9:いわゆるひとつのエマージェンシー
神帝歴44年――オーリ9年
流の月
1日1回、朝祈る。
半の月の行事ラッシュのときに司会や進行や企画で忙しい。
司祭の仕事はだいたいこれだけだ。
結婚式も葬式さえも半の月に集中して行われるため、ほかの320日はヒマで、この20日間は司祭をやりたくないと堂々宣言する輩までいる始末である。
聖職者にだって怠惰な人間はいるし、ロリコンはいるし、性犯罪者はいるし、詐欺師はいるし、のぞき常習犯だってもちろんいる。
教師にだってバカがいるし、ロリコンはいるし、性犯罪者はいるし、詐欺師はいるし、のぞき常習犯だってもちろんいるのと変わらない。
そう、つまりロリコン、性犯罪者、詐欺師、のぞき常習犯はどこにだっているということだ。
東京ドームに聖職者と教育者を集めてこの中にロリコン、性犯罪者、詐欺師、のぞき常習犯がいるならいますぐ私のところに来なさいと言うと、わらわらと寄ってくる。
まったく質の悪い教師と司祭というのはゴキブリみたいね、潰しても潰しても出てきてすばやく逃げまわる。
なんの話か。
殲滅する聖職者・メカリア神聖国皇帝シューゼンについてである。
イルギィスのクズ野郎はキャラ設定を最大限イケそうなところで使うが、シューゼンは真の性癖を最初から全開で行く。
言わないほうがイケそうなときに黙っている糞野郎がイルで、言わないほうがイケそうなのに黙っていられない変態野郎がシューゼンであると言い換えることもできる。
いや、そういう話でもない。
なんだか、思考がとりとめない。
まるで眠っているみたいだ。
ああ、そうか。
俺は寝ているのか。
と思う。
目をゆっくりと開ける。
柔らかそうな長い、金色の髪。
体の境界が溶けいりそうなほど淡い肌。
間近に見る空のような水色の瞳に、上を向いた長いまつげ。
化粧の気配すらないのに、完璧にメイクを決めたみたいな完成品的な美しさがある。
そして、胸部に申し分ない。
申し分ないというか寝覚めに近すぎる。
いや、寝覚めであろうがなかろうが胸元が近いことになんの文句もないし、それが神々の中でも最上位に位置する美しさを誇る御姿であらせられるので、なおさらという部分はあるのだが、なにかもう自分でも意味がわからなくなってきたので、とりあえず、
「おはようございます」と言った。
「うむ。ずいぶん手酷くやられたようだな」と水の神は言った。
「やっぱり俺は、死んだのか」と俺は言ってみた。
言ってみた。
まあ、死んだことはわかったんだけど、言って確かめてみただけだ。
アウロリーテはコクリとうなづく。
「私が初めておまえと会ったときのことを思い出すな」とアウロリーテは言った。「まだあの頃はおまえも幼かった」
「初めて死んだときだから、30年も前のことですよ。そりゃ若いはずだ」と俺は言ってベッドから起き上がる。
「久しぶりに死んだ感想はどうだ?」
「とくには。でも、また力は落ちてるんでしょう。どうせ」
「ああ、落ちている」
転生者は転生者に殺されても、神留地で蘇る。
そのときこの世界で得た魔力や体力が減って復活する。レベル100がレベル80になったり、60になったり、50になったり、だいたいそんな感じだ。
転生者は元々チートなので、レベルが半分くらいになったところでそれほど大きな問題ではないが、当然のように転生者同士の戦いではリカバリーするまで不利になる。
しばらくはシーマのかかあ天下が確定するわけであるというか、まあ、そうでなくとも元々かかあ天下だったし、さしたる問題はない。
「落ちているというか、いまおまえの魔力はゼロに近い」
「……え?」
「おまえのいまの魔力は標準的な異世界の民よりも劣る」とアウロリーテは宣言した。
「あれ? 久しぶりだからよく覚えてないけど、そんなにペナルティきつかった?」
「まさか」とアウロリーテは言った。
「ちょっと、魔法を使ってみてもよろしいか?」と俺は尋ねる。
「構わんぞ」と雑な防御魔法をアウロリーテが展開した。
見るからにさして上等ではない防御魔法。ただの薄っぺらい水の膜だ。
いいだろう、膜を破ることは古今東西男の夢。まかせろ、と俺はいつものように無詠唱で初級攻撃魔法を繰り出す。
しかし、よくよく考えたら久しぶりだな、魔法打つの、とかのん気なことを言っている場合ではなかった。
その水の薄膜に、余の初級攻撃魔法は簡単に弾かれた。
弾かれたというか、砕けた。
あとにはなにも残らない。被害ゼロだ。
「わかったか?」とアウロリーテ。
「……これはちょっと深刻ですね」と俺はそのままを言った。「理由はおわかりに?」
「わからんな。あの方にでも訊いてみるか? 私は月当番だから眠れないが、ホアソンでも呼んで来よう」
「いや、いまは対価が用意できません」と俺は言った。
アウロリーテの前でホアソンと寝るとかどんな罰ゲームか。
それに復活後の俺は全裸だ。
この下半身に巻き付いたシーツが外れれば、ご立派神がご降臨なされ、俺の異世界ライフが終わる。
ここでホアソンだけは絶対に呼ばせてはならない。
「しかし、いまの状態では神留地からおまえを出せないな。あまりに弱すぎる」とアウロリーテは言った。
