5:北の山から―39―
神帝歴39年――オーリ4年
継の月
――異世界転生してたしかにチート無双で神扱いなんだけど、子供の顔もロクに見られないほどブラックです。
俺のここ数年を表すとしたらこんな感じだろうか。
世界中を飛び回っている。わりと文字通りに、いや、跳び回っているときもあるが、もはや比喩でもなんでもない。
跳躍だったり、飛行だったり、移動手段は様々だが、この1年、俺はいろいろなところに出没した。
ヤポニアで柄にもなく頭脳戦してみたり、メカリアで元世界でもほぼ経験のなかった宗教の力に辟易としてみたり、神々とバトルしてみたり、エルフ自治区で監禁されたり。
メカリアの首都ディジルトからロッソアの首都ロッソーナまで魔法を使っても1ヶ月はかかる道のりを3日で移動してみたり。
八面六臂! あ、八面六臂のォー大活躍ゥー、と歌舞伎調でモノ言いたくなるような大車輪である。
なにしろ俺はこの世界における絶対強者、問答無用のナンバーワンなのである。
多少の無理は致し方ない。疲れるのはもちろん疲れるが、可能不可能で言えば可能なのだからやるしかない。
神帝を名乗ることがこれほどの激務だとトゥーリはひとつも説明してくれなかった。
まあ、説明されてたらやらなかったかと言えばやったので、「じゃあ、説明するだけ無駄でしょう」というトゥーリの発言もわからないでもない。
「神とはつねに神出鬼没なものです。オーリにしかできないのでほかに方法がありません」
「過労死するぞ」
「だいじょぶ。しません」
「なぜわかる」
「世界の叡智ですよ、私は」
いや、だからその根拠。
俺が欲しいのは納得感なんだよ。そのためには根拠だよ、根拠。
と言いたくもなるが、でもそれすら言ったところで華麗に返答されるので、俺は黙って受け入れるしかない。
なんかあいつ、シーマに似てきたんじゃないか。とくに俺の扱いが。
とは言え、俺以外だって充分に過密スケジュールである。
イルギィスはロッソア国内の平定に相変わらず毎日忙しい。
シューゼンだってメカリアの統制と去年生まれたワイゼンの環境整備で手一杯。
ヴォーディもヴォーディでしばらく家族と会えていない程度には各地を転戦している。純粋に戦闘部門のみに注力できるのはパーティではヴォーディしかいないし、歳を考えると相当にキツいはずだ。
トゥーリは言わずもがな。ロッソアとメカリアの事務全般を取り仕切り、さらにヤポニア議会にも参加している。いつ寝ているのか俺が知りたい。
シーマは物理的距離のある場所にいるエーヴィルとワイゼンの子育てをいっしょにできるよう(いまは基本的に月の半分をワイゼンの育児、1/4をエーヴィルの育児、1/4を移動に使っている)強行策をまとめつつある。あとたまに世界ナンバーツーの戦闘力で反抗する勢力を叩き潰したりしている。
全員が八面六臂。つまりは四十八面三十六臂。だから、臂ってなんだという疑問はあるが、基本的に不平不満を述べるつもりはない。
ないのだが、やっぱり、俺は思う。
神帝でない俺は、エーヴィルの父親としての俺の役割は、子を見守ってやることではないだろうか、と。
見守れてない。
全然見守れてない。
なに考えてんの?
ねえ、なんで見守れないの?
リクツはわかるんだけど、おかしくない? おかしくなくない? なくなくない?
次に帰ったときにエーヴィルは俺のことを覚えてくれているだろうか?
