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7:シーツのあいだ

神帝歴40年――オーリ5年

ゆくの月


 キルシュリーゲンは、ふむ、と手のひらを握って閉じる。

 そして、迷わず胸を揉む。

 不満そうにうなづく。

 意識はキルシュリーゲンだが、カラダはむろん風の神(ホアソン)である。

 つまるところ揉むほどもない。


「あいかわらず小さいの。おんし、ほんとにロリコンよの」

「夫婦の落としどころというやつです」

「はは、あいかわらず難儀なことをしておる。すでにおんしは世界の覇者ぞ? なにを迷うか。妾のひとりやふたりでどうこうなるものでもあるまいに」とキルシュリーゲンは言った。

「俺の命がどうこうなります」

「まあよいかの。してして。わっちを呼んだのはなにゆえか?」

「すでにご存知かとは思うのですが」

「知らん。なにも知らんよ。言うておるであろ。わっちがおんしらの動向いちいちを把握するわけもない。知ろうが知るまいがどっちでもよいのよ。わっちは超絶と超越の神ぞ? 知ったところで無意味であろ。せいぜいおんしらの顔しか見分けもつかんしの」

「と言いつつ、だいたいご存知ではないですか」

「それもまたわっちは超絶と超越の神ぞ。知ることも造作ない」

「さすがはキルシュリーゲン」

「ああ、もうよい。早うせい。いつもいつもおんしはまどろっこしい。わっちも久々のお目見えゆえな。欲求不満ゆえな。まあ、またこのカラダで同衾せねばならんのは少々不満だがの。レグラではいかんのか? わっちもあれくらいゆえな」


