4:あなたはいつもそうよ! 仕事仕事って!
神帝歴37年――オーリ2年
初の月
ちょっと様子見に行ったら、半年帰って来られませんでした。神帝オーリです。
この半年の出来事を俺は語る気にならない。
たしかにジビルガフは俺を倒せるほどの力はまるでなかったし、そもそも姿すら見せなかった。
だが、あんな不快な罠の連続は絶対にジビルガフだと断言できる。
それをオーリに報告したら、「なかなか、アジなマネをしてくれますね」みたいな悪い顔をしたが、いまからシーマになんといいわけすればいいのかは答えてくれなかった。
とくに意味もなくチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマチマと時間と体力を削ってきた。
ドミノみたいにカタカタとトラブルが連鎖していく様はさぞかし愉しかったことだろうよ。
えい、ファイヤー、アイスストーム、ダイアキュート、ブレインダムド、ジュゲム、ばよえ~んばよえ~んばよえ~んばよえ~んばよえ~ん。
8連鎖まではできるようになったんだけど、元世界の同級生糀村くんが飽きてからやってないなあ、などと思い出で気を紛らわせる俺だった。
コンコン。
ノックを2度。
「いま手が離せないから、どうぞ」とシーマの声がした。
いきなりの攻撃魔法に備えて、魔力障壁を強めにする。
398転生嫁◆ori.81shine
すみません、相談よろしいでしょうか?
399
おk
400転生嫁◆ori.81shine
35
転勤族
結婚15年
子蟻。
去年、夫が長男を親友の養子に出すと言って来ました。
親友は子供が持てないけど、私たちはまだチャンスがあるから、と。
詳しくは言えないのですが、とても固い職で元々子供がいることは公にはできません。
それは私も理解していたので納得できたのですが、いかに親友とは言え養子というのは納得できません。
それを言うと育てるのは俺たちだからだいじょうぶ、と断言していたのですが、
今度は生まれて半年経たないうちに仕事で半年家を留守にしました。
どこでなにをしているのかさっぱりわからない状態でした。
とても浮気症なひとで、目を離すとすぐに他の女にチョッカイを出します。
私もこれまで未然に防いではいたのですが、よそに女でもいるのかもしれません。
昨日、久しぶりに連絡があり、明日帰ると言ってきたのですが、どうしたらいいでしょうか。
これまでそれでも私のことを愛してくれていると思っていたのですが、
もはやそれも自信がありません。
ここまで話と常識の通じないひとだとは思いませんでした。
離婚も考えています。
401
>>400
別れろ。相談するレベルじゃない。タダチニ離婚案件。
402
>>400
旦那お金持ってそうだし、育児はあなたがしてるし、親権確保分与ウマーでおk
403
>>400
しかし、実に香ばしいエネ夫だなwww
404
>>400
釣れますか?
子供がいること公表できないってアイドルかなにかかよ。
もうちょっと設定練ってこいよ。出来の悪い創作。
壁面に元世界でよく見た掲示板みたいな映像が映し出されている。
「え、元世界とリンク!?」と俺は思わず口にしていた。
「できるわけないでしょう。私の想像。魔法でやってるのよ」とシーマは言った。
「風魔法?」
「そうね。あと土魔法も。最初は特性だけで同じように作ったんだけど、それだと魔力のハードルが思いっきり上がったから、私かあなたくらいしか使えないレベルだったのよ。それで風魔法と土魔法で表現できるかなと思ってやってみたんだけど、それだと意外と難しいのよね。ここまで映像っぽくするのには結構練習したわ。でもこれ、完成したら記憶の共有とかに便利そうじゃない」と機嫌よさそうにシーマは言った。
「やったこともなかったな。特性じゃなくても結構、魔力使うんじゃない?」
「使うわ。いまのままでもイルならできると思うけど、トゥーリだとどうかしらね。できればトゥーリが使えるのがベストなんだけど。まだすこし改良するわ」
よかった、だいじょうぶそうだ。
シーマだって俺が半年留守にしたことについては、快く思ってはいないだろうけどちゃんと理解はしてくれている。
俺は安心して、とりあえず「ただいま」を言うべくしてエーヴィルの眠っているベッドに近づ――
「待ちなさい」
「……はい」
「なにかあるんじゃないかしら」
「ただいま」と俺は言ってみた。
「おかえりなさい」とシーマは言ってくれた。
なんだ、子供の前に私に「ただいま」くらい言いなさいよ、みたいなそういう話か。
まったく恥ずかしがり屋さんだなあ、シーマは。
「それで、映像見たわね?」
「……はい。よくできてます」
「文字が読めるくらいのクオリティはいまでも充分あると思うんだけど」
「……そ、そうですね」
「感想は?」
そこに触れないことは無理らしい。
まあ、当たり前だが。