異世界に来て45年、弱すぎるなどと初めて言われたことが、いまの俺の異常事態を表しているのかもしれない。
「戻らないんですかね」
「私にはわからぬ」
「キルシュリーゲン呼び出すにしても、いったんメカリアかロッソアに戻らないと対価が用意できないので、出られないのは困りますね」
「しばらくここで暮らすか? 私は構わんぞ」
「根本的な解決になりません」と俺は言った。
「初対面のときはあんなに情熱的だったというのに」とアウロリーテは頬杖をついて言った。
とは言え、ほかになにをするでもないし、意図せず訪れてしまった子鹿状態で神留地から出るわけにもいかず、俺は仕方なく神留地で数日過ごすことにした。
正直に言えば、ロッソア市の様子は気になっていたので、すぐにロッソアまで戻りたい気持ちはあった。
ロッソア魔術国の新しい首都となる予定だった、まだ誰も住んでいないあの都市は、きっとシーマに破壊され尽くすのだろう。
初撃から建物が壊れることに、シーマはなんのためらいもなかった。ロッソア市そのものを憎んでいるかのような、潔い攻撃だった。
まあ、シーマだって俺以外にはさすがに手加減するだろう。
なにを怒っているのかはイマイチわからないが、自国民を本気で攻撃したりはしないはずだ。
俺を手っ取り早くロッソア市から遠ざけるには、殺して神留地に復活させるのがいちばん効率的だと判断したから、俺から狙ったのだろう。
とまあ、俺は神帝オーリたるべく民に思いを馳せつつ、魔力が落ちているというかほぼないことに若干の焦りを感じながら、神留地での時間を過ごした。
具体的にはホアソンをからかったり、ベスカと酒を呑んだり、フレアムに相談したり、サクサと遊んだりである。
人間は悩みながらでも楽しく過ごせる、とでも言っておけば多少含蓄ありそうに聞こえるだろう。
俺は結局、10日近く神留地で過ごした。
わずかながら魔力は回復し、5日くらいで異世界民並になり、昨日くらいから異世界民基準ではまあ、強いだろうというところに至った。
どこまで回復するのかわからない以上、そろそろ仲間と合流したかったし、俺は数日内に神留地を出る予定になっていた。
だたし、いまのやや強いくらいの魔力では、ロッソア市(たぶん、元・ロッソア市になっているだろうが)まで高速移動などできるはずもないので、とりあえずは近くのメカリア首都ディジルドに向かうのがよかろうということになった。
まあ、そろそろ月が変わるのでアウロリーテが自分の部屋に戻り、代わりに水行神・ヴィオが広間の主になるというのも理由のひとつではあった。
正直、男の神と仲良くする気はないが、アウロリーテの部屋に俺がついて篭もると、もはや離婚待ったなしになるため、それもできない。
ちょっとした夫婦間の行き違いで俺は殺害されるに至ったが、なにちゃんと理由を確認すればまだやり直せる。
そのような午後だった。
俺とアウロリーテがだらだらとなにをするでもなく神留地入り口の広間で時間を過ごしていると、ファ○マに入店した音みたいな音がなった。
というか、ファ○マだった。
インターフォンというじつに元世界の俗っぽいものが異世界の神の地にあることの異常性にはもうとうに慣れていたが、しかし、それが鳴るのは初めて聞いた。
ファ○マかよ。
「なあ、アウロリーテ」と俺は言った。「この音やめない?」
「おまえが来るときはふつうのインターフォンの音なのだがな」とアウロリーテ。「この音は、人間が来たときの音だ」
「では、水の神アウロリーテはお会いに?」
「さあ。どうしたものか。私も本来ひとと会うのは苦手だからな。それに、男とふたりでいるのをひとに目撃されるのはあまりよくなかろう」
「人聞きが悪い」
「半裸の男女が同じ部屋におるのだ。なにか間違ってもおかしくなかろう」
といたずらっぽく俺に言って、立ち上がるとインターフォンに向かって、
「私は水の神、アウロリーテである。人間がこの神留地になんの用か? 名乗るがよい」とアウロリーテは言った。
――慈愛と潔白の神、アウロリーテよ。我が名はメカリア神聖国初代皇帝シューゼンである。
まさかの皇帝直々のお迎えだった。
未亡人がいなさそうなところによくやって来たものだと俺は思った。
「ふむ。では、シューゼン、なに用か?」
――我が子、ワイゼンともども神帝オーリに謁見願いたく。
「神帝オーリはここの住人であって、ここの住人ではないからな。好きに会えばよい」とアウロリーテは言った。
そして、インターフォンを切った。
「いつもそんなに雑な対応を?」
「私は神の座にあぐらをかくつもりはないのでな。信仰を捧げてくれる司祭の顔くらいは覚えている。あと、おまえの息子の顔もな」とアウロリーテは笑った。
父さま、と久しぶりに会うワイゼンは俺に駆け寄った。
6歳になった我が息子は、じつに活発だった。
そうか、この父が恋しいか。
走り寄るワイゼンを俺は抱き上げるべく両手を広げる。
「アウロリーテさま、お目にかかれて光栄です!」とワイゼンはアウロリーテに駆け寄った。
まっすぐ育った女好き。
相変わらずの次男だった。




