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2:素敵なこと

神帝歴36年――オーリ元年

ながれの月



 嫌なことは後回しにするタイプ、神帝オーリです。

 というか、人任せにするタイプ、神帝オーリです。


 しかし、逃げてはならないこともあるのです。


 そう、我々ふたりはいまから虎か龍か魑魅魍魎か魔王と対峙せねばならない。

 いやこの場合、完全に悪いのは我々であるから、魔王は不適切かもしれないが、とにかくそれほどに対峙者は強大だ。

 だが、我々はかつてロッソアの双蛇と呼ばれた陰湿で有能な魔術師コンビである。

 弱小ロッソア帝国の版図を最大に拡げ(たあとに思い切り没落させた。わざとじゃない)、ローブを着た宰相と呼ばれるほど国の中枢に入り込み、内外に八面六臂の大活躍をした。

 暗殺から戦争、外交まで、名声を恣にしたのだ。


「私は反対ですよ。隠し子と養子じゃ話が違います。シーマに了承をとったのは、あくまで隠し子です」とあくまで冷静にトゥーリは言った。

「いや、でも、ロッソアの双蛇だよ?」

「それを言うなら相手はそのロッソアの双蛇とたったひとりで渡り合ったエルフの英雄ですが。そしてロッソアの双蛇は私の知る限りでは最恐のエルフに数度に及ぶ会戦で全敗し、一度もそのエルフの村に足を踏み入れることがなかったと聞いています。いまもスナイケアというエルフ自治区を認めさせているわけですしね」

「……古い自慢はよそう」

「そうしてください、神帝」

「しかしな、トゥーリ。俺はだな、もうなんやかの出来事を重々承知の上で、そうしたいと思う」と俺は言った。

「最初から素直にそう言えばよかったじゃないですか。まあ、あなたがそういうときはなにを言っても無駄でしょうから止めませんし、人間の感情というものを考えなければ間違いなくベストな案であることは認めます。その上で、私からは忠告が2点あります」

「聞こう、我らが軍師よ」

「殊勝ですね。いつもオーリは言動以外は殊勝です」

「どこも殊勝じゃねーだろ、それは」

「ええ、嫌味です」とトゥーリは言った。「まず、1点。我々が100%悪いということ。シーマはすでに譲歩している状態で、さらに母として理不尽な要求を突きつけられるということを理解してください。たとえそれが最善策であったとしても、です」

「わかってる」

「2点目。これは少々1点目とは相反するのですが、個人的感情云々を抜きにしても、シーマはあなたを除けば世界最高戦力です。組織としては絶対に失うわけにはいきません。建国の準備をしているいま、シーマを失うのはあまりにダメージが深刻です」

「つまりどうすればいい?」

「なすがまま、気の済むまでボコられてください。その上でシーマがもはやカミサマみたいないいひとであったら、あなたにいくらかの厳しい条件を課した上で、という条件付きですが、結果的に成功するという可能性もないではありません」

「分の悪い」

「まあ、そういう選択ですから。あと、場合によってはイルギィスもそうなるかもしれません。遺書くらいは書いた方がいいかもしれませんね」

「だよな」とこれまで一度もしゃべっていなかったイルギィスは、仕方なさそうに言った。


 そんな思い出すだけで身震いするようなトゥーリの冷徹な要求を俺とイルは噛みしめて、妻と2週間前に生まれたばかりの我が子の居室へと向かった。


 が。


 部屋の前で立ち止まった。


「くっ……イルギィス……あとは……頼んだ」

「待て。ダメだ。今日はノーダメージだろおまえ」

「……私生活によってダメージを負っている」

「いまからだ」とイルは譲らない。「さっきは仕方ない、みたいな顔してたくせに!」

「あれはトゥーリの前だから仕方なく」

「なんでトゥーリにいいカッコしようとするんだよおまえは」

「名目だけ童貞と未亡人ハンターとオッサンに囲まれたパーティだぞ。必然、トゥーリに優しくなるだろ」

「そこから特別な感情が芽生えるのには、時間はかからなかった」

「やめろ。妙な注釈いれるな!」

「言いにくいなら止すか? やり方はあるだろ」


 そんなことを言われたらシリアスモードにならざるをえないじゃないか、ほんとに空気読めねえな、こいつ、と俺は思ったが、昔からイルはこういうやつだし、それがいいところでもある。

