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2:暁に咲く花

 神帝歴38年――オーリ3年

 くれの月


 いまをさること3ヶ月前。

 なかばの月に、じつは俺たち長らくメカリアの実質的な支配者でしたー、みたいな軽いノリを重いカンジで宣言して、メカリアは名実ともに俺たちの支配下に入った。

 民に目立った混乱もなく、メカリア神聖国はそれまでの教皇と貴族ののんびり腐敗政治からシューゼンを皇帝に据えた支配体制へと切り替わった。

 そこに行き着くまではそれなりに労力がかかったが、切り替え自体はあっさりとしたものだった。民衆は、それもう知ってた、というような怠惰な反応だった。

 いまやさきに建国したロッソア魔術国よりもメカリアのほうが安定している気配まである。


 そしていま、メカリア神聖国大聖堂には5人の冒険者がいた。


 絶対無敗の剣豪ヴォーディ。

 開闢魔術師イルギィス。

 殲滅する聖職者シューゼン。

 世界の叡智トゥーリ。

 そして、世界に覇を唱えた神帝オーリ。つまり、俺だ。


 すでに他国(ロッソア)の(魔www)王(www)となっているイルギィスまで参加しての仰々しいメンバーでの会議であった。


 『踊る大捜査線』の室井さんのBGMを口ずさみながら、俺は大聖堂に鎮座していた。


 シーマがいないので、もちろんだれひとりとしてこのネタについてこれるやつはいない。

 でもそのシーマがここに着く前になんとかせねば俺の命が危ない。

 理解されたいが理解してくれる人間の到着を待つわけにはいかないこの状況を異世界心理学的に「神帝のディレンマ」と言ってもいいだろう。


「なんか新しい呪文かよ」とシューゼンは言った。

「ああ、これが開発されれば画期的だ」

「そうか、こんなときまで熱心だな」


 いつもニヒルなアウトロー傾向を気取ろうとするシューゼンも、今回ばかりは当事者なのでいつもより格段に緊張している。

 いつもだったらいまから俺が死んだらシーマが未亡人になることを愉しみにしている素振りすら見せる。


「そんなわけないでしょう」とトゥーリは冷静に言った。「いつものオーリの世迷いごとですよ」

「ところで世界の叡智よ、なにか策はないのか?」と俺はそれを無視して改めて恭しく問うた。

「こういうときだけそんな尊大な素振りは通じませんよ、オーリ。結論は変わりません」と残念そうにトゥーリは首を振る。「風の神(ホアソン)が無理だと言った部分をどうこうできるわけがないでしょう」

「あの元エルフは意外とウソつきだぞ」

「それがエルフの魅力ではありませんか」とのんびりとトゥーリは言った。

「そうだそれがエルフの魅力だ」とイルギィスも言った。


 このふたりは今回被害を受ける可能性はゼロに近しい。シューゼンはこのふたりよりは被害を受ける確率が格段に高い。

 そうは言っても事実上、単勝110円の神帝オーリの対抗馬が見当たらない状況だが。


 ちなみにヴォーディはのんびり孫を見つめるような表情で黙っている。

 そういうこともあらァな、と言いたそうな顔とも言える。


 とかく。


 神はサイを振らないらしいが、サジは投げる。

 神からこの場で無傷での脱出はありえないと非情な通告を受けているのは俺だけだ。

 わずかな俺の生存の可能性を探っている状況だ。


 だが。


 それももうタイムリミットらしい。


 ギギギギギ……と重たい大聖堂の扉が開いた。


「あらあら、みなさんお揃いでー」とにこやかにシーマは言った。

「や、やあ、遅かったじゃないか」


 俺はなにげない素振り作戦を展開した。

 作戦コードネームは「気高きアルマジロ」。


「で?」とシーマは言った。

「はい」と俺は言った。


 作戦は瞬時崩壊したと言っていい。


「今度は5人並んでるからセーフみたいな話?」

「いや、数の問題ではなくてですね」と俺はなおも粘る。

「じゃあ、なんの問題? 政治? 宗教? 軍事? やっぱりここが大聖堂だから神に誓う? ねえ? その神をぶっ飛ばしてるあなたが神にいまさらなにを聞くわけ? またぼくは愚かな選択をしようとしていますが、妻は許してくれるでしょうか、みたいな話? ねえ? とっても興味深いわ、私」

