6:父は雪山でハーレムへの思いを馳せる
神帝歴39年――オーリ4年
継の月
――オーリ、フリーだいけっ!
声が聞こえた気がした。
むしろ声がかまくらの中にこだました気がした。
「神帝オーリ、38歳です。世界を統べる者です」
「へーそうなんですかあー。すっごーい」と美少女は言った。
「とりあえずいま、火をつけますから、服を脱ぎましょう」
「……はい?」
「ああああああ、失礼。なにぶん、服を脱ぐのは失礼にあたるという部族もいるものですからね! べつにあれです。脱ぐ脱がないの話ではないんです。布ですから! それは布です。脱ごうと脱ぐまいと部屋が温かいならそれでいいんです」と俺は火をつけた。
かまくらとは言え、土行神の加護に加えて土の神の加護までついている。そうそう溶けたりはしない。
そして火の神の寵愛者である俺が出す炎は、暖かさと優しさをコンセプトにした素敵なインテリアと言ってもいいレベルだ。
そう。
いまここにこの世界の魔法の粋が集まっている。
きみは世界一幸運なレイディだよ、と言うか言わまいか悩んでやめた。
「すごーい、すごーい。本当にカミサマなんですか?」
「いや、ウソです」と俺は言った。
「やだー。本気にするところでした。でもほんとうにすごい! 壁も火もなんでこんなに魔法が上手なんですか?」
「修行の成果です」と俺は自信ありげに言った。
もちろんだが、俺は学習はしたことはあるけれど、修行のたぐいを一切したことがない。
ありていに言えば、俺はウソをついた。ウソをつけるちょい悪オヤジだ。
ハンパねえ! 我ながらハンパねえ!
だから言ったんだよ、周りがおかしいだけで、そこから離れたら俺だってハーレムくらい2秒だって!
いいのかなー、こんなにうまくいっていいのかなー!
――吹雪が強くなってきたから、入り口閉めるね。
――え、でも。帰らなきゃ。
――だいじょうぶ、あとで送っていくよ。
――ううん、帰れなくなる。
――ボクの魔法を見ただろう? 風魔法だって得意なんだ。こんな吹雪なんて本気を出せばすぐだよ(※ウソです)。
――だから、帰れなくなるわ。
――どうして?
――だってあなたの魔法はなにより私に効果的だから。
えんだああああああああああああんああああああああ、ぬぅあああああああああああああああああああああああああああああああああんちゃってええええええええええええええ!
はっはっはっはっは!
もう! ダメ! もう! 止まらない! ノンストップオーリさまですよ!
よし、劇場! これはもう映画化しかない。
それもこれも全部トゥーリのおかげだ。
いい情報だったね。ナイス、インフォメーション! アーカナー族がルーポラ族に合流するかもしれないだなんて、素敵な情報をくれた我が軍師に乾杯。
酒はないけどね! 酒はないけど、カラダはアルコールなんてなくてもHOTEL、もとい、火照るんだよ。
「ほんとに暖かくなってきたわ。はしたないけど、脱いでしまいますね」
「ああ、ああ、気にしないでラクにしてくれていいよ。しばらくは俺も休んでいくから」
「では」
「ああ。俺、あっち向いてるから」
「もう。えっちですね。見えて困るほど脱がないですよ」
布の、擦れる、音、がして、
布の、落ち、る、音が、した。
「ふはは!名将田岡よ、このオーリを侮ってはいけなかったのだ。39年間ハーレム目指して頑張ってきた男なんだ!」と俺は勝利宣言せざるをえなかった。
とここまでで果たしてうまくいくと思ったやつが何人いるだろうか。
もちろん、俺だって思わない。
そう、ちょっと冷静に考えれば、俺ですら歩くのも魔法で制御も難しいような吹雪の山岳地帯を歩く少女などいるわけがないのだ。
「もう1枚だけなら脱いであげてもいいけど、あなたのハーレムにはちょっと問題があるね」と美少女は言った。
なんだと、と俺は美少女の顔を見た。
そしてすべてを理解した。
目は虚ろで、おそらくこの子に意識はない。声だけがしっかりしているが、口元は動いていない。
おそらく彼女の口の中に音を出す魔法が仕込んであるのだろう。まじまじと見つめるのもあれだと思ってここまでろくに美少女を見なかったことがこんなかたちになるとは夢にも思わなかったが、致し方ない。
そして俺は、こんなクソみたいなひとの夢をバカにするような下劣な行為をするやつを、シーマ以外ではひとりしか知らない。
「オーリハーレムの不安要素、その1」と少女の口から音が漏れる。
「なんだよクソ野郎」
「ワイフ・トラブルだ」と少女。「おまえには強力な妻がいる。エルフで転生者で戦闘力が異常に高いというこれでもかというほどのキャラ。もはやどんな女子がおまえに擦り寄っていったとしても、その子が容易にシーマによって脇キャラ化させられることは目に見えている」
元世界のことを知っている。
もう確定的だ。あとは名乗ってくれればそれでいい。
いや、もうアレがいることはわかったとトゥーリが言っていたから、そもそもこの確認自体が無駄か。
「オーリハーレムの不安要素、その2」
しかし、こんな電話みたいなことが魔法で実現できるのだろうか。
シーマが作っていたホログラフのようなものは音声はなかったはずだ。しかし、風魔法で振動は表せるから、無理ではないような気がする。ただ、発動条件をかなりの数与えた複雑な魔法構造になっている気がする。
