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8:教育とは統制であり、統制とは制服である

神帝歴41年――オーリ6年

さかりの月


 教育の目的はなにか。

 こんなものは一意の結論など出るわけもなく、100人いたら256通りくらいは意見がある。


 ただ、施政者からするとそのメインの目的は、民を使()()()()()することにあると言っていい。

 言語は統一されていたほうがいいし、文化的バックグラウンドは揃っていたほうがいいし、国を運営する上で必要と思われる能力はつけたほうがいい。

 元世界に当てはめて考えてみればわかる。


 八百屋では言語Aが使われ右手の使用が禁止。

 魚屋では言語Bが使われチップを要求され、米屋では言語Cが使われた上に店主からしか話しかけてはいけない。

 会社に行ったら、社長は言語Dを使って祈りを捧げないとしゃべってくれず、課長は言語Eを使ってふたりのとき以外は指示をくれなくて、係長は言語Fを使いながら紙の資料をすべて拒否し、同期は言語Gを使い笑顔で話しかけてくれるが計算はできない。

 新しく入ってくる部下はゆとり教育どころか、言語Hを使って月に2度ほど理由を言わずに必ず休む。


 バラバラの言語を使おうと、計算ができなかろうと、紙の資料を拒否しようと、会話に祈りを要求しようと、月に何日休もうと、それぞれの行為自体(・・)は決して悪ではない。

 が、日常生活だろうが仕事だろうが、個々では悪でないのに確実に生産性が落ちる。

 生産性が落ちると国力が当然のように落ちる。ナマケモノの国が繁栄することはない。

 これは残念ながら、国にとっては悪である。


 10年単位の長い時間をかけて、徹底的に刷り込むことが国にとって価値があるから行うのである。

 だから教育内容は恒久的なものではありえない。

 厳密なことを言えば英語や理科や数学は教育には必要ない。実用的にすぎるからだ。それは学習するものであって、教育される必要はない。

 プレーンな生活のために教育するべきものは、本来的には生きていく上では不必要(・・・)なものでなくてはならない。

 実用的なものを教育するのは、プレーンな生活以上の生産性を民に求めるからにほかならない。


 施政者となった俺たちにはそれをする必要がある。

 この世界においては、言語の心配だけは必要ない。

 俺の前に世界を支配したやつが、全世界で言語を統一したために、いまでは少数の戦闘を好む部族が暗号的に独自の言語を使っているにすぎない。

 そこはクリアだ。

 そして、文化や歴史といったタームは、トゥーリが歴史書の編纂によって共有化しようとしている。


 残るは、この世界における生産性を上げるための本来は不要な知識部分である。

 それはすなわち、魔法である。

 生きていく上ではじつは必要ない(が事実上、現在においてはなくてはならない。数学や物理と同じだ)魔法を、教育する。

 

 そうだ。

 長々と語ってしまったが、結論はただひとつ。

 我々が世界を統一したのだから、魔術大学という教育機関を徹底的に体系化する必要がある。


 たまには俺の威信をあまねく届かせるためにこむつかしい話もしておかなくてはならない。

 まったく施政者であり神であるとは大変だ。


()()()()()()()オーリ」とトゥーリは言った。


 まさかこの俺の理想論に意義を唱えるとは、さすがは世界の叡智である。


「なにか問題があったか?」

「いいえ。教育についてはそのとおりです。魔術大学を体系化することにも異論はありません」

「じゃあ、オルドラがまずい?」

「いえ、そもそもオルドラも候補地に挙げていましたから。メカリア、ロッソア、ヤポニアの中間点ならば最高学府の場所はどこだっていいのです」

「じゃあ、なにが問題なんだ?」と俺は言った。


 ほかには議論の余地のない議題しか今日は俎上に載っていないはずだ。


「……この服を全員に着せると言うことですか?」とトゥーリは俺が元世界の記憶を頼りに描き上げた紙をひらつかせた。

「バカを言うな。男は着なくていい」と俺は言った。

「ふくらはぎならばまだしも、ヘタをするとふとももまで……いや、もしかするとパンツまでも見えてしまうような気がしますが……」


 異世界において女性はほぼロングスカートしか履かない。

 身も蓋もないことを言えば、北欧あたりの民族衣装の色やアレンジが部族ごとによってちがう程度のレベルだ。

 エルフは黒を着ないとか、エジンは赤しか着ないとか、俺が転生したシュイン族はスカートの丈が気持ち短くてふくらはぎが1/3くらい見えていることもあるとか、その程度の差しかない。

 ミニスカートもなければアオザイやチャイナみたいに丈は長くとも心躍る服もない。


 ふくらはぎが完全に見えていればはしたない(・・・・・)、ふとももでもはやふしだら(・・・・)、パンツが見えたらR18指定(ノク=ターン)されて大問題。


「……える」

「は?」

「パンツは見える」

「あの……そんなハレンチなことを女生徒に強要する理由がどこにありますか?」

「だからいいんじゃないか」

「いいわけないでしょう。誰も魔術大学に入らなくなりますよ」

「教育がしっかりしていれば、問題ない。大学はなにをしに来るところか? 魔法を学ぶところだ。したがって、服装がなんであろうとも関係ないはずだ。ちゃんとした教育さえしていれば、生徒はついてきてくれる!」

「……オーリ、あなたのその詭弁にはいっそ清々しさまで感じます」とトゥーリはあきれて言った。


 俺の壮大な教育理念のどこにあきれる要素があったのかは謎だ。

 世界の叡智はたまに高尚すぎてよくわからないことを言う。


 だいたい制服(これ)に関して、俺の欲望などはどうでもいい。

 研究と実践と暗記(と仕事と戦闘)に明け暮れた俺の灰色学園生活をエーヴィルやワイゼンにさせるわけにはいかないのだ。

 俺の息子が大学に入ったときに、制服のひとつもなくてなにがハーレムか! なにが青春か!