 と本人は言っているが、2度ほど見た感じ、キルシュリーゲンの本体はまな板どころの騒ぎではない。

 あれに貧乳と罵られるホアソンが不憫になるレベルだったが、まあ、相手は超絶と超越の神。指摘など無粋で不敬だから黙っておくが。


「では、失礼して」と俺はホアソンの頭を撫でる。

「ふむ。よかろうの。それでおんしはなにを聞きたいんかの。早う言え」とベッドにもぐりこむ。


 おかしいと思うだろう。

 俺もそう思う。

 だが、超絶と超越の神、すべてを司るキルシュリーゲンの望みとあらばやむを得ない。

 俺は仕方なく、とてもとても仕方なく、後ろ髪どころか頭髪全体をひかれる気がかりさと、とてつもない背徳感を抱えながらベッドにもぐりこむ。

 決して擬似ハーレムにときめいたりはしていない。


「ではまず訊こうかの」とキルシュリーゲンは言った。「対価はなんぞ?」

「上質なロッソアのギリ茸をいくらかお持ちしました」


 ギリ茸は正式名称を、ちょっと忘れたが、まあ、なんとかと言うキノコで、ロッソアでしか採れない。

 魔力によって著しくは成長しないという育成がめんどくさいキノコで、味はないに等しいが、甘い匂いがするため女性に人気のキノコである。

 かるく炙って塩かハチミツあたりで食べるのが基本だが、べつに俺は料理には詳しくないのでよくわからないというか、そもそも食べたいと思わない。

 極々稀にシーマが買って食べていることもあるが、俺はまず食べない。

 だいたい1株で国家予算の4000万分の1くらいする。

 かなり高額で食卓に常時並ぶようなものでもないが、絶対神に献上するものとしては驚くほどの高級品でもない。


「話がわかるの、ECHIGOYA」

「なによりです」

「まあ、ホアソン(これ)のカラダには合わんらしいがの。ははは。また気持ち悪くなるようなら、今度は子でもできたかと言うてやれ」

「またまた俺の命が危機ですな」

「おんしはほんとに鳥頭よの。ホアソンも転生者ぞ。おんしらが殺しおうても死にはせん」


 いや、そこは問題ではなく、痛いのが嫌だと言っているのだが、都合のいいことはわからなくなる絶対神になにを言おうと無駄である。


「左様でしたね」

「それで、おんしはなにを聞きたい? キノコ(対価)のぶんは答えようぞ」とキルシュリーゲンは俺ごとすっぽりとシーツを被った。


 なにこの淫靡な雰囲気。

 俺はついぞ経験することはなかったが、リア充の修学旅行にはこんなイベントがあると聞く。

 俺はありもしなかった青春時代に思いを馳せてみる。もちろん、虚しくなるためである。

 ここで俺が盛り上がり続けると、盛り上がったあとで大変なことになるのだ。

 虚しいくらいでちょうどいい。


「ジビルガフの封印、解けてませんか?」

「あろうはずもないの。わっちが対価をもろうてなにもせんなどということはない。そして、またもろうた対価は絶対に返さぬ」

「でもアレは自由に動いているように見えます」

「それにわっちはなんと答えてやればええかえ? おんしになにを教えてやれると言うんかの」

「頭を撫でるくらいですかね、俺にできることなんて」

「はは。あいかわらずおんしは無能かの。解せんな。なんでこんなに無能な男を神と認めたのやら。ため息くらいかの」

「キノコでは足りませんか」

「もうよいわ。いま生えておるのなら、興が乗るが。まあ、興が乗ったところで、しょせんカラダはホアソンゆえ詮なきことではあるが」


 下品すぎた。

 ただし、ホアソンの口から下品な冗談が出てくるのはそれはそれでいいものだった。


「ではどうでしょう。ロッソアとメカリアの細工を施した石をお贈りしましょう。最近作れるようになったものですから、お気に召すかと」

「ほう。追加とは珍しいの。いつもは撫でる触る慰めるで乗り切ろうとするのにの。よほど切羽詰まっておるの。だが、装飾のたぐいはいらんわ。これはホアソンのカラダゆえな。わっちにとってさしたる意味もない。もしどうしてもと言うならわっちの実体を見せてやってもよいが、おんしらはそれを嫌うであろ」


 むろん嫌う。

 キルシュリーゲンの実体は神々が全員眠ったときにのみ現れる。

 全員眠ればそれは呪文の詠唱不要、問答無用でキルシュリーゲンは実体化し始め、やがて「世界の扉」と名を変える。

 が、それは同時に世界の終わりの始まりだ。

 実体化するはずのない最後の神の実体化は、世界すべての否定になる。あるべきでないものがあるのであれば、あるべきものも()()()()()という乱暴な理論らしいが、とにかく「世界の扉」というキルシュリーゲンの実体化バージョンが世界に現れたとき、この異世界は滅びる。


 だから、神々のもっとも大事な仕事は、全員が同時に眠らないというところにある。

 まあ、もっとも大事な仕事と言ってみたが、それほどハードルは高くない。

 神によって眠くなりやすかったり、なりにくかったりはするが、おしなべて1ヶ月40日のうちに2日も眠れば充分で、しかも頑張れば2、3ヶ月は連続で起きていられるのだ。

 ふつうに暮らしていても全員が眠る事態などはまずありえないのだが、万一に備えて担当月の神々は眠らない取り決めまでしている。


 そして、眠ったところでキルシュリーゲンが「世界の扉」となるにはかなり時間があるため、誰かひとりでもそのあいだに起きれば世界は終わらない。

 それなりに世界は滅びにくくなっている。


「ふむ。まあ、よいか。なにゆえ気になる?」

「ロッソアでジビルガフが力を発揮しています」

「言うたであろ。アレはおんしなどよりはよっぽど上なのよ。動かなくとも、ロクな魔法が使えなくとも、それなりのことはできよう」とキルシュリーゲンは言った。

「つまり、アレの状況は変わっていない、と」

「変わっておらぬな。負けが確定しておるようなものよ。本人も言うように愉しむだけ愉しんで負けてゆくことよの」

「そうですか」

「ふむ。しかし、実害も出ておらぬであろうに。そこまでアレ(ジビルガフ)は怖いかえ、神帝オーリ」

「怖いですね」と俺はきっぱり言い切った。

「ははは、わっちは嫌いではないでの。その臆病さ。それがジビルガフとの勝敗を分けたかの。アレにもうすこし臆病さがあればの。おんしごときに遅れはとらんかったろうて」

「アレはまだ負けたと思ってませんよ」

「ははっははっはは。バカを言うでない。もう勝敗は決しておる。このわっち、キルシュリーゲンが保証する。すでにこの世界の勝者はおんしかの。神帝オーリ。ひとでありながら、神の名を持つ男よ」

