1:せめて異世界リゾートを
神帝歴38年
継の月
世界は不公平だ、と俺は思う。
メカリアのこの場所に来るたびに思う。
メカリアは宗教に立脚した国家である。
その領土は時代によって変化しているが、首都であるディジルドと、クムズポートという都市は建国以来つねにメカリア領土であり続けている。
建国がいつのことかすでに誰も覚えていないほどの歴史を持つメカリアで、そのふたつの都市はずっとメカリアのものだったわけである。
首都ディジルドには言ってみれば、歴史の長いメカリアの首都としての価値しかない。タマゴがさきかニワトリがさきか的な話で、たしかに価値はあるのかもしれないが、メカリアはメカリアが育てたと言えなくもない。
問題はクムズポートのほうである。
クムズポートはディジルドの南西にある半島の先に位置した街だが、主な産業は観光業である。
中央大陸でもっとも温暖な気候と言われ、「魔法がなくとも心穏やかに暮らせる土地」という異名もある。
そう、そこは異世界リゾートなのである。
気候がよく、食べ物がうまく、海がキレイで、街には経済があり、よく整備されており治安もいい。
当然そうなってくると暮らしにかかる値段は相応になってくるわけである。
俺が生まれたロッソアのアドレル村はちょうど中央大陸の真反対と言ってもいい位置にあるが、メカリアのクムズポートに行ったことがある人間などひとりもいなかった。
国が違うことと、世界でいちばん遠い場所であることと、異世界の標準的な人間にとっては魔法で長距離移動などちょっとこれはコトですねというような現実があることを加味しても、ひとりも行ったことがないのだった。
単純にクムズポートについて1日過ごすだけの金がなかった。
だいたい1日過ごせばアドレル村の村人全員が1食食えるくらいの金がかかる。
天文学的ではもちろんないし、無理したら無理じゃない程度だが、バカ高いと言っていい。
そんな国民、いや、異世界民すべてが憧れているような場所に、ひとが文字通り立ち入れない場所がある。
そこはひょっとしたら俺が生まれたアドレル村よりも広いかもしれない。
神留地と呼ばれる土地である。
そうだ。読んで名のごとく、この世界ではリゾート地の一角に神が堂々と住んでいる。
それゆえに、メカリアは神聖な国なのである。
リゾート地に神が住まう。
そう、世界は不公平だ。
いや、神は不公平だ。
ふつうは世界を統べる者たちというのは然るべきところに住んでいるべきなのだ。
死ぬほど高い山の上とか、音も届かぬほど深い海の底とか、吹雪荒れる山岳地帯とか、そういうところに住んでいるべきなのだ。
世界中でもっとも過ごしやすい場所を、神という座にあぐらをかいて堂々と占拠していいわけがない。
目の前の「この先、新留地につき立ち入り禁止」という不愉快な看板がさらに挑発的である。
なにリゾート地占拠してやがるんだ、と俺はいつも思う。
まあ、ここまで言っておいてあれだが、俺は当然ここに入れる。
むしろ住む権利すらある。
なにしろ、神帝なので。リアルに異世界の神なので。というか、神になったので。
トゥーリが決めた役職の名称とかではなく、この世界において俺は10柱目の神である。
もっとも新しい神であるが、同時にこの世界においていまや最強の神だ。
「ひとはわからないものねー」と木行神が言った。「ここになんの不満があるのさー」
冬でも温暖な気候にあぐらをかき、プールサイドで水着にパラソルをキめている陽気な楽天家である。
褐色の肌。
触れなば落ちんと言わんばかりのふたつの満月。
ウェービーで深い赤茶の髪。
くりくりとした愛くるしい瞳。
どこからどう見ても見事としか言いようがない肉体であるが、俺は神に欲情したりしない。
「相変わらずひとの胸見過ぎだと思うんだよねえ」
