1:俺、パパになります
神帝歴36年――オーリ元年
継の月
異世界に転生したらエルフと出会いました。ひと目見たときから恋に落ちました(ということにしておかねばなりません)。
ですが、このエルフもじつは転生者だったのです。
恋をしたエルフは異世界では敵になりました。
愛しているのに、恋しているのに、硝煙弾雨の大争いをしていました(ぶっちゃけ憎しみしかなかったとは口が裂けても言えません)。
そのエルフ。
いまではなんと俺の嫁なのです。
そしていままさに、俺と嫁との愛の結晶、すなわち初めての子供が誕生しようとしています。
なんとしあわせなことでしょう。
まあ、わけあって彼もしくは彼女は隠し子として育てられるんですが、必ずパパがしあわせにしてみせます。
女の子だったら、パパのお嫁さんに。
男の子だったら、パパがハーレムを、パパの成し遂げられなかった夢、ハーレムを叶えてあげるのです!
なにしろ、パパは異世界最強の魔術師なのです。
この世界でパパになにもないのです!
パパ自身のハーレムというママの不利益を除いては、なにひとつないのです!
「おい、不思議な顔になってるぞ」とイルギィスが言った。
「余計なお世話だ。元からこんな顔だ」と俺は言った。
「いや。そういう問題じゃない。おまえの顔の造形はいまここでは問題にしていない」
「いろいろあるんだよ」
ロッソアの魔術師イルギィスは俺が知る限りでは、異世界最強の魔術師だったはずだ。
俺やシーマのような転生者さえいなければ、イルギィスはいまでもこの世界で圧倒的ナンバーワンの魔術師だ。
思えばイルギィスと俺の出会いは最低だった。
因縁をつけられて俺がボッコボコにしてやったというなんだか田舎のヤンキーの武勇伝みたいな話だが、事実は事実だ。
ちょっとあれはおとな気なかったような気もするが、まあ、まだあの頃は俺も自分の強さに疑心暗鬼だったから、結果、イルギィスの幼少期のプライドは俺の自信のために犠牲になったのだと思えば、こいつの幼少期のプライドもきっとうかばれることだろう。
そこから考えれば、まさかいっしょに俺の子供の出産を待つだなんてことになるとは思いもよらなかった。
「まあ、わかるよ。長かったからな」とイルギィスはぜんぜんわかってない発言をした。
「ああ。まあ、ここからだけどな」と俺は同意しておいてあげた。
「そうだな、神帝オーリ」
「やめろ、むずがゆい」
「そういう方針だろ」
「おまえだって開闢魔術師なんてたいそうな名前で呼ばれたくないだろう?」
「いや、気持ちいい」
よくよく考えればこの性格も幼少期の俺との戦いでの敗北のせいだと思えなくもないし、今日はめでたい日だから多めに見るとしよう。
「しかし、子供ってのはいいな」とイルギィス。
「急にシリアスになるんじゃないよ。どういう反応していいかわからんだろ」
「悪いな」
そうだ。わけあって、イルギィスは子供が望めない。
イルギィスだけでなく、シューゼンやトゥーリといった他の仲間もじつは子供が望めない。
そしてそれはだいたい俺のせいだ。
「徐々に自分が衰えていくのが見えてるからな。次の世代っていうのは、単純な希望なんだよ」とイルギィスは言った。
魔術師は剣士と違ってその戦闘員としての寿命が長い、というのは思い込みであって、場合によっては魔術師のほうが戦闘員としての寿命は短い。
RPG的に魔法使いはジジイ一択みたいな風潮はこの異世界にはない。
理由は単純で、この世界においてはどうやらHPとMPは一元管理らしいからだ。
魔法も剣技も使えば疲れるし、あまりに使いすぎると過労死する。
ワンマンパーティにおけるエース兼リーダーの過労死はよくあることである。
ウチのパーティは実力的には俺とシーマの2トップだが、そもそも戦闘力的にはもっとも低いトゥーリでもそうそう負ける相手がいない状態なので、あまり考える必要もないことなのだが。
パーティでこれまでのもっとも大きな危機は10年くらい前に俺が死んだときだ。
これまで俺は4度こっちの世界で死んでいるが、シーマ以外に殺されたのはそれが初めてだった。
いや、シーマに4度も殺されていることのほうが問題だと思うかもしれないが、まあ、昔は俺とシーマも敵だったのでしょうがないと言えばしょうがない。
転生者同士のバトル。
シーマも転生者だが、この世界において転生者が転生者を殺しても、ペナルティがあるだけで死にはしない。
ダメな死に戻りをする。
それを利用して、じつはシーマが異世界最強だった時期がある。
とまあ、それはいま関係ない。
どうにも落ち着かない。
こういうときにどんと構えていられないところが、イマイチ俺が世界最強だと信じてもらいにくい理由なのだろうが、根がネガティヴなのでしょうがない。
根がネガティヴってすごいネガティヴっぽく聞こえない?