ワイゼンだって数えるほどしか抱っこできてない。知らないオジサン扱いになる前に手を打たねばパパが泣いてしまう。
ああ、そうだいけない。エーヴィルはそろそろ3歳の誕生日だ。
誕生日、おめでとうエーヴィル。
いま、父さんは、おまえを見守ることもできずにいま、雪山にいます。
そう、凍える吹雪の中、北の山脈をあてどなくさまよっています、神帝オーリです。
父は悪い軍師に唆されました。
現場からは以上です。
話はひと月ほど遡る。
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神帝歴39年――オーリ4年
初の月
「サラリーマンか!? ブラック企業のサラリーマンかなにかか!」と俺は叫んだ。
いい加減にボロボロになっているロッソーナの政府庁舎中央会議室に俺の声が響く。
ロッソア魔術国になったので近々遷都する予定だが、なにぶんイルとトゥーリとシーマの意見が真っ向から対立していてなかなか進んでいない。
「わけわからんことを言うな」とイルが言った。
「オーリはたまに意味のわからないことばを使います」とトゥーリも言った。
まあ、俺が転生者であることはシーマ以外には言っていないのでわかってもらえるとも思わないが、とりあえず口をついて出ただけだ。
なんだよつねに午前様って。
夜遅く帰ると、ダメよ、寝てるんだから、とシーマはエーヴィルにあまり触らせてもくれない。
申し訳程度につんつんと頬を触る程度、髪を撫でる程度しか俺はできていない。
むしろ基本的にはロッソーナにいるのをいいことに、イルギィスのほうがエーヴィルと頻繁に遊んでいる。
許せない。
父親がふたりいたら平等になるべきだ。
「イル、ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイス!」
「なんだよ」
「会議だ会議だ会議だ会議だ会議だ会議だ」
「会議中ですよ」とトゥーリが冷静に言った。「これまでの北伐の経緯を今一度説明しますから、認識の違いや理解の足りないところがあれば言ってください」
俺は仕方なくうなづく。
たしかにちょっとトゥーリに言われたことだけをやる日々が長すぎて、いったいなにをしているのかわかりにくくなっているところではあった。
「まずロッソア連合を設立したのが神帝36年。3年前です。そのタイミングで再独立した国がありますね?」と教師みたいにトゥーリは言った。
「グレムとチェインキー」とイルが答える。
「そうです。グレムをオーリが、チェインキーをイルが制圧しました。それと同時に再独立はしないものの、反抗の意志を見せた部族がいました」
「エジンとルーポラ」と今度は俺が答える。
「よくできました。エジン族とルーポラ族が手を結ぶことはいまのところなさそうですから、これは北部山岳地域でエジンとルーポラの2部族が反乱しているという認識で構いません。そこでオーリにグレム制圧後に、ルーポラに行ってもらいました。これがいわゆる北伐の第1回目ですね。半年も神帝が張り付いたのにルーポラの反乱規模は小さくなりませんでした。――あ、責めているわけではありません。私のヨミが甘かったので、むしろ私の失敗です」
「まあ、それはもういいだろう」とイルが言った。
「ですね」とあまり納得していないふうにトゥーリは言った。「その翌年、神帝37年に今度はヴォーディとオーリで再度ルーポラへ行ってもらいました。これが第2回目の北伐です。このときは反乱自体が確認できず、わずか1ヶ月で撤退。その3ヶ月後、半の月が終わると同時にオーリが単独で第3回の北伐。これも目立った戦果はありませんでした。何人かの反抗的なエジン族とルーポラ族を捕らえたので、まったくの無価値ではありませんでしたが」
あれ、そんなに俺北伐かかりっきりだったのか、と俺は思っていた。
鳥頭なのではない、忙しすぎたのだ。あと日々成長するエーヴィルが可愛すぎて記憶がそっちしかないのがいけないのだ。
決して俺が無能なわけでも、忘れっぽいわけでもない。断言できる。
「異論はないな」とイルが言った。
「結構です。そして去年、神帝38年。オーリとヴォーディがメカリア中心に活動していたため、北部地域へのケアが薄くなりました。ただし、これは我ながら成功であったと考えています。去年は北部は放置で問題ありませんでした。そのあいだ、ルーポラもエジンも目立った動きはなく、ただロッソア連合の命に従わなかったり、交通の邪魔をしているという程度のものでしたから、迷惑ではありますが致命的な害はありません。ほかに優先することは腐るほどあります。
ただし、これまでは、です。我々は今年、ロッソア連合をロッソア魔術国という正式な国にします。従わない地域はさすがに見過ごせません。再独立しない以上軍を使えはしませんが、反抗はやめさせる必要があります。
ここで問題はおそらくルーポラのほうにアレがついているということです。姿を見せませんが、まあ、間違いないでしょう。アレがルーポラに知恵をつけている。まずないでしょうが、エジンとの同盟なんていう破天荒なことをしてくるかもしれません。そういう面倒なことになる前に、なんとしても秘密裏にルーポラを叩きたい」