「うるさい。俺はおまえのカラダにしか興味がない。ルックスはちょっとハデすぎる」と俺は言った。
「神に向かって失礼なやつだなー」
「俺もちまたでは神と呼ばれています」
「いや、呼ばれてるっていうか、神だからね、あんた。ここに住んでない野良神だけど」
「それはいいから」と俺はまた面倒な話になりそうだったので回避した。
「ここだってハーレムみたいなもんじゃん。私と風の神に水の神、土の神と土行神の姉妹。ほら。半分以上女神じゃん」
「金行神忘れてるぞ」
「あれはいいよ、あれは。胸なかずんば、女神にあらず」と木行神は寄せて見せる。
「それ言うなら、風の神もねーだろ」
「風の神にそれ言ったら本気で怒るからやだよー。あ、そうそう。聞いたよー、シーマと結婚する前に風の神と水の神口説いたんでしょー」
「訂正してくれ。結婚後だ」
「最低だねー、相変わらず」
「っていうか、おまえまだ金行神とケンカしてんのか?」
「いい? 胸なかずんば、女神にあらず」と木行神は寄せて上げて見せる。
「と言われても、金行神にだって――」
「シャーラップ」と可愛らしく木行神は言った。
シーマよりは長く生きているハズだが、木行神のシャラップのほうがシーマよりずいぶんと幼い。
というか、シーマのシャラップということばには少々、年季が入りすぎている。
「わからないかなあ? いい? 胸なかずんば、女神にあらず」と木行神は寄せて上げて揺らして見せる。
だが、申し訳ないが俺はそう簡単に転向したりしない。
たゆんたゆん。
そんなことをしてなんの得があるというのか。
たゆんたゆん。
まったく無意味です。無意味ですよ。
たゆんたゆん。
だいたい俺は妻帯者だ。いまでもシーマを世界一愛している。
たゆんたゆん。
「そんなことよりだな、俺が言いたゆんたゆん。本題にはいりたゆんたゆん。たゆんたゆん。たゆんたゆん。たゆんたゆん。たゆんたゆん。たゆんたゆん。たゆんたゆん――やめろ! 言わすな! そして止めろ!」
「いや楽しそうだな、って」
「そりゃ目の前でそんな凶器揺らされたらそうなるだろ! そりゃ! そう! なる! だろ! いざゆかん、きみにさちあれジャストミイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイト!」と俺は自分の立場も忘れてその褐色のウォーターベッドにダイヴトゥーフルムーンすべく飛びついた。
「やだ懐かしい。あんたいつ生まれよ」と上手に身を躱して木行神が言った。
なかなかいい反射神経だ。
引き篭もりのくせに。
「なぜ避ける!? おかしいだろ! 合意! の! 上! だろ!」
「いつしたんだよ、まったくひとはわからないものねー」
「ははははは話せば、わわわわわかる。ははははあはははあはあ話せば」
「わかりあえねー。あとおさわりはシーマに言いつけるからね」
「えっ……? 黙っててくれるんじゃないの?」
「合意だろうとなかろうと浮気は浮気よー」と木行神が言った。
「くっ……」
灼熱……いや、まあ、時期的にそう灼熱でもないのだが、とかく、太陽が恨めしい。
「っていうか、話があって来たんじゃないのかー? 私と遊びに来たのか?」
それはたしかにそうなのだが、無駄な挑発をする意味はあったのだろうかと俺は抗議したい。
いや、無駄な挑発もいいものなので抗議はしないでおこう。
ということで、俺はここに来た事情をさらりとしゃべった。
うんうんとアタマ(とその他数カ所)を揺らしながら木行神は聞いてくれたが、納得はまるでしていなかった。
「話はわかったけどさー。ホアソンにはひとりで会いに行きなよー。あれでプライド高いし。私いないほうが話はやいと思うんだよなー」
「面倒なだけだろ、頼むよ木行神」
「面倒なのはあるけど、それを除いてもいちおうルールだからなー」