「はは、手強い」

「ところで、まあ、この際だからもうひとつ議題があるのだけれど」とシーマは言った。


 むろん、この状態で議題などあろうはずもない。

 見え透いたブラフだ。

 話し合いをすると見せかけているだけで、全然話し合う気はない。


「……逃げろ」と震える小声でトゥーリがつぶやいた気がした。

「やだあ。トゥーリったらそんなに震えてー。西野カナかしらー」とシーマは言った。

「ははは、シーマ」と俺はフランク作戦を発動。「それこっちデェッワッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 作戦コードネームを「誇り高きボロ雑巾」に変更。

 どんなナリになっても矜持は必要だ。

 もちろん、作戦コードネームにはなんの価値もない。


「なにかしら? なにかしゃべったかしら」

「シシシシシシシーマ、お、落ち着こう、ね、話せばわかるから!」とトゥーリ。

「わー、ストップ! ストップ、シーマ! シャレにならない」とシューゼン。

「シャレじゃないわよ!」とシーマが言った。「風の最大究極魔法(グラン・ウィーゼ)エエエエエエエエエエエエエエ!」


 俺の体が宙を舞う。


「あああああああああああああああああああああ! いでえええええええええええええ! いでえよおおおおおおおおおおおおお!」

「こっちの声、聞こえるかしら! あなたの声は聞こえるの。藤原竜也みたいになってるわね!」


 しばらく続いた苦痛は、ふとゆるやかになった。

 もういいだろうと判断したのだ。


「ほら、いい加減になさい。シーマ」

「だって聞いてよ、ホアソン」

「知っています。この浮気者(オーリ)が息子をそこのシューゼンの養子にするという話ですね」はホアソンが言った。「政治的にはコレクトですね」


 風が完全にやむ。

 助かった。

 いかに俺が最強とは言え、風の最大究極魔法(グラン・ウィーゼ)はヤバい。

 さすがに素で死ねる。


「……政治的コレクトネスがある? そんなことはわかってるのよ」とシーマは小さくつぶやいた。

「あなたは気高く賢きエルフの子ですから。もちろん理解しているでしょう」とホアソンは言った。「それを理解した上で……これ以上は少々やり過ぎです。これくらいまでなら構いませんが」

()()()()()?」


 バカな!

 死にかけるイキオイだったぞ、俺は。


「なにを腑に落ちない顔をしているんです。暁に咲く花を持ち去った者はそのくらいの覚悟がなくては」とシーマに対するそれとはまったくべつの覚めた語勢でホアソンは俺に言った。


********************


神帝歴38年

つぎの月


 夜を待った。

 俺はひたすらに夜を待った。


 具体的には木行神(レグラ)が酒盛りに飽きて寝ると言い出すまで待った。


 あえて言おう、その待機は無意味であった。

 無意味であったどころか、返って悪い状況になった。


 「着いて行ってやれはしないが、勢いづけに酒に付き合うくらいはできるよ」とレグラがなんかいいやつ臭を出してきたのでそれにまんまと俺は乗っかった。

 あえて乗ろう、そのスピードに。


 昼下がりから延々酒盛りをして、レグラは見事酩酊し(いつも酔っているようなものだが)、俺もわりに酔っ払ったことに気づいたころには日が暮れていた。


「なあ、レグラ。これ、飲み過ぎたんじゃないか?」

「やらー、ひとってのはわからららな……ない、ものねー。そりゃあーあんた、こんなになるまで飲んだららららあ……っと、飲んだあダメでしょうがー」とレグラはあまりロレツが回っていない。


 というか、まあ、そうじゃないかなとは夕方くらいから気づいていた。

 そしてレグラはあっさり、ぽてりと倒れて寝た。

 

