10:ナナメハーレムの予兆
神帝歴45年――オーリ10年
萌の月
「火の神・フレアム、水の神・アウロリーテ、風の神・ホアソン、土の神・ベスカはまとめて、要素神もしくは戦闘神と呼ばれ、火行神・カカ、水行神・ヴィオ、土行神・ポゼス、金行神・サクサ、木行神・レグラは五行神もしくは、自然神と呼ばれます。
たとえば土の神ベスカと土行神ポゼス。ただ土の神と呼ぶ場合には多くベスカのことを言います。土の神は土の戦闘神、土行神は土の自然神というのが、区別した場合の呼び方です。
このほかにも戦闘神と自然神を区別する呼び方はいくつもあって、すこし複雑に思えるかもしれませんが、じつは役割の違いはとてもはっきりしています。
いちばんわかりやすいと私が思うのは、ツツク神とチツキ神の呼び分けです。土行神は土のツツク神、土の神はチツキ神。
この由来は簡単で、ツツク神は自然を司っているからそう呼ばれます。チツキ神が人間の血や肉体に祝福を与えるのに対して、ツツク神はその土地に祝福を与えるわけです。
戦闘神は血につくのでチツキ神。
対して自然神はつちにつく。よってツツク神と呼ばれるわけです。ツがつくほう、と呼ぶこともあります。
血につくか、つちにつくか。血にツがつくと土になる。よって、自然神はツツク神なのです」
とわずか7歳のワイゼンはすらすらと説明する。
神である俺はその説明が厳密に言えば間違っている部分もあることを知っているが、無粋なので指摘はしない。
なにをどう信じるかは自由だし、ワイゼンは習ったことを丁寧にアウトプットしているのだから、そういうものなのだということにしたほうが好ましい気がする。
まあ、なんと言うかよくぞ育った我が息子。
シューゼンの、というよりもメカリアの聖職者の仕事に初等教育は含まれている。
したがってその息子であるワイゼンも教育する立場にいずれは就くというか、すでに自分より幼い子供たち相手にたまに教えることもある。
ちなみにヤポニアでは初等教育機関がその役割を担っていて、ロッソアはそのあたりにあまり熱心ではなかった。俺は6歳でも神がなんなのかほぼわかっていなかったし、田舎に行けば行くほどそういう傾向は強まっていく。
俺が世界を統一してからは教育関連も整えてきたから、いまではロッソアも教師を派遣している。
初等教育を言ってみれば地方自治体みたいな区切りで行い、各国に魔術の高等教育機関を設けた。そこからさらに優秀な者はオルドラに設置した最高学府・オルドラ魔術大学へと通う。
まあ、だいたいトゥーリが作ったのだが。
「なかなかうまくなってきたな」とシューゼンがしゃべり終えたワイゼンに言った。
「だよね!」と満足そうにワイゼン。
「だが、わかっていなさそうなところもある」とシューゼンが訊いた。「神の御名をもう1度言ってみろ」
そんな簡単なことか、とワイゼンはすこし不機嫌そうに、
「すなわち、火の神・フレアム、水の神・アウロリーテ、風の神・ホアソン、土の神・ベスカ、火行神・カカ、水行神・ヴィオ、土行神・ポゼス、金行神・サクサ、木行神・レグラ!」と一気に答える。
「うむ。まずまずだか、あれを忘れている」と俺をシューゼンは指差す。
「ああ、そうか、神帝女好き!」
「おい!」と俺は思わず声を出す。
「冗談だよ、神帝オーリ」とワイゼンが笑う。
「あと覚えていなくてもいいが、厳密にはシーマも神としての資格はある。資格があるだけで神ではない。オーリは資格があって神だが、シーマは資格はあるものの神ではない。さらに言うなら、もとはジビルガフも神だった。まあ、これはもう資格もないけどな」
ふむふむとわかっているのかわかっていないのかは定かではないが、ワイゼンはちゃんと話を聞いている。
あんなに奔放そうだったのに、こういうところはちゃっかりしているというか、キッチリしているというか、まあ、それはそれでいいんだけど、なんて言うか、まあ、正直ここのところ、ワイゼンとシューゼンがちょっとちゃんと父子をしていて疎外感を感じている神帝オーリです。
まあ、見守るけどね。見守るのも父の役目だけどね。寂しくはないけどね。成長してるんだしね。
「ねえ、父さま」とそんなやさぐれかけた俺にお勉強タイムを終えたらしいワイゼンが言った。「兄さまとはいつからいっしょに住めるの?」
「もうすぐだ」と俺は言った。
なるべく気取られないように笑ってみたつもりだが、どうにもひきつる話題だった。
ロッソア市への遷都がシーマの牧歌的強硬策によって廃案となってすぐ、今度は俺たち一家のオルドラ移住がシーマの平和的強行採決によって1対5で賛成多数可決された。
もうやりたい放題じゃないかと思うが、俺がちょっとした不調から戦力として世界で片手に入るくらいに落ちてしまっているいま、実質的には世界最強の名を恣にしているシーマに逆らえる者など存在しない。
所詮この世は弱肉強食だって全身包帯のひとも言っていたので、まあ、それはそれでいいと思う。
「父さまが弱いから、母さまが守ってあげるって」とワイゼンが言った。
「ワイゼン、いいか、父さんは弱くないぞ。ちょっと不調だったけど、一時期ちょっとイルギィス並に不調だったけど、最近はそれなりに調子を取り戻してきたから、母さん以外には負けないぞ」と俺はいちおう控えめに主張しておいた。
