6:神は最強ひとりいれば充分なり
神帝歴40年――オーリ5年
行の月
シーマの抜き打ちテストによって怠惰な日々が消え失せた。
俺やシューゼンとてバカではない。
ちゃんとシーマやトゥーリが来る日の前には大聖堂を片付けたりしていたのだ。
いや、片付けたところで汚かったが、それでも程度の問題はある。
母親が来る前に誤魔化す小学生みたいであり、世界を統べる者としての自覚が足りないのではないかと言われればそのとおりだが、ひとには得手不得手があるのもまたしかりである。
「なんで人材ひとり決められないの?」とシーマは怒ったように、というか怒って言った。
「いや、何人かは見繕ったんだけど、あまりにキャラ立ってないんじゃないかと思って」とシューゼンは言った。
「そんなことは考えなくて結構」とぴしゃり。
「ですよね」
「それなりに、頑張ってみたりしたんだけど」と俺も言った。
「どういう頑張りなんだか。だいたい魔法のことになると楽しそうに解析するのに、政治の話は全部スルーするのね」
「得手不得手ってあるだろ」と俺は言ってみた。
「好き嫌いね。得手不得手なら文句はないわ」
ぐうの音も出なかった。
「まあ、もういいでしょう。これまであなたたちふたりにある程度は任せて来ましたが、もう限界です」とシーマは言った。
「すいません」と俺たちは素直に謝る。
超えちゃいけないラインは超えないようにしたい、神帝オーリです。
「あなたたちは私よりトゥーリに謝ったほうがいいわ。このひとたちがマジメに働くわけないじゃないって私が言ったのを、それでも信じてみなければいけません、とか言って頑張って耐えてたんだから」
「……はい」と俺とシューゼンは声を揃えて言った。
「返事だけはいいのよね。あなたたちふたりは」とシーマはため息をついた。「それで、残ってる仕事は?」
「……全部です」と俺は答える。
「でしょうね。じゃあ、まずシューゼンは人材採用をきっちりしましょうか。あなたに合いそうなひとを選んで」
「わかった。任せてくれ。ラストチャンスだと思ってやるよ」
「ちがうわ。もうラストチャンスは終わってるの。あなたに合いそうなひとを選んだのを、除外して私が選ぶから」
「えっ?」
「なに? なにか文句でもあるの?」
「いや、ないです……」
「そして、オーリ」とシーマは俺を見た。
慈愛0%、怒り2%、呆れ98%。
まるで日曜の使えない夫を見るような目で彼女は俺を見た。
「はい」
「あなたはメカリアでなにをしてるわけ?」
「人材探し?」
「そもそもそこから間違ってるのよ。それはシューゼンでいいでしょう。むしろ、シューゼンのサポート役を探すのだから、シューゼンひとりでやったほうが効率がいいわ」
「えっ!? いま俺が選んだやつ以外から選ぶって……」とシューゼンが口を挟んだが、睨まれたのですぐに口をつぐんだ。
「あらためて訊きましょう。オーリ、あなたのお仕事は?」
「……キルシュリーゲン?」
「そうなるわね」
「でも、キルシュリーゲンなかなか会ってくれないんだよ」
「風の神にこだわるからでしょうが」
「木行神や水の神だと怒るだろ?」
「怒るわよ! でも、ホアソンでも怒るわ! 比較的マシなだけよ」
「でも、火の神や火行神は嫌だ」
「嫌だ、じゃないわよ、そのふたりなら話が早いじゃない。仕事よ、仕事」
「絵面が汚い」