 自称童貞(詐欺)は許せないからいつかバラしてやろうと思うが。


「いや、行こう」

「……ああ」


 そういうことになった。

 ら。

 ギィ……とドアの開く音がした。


「お話は終わった?」とシーマが言った。


 言質をとるまで立ち聞きとは、なかなかである。

 さすがラスボス、手抜かりはない。


「で? なに? なんのお話? トゥーリが去年言ってたことからなにか私のあずかり知らぬところで変更があったということかしら?」

「やだなー、聞こえてるじゃないですか」と俺は言ってみた。

「おい、とりあえずしゃべるとこちゃうやろ?」


「……はい」


「で、イル。説明してくれる」

「ええとですね奥さま」とイルギィスは独断で敬語作戦に出た。


 100%失敗するやつじゃんそれ。


「エーヴィルをイルの養子にしようと思う」と俺は言った。

「よく聞こえなかったわ」とシーマは言った。

「だから……」

「聞こえない。聞こえません」

「……はい」と俺は気配を消すことにした。

「聞いてください、奥さま。いまの情勢はおわかりかと思います」とイルがシーマも知っているに決まっている俺たちパーティの事情を馬鹿丁寧にしゃべる。


 まだ国ですらないこと。

 敵は腐るほどいること。

 敵にとっては俺を狙うより俺の子を狙うほうが可能性があること。

 いずれロッソアを国にしたときにエーヴィルに継がせるためには、国王になる予定のイルの子であるとしたほうが適切なこと。

 俺が父であり、シーマが母であるということはもちろん変わらないし、それを自分(イルギィス)は邪魔する気はないということ。

 そして、もう子供が望めない自分(イルギィス)に俺が気を遣ったのだろうという推測までご丁寧に添えた。

 そして最後に、


「御子息を、私の養子にさせていただければ」と非常に丁寧に言った。


 が、もちろんシーマは納得しない。


「は? なんて言った? いま、なんて言った?」

「そこ。動くな」

「……はい」

「どこ行こうとしたわけ?」

「お取り込み中かと思いまして」


 3歩下がろうと思っただけで、決して逃げようとしたわけではない。

 本当だ。

 誰も信じてくれないだろうけど。


「取り込んでるわよ! とんでもなくお取り込み中よ! でも、あなたは当事者なんですけど!」

「……ごもっとも」

「ごもっともじゃないわよ! ふざけてんの?」

「すいません……」

「謝んないで。気分悪いわ」

「ま、まあ、奥様」

「ねえ、イル。あなた、このひとがなにを言ったか聞いたかしら?」

「え、あ、はい」


 いちおう俺も言ったんだけど、みたいなオーラを空気も読まずにイルギィスは出そうとしたが、シーマに目だけで止められた。


「そう。聞いたのね。ならもうひとつ質問。いつから聞いてたのかしら?」

「5年ほど前に……」

「ハァ!? 5年!? 5年ですかそうですか。なんなの、なんでそうなるの? バカじゃないの」

「奥様のお怒りはごもっともで――」

「まずね、イル。あなたが私のこと奥様なんて呼ぶときはロクなことないじゃない」

「……いや、でもこういうときはちゃんとしとかないとと思って」

「いいわ。あなたたちに話を聞いた私がバカだったのよ。離婚します」

「いやいやいやいやいや! お待ち、お待ちを奥方」

「イル?」

「待って、待ってくれ。オーリだって悩んだ末のことなんだ」

「悩んだ? そんなことはわかってんのよ。私たちはパーティでしょ。事情もなにもかも理解してるつもり」

「それならオーリのプランは優秀だと思う」

「だまらっしゃい! それはそれ。これはこれ」

「いや、あの、シーマさん」と俺は口を挟む。

「あなたは黙ってたほうがいいわ。死にたくないのなら」


 口を挟んですぐ黙る。神帝オーリです。


「ねえ、イル。このひとなんて言ったかしら?」

「ええと……そのエーヴィルを……なんというか、その……」

「そうよ。言い澱むわよねえ。そう。そうなのよ。ふつう言えたもんじゃないと思うわ。このひと、ウチの長男をあなたの養子にするって言ったのよ」