 そこで、俺は酔いがわずかばかり醒めた。

 いや、それでも充分酔っているという説は正しい。


 まあ、正直、褐色の月見酒じゃー、とか俺が言い始めた段階で誰か止めるべきだった。

 止めるべき者がいないというのは悲劇だ。


「ようやく眠りましたか」と。


 風の神(ホアソン)が言った。

 まさかのお出ましだった。


「ほほほほほほとんとにホホホホホアソン!?」

「黙れ下郎」

「ホントにホントにホントにホントにホントにホアソンだー!」と俺は歓喜した。

「黙れと言っています」とホアソン。「レグラ(それ)はおまえびいきすぎますから。眠るまで待たせてもらいました」

「どこで?」

「自分の部屋でですが?」

「昼からずっと待ってたの?」

「なにが言いたいんです?」

「引きこもりだな、相変わらず」と俺は言った。

「帰るとしますか。我の部屋をおまえが尋ねるとまた我の寵愛者(シーマ)が泣くからわざわざ出てきたのですが」

「や、いや、いやいや! すんません! 申し訳ない」と俺は言った。

「……まず酔っていなければできない話なのか、酔っていてはできない話なのかはっきりしなさい。酔いを醒ましたいなら水の神(アウロリーテ)に酒を抜くくらいは頼んでおきます。どうせあれもずっと部屋にいるでしょうから」


「いや、呼びに来てもらうには及ばない」とアウロリーテが言った。「私の寵愛者(オーリ)が来ているという話だったのでね。お邪魔するよ、ホアソン」

「めずらしいではないですか、引き篭もりがひとの部屋に来るなど」

「引きこもりはお互い様だ。私はあなたがたにくらぶればずいぶんマシな部類の引きこもりだと自認している」


 引きこもりにマシもクソもない、ということなぜこいつらは理解しないのだろうか。

 と俺は回る視界でふたりの見目麗しい神々を捉えた。


「いやーしかしこれはあれだね、だいたい、この世を統べる9柱の神がすべて同じところに住んでいるというのはいかがなものかー」と俺は酔いに任せて言った。

「面倒なくていいだろう。ここよりいい場所はこの世界にない」と水の神(アウロリーテ)は言った。「メカリアの民の理解は他にくらぶれば段違いによいからな」

「とりあえず、アウロリーテ。酔いを醒ましてやってくれませんか」

「ああ、そうしよう」とアウロリーテは手を上げた。


 ばしゃーん。


 と大量の水が頭上から俺にかかる。

 え? こういうやつ? なんかもっとスマートな魔法じゃないの?

 っていうか、プールサイドでわざわざ水を魔法で出す意味があったか?


「醒めたか」とアウロリーテ。

「水かけるだけか」

「回復魔法をかけるのは腹立たしいゆえな」

「で、だいたいの話は立ち聞きましたが」とホアソンは言った。「また養子ですか?」

「まあ、そうなりますね、麗しき風の神、ホアソン」

「それで女神だらけのこのクムズポートまでわざわざ神帝さまがお出ましなんですね?」

「トゲがあるなあ……俺はあなたがたとちがって引きこもりじゃないんで、出かけることだってあるんだよ」

「まあ、いまいちど、シーマの反対が容易に想像できる中であえてやるという理由を聞いておきましょうか」

「まずメカリアは我々のパーティではシューゼン以外には治められない。ほかのメンバーでは唯一ヴォーディにひとなみの信仰心があるくらいで、とてもじゃないが、宗教が根強いメカリアで民をひきつけられはしないのでね」

「あの聖職者だってロクなもんじゃないでしょう」とホアソン。

「とは言え、世界で唯一、神の力を用いずに究極の魔法を使える男ですよ。信仰のある民に対してはやはりケタ違いにやりやすい。なので、イルギィスのときよりも明確に養子にせねば世代交代ができません。なにしろ、シューゼンには子供ができない」

「ふむ。それだけですか?」

長男(エーヴィル)でやったのに次男(ワイゼン)でやらない理由がない」

「その悪しき前年度踏襲みたいな風習はいただけませんね。偽悪的すぎて気分がよろしくない。そうは思っていないと顔に書いてあります。だいたいそうなると3人目もそうせざるを得なくなりませんか?」