「キルシュリーゲンも男なら手加減してくれるわよきっと」
「するわけないだろ、あれが」
「するわけないけど、仕事よ」
「アウロリーテでもダメ?」
「アウロリーテはダメ。一線越えて、一命消したいならどうぞ」
「カカかフレアム?」
「平和に生きていきたいなら」
「なら、やっぱりホアソン」
「どうしても譲れないわけね?」
「矜持の問題です」
「矜持じゃないわよ。浮気性なだけじゃない」
「マッチョやデブと同衾する俺の身にもなれ」
「おっぱいの大きい褐色娘や、薄着の金髪美人や、貧乳のエルフと同衾される妻の身にもなりなさいよ!」
「なにもしてない!」
「当たり前でしょ! そもそもなにもしないならマッチョやデブでもいいじゃない」
「だが男だ」
「話にならないわ」
「同感だ」
「もういい。いつまでたっても仕事は終わらないから、決定事項だけ伝えます。フレアムかカカなら無傷、ホアソンなら半殺し、ほかの女神なら軍法会議。アウロリーテはさらにそののちに離婚」
「横暴だ!」
「シャータアアアアアアアアアアップ!」
「……はい」
「……いちおう訊いておくわ。誰?」
「迷わずホアソンです」
「ホアソンがオーケーしたらね」
「口説き落とします」
「あなたの意識が落ちるけど?」
「ちょっとだってなにもしな――」
「もう結構。つまりきみはそんなやつなんだな」
「やめてよエーミール!」
「話す気はもうありません」とぴしゃりとシーマは言った。
シューゼンの野郎はダンマリを決め込んでわざとらしく書類を眺めている。
俺は仕方なく半殺しを覚悟で神留地へ向かうことにした。
「待ちなさい」とシーマが言った。
「ま、まだ俺なにかした?」
「……すこしワイゼンと遊んで行ってもいいわ」
「え、いいの?」
「神留地に行くと2日は飲んだくれてくるでしょう」
それを聞いたか、ワイゼンがとことこと寄って来て、
「おり! あそぶ!」といい顔で言った。
「すみません、ワイゼンさまが部屋から出たがったもので」とテリアが言った。
「いいわ。ちょうど終わったところだから」
「ワイゼン。今日は父さまが遊んでくれるって」
ワイゼンはテリアに両手を広げて近づいて、
「うん。でも、てりあもいっしょにあそぶ!」
テリアがワイゼンを抱き上げたところで、すかさず、
ぱふ。
あう、ワイゼンさま、とテリアが困ったようにワイゼンを見るが、ワイゼンはいつものようににこにこしている。
テリアに抱っこされているかぎり、なかなか泣くことがない。
微妙な空気が流れる。
「……いちおう聞いておくけど、あんたたちふたりが仕込んだわけじゃないわよね?」とシーマはすこし考えて言った。
俺とシューゼンは全力で首を振る。
「テリア」
「はい!」とテリアが直立不動になる。
「正直に言って欲しいのだけど、それはいつから?」
「1年くらい前です」
「そう」
ぱふ。
微妙な空気が流れる。
おい、ワイゼン、空気読め。
「てりあ、すき」
読んだ……のか?
むしろそれ事態悪化しないか?
「嫌じゃない?」と判断しかねるという様子でシーマは尋ねた。
「ワイゼンさまは2歳ですからね。かわいいものです。シューゼンさまやオーリさまなら怒りますけど」
いや、それは明確に余計なひとことだぞテリア。
「そのときはすぐに言ってちょうだい。お互いの顔で満足できるように膨らませておくから」
連帯責任!?
