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9:嫁が独立するって言って聞かないんですが

神帝歴43年――オーリ8年

ゆくの月


 7歳になったエーヴィルは、それはもう清く正しい子に育っていた。

 義父・イルギィス、つまり略してギフギィスの英才教育によって大きく魔術方向にステータス的なものは傾いていたが、まあ、それはのちのちロッソア魔術国の王になるのだから、間違ってはいないだろうと思う。

 性格的にはとくに欠点のない素晴らしい子である。

 俺とのコミュニケーションも順当で、昨日なんかも、俺が「3本の矢」の話を聞かせてやっていた。


「モーリ?」とエーヴィルは元気よく言った。


 そうだ。元気がいいのはいいことだ。


「そうだ。遠い遠い世界のお話でね、3人の兄弟たちが頑張って協力していくことを願った王さまが、3人の王子さまにお話したことなんだよ」

「矢が3本」

「そうだ。1本はエーヴィルで、1本はワイゼンで、1本はルーファーだ。おまえたちはひとりひとりでは1本の矢のように折れてしまうけれど、3人まとまって協力すれば、3本の矢のようになかなか折れ――」

「ねえねえ、モーリって父さまのお名前?」

「いや、そりゃオーリだ」

「じゃあ、父さまの愛人のお名前?」

「エーヴィル、それは母さまの前で言ってはダメだよ」

「わかった! 父さまの愛人の名前を母さまの前では言わない!」

「いや、違う。すごく違う。いいかい、エーヴィル。父さまの命が関わっているんだ」

「父さまの命は父さまの愛人が握っている?」

「ねえ、エーヴィル。わざとやってるよね? そうだよね?」

「父さまはわざと愛人!」

「やめよう。やめやめ。はーい、エーヴィル、この話おしまーい」

「はい。父さまの愛人の話おしまーい」


 さすが俺の子、話が通じない。


「あらー、エーヴィル。父さまとなにをお話してたの?」

「うん。父さまの愛人の名前を言ったらダメだよ、っていうお話! 母さまには内緒だよ!」

「そう……だね。エーヴィル……そう……だったかな? 違うよね?」


 エーヴィルは不思議そうな顔をしている。

 ダメだ! 説得の方向が違う!

 俺は瞬時にミスに気づいて、


「……なあ。話をしよう、シーマ。話せばわかる」

「話したらわかるかもしれないけれど、話す気がないときはどうしたらいいのかしら?」

「それでも、それでも人類なら歩み寄れるはずだ」

「あいにく私はエルフなので。この世界ではエルフなので」

「でも、シーマ、よく聞いて欲しい。もしこれが誤解だったらどうする?」

「どうもしない。日頃のあなたの行いが悪いので」

「いやいやいやいやいや、いつ俺が!?」

「いつ、あなたが?」

「だっていままで浮気ZEROじゃない! この40年近く浮気ZEROじゃない!」

「結果はね」

「結果。結果って大事」

「でもほら、今日はエーヴィルと久しぶりに過ごせるし、会議もあるからね。この話はあとにしましょう」

「ここで終わりじゃないんですか?」

「終わりはしないわ。終わるわけないじゃない」


 というようなやり取りはしたけれど、エーヴィルは天使なので仕方ない。

 特別な子供だからね。……もう少しひとの話を聞いてくれるとなおいいんだけど。


「ほら、そこ。話をちゃんと聞く!」と会議室にシーマの声が響く。


 だいたいロッソアの事件のたいはんは会議室で起こっている。

 今日もパーティをそれぞれ遠方から6人全員集め、シーマが議題をぶちあげている。


 オルドラ市国の建国、である。


 発案者はシーマで、推進するのもシーマ、つまりだいたい過半数である。

 ロッソアとメカリアとヤポニアのちょうど中間点に俺たち家族だけの極小規模な国を作り、誰にも統治させないという案である。

 王子たちは月の何日かをオルドラで過ごし、何日かを自分が王子である国でそれぞれ過ごす、というのが骨子だった。


 オルドラ市国を建国することについては、去年の末くらいからシーマとトゥーリのあいだでかなりモメていた。

 オーリの領土は全世界であり、ある一定の場所にのみ神帝の威光を轟かせるのにはあくまで反対だとするトゥーリと、館ひとつと庭があればそれで構わないから寄越せ(・・・)というシーマの意見が真っ向からぶつかり合った。


「でもですね、いまはエーヴィルもエーヴィル伯領を、ワイゼンもワイゼン伯領をそれぞれ国境近くに構えているわけで。そのあいだを専用の高速魔力街道で繋いでいるわけですよ。往復には1時間かかりません。エーヴィルも7歳、ワイゼンも5歳です。ルーファーはまだふたつで、いまのところヤポニアにいますが、しばらくはシーマが連れていっても構いません。ヤポニア議会は王子を他国で育てることに異存はないと結論づけています」

「それだとルーファーは旅になるじゃない。それならヤポニアで育てるほうがいいのよ」

「まあ、それはそうだと思いますよ」

「でもね、食卓よ! 囲むのよ! 月に1度でいいんだから!」

「いや、ですから、それはわかりますが……」

「だいたい3人ともちゃんと王子らしくはなってるでしょ。いまのままでも充分王子らしいじゃない。このあいだからエーヴィルなんてぼくが北伐するんだってすごくはしゃいでるんだから、ちゃんと王子にはなるわ」

「……いや、まあ、その……」

「高速魔力街道は時間さえあれば作れることがわかってるわけよ。それを3本、オルドラからそれぞれの首都までひけばいいだけでしょ!」

「いや、莫大な魔力がかかるわけで……」

「やるわよ! オーリが!」とシーマは言い切った。


 いや、俺かよ。

 考えるだけでも恐ろしい距離になりそうだが、まあ、俺の超絶チート魔力なら無理ではない。

 だいたいの敵を倒したいま、もうこういうところしか使いどころがないんじゃないかと最近思っている。

 から、それは問題ないが。


「……やはり、ダメです。シーマ。認められません。なにより、あなたがた5人がひとところに揃うだなんて、狙いやすいにもほどがあります。戦闘力では群を抜いていても、実際にオーリは死んだことがあるじゃないですか。状況は大きく変わっているとは言え、同じ相手がまだ生きているわけです。油断はいけません」とトゥーリは言った。


 俺はまあ、そうだなと思う。

 シーマの気持ちは痛いほどわかる。トゥーリがもし神帝の威光云々の話をするのであれば、オルドラを表沙汰にはせずに秘密裏に高速魔力街道を作ってしまおうという折衷案でごまかそうと思っていた。

 たしかに家族5人で食卓を囲む機会があってもいいとは思うが、それはいまならべつに国を作らなくても可能だと思うし、そもそも集合して住むことは、リスクもある。

 言ってしまえば、俺はやはりジビルガフが怖い。


「シーマ、落ち着け。すこし計画を練りなおしたほうがいいだろう」とヴォーディが言った。「アタマからすべて反対するわけじゃない」

「そうだな。まあ、俺もできることはしてやりてえとは思うからよ」とシューゼンは言った。


 イルもそれに同意するように頷いた。


「オーリは?」

「俺は……家族が揃う機会はたしかにあっていいと思う。その気持ちはシーマと同じだが、ジビルガフに対して油断はしたくない」と言った。


 そう、とシーマは俺が見てきた中でもっとも悲しそうな顔をした。

 それは憎しみなどではなく、怒りでもない。

 単純な悲しみだった。


 それが俺の異世界での最初の明確な失敗だった。

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