7:うちの長男は優秀です
神帝歴40年――オーリ5年
流の月
エーヴィルは4歳になった。
シーマの強い希望によって月の半分くらいをエーヴィルはエーヴィル伯領という自身の領地で過ごしていた。メカリアとロッソアの国境近くの土地だ。
次男のワイゼンも国境近くのメカリア側にワイゼン伯領を所有している。
もっとも、領地とは言え屋敷がひとつと庭があるくらいの極小規模のものだ。国が違うものの、1時間程度で行き来できように、シーマが子育てのために強行して作った領地だ。
ただエーヴィルは4歳になって、王子としてのお仕事もすこしずつ出てきたので、半分くらいはロッソーナで過ごしているが。
そのロッソーナ中央官舎にも4歳にして1部屋を与えられているのだから、まさにVIPだったが、まあ、特別な子供だから仕方ないね。
エーヴィルのそばには絶えずソタルかシーマがいるが、エーヴィルが眠るとすこし離れることもある。なにしろエーヴィルは静かによく眠る。
だいたい俺がエーヴィルに会いに行くのはそういうときだ。いまだって、いつものように健やかに眠っているはずだ。
相変わらず午前様な俺をエーヴィルの寝顔は完璧に癒やしてくれる。
と、エーヴィルの部屋からソタルが出てきた。
「ドウモ」とぶっきらぼうにソタルは言った。「今日はこちらでしたか」
「ああ。北伐でね」と俺は言った。
「北伐、まだ終わりそうにないんですか?」
「まあ、しばらくはかかるだろうなあ」
「ソウデスカ。エーヴィルさまはお休みですから、お顔を見られるならお静かに」とソタルは釘を刺して行った。
ソタルは去年の冬に、俺が雪山で拾ったアーカナー族の女の子である。それほど美少女ではないし、愛想もよくないが、真面目さはあるし、ことのほかシーマになついている。
俺には歳も教えてくれなかったけど、脱がされた、とかよくわからないことは微妙に覚えていてそれでちょっとあれな事態にもなりかけたけど、エーヴィルの世話係としてはなんとかやってくれているらしい。
ちなみにソタルを返そうとはしたのだ。アーカナー族にさりげなく返還を申し入れると、ひとさらい扱いで話にならなかった。
いや、指一本……は降りるときに触れたけれども。
下心をいだいた……りもしたしかにしたけれども。
結果としてなにもしてないんだから感謝こそされ、誘拐犯扱いをされるいわれもないと思うのだが、とりあってもらえなかった。
ソタルもソタルでアーカナー族のちょっと変わった風習に嫌気がしていたらしく、「あ、ダイジョブです」とあっさりロッソアに残ることになった。
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神帝歴39年――オーリ4年
継の月
ソタルを北部山岳から連れ帰って事情を説明すると、トゥーリはため息をついた。
あからさまなため息をついた。
「あんなにアレとは関わらないでと言ったと思いますけどね」と言われた。「その娘が本当はなんなのか不明瞭すぎますし」
そんなに関わるなとは言われてないような気もしたが、まあ、あの場に放置すればよかったんじゃないかというのは、俺も思わないこともない。
いまさら目に触れる者すべてを、みたいな精神は滑稽だった。どれだけの人数を統一の過程で殺めてきたと思っているのか。
顔が見えるやつも殺したし、顔が見えないやつも殺した。
個人として敵対してくる者もいたし、組織の一員として敵対してくる者もいた。
そのどれもを俺たちは判別したりしなかった。そいつの背景がわかろうとわかるまいと、敵対したから殺してきた。
だけど、アレにモブと言い捨てられたソタルを見たときに、とても被害者であるような気がしたのだ。
すくなくともアレに利用されて雪山で凍死していい人間はひとりもいない。
とりあえず、抱え続けているのもなんなので、俺はソタルを絨毯の上に下ろす。
「あらあ。どうして女の子を連れて帰ってくるのかしらあ?」とシーマが現れた。
やせいの シーマ があらわれた!