「しかし、エーヴィルもソタルから離れないし、どうして侍女によく懐くのかしら」
「いや、まあ、優しいからじゃないか? 懐かないよりはいいじゃない」と俺は言った。
「待って、誰と比較して優しいの?」とシーマがにこやかに言った。
「比較とかじゃなくてね、絶対値的な話ね。絶対値的にソタルもテリアも優しいんじゃないかな!」
「まあ、いいわ。ほかの侍女にも同じふうにするのかしら?」
「聞いたことがない」と俺は答えた。
「まあ、それならいいわ。いや、よくはないけど。本当に嫌だったらすぐに言うのよ、テリア」
「はい。私はだいじょうぶです」とにこやかにテリアは答えた。
ワイゼンもやはり満足そうに笑っている。
こいつは絶対大物になる。
エーヴィルとは違った意味でサラブレッドだ。
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とりあえずワイゼンが眠るまで遊んでから、俺はひとりクムズポートまで魔法で高速移動した。
今月の神留地の受付は火行神だった。
「はっはっはっは! よう来た、よう来た」とカカは言った。
断言していいが、小さいオッサンである。
火行神はだいたいひとりくらいはいる親戚の気のいいおっちゃんだ。
悪いやつではないのだが、言うことは結構デカく、撤回も結構早いタイプだ。
「我はの、暇じゃから。受付んときゃ部屋で酒を飲んでるわけにもいかんでな」と杯をぐいと出す。
自分の部屋ではなく神留地の入り口で飲んでいるだけなので、それは場所が変わっただけだ。
「カカ、悪いんだが、今日はあなたに会いに来たわけじゃない」
「まあの。こないだはお会いにならんかったんじゃろ?」
「そもそも風の神が会ってくれなかったから」
「うまくやらんとなァ。1回くらいフラれるのはホアソン相手なら仕方なかろうよ。言うてもあれもおまえのことは気に入ってる」
「寵愛者はシーマだけどね」
「あれはおまえが言うたようなもんじゃろ。嫁が心配じゃからって。あんときゃ、それなりにあれも怒ったでなー」
「そんなつもりはなかったけど」
「まあ、ええ。そういうことにしとくわ。昔のことじゃし、そのうちおまえもこっちに来るじゃろうしな。シーマが死んだらもうここに住まん理由もなかろ」
「エルフは寿命が長いぞ」
「言うて2、300年よ。もうおまえらが生まれてから50年くらいたっとるで。すぐじゃすぐ。そしたらホアソンとでもここで暮らせばええわ。ああいや、土の神と水の神もうるさいかのー。なんじゃモテモテじゃなァ!」
いや、そいつらはたしかにいいやつで、俺に協力もしてくれるが、最後の一線は死んでも超えないみたいなオーラがある。
もう200年300年は軽く生きてるのに、いまさら処女ぶるつもりか、この野郎、みたいな身持ちの固さを見せる。
「我はのー、おまえと同衾はしとうないしのー。役に立てんですまんな」
「俺もごめんだよ」
「はっはっはっは! そっちもイケると評判じゃろうに。まあ、ええわ。またホアソンか? ほかだとシーマに怒られるじゃろ」
「いや、ホアソンでも怒るんだけど、ちょっとマシだって言うからいつもホアソンなだけ」
「んまあー、あの方は年中欲求不満みたいな方だしのー。万にイチも間違わんとはわかってても、嫁が会わせたくないのはわかるじゃろ」とカカは赤ら顔で言った。
俺はまあ、軽く1、2杯だけ親戚のオッサンに付き合って、ホアソンの部屋を訪ねた。
ら、ぞんざいに扱われた。
「で?」と風の神は言った。
「で? とは清廉と寛容の神ホアソン」と俺は言った。
「よく本人すら忘れてるような二つ名を持ってきました」
「褒めるときは仰々しい二つ名のほうがいいと学んでいますので」
「黙れ下郎」
「さっそくですな」と俺は言った。
「我もこのようなことは言いたくないのですが、おまえは少々軽々しく神留地に寄り過ぎではないでしょうか」
「月イチくらいなので、そんなに多いわけじゃない。自意識過剰だぞ、ホアソン」
「神に月イチで会ってたら、元の世界ではさぞ立派な教祖になれることでしょうね」
「こっちの世界ではもはや神なので」
「我も神です」
「ああ、奇遇ですね」
「まったく」とホアソンはにこやかに微笑んで、「我は寝ますので、お引取りを」
「それは好都合です。さあ、どうぞ」
「いえ。帰れと言っています。眠いのです」
「ですから、寝るのはご自由に」
「そしたらまたベッドにもぐりこむのでしょう。そして、朝チュンごっこをされるのでしょう。じつに下劣な男です」