「いや、女の子だったら妻でもよかっ――」

「死ね! 死んで詫びろこのロリコン野郎!」

「さっきからなに回復してんのよ!」

「だ、だって死んじゃうよシーマ」と俺はこっそり使っていた回復魔法を止めて、毅然とした態度で言った。

「死んじゃいなさいよ! バカ! なんなのよ! バカオーリ。オーリバカ。バカ!」

「……いや、その……すいません」


 その空気に反応してか、エーヴィルが泣き出し始めたので、シーマが部屋に戻る。

 俺とイルはいたたまれない空気に包まれる。


「やっぱりダメか」とイルは言った。

「いや、わかってくれていると思う」

「本当か?」

「……たぶん」


 しばらく俺とイルはじっと黙っていたが、エーヴィルが泣き止んでまた眠ったところで、シーマが部屋から出てきた。


「イル、ちょっとエーヴィルを見てて。()()()()()と思うけど、起きたら呼んでね、庭にいるから」


 と。

 その後の()()()()()内容については割愛する。

 割愛するが、もちろんその内容はなかったことにはならない。


「感想は?」とシーマは言った。

「痛いです」と俺は庭の芝生の様子を自主的に近距離で観察しながら言った。

「そう。よかった。世界最強でも痛みは感じてくれないとね。もう痛みでは反省しないみたいだから、今度はべつの手を考えないといけないかしら?」

「いや、反省してます」と俺は自主的に庭の土を味わいながら言った。

「してない」

「……はい」

「ねえ、オーリ。私ってそんなに難しいこと言ってるかしら?」

「……いいえ」

「そうよね、私もそう思う。常識的なことをしなさい。危ないことはしないで。それくらいしか言ってないわけよね、私。そしてあなたにも立場があるでしょうから、ときには常識的じゃないことも、危ないこともする必要はやっぱりあるかもしれない。そこは怒るけど理解はするつもり。だから、()()()()()大事なことは相談してね。これだけよね?」

「……はい」とここで俺は自主的にスネで芝生の様子を確かめる。

「なんで破るわけ?」

「それは男のさ――」

「シャータアアアアアアアップ! ロ、ン、リ、的に、説明なさい」


 もちろん俺は自主的に再度芝の状態を間近で観察した。


「……すいません」

「そうよね。なんで相談しなかったの?」

「……養子にしたほうが有利だってわかってるから。やっぱりそれは俺の立場のせいだし、有利だから養子にするっていうのはなんかズルい気がする」

「ええ、ズルいわね」

「だから、それは俺が責任取ろうって」

「私は、だから(・・・)、それを私にも負わせなさい、って言ってるわけ。わかるかしら? あなたが私のことが好きで好きでしょうがないことは理解しているけれど、私が責任を負わないっていうのは私にとってよくないことよね? あなたはよかれと思ってひとりで背負おうとしてるのかもしれないけど、エーヴィルは私たちふたりの子よね? そしたら責任は半分くれるべきじゃないかしら? ひとりで責任を背負うのはズルい。あなたはこの世界なら実際にほとんどの責任はひとりで背負えてしまうけれど、それでも責任を分け与えることだって必要じゃないかしら、神帝(・・)

「おっしゃるとおりです」

「だから、ふたりでズルいことをしましょう。いつかこの子が大きくなって、もしこのことについてモヤモヤしたら、ちゃんとふたりで恨まれましょう。そして、恨まれたら、それでもこの子のためになると思ったから悔いはないって、お酒でも飲むの」とシーマは言った。


 ドウ、素敵デショ?


 と。

 それが素敵かどうかは俺にはわからなくて、やっぱりシーマにはそういう目に会ってほしくはなかったけれど、それでも。それでも、そういう未来も悪くない気がした。

 もちろん俺は自主的に立ち上がって、異世界最大級の愛を叫んでみた。

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