ご丁寧にエーヴィルを抱いている。ほらー、これが実の父の姿ですよー、みたいなそこはかとない悪意を感じる。
100%誤解だけどね。やましい心をいだいたことすらないけどね。雪山で俺は終始清い心だったしね!
「で、アレに操られてたみたいなんだよ。ほら、これからアレの声がしてさ」と俺はソタルの口に入っていた球体を差し出す。
「口に、ねえ。まあ、暇なときに見ておくわよ」とシーマはそれを受け取って言った。「ただ、いまはそんな話はしてないのよねえ」
「え? そうかな。うまく言えてない?」
「なるほど、そういう路線で今日は押し切ろうとしてるわけね?」
「おおおおお押し切るだなんて人聞きの悪い。いったい、ボクがなにを押し切ろうとしてるって言うんだい」
「珍しく頑張るわね。まるで付き合い始めたころみたいで楽しいわよ」とシーマは笑った。「なら、久しぶりにお説教が必要かしら」
ダメだ。
帰りたい。
なにこの魔王感。
なにこのラスボス感。
まいったな、これ、勝てる気がしない。
「トゥーリ、まだ作戦でお話はあるかしら?」
「いえ、とくにはありませんね。アレと関わってしまったこと、北伐は失敗したことは動きようがありませんから、また策を練り直します」
「そう。なら、私はこのひととOHANASHIがあるから、エーヴィルとこの子を」
「ええ。ひとを呼んできましょう」とトゥーリは俺を見捨てて去って行った。
世界の叡智よ、俺がこのあと危機になることがおまえには見えぬと言うのかっ……!
エーヴィルの世話とソタルの看病を女中さんたちに任せると、シーマは俺に座れと床を指す。
身に覚えがない(という設定)の俺はもちろんそれを拒否して、椅子に座る。
「骨があっていいわあ」とシーマが言った。
「待ってくれ、誤解だ。たしかに俺は女の子を持ち帰ってきたけど、違うんだ。ジビルガフのせいだ」
「そう。アレのせいね。まあいいわ。じゃあ、順を追って行きましょうか?」とシーマが冷たく俺を見る。
俺の冷や汗は春を待たずにすでにせせらぎとなって流れ出している。
「あなた、1ヶ月前になにをしに北に行ったのかしら?」
「……ほ、北伐ですね……」
「へえ、そうなのねえ。ところで、北伐ってなにかしらあ?」
何回も議題に上がっただろ、ナメてんのか、と言えるものなら言いたい神帝オーリです。
もちろん、シーマは敢えて説明を求めているのだろう。
「ロッソア連合を立ち上げてから反抗しているルーポラ族とエジン族の北部部族を討伐する戦闘作戦名ですね」と俺はトゥーリみたいに言った。
「はい、よろしい」と教師みたいにシーマは言った。「じゃあ、なんで私が行かないのかしら?」
「いえ、その、シーマさんは――」
「敬語が不愉快かなあ」
「はい!」と俺はいい返事をしてしまったあと、ぎこちなく「でも、子育てたいへんじゃない?」
「そうよねえ」
「そうそう。俺としても、シーマがエーヴィルやワイゼンを守ってくれるなら、この上なくありがたいし」
「ふうん。じゃあ、なんでこの子って養子に出されたんだったかしら?」
まさかその長い説明をまた俺はせねばならないのか、と俺は思っていた。
だが、それが望みならいいだろう。
「俺のブランディング?」
神帝を名乗って世界統一を掲げたばかりで子供はあまりプラスには働かない。
とくに「神は民のためにいる」という概念がメカリアの大多数の宗教観であったから、メカリアの掌握が必要な条件下では合理的ではある。みな等しく神の子であり、血縁上の神の子はいらない、というトゥーリの主張もわからないことではない。
ただ、時間が短縮できるというトゥーリの主張はわからないでもないが、ブランディングほどアテにならないものもないと俺は思う。
「それはトゥーリと平行線だったから、もういいのよ。トゥーリ作戦はなんだかんだと的確だしね」
「それなら、エーヴィルの身の安全」
俺が養子を受け入れたいちばんの理由は、エーヴィル自身の身の安全だった。
神帝オーリを名乗ったときに、俺の名は民に広く膾炙するにはやや遠いが、世界中の敵対勢力には警戒される程度には広まっていた。
神帝オーリの子ならばなにをおいてでも亡き者にすべきだという勢力もないではなかった。ロッソアの魔王イルギィスの子なら、俺の子よりは優先順位は下がる。
「そうよ。そんだけのことを思い出すのにずいぶん考え込んだみたいね」
「当たり前すぎて正確に答えようとしてね」と俺は言った。
「シャーラァップ。シャーラァップ」とゆったりシーマは2度繰り返した。
終わった。
「はい」
「ねえ、オーリ。私はねえ、北伐の意義は知ってるのよ。それをトゥーリが推し進めていることもね」「はい」
「その意義も、その過程も理解してるの」「はい」
「今回の北伐は1ヶ月あなたが珍しく反対しかけたのも聞いてるわ」「はい」
「それなら、どうして行ったのかしら?」
ッ!?
トゥーリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
っていうか、シーマその情報知ってるなら、無駄じゃないか。いままでのやり取りの98%くらい無駄じゃないか!
おかしいぞ、ライオンはエモノをいたぶっては殺さない、みたいな話なかったか?
と俺は思ったが、さりとてここで認めるわけにも行かず、
「……まあ、その、高度に政治的な判断というか……」と政治家みたいな答えをした。
「誰が?」
「はい?」
「誰がその高度政治的な判断を下したの?」とシーマは冷たい笑顔で言った。
エルフの冷笑、論理的な追求を添えて。
当店の自慢の逸品であった。
「すいませんでしたあああああああああああああああああ!」
俺は土下座した。
その早さは光を上回り。
そのフォルムの美しさは芸術品を思わせ。
その視線の低さはさながら潜水艦。
我ながら素晴らしい土下座だ。
シーマと会ってからの20年。戦闘力といい勝負で向上したスキルと言えよう。
北部連合はロッソアの北部山岳地帯のレジスタンスである。
もともと魔力耐性があり、戦闘力が非常に高いルーポラ族。
強力な魔力の持ち主を数多く排出してきた孤高のエジン族。
主にこの2種族から成り立っている。ただしエジンはルーポラとは協調しておらず、あくまで別個に反抗的態度をとっているにすぎない。
トゥーリが今回、俺が北伐を渋った際に切ったカードは、アーカナー族だった。
「極秘の情報なのですが、あのアーカナー族がルーポラ族に接触したと言われています。不調に終わった話も聞かれませんでしたので、少なくともアーカナー族の一部はルーポラの合流したと考えられます。そして、アーカナー族にとって神帝オーリに取り入ることはメリットだらけです。……そして、さらに、これを知っているのは、ロッソアではおそらく私だけです」
女系主体の種族で美女が多く、ハニートラップを得意とする。
そんな種族が山にいる。そして俺が狙われている。行くしかないでしょう。
というつもりは俺にはなかった。
一切なかったかと言われればそうだとは言い切れないけれども、次男生まれて2年だし、そもそもちょっと養子騒動は完全に俺が悪いため、しかも、2人も連続だし? さすがにちょっとどのツラ下げてシーマにこんばんはすればいいのかわからないし、でもやっぱり俺もなんかこう種族っていうか、性別? 的なものってあるじゃないですかほら、俺が悪いとしてもこうなんかあるじゃないですか。まあ、ハーレムを狙っていないかと言われればたしかにそういう面はないとはいえないのだけれど、悪いと自覚があるのなら、って意見はそりゃそうなのだけれど、でもやっぱりだってしょうがないじゃないくわぁ!