「5年前にチラっと言ったこと覚えてるか?」と俺は言った。
「忘れた」
「俺の子供をみんなで育ててくれたら嬉しい、って言ったんだよ」
「覚えてないが、それが本当だとしたら父親としての役目を放棄するつもりか」
「みんなで、だ。そして、それにふさわしい状況が揃ってる」
「生まれた子はどうなる」
「父親が4人いたらお得だろうが」
「どういう計算だ。そもそも隠し子でいいんじゃないのか」とイルギィスは言った。
「結局のところ、おまえの跡を継ぐわけだから、早いほうがいいというのは間違いないだろ」
「そりゃそうだが」
「設定童貞がなくなるのを心配してんのか?」
「バカを言うな。シーマに怒られたくないだけだ」
「同意だ」
「同意するな、おまえは無理だ。なにをしても怒られる」
「なんでだ! 俺、この30年間怒られっぱなしなんだぞ! たまには変われ!」
「断る。交渉になってない」
「パーティだろ! 仲間だろ!」
「家庭の事情をパーティに持ち込むな」
「それはそれ、これはこれだろ」
「論ずるに値しない」
「……なんてつれないやつだ」
部屋の中がなにやら騒がしくなる。
「……な、なあ、生まれたかな」と俺は言った。
「お、おう。そ、そうだろうな」
「おおおおおおおおおお、落ち着け。落ち着けよ! 落ち! つけよ! イルギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイス!」
「いや、おまえにだけは言われたくない」
泣き声がした。
「生まれたわ」と義母が部屋から出て来て言った。
シーマがエルフである以上、義母もエルフである。
義母エルフ。
なんと甘美な響きであろうか。
いや、そんなことを言っている場合ではないが、なんだろう。なんだっけ?
そう、あれ。
そういえば混乱魔法ってこっちで1回も味わったことがないが、たぶんきっとこんな感じのそれだ。
そうそう。
「なにしてるのよ。ほら、オーリ、早く行ってあげて」とその見た目はほとんどシーマと変わらない義母は言った。
俺は急いで部屋に入る。
そこにはシーマがいて、そして――。
銀河とはなにか。元世界の宇宙には数知れぬほどの銀河があり、その銀河には様々な生命体がいるのではないかと思われているというよりもむしろ、これほどまでに銀河は広いのに生命体が他にいないなどということがあろうかいやない、みたいな風潮らしいのだが、そもそも俺は宇宙について考えるとなんか生きてることが無意味に思えてくるし、わりと小学生のときとかはそのせいでわけわからなくなって夜泣き出したこともあるし、とかく銀河や宇宙やその他俺の、というよりも人類にとって手の届きそうにない範囲のことはあまり考えたくないというか、でも異世界にきて俺はよくよく考えたら6歳のときに火の神なんていうよくわからないものに出会ってるし、そのフレアムと言えばそういえば最近もう完全に裏切りモード発動しやがって、いやもちろんあいつにとっては裏切りでもなんでもなくていつものように、これも試練ゆえ、みたいな意味不明な空気出して来るに決まってるし、おまえそれ試練ゆえって理由にもなんにもなってねーよ、どうした勇猛と秩序の神、と俺が思うのはいつものことだし、それよりもむしろいつものことだと言うがそもそもフレアム出てきてから秩序ってちょっと小馬鹿にされるとき以外に言われたことねーんじゃねーかあいつってこととは、そもそもフレアムが秩序の神なんて名乗ること自体が間違ってるんじゃないか。
「なによ。オーリ、放心してないで、ちゃんと見なさいよ」とシーマが言った。
「ほ、放心してないから」
「ね、あなたの子よ」とシーマは笑った。
その笑顔には当たり前だが疲れが見えている。
俺はゆっくりと長男の顔を見た。
ゆっくりとというよりも、なかば恐る恐るというほうが正確なような――。
よく見えなかった。
泣き声だけがはっきりとしている。
「泣かなくてもいいでしょうが」
「泣いてません」
「またそういうよくわからない強がりを」
「そういう性格なんです」
「鼻水とかたらさないでよ」
「だいじょうぶ」
「もう、ほんとにダメなひとねえ」
俺は鼻水と涙を拭って、長男を見る。
小さい。
そう言えば元世界の母親が俺を産んだときに爪が生えているのに感動したなんてよくわからないことを言っていたが、いまならそれがわかるような気がした。
そう言えばこっちで俺が生まれたときの話を、こっちの母から聞いていなかった。
今度この子を見せに帰ったら、そのときの話でも聞いてみようと思った。
「ねえ、シーマ」
「なに?」
「ありがとう」
「どういたしまして」とシーマは疲れた顔で気持よく笑った。