「最終的な目的はなんだ?」と俺は尋ねた。
「ルーポラ、エジンの族長に完全に服従を誓わせることですね。族長制度を廃止することは、ほかの部族の反感を買いかねませんからしませんが、徐々に族長の権限は落としていく政策をとることになるでしょうけど、まずいまは族長を服従させます」
「それをアレが阻んでくる、という流れか」と俺は100%理解して言った。
「そうです。前回の北伐とはちがい、アレに構っている余裕はありません。もういることは確信できました。証拠はありませんが、あちらも有効的な手段はないはずです。もしあるならメカリアを建国する前に策を打っているはずです」
すこし腑に落ちないところはあったが、トゥーリが言うならそうなのだろうと俺は納得しかけた。空気を読む悪いクセである。
だが、空気を読むことなんて一切考えないイケメンは言った。
「すまないが、トゥーリにしては少々分析が甘いんじゃないか? アレがいるにしてもいないにしても、3回もオーリを使って従わせられていないルーポラやエジンに対して、害はないはすこし過小評価だ。オーリをこれだけ無力化できているのは、我々にとってはとてつもない害だぞ。メカリアを放置したのも、他に策があるからかもしれない」
「論から言います。アレ――いや、ジビルガフは正常じゃない」とトゥーリは言った。
名前を出すのも忌々しいと言わんばかりだった。
「13年前の取引でアレはほとんどの攻撃魔法を失っていますし、肉体もかなり制限がかかる状態にあります。ですから、アレが陣頭指揮をとって反逆することは今後もずっとありえません。アレにいまできることは、ひとを使って我々のジャマをして愉しむことだけです。ですが、アレはそれでも私にとっては怖い。いま私が思うのは、ジビルガフを相手にしていることを考えれば、オーリの時間のみ取られている現状は無害と言っていいということです。ほかの相手なら大損害ですよ」
「でも、いつまでもそういうわけにもいかないだろう」とイルは食い下がる。
「ですから、この4度目の北伐はアレの相手をしません。エジンとルーポラを直接狙う初めての北伐と言い換えてもいいでしょう」
なるほど、よくわからんが、また俺に山に行けということだけはわかった。
「やだ」
「やだじゃねえ」とイルが言った。
「もうすこし放置してよう? エーヴィルの誕生日じゃん。俺、1回も祝えてないんだけど」と俺は父として当然の抗議をする。
「ワガママを言わないでください」と仕方なさそうにトゥーリが俺に近づき、耳打ちする。
極秘の情報なのですが、から始まるその情報は俺とエーヴィルのパラダイスについてだった。
俺は泣く泣くエーヴィルの誕生日を祝うことを諦め、山登りを決断した。
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神帝歴39年――オーリ4年
継の月
というところまでが我らが軍師と俺のやり取りだ。
ルーポラとその他のルーポラと連合したがっている部族と会うことがこの第4回北伐の目的だった。
が、予想外の寒さと吹雪。
まあ、いまは冬だし、北部だし、山だし当然そうなりますけどね、というトゥーリの沈着冷静無慈悲なことばが聞こえてきそうな状況である。
どこにいるんだ、ルーポラとその他部族。すでに山に入って何日経ったかわからない。魔法があるので食料や水は余裕だし、崖から落ちてもほぼ無傷ですむ俺にとってはさしたる生命の危機はないのだが、なにより寒さと視界の悪さと孤独感がつらい。
あれだ。
冬のロッソア北部山岳で、反乱中の部族に神帝オーリが出会ったー、とか下條アトムでナレーション入ってくれたほうがよっぽどマシだ。
ああ、いま思えばトゥーリとイルも結託して俺を冬山に送り出したに違いない。
戦闘力が異常で生命力はゴキヴリ並だけど、オツムがイマイチなのでこの微妙な政治情勢だと1年くらいは静かになるほうがいいね、ニヤリ、みたいなそんな展開に違いない。
謀ったな。
よくも謀ったァアアアアアアアアアアアアアアアア!
「ちょっと、聞いてますか、お兄さん?」
許せない。
また留守が長くなったからってシーマに文句言われるのに。
「ねえ、だいじょうぶ?」
これでもしトゥーリの極秘情報で俺がうまくやったりしたら、バレないだろうか?
いや、これまでとは状況が劇的に違う。
バレるわけがない。
「ねえ。ねえ? 生きてる? 死んでるなら置いてくわ」
ハッ!?
まさかその前にウソ!? 極秘情報がウソなのか!?
「うぉのれえええええええええええええ! またも謀るとはあああああああああ!」
どさ。
「え?」
「ちょ、き、急になにするんです!」と尻もちをついている。
吹雪でよく聞こえないし、よく見えないが、それはなんだか得体の知れない少女のような気がする。
……少女……のような……気がする。
……美……少女……の……。
びしょうじょのような気がする!
俺はとりあえず尻もちをついた美少女を引き起こし、その声をよく聞くために土魔法でかまくらを作った。
異世界転生苦節39年。
ようやくめぐってきた完全フリーのこのチャンスを逃すわけにはいかない。