「判官びいきだと公言されてる方にそれを言われても納得できませんよ」

「まこと、慎重かの。まあ、おんしはずっとその調子ゆえな。いまさらどうも思わんが」とキルシュリーゲンは笑った。


 ホアソンの顔がこれほど見事な笑顔を見せるのは稀なことなので、ちょっとドキドキするということはまったくない。

 まったくないなら言わなければいいと思うかもしれないが、ないことをないと言い切ることも大切だ。

 俺はホアソンの笑顔にドキドキしない。

 そして中身はいま、キルシュリーゲンである。

 よし、OK。


「まあ、よいよい。ほかにはないかえ?」とキルシュリーゲンは言った。

「サービスですか?」

「はは。わっちも趣味でやっておるゆえな。おんしの呪文など無視してやってもよいのだから、これ自体がサービスよな」

「感謝しますが、目下の懸念はジビルガフでしたので、わざわざキルシュリーゲンにお尋ねするようなことはないですね」と俺は強がった。


 聞きたいことは腐るほどあるが、トゥーリの監修なしの俺の質問は逆効果すらありうる。


「うむ。まあ、欲のないことよの。まあ、しかし次男の誕生祝いをくれてやっておらんかったからの。あれはシューゼン(義理の父)同様にわっちを信仰するのであろ。少々、わっちも手心を加えてやりたくなるというものよ。そうだの。おんしはもっと長男のほうを気にしたほうがいいと思うがの」とキルシュリーゲンはサービス的アドバイスを述べた。

「エーヴィルですか? あれはいい子だと思いますが」

「それゆえな。まあ、よい。わっちが言うたところでなにも変わるまいかの」

「おことば、覚えておきます」

「そうせいそうせい。それでは、わっちの気でも晴らしてもらおうかの」とキルシュリーゲンは半身を起こし、事前に机に置いてあったキノコを魔法で引き寄せ、ひとのみにする。


 そんな食い方をするからきっとホアソンがあとで気分が悪くなるのだろうが、そのころすでにキルシュリーゲンの意識はホアソンの中にはないので、気ままな絶対神には関係ないことなのだろう。


「ふむ。あいも変わらずよい香りかの」とキルシュリーゲンは満足そうに言って、「では、せよ」


 俺は嫌々ながら、本当に嫌々ながら腕を広げる。

 ぽす、とキルシュリーゲンはそこに寝転がる。


「はは。やはり男子(おのこ)の腕枕というのは心地よいの。おんしもしばらく眠っておらぬのか?」

「俺は睡眠は人並みに必要です」

「そうであったかの。イビツよの。姿は留めてあるくせにの」

「若いほうがキルシュリーゲンもよいでしょう?」

「はは。三十路男は若いうちに入らぬよ」とキルシュリーゲンは言った。「まあ、わっちには眠るというのは非常な贅沢ゆえな。堪能するとしよう」


 キルシュリーゲンは実体がないため、もちろん眠る必要がない。

 彼女にとっての至上の贅沢は眠ることである。

 キノコなどはそのついでにすぎない。

 眠っているホアソンの意識をキルシュリーゲンが乗っ取り、そのキルシュリーゲンが眠るというもはやよくわからないことになる。

 ちなみに、目が覚めたときにキルシュリーゲンだったことはない。

 ホアソンは俺の腕枕で目覚めるわけである。


「食と睡眠の欲を満たす以上、ついでにさいごのひとつも満たしておきたいがの」とキルシュリーゲンはとんでもない至近距離で指を咥えて上目遣いで俺を見る。


 どこで覚えた絶対神。


「幸福至極ですが、そのあとの責め苦が想像を絶するので、ご容赦ください」と俺は世界のすべてを投げ出す覚悟を無理に押し込めて言う。

「はは。まあ、よかろ。汗をかくほどのことでもあるまいに。では、またの」とキルシュリーゲンはウインクして寝息を立て始める。


 そして、いつものごとく長い長い自制心との戦いが始まる。


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