「バカ言え。いまのおまえの魔力なんて、イルギィスどころか俺といい勝負じゃねえか。例外的究極魔法が使えない俺なんて、雑魚だ」とシューゼンは卑下か自慢かよくわからないことを言った。
「いや、イルギィス並だっただけ。もう超えたところまでは回復した」と俺は言い切った。
「おまえ、俺とワイゼンが神留地に迎えに行ったときから頑なにそう言い続けてやがるが、いまだって遠くイルギィスに及んでないぞ。子供にウソをつくな」
「バカを言うな。俺がイルギィスに劣ることなどありえない。だから、最低でもイルギィス並」
「ワイゼン、まあ、神帝さまがそう言うんだから、そうらしいぞ」とシューゼンは言った。
「そういうことにしておくー」とワイゼン。
ふたりでなにかあはれなものを見る目で見てくるが、俺にはなぜそんな仕打ちをされるのか皆目検討がつかない。
俺はウソをついたことなど一度もない。
まあ、ダンコとしてイルギィス並だということは譲らないが、まあ、それでも元からすると大いに劣ったままだということは隠しきれない。
しかも、キルシュリーゲンが俺に会ってくれないというなんだかちょっと非常事態で打開策もなく、困っているということは事実だが。
そんな悩める俺の横を放置してワイゼンは外へ出ると、幼女のところへ行った。
さっきまで神々について教えていた子たちが待っていたみたいだった。
窓から笑顔の幼女とワイゼンの様子が見える。
「ねえ、ワイゼンさま。遊びましょ!」と幼女が言うと、
「ああ、いいよ」とワイゼンは言った。
それを聞いたとたん、ほかの幼女B、幼女Cが現れて、ワイゼンに次々話しかける。
なんだか険悪になりそうな空気しかしないのに、ワイゼンはあっさりとうまくまとめてみんなであそぶ流れにした。
正直、7歳にしてちょっとコミュニケーション能力が高すぎてうらやましさがある。
エーヴィルにはあまり見られなかったガールフレンドの影がチラつくどころか、見切れまくっている。
このガールフレンドたちをワイゼンはほんの半年で作った。
去年までは侍女のテリアに極めてよく懐いていて、暇があればテリア、暇がなくてもテリアだったが、去年の暮れにテリアは結婚して仕事を辞めた。
いま彼女は大聖堂ではなく、街で暮らしている。
それには少々ワイゼンもショックは受けたみたいだったが、そのわりに1週間くらいで立ち直った。
そしてガールフレンドを作りまくった。
俺にはない立ち直りの早さだった。
「しかし、ワイゼン。おまえどのくらいお友達いるんだ?」と俺は窓から声をかけた。
「未来の未亡人? 15人くらいじゃない?」とワイゼンは言った。
なにか恐ろしい単語にルビを振ったような気がしたが、きっと気のせいだろうと思い聞かせた。
「15人か。前はテリア、テリアって言ってたのに」と俺はからかうように言った。
「テリアはね、そのうち未亡人になるから、それまではたまに会うくらいにしとかないとね!」とワイゼンは元気に答えた。
「……おい、シューゼン」と俺はうしろを振り返る。
「どうした?」とシューゼンは言った。
「どうした、じゃねえ。ロクでもない性癖までは教えるな」
「バカを言え! どこがロクでもないんだ!?」
「どうやら話にならんようだな」と俺はため息をつく。
シューゼンはイルギィスを病弱風イケメンとするなら、知的イケメンを名乗ってもよいくらいの風貌である。
平均してビジュアルだけならばイルギィスよりもモテるのではないか、とも思いはするが、まあ、知的イケメン(※1/4裸)なので、さしてモテたりはしない。
そもそもべつにシューゼンは知的でもなんでもない。
聖職者であるという看板だけが知的に見えるだけで、聖職者の72%はロリコンで残り28%は詐欺師であるという過激な学説がある異世界においてはじつのところさしたるコケオドシにもならない。
「ウソをつくな、ウソを」とシューゼン。「聖職者のうちロリコンなんて2%くらいしかいねえよ」
「2%いたら上等すぎるだろ。あとそんな話はしてない」
「ロリコンは邪教だって、シューゼンが言ってたよ」とワイゼンが口を挟む。
「ワイゼンよ、いまおまえはロリコンであるのが正常だ」と俺は言った。
シーマが聞いたら血の雨が降るような会話だが、最近のシーマは戦闘もないのでオルドラからまず出てこない。
なので、あまり心配はいらない。
「もう、ワイゼンさまったら」といつまでもふたりのアホ父と話していることに幼女たちが文句を言い始めた。
「ごめんね、未来の未亡人」とワイゼンは言った。
もしかしたらもう手遅れなんじゃないかと俺は思った。
未亡人のハーレムとか、ちょっと俺には興味ないです。
「なあ」とシューゼンが視線を庭で遊ぶワイゼンを見たまま言った。「シーマにバレたんだって?」
「昨日、ちょっとな」と俺は言った。
「ヴォーディがえらい目にあったってボヤいてたぞ」
「まあ、しょうがない」
「ほんとにキルシュリーゲンさまはなんにも方法教えてくれないのか」
「会ってもくれないよ。魔法を唱えても出て来る気配がない」
「そういうもんなのか?」
「まあ、ノックみたいなもんだから。キルシュリーゲンの機嫌次第」
「そうか」とシューゼン。
「なんだよ、急に」
「間違っても、シーマ未亡人にするなよ」とシューゼンは言った。「あと、今度からそういうことは先に嫁に相談してやれ」
「えらくマジメだな。なんかあったのか?」
「さあな」と意味ありげにシューゼンは言った。