「ま、よろしい。今回は未遂だったので許してあげます」とシーマは、彼女にしては大甘の裁定を下した。
「え。マジで!?」
「不満?」
俺は全力でアタマを振る。どんなロックシンガーにも負けないほど高速でバブルヘッドする。
それだけでもまさに天恵と言うべきだが、シーマは、
「あと、養子のこと、気に病みすぎ。納得したんだからぐだぐだ引きずるくらいなら、私に言って」と続けた。
全俺が泣いた。
そのあと会場をベッドに移して話し合いをした。
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神帝歴40年――オーリ5年
流の月
とまあ、なんだか後半はよくわからない俺たち夫婦の事情になったが、ソタルはそれからロッソアにいる。
いまでは多少ぎこちないが、笑いもする。シーマとはお茶までするみたいだ。
俺は起こさないようにそっとエーヴィルの部屋に入る。
と。
「おう、来たのか」とすでに部屋にいたイルギィスが小声で言った。
「おい、待てよ、いまソタル出て行っただろ?」
「いや、ほぼ入れ替わりだったぞ? なんの疑惑だ。言われなさすぎる」
「まあ、日頃の行いだよ」
「おまえには言われたくない」とイルギィスは笑ってエーヴィルの寝顔を眺めた。
「元気に育ってるな」と俺は言った。
「そうだな。よく育ってる」とイルも言った。
神帝オーリと女帝シーマの子のわりには、エーヴィルには特別なところがない。
いや、その幼児ながらに整っている様を始めとして、魔法に対する適性は充分にありそうなところや、歩き始めるのも早かったところは才気を感じさせる(まあ、親バカだが)
ことばも1歳になる前にはしゃべった。
魔法を使ったところをまだ見たことはないが、イルギィスの話では魔力はこの歳にしては高いと自信を持って言っていた(まあ、これも親バカだろうけど)。
そもそも魔力の量なんて正確にわかったりはしない。だいたいの力量がだいたいわかるくらいで、自分と近いほど、あ、こいつ同じくらいだな、みたいなことはあるが、思ったより魔力が強いという敵はザラにいる。
たぶんそういう魔法を研究すれば、私の魔力値は53万です、みたいなことや、魔力値……たったの5か、フン、ゴミめ……、みたいなこともできるのだろうが、あまり価値を感じない。
どれだけ強くても負ける気はしないからだ。
簡単に言えば、俺の圧倒的強さを確かめるだけになるので、そんなに作る気にならない。
「そろそろ魔法を使えそうな感じもあるな」とイルは言った。
「そうか」
俺は初めてひとの親になったから平均などはわからないが、一般論を聞く限りは優秀な子供ではあるのだろうと思う。
誰もがそう言う。
たぶん、それはお世辞ではない。
エーヴィルの養育係が、半分落胆混じりに褒めるからだ。
優秀なお子さんですね、と彼女たちが言うとき、ふつうに考えればというニュアンスの注釈が必ずつく。
つまるところ、周りがエーヴィルに期待していたのはそのレベルではなかったのだ。
そういう態度を取らないのはソタルくらいだ(まあ、だからシーマが信頼しているのかもしれないが)。
つまり、エーヴィルはとてもふつうの幼児だった。
転生者の俺と転生者の嫁のあいだにできた子供は、どうにもチートではないようだった。
それはもうこの世界にとって異物ではないのだ。
「そう言えば、おまえの子供のころってどうだったんだ?」とイルギィスはふとささやくように言った。
「どうって、学校に入ったときからはもう知ってるだろ」
「その前だよ、その前。6歳で、圧倒的な若さ――というより幼さかな。まあ、その幼さで入学してくる前だ」
「生後2日でコスマウル焼いた話とか、知ってるだろ」
「ああ、そうだったな。さすが生ける伝説。そう言えば、そのときの魔法ってなんだったんだ?」
「そりゃ、初級攻撃魔法だろ」
「生後2日のウィッカーでコスマウル狩ったなんてさすが神帝さま」
「うるさいよ」
「ほんとに恐ろしい男だよ、おまえは」とイルは言った。「……まあ、でもエーヴィルに過度な期待はしてやるなよ」
「俺か?」
「ああ。見てりゃわかるよ。いいじゃないか。さいわいなことに魔力は人並み以上にはありそうだ。俺たちがちゃんとロッソアを大国にすれば、歴史に残る魔術師である必要はないさ。俺みたいに」
最後以外はそれなりにいいセリフだった。




