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3:パパにだって仕事がある!

神帝歴36年――オーリ元年

なかばの月


 かつて、ロッソアの双蛇と呼ばれたふたりの魔術師がいた。


 ひとりはロッソア帝国開闢(かいびゃく)以来(開闢とは少々過大評価で仰々しいが、ロッソア帝国は建国を開闢と称していた)の天才魔術師と呼ばれたイルギィス。

 首都ロッソーナの鍛冶職人の家に生まれた彼は、わずか10歳にして名魔術師の名を恣にした。

 正真正銘の天才魔術師である。

 10歳でロッソア中央政府付属魔術大学に入学。前年までの最年少入学が13歳であったというから、その傑出具合がどれほどのものかはたやすく理解できるだろう。

 3年後にロッソア魔術大学を優秀な成績で卒業し、そのままロッソア政府特別専任魔術師となった。

 13歳の少年が就くには少々大げさな役職ではあったが、政府においてもイルギィスは次々と功績をあげる。 

 イルギィスはロッソア政府特別専任魔術師であったあいだに何百という勝利を上げたが、敗戦はたった3回のみだった。


 もうひとりはその開闢以来の天才魔術師イルギィスをすべての面において上回ったのちの神帝オーリである。つまり俺だ。

 ちょっと自慢になるが、イルギィスが10歳で入った魔術大学に俺は6歳で入っているし、卒業時期はたしかにまったく同じだが、主席は俺だった。

 イルギィスは圧倒的な2位だった。

 いや、イルと俺がロッソアの双蛇と呼ばれていたころに負けた回数は3回だが、それが全部シーマ()であったことを考えると圧倒的な3位だ。


 ここでロッソアの双蛇が3回負けたのなら、シーマが異世界最強で、俺は異世界の圧倒的2位じゃないかとそう思うかもしれない。

 たしかに俺はロッソーナで1度もシーマに勝てていない。3連敗して、3回殺されている。

 だが、それはあくまで特殊条件下(いま思えば汚いと俺は思う。負け惜しみじゃなくて)での話であって、最初からシーマもイーブンな状況なら俺には勝てないことを知っていた。

 

 だから俺がナンバーワン! なんて言ったって俺がナンバーワン。


 ……まあ、それはおくとしておいて、俺とイルがロッソア政府特別専任魔術師だったころ、ロッソアの双蛇と呼ばれていたころ、あるいは言いたくもないが、あの豚皇帝(リハル4世)の配下だったころ(いや、これも俺は騙されただけだという言い分はあるが、まあ、あまりにいいわけばかりだと見苦しいので黙っていることにする)、俺たちはまだただ異様に強いだけだった。