そんなことは俺にだってわかっているが、漢にはわかっていても避けたい事情だってあるのだ。
「……トリップに悪意を感じます。とくに81shineというところに、強烈な悪意を感じます」
「は? 夫の輝きを祈る妻にイチャモンつける気? 私には81shineにしか見えないわ」
「……はい。ぼくの勘違いでした」
「しかもすーぐにハーレムハーレム言い出すんですよお、タクの夫は」
「いや、あの……今回は浮気のカケラもありません」と俺は断言した。
「信頼できないわ。なにやってるかわかったもんじゃないし。世界最強が小規模レジスタンス相手に半年も音信不通のピンチとかちょっと信じられないわね」
「トゥーリからアレがいるかも、って話は?」
「いるかもって話は聞いたわ。いるって話は聞いてない」
「たぶんいたんです」
「それだと情報がなにも変わってないわね」
「……はい」
「ねえ。これは理不尽かしら?」
「た、多少」
「私もそう思うわ」
「じゃ、じゃあ――」
「ふつうならね。あなたがちゃんと店先からパンの匂いがするたびにつられて行くような夫じゃなければ大変だったわね、ご苦労様、ケガはない? ですむ話なのだけれど」
「……いや、その、でも、今回はほんとうに――」
「ねえ、どうして懲りないのかしら?」とシーマは言った。
もちろん、今回は完全に俺は潔白であり、ハーレム計画はまったくと言っていいほど、いや、あくまで「まったくと言っていいほど」であり、厳密には「まったく」ではないのだが、それはおくとして、ぶっちゃけて思っているままのことを言うならば、シーマの怒りは言いがかりも甚だしいと言えばそうなのだが、シーマの言うように日頃の行いがあるために強くは言えないと言うか、そもそもシーマが本当に怒っているのは、たしかに仕方ないとは言え半年も留守にしたという事実そのものに対してであり、これについては議論の余地がないことから、俺はこの俺からすると理不尽な怒りを受け止めねばならないという二律背反パラドックスみたいな状況である。
「あの、これ、ぼくはもう、病気だと思うんですよね」と俺は自分の非を認めてみる。
「それ、いまおまえが言うセリフちゃうやろ?」
「……はい」
「そんなに私が魅力ないのかしら」
「いや、シーマは世界イチの嫁だけれども、なんというかこう、たまにはパンもいいよね、みたいなアレです」
「イースト菌が脳内に繁殖してるんじゃないかしら? ふつう、そこで堪えるわね? パンが食べたいけど、俺ってよく考えると白米しか食えないし、みたいに思い返すわよね? パンを焼いて、齧るその前に」
「だからいつも齧る前には――」
「シャータアアアアアアアップ! 焼いたらアカンでしょうが! 焼いた! ら! アカン! でしょうが!」
「……はい。焼かないように気をつけます」
「焼いてあるのを買うことにするのよね」
「ええ。それなら問題な……いわけないですよね。はい、だいじょうぶです。ぼくは白米しか食べられない子です」
「じゃあ、ここで突然心理テストをします」とシーマは言った。「美味しそうなパンがあります。味のわかっている白米があります。はい、どっち?」
「パンに失礼なので食べたいです。食べたあとで白米もおいしくいただきます」
「……バカよね? 確実にバカよね、あなた」
「だって心理テストだって言ったじゃないか!」
「だからバカだって言うのよ。これまでの話を総合なさい」
「……謀ったなっ!? 誘導尋問だ!」
「転生者に人権とかあるのかしらあ。あったらごめんなさいね」
ダメか。
帰って早々に俺は大ダメージを負うことになるのか。
この半年間のルーポラ遠征で受けたダメージの何倍もの――
「まあ、今日はいいわ」とシーマは言った。「たぶんアレもいたんだろうし。帰りが遅かったのは腹も立つけどちゃんと謝ったから、許してあげる」
神かよ!
いや、神帝は俺だけど。
「え、いいの!?」
「不満なら擬似空中映像以外にもこの半年暇で暇でしょうがなかった私が考えたいろいろな魔法を全部試してみてもいいけど」
「不満などあろうはずがありませんよ」と俺は直立不動で言った。「でも、暇だったらよかったよ」
「いま、ロッソア本国を攻め込める勢力なんてあるわけないじゃない。心配性なのよ、みんな。……やっぱり、ほかになに――」
「ない! ないから! 落ち着いて、シーマ!」
「まあ、いいわ」とシーマは言った。「それよりね、半年も留守にしているダメなほうの父さんに報告があります」
待て。その言い方は、まさかふたり目できました、とかそんな展開か。
だから許してくれたのか。
だが、俺がいかな神帝であろうとも、異世界絶対強者であろうとも、遠隔地から子供を作ることはできない。そんなん奇跡かよ。
とはもちろん思わなかった。
思う暇なく嬉しそうにシーマがことばを継いだからだ。
「エーヴィルがね、最近しゃべるようになってきたのよ」