「ええ。そうなると思います」

「シーマもそれは気づくはずです。我も元エルフですからわかりますが、エルフが子供を授かるというのは、おまえたち人間の何倍も難しいんですよ? たとえ転生者とは言え、その肉体的特徴からは逃れられません。シーマもこれが最後かもしれないと思っているでしょう。作りにくい子供をわざわざ養子にするために生むわけじゃないんです」

「こんなものは確率論なので、数撃ちゃ当たります。そして数打ちには自身があります」

「黙れ下郎」


「まあまあ、収拾がつくまい」とアウロリーテが口を挟む。「次男がダメならあと2人おまえの血を引く子供が必要なのは事実だろう」

「事実だからなんなのです?」とホアソン。

「べつに側室でよかろう。一夫一妻制にこだわる部族などこの世界では極少数だ。エルフなんてもともと妻帯自体にも難色を示すやつさえいるんだ。妻が5人いようが、6人いようがかあまわないだろう」

「シーマの貞操観念は元世界のものですから、それは酷です」

()()()()()()」とアウロリーテ。

「シーマのワガママだとおっしゃりたいんですか?」

「そうは言わない。どの道、子供が必要な以上、この状況がそう愚かな判断だとも思えない」

「愚かです。論外です」

「それでも、政治的にはコレクトだ」とアウロリーテは言い切った。

「シーマにとってはなんの正しさもありませんよ」

「もちろんだ。だから、それはシーマが個人的にオーリにぶつければよい」とアウロリーテはさらに押す。


 そうだ。夫婦間の問題は、シーマが個人的にオーリにぶつけたらいいんだ。

 そう、シーマがオーリに。

 シーマが……俺に……。いや、俺それここまで来た意味ないじゃん。

 その個人的制裁が、正妻の制裁が度が過ぎているから神々よお救いください、というのが今回の主な俺の悩みだろ。


「致し方ない、というわけですか」

「ええ、オーリ個人ならいくらでも差し出そう」

「……我も寵愛者(シーマ)のことで贔屓をしすぎているのかもしれません。シーマだってパーティなのですから、本来は我慢すべきところかもしれませんしね」

「それはシーマもわかっているだろう。あと、贔屓云々を言うのであれば、オーリが私の寵愛者であり、ロッソアでアーカナーが迷惑をかけているみたいだから、多少の便宜は図ってやりたい、というのは私にもある」


 ロッソアで俺たちに対して抵抗している北部連合にアーカナー族の名前もあるらしいことについて、もともとはアーカナー族であったアウロリーテは多少気に病んでいる。

 そして、もともとはエルフ族であったホアソンは、作戦的には必要と言える養子の件について、エルフかつ自分の寵愛者のシーマが(悪く言えば)ダダをこねていることに多少の罪悪感があったわけである。


 そう。

 神々の交渉とて事情はある。

 引けるところと引けないところがあり、あるいは根本的に理解は一致していても、立場上許すことのできない提案というのはある。

 したがって、俺ひとり傷つけば事態が収拾するなら、いい落としどころ――なわけあるか!


 とくにアウロリーテ、全然俺に対して贔屓してくれてないじゃないか!

 結局、シーマの気が済むまで俺がダメージを受けろ、というひどい結論。

 なにが寵愛者だ、この野郎。

 とりあえず今日は泊まっていくからな! ベッド貸してくれ。

 だいじょうぶ、おまえのでいい。

 いや、おまえに出て行けと言ってるわけじゃない。

 広さはあるだろう。

 まだわからないのか、(ぽんぽん)ここだろ?


 とはまあ、もちろん言えないので、俺はいちおう感謝の意を示しておいた。

 ここでぐえっへっへ、暁に咲く花エルフ族と、()しえの沼アーカナー族、ぜひとも()()()()願いたいモンですなあ、と全然流れに関係ないことを言えれば俺だってハーレム一直線できそうだが、それはためらわれる。

 もうそれをためらって礼など述べてしまう段階でハーレムへの一里塚を行く資格はないのかもしれない。

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