 まさかそのロッソア帝国を滅ぼした挙句、同じ土地に建国までするとは思いもよらなかった。


 そうだ。

 今日はロッソア連合がいよいよ国家としての名乗りを挙げる日である。

 ダニア歴238年――いや、今日からこの国では神帝歴を使うのだ。

 神帝歴36年、オーリ元年、なかばの月1日。


 ロッソアの双蛇が、あるひとつの頂点に辿り着いた日である。

 いまごろ、ロッソーナでいちばん大きな広場では、国王となったイルギィスが無数の民を相手に演説していることだろう。

 俺たちは――


「ねえ、ちょっとオーリ。悦に入ってるところ悪いんだけど」とシーマが言った。


 その腕の中ではエーヴィルが気持ちよさそうに眠っている。

 最恐女帝シーマの腕の中はバツグンの安定感と安心感を誇っていることだろう。


「はい」と俺は答える。「どうしたの?」

「トゥーリが呼んでる。今後の戦争ミーティングだって」

「ああ、そうだった。忘れてた」

「ヴォーディはイルについて演説行ってるから、シューゼン見つけたらいっしょに連れて行ってね」

「はいはい」と俺は答えて中央会議室へ向かう。


 まあ、じつのところ頂点感を出してみたが、ロッソア連合は建国と言える状態にはほど遠い。

 連合の庁舎として使っている建物もすべてロッソア帝国のものを流用しているし、周りにある国家はまったくロッソア連合を国として認める気配があまりない。

 ロッソア帝国時代にロッソアの双蛇の無双で滅ぼした国までが、再独立を宣言する始末だ。

 おまけに再独立までは行かないにしても、ロッソアの北部にある2つの部族を中心としたレジスタンスは日々その勢力を拡大している。

 このまま行けば北部の2部族が再独立を宣言する日も近い。


「いや、エジンが他と同盟してまで再独立することはまずないでしょう。そういう孤高の部族ですから。そして、ルーポラ族も再独立は宣言しないでしょう」とトゥーリが言った。

「なんでだよ?」

「ではシューゼン。逆に問いましょう。再独立したチェインキーやグレムは今後どうなると思いますか?」

「そりゃ、俺らに倒されるだけだろ」

「そのとおり。それはなぜです?」

「なんでって、そりゃ、自分で敵だって宣言したからしょうがないだろ」

「ええ。ですから、それです。ルーポラやエジンはあくまで我々(・・)()国民(・・)として反抗するわけです」

「なんの意味がある? どうせ倒すの俺らだぞ? 俺らに反抗したら意味ないだろうが」

「いいえ。ウチはいま大規模な兵を北部には向けられません。それが自国民(・・・)である以上、武力鎮圧は民の忠誠を著しく削ぎます。我々は表立って民を倒すわけにはいかない。現段階でも世界最高戦力ですから、欲しいのは民の支持だけなんです。民の支持を失っていいのなら、恐怖政治をすればいいわけです。それをしたくないから支持を得ようとしている。そして、自国民を攻撃するような首脳を民は絶対に支持しません。いつかも言いましたが、民にとって施政者とはおのれを守ってくれるものにほかならないからです」

「でも、それだとルーポラにも勝ちがないだろ」と俺は鋭い指摘をする。


 世界の叡智と呼ばれる天才軍師にモノ申すだけの知性を兼ね備えた神帝オーリ。

 さすが神帝オーリ。

 さ、す、が、神帝オーリ!


「いいえ。それであちらには勝ちですよ」とトゥーリは言った。

「いや、わからん」とシューゼンも俺に同意の様子だ。


 世界の叡智よ、さすがに旗色が悪いようだな!


「そもそもルーポラは国家に強いこだわりがない部族です。かつてルーポラが国と呼ばれていたころも、明確な建国宣言はされていません。なんとなく国として周囲に認められただけです」

「それならずっと反抗だけし続けるってのかよ?」と不満顔のシューゼンは言った。

「そうなります」とトゥーリは言い切った。

「そんなん、なんの意味があんだよ?」


愉しみ(・・・)、なんでしょうね」とトゥーリは楽しそうに笑った。


「愉しみでレジスタンス続けるのか? そんなやついるわけねえだろ」

「いるじゃないですか。ひとりだけ。可能性がある男が」とトゥーリは言った。


 その男の名前は、俺たちパーティ全員に確実に共通して浮かぶ。


 ジビルガフ。


 シーマ以外でこの異世界において俺を殺した唯一の男だ。

 俺はなんとか復活したが、イルとトゥーリとシューゼンはその対価として子孫を残す可能性を失った。


「アレにまだそんな力があるのか?」と俺は思わず尋ねる。

「ないでしょうね。詰んでいます。いまのアレにはかなりの制限がついていますし、我々の国家にとっては脅威にはなりえません。2度目はそういうふうに動きましたからね。おかげで我々も数年をロストしてるんです」


――はは。まさかおまえら()時間遡行できるとは思わなかったよ。なにを捧げたんだか。

――俺も思わなかったぞ、ジビルガフ。

――おーや、オーリィイ。そのまま死んでてくれりゃよかったのに。

――対価は仲間が払った。おまえは俺が始末する。

――ざーんねん。俺はチートで愉しめりゃいいんだよ。俺にはもう捧げるものがないからな。おまえらには元々勝てないが、それでも愉しむくらいはできることを見せてやるよ。50年くらいかけてな!