 エーヴィルはともかく、3歳ですでにハーレムの才能を見せ始めているワイゼンはきっと10年後に歓喜してこの父に感謝するだろう。


 いや、ウチの子だけではない。すべての魔法を学ぶ優秀な男児はこれに強くひかれるはずだ。

 まったく、トゥーリはそのあたりをなにもわかっていない。

 この純粋な気持ちとそれによる学習効率の飛躍的増加はたとえシーマがいても俺は堂々と唱えてみせ――


「オーリ! どこにいるの?」と廊下からシーマが呼ぶ声がしたので、俺は慌てて極秘書類(制服デザイン案)を隠す。


 べつに生徒の着る服を統一して魔術大学のブランド化を図ろうという計画なのだから、シーマに見つかっても俺にはなにひとつ、なにひとつとして後ろ暗いこともないのであるが、しかしながらまだ制定前の極秘書類をいかに妻であるとは言え、シーマに見せるわけにはいかない。

 こういうちいさな気の緩みが組織を弱体化させる一歩となるのだということを俺は100%完璧に理解している。

 堂々と気持ちを語ってもいいが、機密は機密。


「こ、ここだよ!」と俺は返事をする。


 すぐにシーマが入ってきて、


「なにしてんのよ。あ、トゥーリもいたの?」

「ええ」とトゥーリがまるでなにも話していませんでした、みたいな顔をして答える。

「ロッソアのほうはいいの?」

「そうですね。もう今月は戻らない予定です。5日後からはヤポニアに行きます。いまのところロッソアはイルギィスがいれば問題ありませんから」

「ルーポラのひとたちは交渉できそうなの?」

「無理でしょうね、あれは」

「無理って言うけど、困らないの?」

「困ってますよ。エジンは正直予想できていましたし、ヤームポートやグレムみたいなことは起こると思っていましたから、それは問題ないんですが、まさかルーポラにそんな知恵があるとは思いもしませんでしたから」

「あんたって、だいたいバカにしてるわよね」

「してませんよ。適切な評価をした結果、私より下だろうと判断しているだけです。必要なら敬意だって払いますよ」

「……そう」とシーマは苦笑いした。「で、それよりオーリ」

「なに?」

「なにじゃないわよ、なにしてんのよ。今日はワイゼンと遊んでやるって言ったじゃない」

「仕事が終わったらとも言ったんだが」

「いまディジルド(ここ)であなたがやる仕事なんてないでしょう」


 たしかにシーマの言うとおり、俺がいまメカリアでするべき仕事というのはクムズポートの水着、もとい、クムズポートのリゾート、もとい、クムズポートの神留地に通い詰めることのほかにはあまりない。

 ジビルガフが無力であるという確証も、キルシュリーゲンの情報があってこそ持てるものだ。

 大事なところはなるべくキルシュリーゲンに尋ねたい。なんだかカンニングみたいだが、世界平和のためには手段は選べない。


「では、この件はイルギィスとも相談して決めますから、ワイゼンと遊んであげてください」とトゥーリは言った。

「ああ、ありがとう。それは絶対に必要なことだから、くれぐれもよろしく頼む」と俺は念を押した。


 あーあ、というような顔をトゥーリはした。

 え? 俺なんかミスった? なに? なに? なにをやらかしたんだ?


なにが(・・・)必要なのかしら?」とシーマは言った。

「いや、まあ、機密事項だけど、大学に関することだ」

「そお。大学のなにに関することかしら?」

「え? 教育をいかに効率よくするか、というところとあとはブランド化を――」


「制服ね」


 なにっ!?


「へ?」

「制服作ろうとしてるんでしょう」

「い、いや? え?」


 トゥーリはもはや知らん顔をしてドアとの距離をじりじりと詰め始めている。

 やばくなる前にトンズラする。

 凍りつくような冷静さ。なるほどいい判断だ。


「あなたね、自分を理解してないのよ。あなたが念を押すほど重要なことなんてこの世界にはほとんどない。とくに戦闘絡みだと世界中で懸念すべきことなんてひとつかふたつね。で、私が知る限り、魔術大学絡みにはそれは存在しない。となるとほかの交渉だとか、裏工作だとか、暗躍だとか、そういう話になるんだけど、それをパーティ内で共有しない()はないのよ。仲間の行動範囲を知らずに隠密行動はいろいろ制限が出てきちゃうから。つまり、あなたが確認して、慎重に、確実に実行しようと思っていることのほぼ(・・)100%は女の子絡みなわけね。いまのほぼ(・・)って温情でつけてあげただけだから、100%なんだけど」

「……はい」

「そしてなによりね、完成図だけ(・・)隠しても無意味なのよ。自分の机の上に下書きが散乱してるのを忘れるほど、うまく描けたのね」とシーマはにっこり笑った。「参考までに見せてごらんなさいな」

「……トゥーリ、見せてさしあげて」と俺は言った。


 トゥーリは恐る恐るそれを渡す。


「あなたはどう思うの?」とシーマはトゥーリに言った。

「反対だと伝えましたよ。魔術大学の価値が下がる、と」とトゥーリはもちろん俺をかばってはくれない。


 まあ、ここでかばったところで被害が増えるだけだが。


「ねえ、オーリ。こんなに露出の多い服を着させようとする神さまっているのかしら?」とシーマは言った。


 神は露出多いやつばっかりなのは、きみだって知ってるだろう、と言うか言わまいか悩んでやめた。

 

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