「神相手ならきっと浮気じゃない」
「シーマにとってはそれは浮気だと確定したはずです」
ウチの家庭事情に詳しい神だった。
「いいじゃないか、もぐりこむくらい」
「いいはずがありません。我はいまは神とは言え、元はエルフです。そのようなことをされると……不快です」
心底いやそうにホアソンは言った。
「そこは困ります、とか頬を赤らめながら、かつまんざらでもなさそうに言うところだろうが」
「さすが神帝。脳まで腐ることがあるとは思いませんでしたね」とホアソン。「だいたいアウロリーテならベッドにもぐりこんでもそうは怒らないでしょう」
「アウロリーテは最後までいたせるかもしれないのでダメだ」
「待て。それは我とは最後までいたせぬということですか?」
「いたしていいならいたしますが」
「いいわけないでしょう。死んでください」
「ホアソン相手なら自制心がギリギリ勝つ。アウロリーテやレグラだと自制心がふたつの柔らかな山脈を越えて行きたくなる」
「そこに座りなさい。いますぐ神の名のもとに裁きを与えます」
「残念ながら清廉と寛容の神。俺も神ゆえ、神の裁きは受けません」
ふわ、とあくびをひとつ。
さすが元エルフの神。
あくび姿まで麗しい。
「どうしても帰る気はないということですね?」
「それ目的で来ています」
「我はあなたと眠るのはもう嫌です」
「そこをなんとか」
「カラダを自由にしても、心までは自由にはできませんよ」
「人聞き悪い。ノータッチですよ」
「ウソをおっしゃい。あなたと眠るといつも服が乱れています」
「俺からは指一本触れてません」
「私から触れるのも嫌です」
「あなたから触れておいて嫌とはこれいかに」
「下郎! 下郎! 下郎! 下郎! 下郎! 下郎! 下郎! どぐされ野郎ですね、あなたは。あのとき私が私であって私でないのはおわかりでしょう」
「むろん」
「むろん、じゃないから!」とホアソンは涙目で叫ぶ。
「とは言え、わざわざ俺が来るまで眠らないでいてくれたんでしょう」
「……最低です。もういやだ。やっぱりいやです。帰って。帰ってってば!」とホアソンは口調も忘れて言い始めた。
あとすこし。
この作業がいちいち長いのがホアソンのダメなところだ。
「わはははは! では失礼して」
「ああもう! やめて、わたしのベッドでごろごろしないで!」
「ふはははは! あー、ええ匂いじゃー」
「もう許さない! ブッコロス! コロスんだから!」
「どうやって? どうやってコロスのかなーホアソン?」
「ぐっ……もういいから帰ってよお。眠いんだよ、わたしは。せめてもうすこし気分よく寝させてよー」
そのあともセクハラまがいというか、もう完全にセクハラをして、ホアソンを完全に泣かせて、あやして、寝かしつけた。
神はなかなか眠らないので致し方ない。
その中でも、ホアソンは泣いたらすぐ寝るやつなので、比較的やりやすい。
日はもともと眠いのを我慢して俺が来るまで待っていてくれた気配もあるので、さらに楽ではあった。
なんだかんだと言いながら、キルシュリーゲンに俺が会わなくてはならないのは、ホアソンだって理解してくれている。
俺はホアソンが寝息を立てたのを確認して、この世界で極めて限られた者しか唱えられない呪文を唱える。
そして、これは俺がこの世界で唯一、詠唱なしでは使えない魔法だ。
詠唱する呪文がいちいち中二っぽいので、最初は楽しかったがいまではほとんど無詠唱で押し通している。だから、俺が唱えざるをえない呪文はこれくらいだ。
「その御名の響くところ」と俺は頭をひとつ下げる。
「すべての光と陰あるところ」ともうひとつ下げる。
「その御名を我らふたたび唱え」と俺はパンとひとつ手を合わせる。
「その御姿がありうべからざるところ」とついでにもうひとつパンと手を打つ。
「その御名のみにていまひとたび」ともうひとつ頭を下げ、
「お出ましあれ、キルシュリーゲン」
さいごにまたパン。
二礼二拍手一礼プラス1。
いつもの動作だ。
すっくりと、ホアソンが立ち上がった。
ちゃんと眠っている。
神が眠ったあとに立ち上がると、それは世界の終わりの始まりである(ちゃんと終わりの始まりで終わるので終わらないのだけれど)。
つまり、最後の神さま、キルシュリーゲンのお出ましだ。
「またホアソンのカラダか。おんしも好きよの。ロリコンかえ」
「超絶と超越の神、すべてを司るキルシュリーゲンよ」と俺はこうべを垂れる。「お出ましいただき、恐悦至極」