「ですが、いまのアレにひっくり返す力はなくとも、文字通り邪魔するだけならば、いまも世界でもっとも面倒な敵です」

「アレがルーポラにいんのかよ?」

「おそらくルーポラにいると私は考えています。ですから、ルーポラの反抗を解決したときがおそらく世界の真の統一です」と珍しくさしたる根拠もなくトゥーリは言った。「さて。ということで、シューゼンとオーリには再独立()()()()()グレムを制圧してもらいます。シューゼンは極力魔法を使わないように。あなたにはそのあとすぐにメカリアまで行ってもらいますから」

「わざわざメカリアまでなにしに行くんだ? メカリアなんてもうほとんど俺らの傀儡じゃねーか。自前の軍すらもうないんだぞ」

「傀儡にしておくのではなく、我々が表立って統治するんですよ。メカリアは宗教国家ですからね。なにより歴史と信仰を重んじます。乗っ取るにはあなたしかありません。まあ、それはあとで話します」

「俺は?」

「オーリは、グレムを制圧したあと寄り道(・・・)程度にルーポラまで行ってください。ただし、北部では目立つわけには行きません。それをルーポラ(むこう)は、確実に逆手にとってきますから。戦いが長くなるだけです。問題が起こりそうなら即退避。アレが姿を表しても即退避。逃げるだけなら、神帝オーリにはわけもないことでしょう」

「もし、アレがすごい策を用意してたら?」

「そんときゃ、シーマが未亡人になるだけだな!」と妙に嬉しそうにシューゼンが言った。


 この糞野郎が。

 ウチの嫁までも未亡人好き(性癖)の色眼鏡で見てやがる。

 とんだ聖職者だ。


「あなたをどうこうできる策はないでしょう。そもそも姿を見せないと思います。それなりの制限がアレにはかかっていますから」

「じゃあ、なんで行くんだ?」

「挑発ですよ」とトゥーリは言った。「アレはこの私に対して、相当にナメた真似をしてくれましたからね。お礼をしてません」


 だが待って欲しい、世界の叡智よ。

 そのリスクをなぜ俺が負うのか。

 リベンジしたとは言え、シーマ以外で俺を殺したのはいまのところアレだけだ。

 そんなとこにひとりで行けとかどんなMプレイだ。自慢じゃないが、お化け屋敷すら苦手だったんだぞ、俺。


 ということを目で訴えてみたが、トゥーリは見てもくれなかった。


「さて。()()()()、チェインキーも再独立してくれてますから、こっちもすぐにカタがつきます。我々の強さを示すのにちょうど手頃とも言えるでしょう。グレムよりこちらのほうが大規模で目立ちますしね。イルギィス国王を主体として、ヴォーディにサポートしてもらう予定です。イルギィスは国王として――いや、イルギィスが真に国王になるための、最初のお仕事です」

「おまえとシーマ(暫定未亡人)はどうすんだ?」


 おい。

 とんでもなく不快なルビを感じるぞ、シューゼン(性職者)


「私はヤポニアに行かねばなりません。首都の守りはシーマがいれば充分でしょう」

「シーマひとりで留守番?」と俺は慌てて尋ねる。

「そうなりますが?」

「それ、納得するのか?」

「しないでしょうけど、説得はオーリの役目です」とトゥーリは言い切った。


 世界の叡智はその点においては飛びきりずさんだった。

 生後1ヶ月の長男を抱えたシーマに、しばらく不在にすると言ったらどうなるか、世界の叡智の慧眼でも見抜けなかったものと見える。

 それも見抜けずしてなにが慧眼だ、チクショウ。

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