシュリーゲンはほとんど会ってくれず、会ったところで、


「いまのおんしになにを言うても無駄だしの。わっちはそこまで暇ではないからの。詳しくは言えんが、おんしの力は戻るわけもないし、なにもできぬよ。時が来ればおんしの力を戻す方法はわっちが教えるが、いまはまだ教えられぬな。ここでおんしがいくら汗をかいたところで、なんの意味もないよ。倦怠期でも楽しんでおけばよかろ」


 とつれない。

 倦怠期が楽しいやつなどいるわけがないし、そもそも俺とシーマはべつに倦怠期ではない。意見がちょっとすれ違っているだけだとはもちろん言わない。


「具体的にはいつごろです?」

「そうだの。来年、ワイゼン伯領とエーヴィル伯領をやめるのだろ? それで、オルドラ市国が建国されるはずだの?」

「よくご存知で」

「ははは。わっちは絶対神ぞ。そのくらいは造作もない」

「オルドラがカギですか?」

「カギ……ではないの。あれは失敗するようになっておるものだの。わっちは未来を知るわけではないが、未来など見えずともあれが失敗するのは見えるかの。……失敗してから、いろいろわかるであろ」

「どんなかたちで失敗します?」

「失敗は失敗だの。完膚なきまでに失敗だ。それは実際におんしが体感してみぬとわからんであろうの」

「取りやめたらどうです?」

「やめられるのなら、それは面白いがの。誰を相手にしておるのか、よく思い出してみるとよいかの」

「元・絶対神ジビルガフ」

「ははは。不快なやつだの。わっち以外に絶対神はおらぬよ。あれはわっちの廉価版(チープ・エディション)であったものにすぎん。もはやわっちの廉価版ですらないしの」

「それに誘導される、ということですか」

「ふむ。そうなるかの。あれが策を弄せばなかなか止められるものではないよ」

「残滓のわりに評価が高いですね」

「たしかにただの残滓よ。だが、その過程にはわっちはいまも一定の評価を与えてやってよいと思うておる。かつておんしが勝ったことは明らかだがの。ここからあれがひっくり返すことはない。勝利を捨てたゆえな。もはやあの残滓(ジビルガフ)には勝つことはできぬのよ。――ただ、おんしの勝ち分を減らすことはできるし、それに関してはおそらく世界でイチバンだろうの」

「なんの意味がありますか?」

「意味などないよ。あれはそれが愉しいのであろう。すでに過去圧勝してしまった者が望んだ敗戦ぞ。いや、敗戦を望んだわけではないのかもしれんがの。とかく、相手が相手だ。それ相応には愉しまれるに決まっておろ」

「迷惑なデブです」

「嫌なやつなのは同意だがの、なかなかあれはあれでおもしろい」


 結局、キルシュリーゲンがいちばん愉しんでいるのは確定的に明らかだったが、まあ、絶対神なので文句は言えない。

 つまり、俺の力が戻ればいろいろな問題はたちまち霧散する気もするが、それがお手上げである以上はどうしようもない。


 まったく、困った。

 困った。

 どうするかな。

 ああ、いや、暗い話になるやめよう。

 話を一気に戻す。ワイゼンの旅である。


 エーヴィルがロッソア王子として北伐まで完遂して国内評価がロンガーが歓喜し、ショーターは裸足で逃げ出す涙目高騰をしているが、ワイゼンはメカリア国内の評価が芳しくない。

 トゥーリはやや問題視しているみたいだが、シーマとシューゼンが許しているので強くは言えない状況にある。

 芳しくないと言うとなんだか問題がありそうに見えるが、メカリア国民的には司教が諸国を旅して見聞を広げることはままあると理解しているので、それほど問題はない。

 ようはメカリア国内ではワイゼンは修行中の王子という扱いであって、評価もクソもないというのが一般的な市民の認識である。


 もう8歳である王子がそれでは遅いのではないかというトゥーリと、それでも遅くないというシューゼンの意見が対立しているだけで(シーマは子供がすることは過程でどれだけ反対していても、最終的には正義だ)、言うほど問題ではない。


 ワイゼンは順調に旅をしていると言っていい。

 旅と言って、世界全土を統一しているのだから、さして危険もないのだが、護衛までつけたふたり旅である。


「我がいっしょなら構わないですか?」と風の神(ホアソン)が言ったことで、だいたいワイゼンが旅に出る出ない論争は終わった。

「本気で言ってるの?」とシーマは驚いて言った。


 まず引きこもり(ホアソン)が神留地から出てディジルドまで来たことに驚き、そして旅に同行するというおよそ引きこもりらしからぬ宣言に2度驚いた。


「事情はワイゼンからも聞いています」とホアソンは言った。

「あ、ホアソンさま、言ったらダメですよ」とワイゼンが釘を刺す。

「わかっていますよ。我は簡単に秘密は漏らしません」とホアソンは言った。

「でも、旅に意味がないわ」とシーマはなおも引き下がる。

「意味はこの子が決めることですよ、シーマ」とホアソンは言った。「ただ安心はしてよいです。清廉と寛容の神の名において、メカリア神聖国王子ワイゼンの旅の安全を保障します。経験を得るために、この子は旅に出るのです」


 ホアソンにそう言い切られると、俺たちはなにも言えなくなる。

 神の名において、というのがカッコよすぎてズルいレベルだった。


「いつから?」とシーマは諦めたように口を開く。

「すぐ!」とワイゼンが言った。

「すぐって、明日からあなたワイゼン伯領でしょう? せめてお兄ちゃんと過ごしてからにしなさい」

「だいじょうぶ、すぐ行きたい」とワイゼンは楽しそうに言う。

「お兄ちゃんもあなたを待ってるわ」とシーマがなんとか出発を遅らせるように言ったところで、


「俺は待ってないよ」


 とワイゼンは諦めたように(もしくはめんどくさそうに)はっきりと言った。


 もはやホアソンが理由を秘密にしていることが無意味な口調で言い切った。

 これまでそんな素振りも見せたことがなかったが、もうこの空気からそれ(・・)は明らかだった。


 つまり、ワイゼンはエーヴィルのことが大嫌いなので、旅に出て会わなくてすむようにしたい、と言っているに等しかった。


 どこにいっても暗い話題しかなくて嫌んならァ、と江戸っ子調に俺は極めて小さくひとりごちた。

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