「出会いがウスい!」と俺に構わずアレは続ける。「世界各地を回っているおまえにはそもそもの出会いが少なすぎる。1箇所にとどまる時間が短すぎるからな。さらに子持ちのカミサマというだけで膨大なタスクが予想されるが、おまえは完全にそれを追いきれていない。したがって、たとえ出会いが落ちていてもおまえはそれを拾えない。つまりおまえにはそもそもハーレムに入れる女子と出会うチャンスが極端に少ない」
とんでもなく暇で、カラダもロクに動かせないが、魔力自体は転生チートのクズ野郎なら可能だろう。
いや、転生チートの魔力と言っても、アレはその相当部分を最初からおかしな方向に割り振ったために、純粋な魔力に関しては優秀な魔法大学生くらいしかないのだが、それでもこのくらいの魔法装置くらいなら作れるということか。
そして、アレは攻撃魔法がほとんど使えないということは、この構造は防御魔法が主体になっている。
おそらく、何度かやれば作れる。
俺はそう確信した。
「オーリハーレム最大の不安要素」
この魔法装置があれば伝達はかなりラクになるし、いままでのように無理に進める――
「チョロインの不在」
「うるせえよ! なに散々ディスってくれてんだよ!」
「くく、無視できなかったみたいだな。そう、オーリ、貴様の異世界ライフにはチョロインがいないのだ。通常、ハーレムを形成するときには女の子の同時攻略が求められる。もしくは嫁化した場合にその後のロマンスに口を出さないという受動タイプのヒロインから攻略する必要がある。そして2人目以降のヒロインはとてもではないが、最初ほど手はかけられない。複数ヒロインを同時に攻略するためには、何人かはチョロインである必要があるのだ。おまえの周りにはチョロインどころか攻略可能な女性すらいない」
たしかに俺には出会いもないし、チョロインもいない。
ハーレム計画はもはやただの願望にすぎず、球が来たらなんでも打ちに行く状態。
だいたいこの少女にしてみたところで冷静に考えたら、美少女とは言いがたい。
素朴な感じはたしかにあるから、そこを無理に地味っ子ジャンルでごまかそうとしてはみたが、やはりフードを脱いだ彼女は実際のところとても美少女とは言えない。
ヤラせてくれればなんでもいい童貞か俺は!
こんなことではハーレムまではあとなんマイルあるかわかったものじゃない。
「……だろ。関係ないだろ! 俺の夢はおまえには関係ない!」
「だから教えてやるのだ、俺はもう作ったぞ」
「マジかよ!? 頼む、お願いします。魂ですら売ります」
「ウソだ。作れるわけないだろ。おまえらのせいで自由になるカラダがないんでね」と少女の口からは音が漏れ続ける。「さあ、そしてオーリハーレム不安要素、その4。ハーレム童貞、オーリ」
「くっ!? まだ続けるのか!? おまえはそれでもひとの子か!?」
もちろん、アレはその俺の嘆きを無視した。
「最初にあんな難敵から落としてしまったおまえは、通常のヒロインとのつきあい方などわかるはずもない。チョロインがいたとしても、おまえはなぜか手を出せずに終わるだろう。慣れていないからな。だからこんなぽっと出のモブに手を出そうとするのだ。だが、たとえばこのモブキャラとて、あと2枚脱いでもおまえは果たして手を出しただろうか? 2人の息子や嫁の顔でおまえのもうひとりのムスコは、本当に戦闘することができたのか?」
「や、やってやるさ」
「ちなみにこの会話は魔法による記録がされており、あとでシーマへ送りつけられる」
「ごめんなさいウソです。まったくぴくりとも反応しませんでした」
「ウソだ」
「ウソかよ! 死ね!」
「死なないさ。まだまだ愉しむ。まあ、この電話みたいな装置は俺がこの3年くらいかけて作ったものでね」
「友達いないのに、不要だろ。おまえには」
「残像だ」
「なにが!?」
「友達という存在がだ」
「……そうか」
「まあ、せっかくご足労いただいたみたいだが、その少女はまだ生きている。多少、体力を奪っているから世話は必要だろうがね」
「そうかよ」
「せいぜい戻って時間を使ってくれたまえ」
「なんのメリットがあんだよ、糞野郎」
「ははは、それではまた話そうじゃないか、オーリィイ」
無性にイラついたので、
死ね! 輝け! Super Shine! 思いっきり夜空に輝けジビルガフ! ビールとシャンディガフ混ぜたような名前しやがって! もともとビールとジンジャーエールじゃん! ビール2回目じゃん! 謝れ! ジンジャーエールかビールのどっちかに謝れ糞野郎! だいたいおまえ名前長いんだよ! それでも転生者か!
と思いつく限りの罵倒をしたが、
「覚えてろよ」とことばを発したきり、ジビルガフはもうしゃべらなかった。
少女の口からは土魔法で固めたような小さな球が出てきた。
俺はとりあえずそれをポケットにしまい、仕方なく下山することにした。
この少女にどんな魔法がかけられているのかわからないし、場所のわからないルーポラ族のレジスタンスを探すのには足手まといすぎる。それにおそらくアーカナー族と思われる少女を連れてルーポラ族を訪れていいものか判断しかねたからだ。
もちろん、ここからハーレムの一歩目を企んだわけではない。
仕方なく。
やむを得ず下山するのだ。
こういう事情で、第4回目の北伐も1ヶ月少々で不調に終わった。