というか、こいつは自分で言っているようにルールを崩す気が毛頭なかった。
俺を除いた9柱の神にはそれぞれ得意というか、司っている月が存在する。
初の月は、風の神・ホアソン。
継の月は、木行神・レグラ。
流の月は、水の神・アウロリーテ。
萌の月は、水行神・ヴィオ。
半の月は、金行神・サクサ。
盛の月は、火の神・フレアム。
行の月は、火行神・カカ。
暮の月は、土の神・ベスカ。
終の月は、土行神・ポゼス。
これはシューゼンの超級魔法と原理的にはだいたい同じなのだが、神々はこの司っている月はやたらに強い。
たぶん2.5倍くらいはいつもより強い。もちろん異世界民には周知の事実である。
異世界にあることわざ的なものに、
盛の月に火の神と戦う
というものがある。
これは盛の月に戦闘力最強の火の神と戦うような愚か者がいるはずがない。そんな絵に描いたようなアホウがいるなんてことがあるはずがない。もしいたとしたら、いや、もしもなにも、そんなバカがいるはずがない。
つまり、「どう考えてもありえないこと」のたとえとして使われる慣用句である。
とまあ、それはひとにとっての神の担当月の話であるが、神々にとって担当月とは、受付担当の月くらいの意味合いしかない。
ひとが神に会いたいと言ったときに、クムズポートの入り口で対応してやる仕事だ。
引き篭もりにとっては非常にこれが面倒なことだ。
昔はまだマシだった。
翌月を待てばもっと効率的に倒せるのだから、わざわざそこで戦う意味はないため、担当月には誰かに戦いを挑まれることなど100%……いや、99.99999999%ありえなかった。
そのため、担当月は戦闘はしなくていい月だった(たいていの神にとって人間との戦闘は面倒なだけである)。
しかし、最近では魔法を使う人間もおとなしくなってきていて、俺やシーマ以降、神と戦った人間自体が存在しない。したがって、1年通して神が戦うことなどない。
年中このリゾート地で引きこもってやがるわけである。
となると受付月というのは、1年で1ヶ月間受付という仕事をしなくてはならない月になる。100%面倒さだけが増す月なのだ。
したがって、たいてい担当月の神の機嫌は極悪だ。
とくに行事の99%が集中する半の月にひたすらご挨拶を受け続ける金行神は近づきたくないほど機嫌が悪い。
たまにそれで支障が出るくらいには機嫌が悪い。3年前には金行神と木行神が大喧嘩して、俺の異世界ライフがあやうく神界大戦編に突入しかけた。
「だいたい俺は、入り口で風の神を呼んだのに木行神んとこに繋がるんだよ」
「そりゃ、今月は私が受付担当だからさー。ルールね、ルール。たとえあんたが神であり、ひとであるとしても、ルールさー」
「じゃあ受け付けただろ、いま。風の神呼んでくれよ」
「嫌だよ。面倒だ」
「じゃあ、勝手に行くぞ」
「それは止めないよ。あんたはここに住む権利まであるんだから。神帝オーリさま」
「ついでに付いてきてはもらえんだろうか?」
「やだよー。面倒じゃん。それに受付から引き継いだためしなんかないんだから。そういうルールなのさー。受付してない神はひとの呼びかけに応じて会ったりはしない。でも、あんたは神でもあるからね。会いに行きたきゃ、会いに行けばいいよ。風の神の部屋にひとりで行ってシーマになにされるかわかったもんじゃないけどー」
「それだよ、それ!」
「前科がいっぱいあるからねえ。まあ、しょうがない」と木行神は笑った。「でも、ひとはわからないものねー。神になったのに、ルールすら覚えてくれない」
「会いたいと言ったら受付は取り次いでくれるもんだと思うぞ」
「あんたの元いた世界じゃ神さまは頼んだら好きなときに会ってくれたかい? もしそうなら私やジビルガフが来た世界とは違うみたいだね」




