8:異世界転生がバレたときにはどうしたらいいですか?
ダニア歴209年――神帝歴7年
半の月
「ああ、シーマさん。魔法は使わないで、って言ったじゃないですか」とリームスが言った。
「すみません、あまりに不愉快だったものだから」とシーマは言った。
「で、あんただいじょうぶかい?」とババアが俺に尋ねた。
俺にとってそれは転生して初めて受けた魔法攻撃だった。
痛みは……あった。
アングル補正によるバーサーク状態(一部)の俺ですら痛みを感じた。
だが、致命的ではない。
むしろバーサーク状態(一部)がおそらくシーマやリームスにバレているであろうことのほうが致命的である。
「平気……ですかね」と俺はこっそりポジションを修正しながら言った。「いや、痛かったけど」
「シーマ。あんたも飛び抜けた魔力を持ってるんだ。相手がこれだからよかったけど、ふつうの6歳児に向けて撃ってたらコトだったよ」
イルギィスもたしか飛び抜けた魔力とか言ってなかったか?
あれか、毎年現れる10年に1度の逸材みたいなやつか?
「まったく。なんて年なんだろうね。常識的じゃない子供が3人もいるなんて、ロッソーナはしばらく相当荒れたことになるだろうよ」
「おばあちゃん、不吉なこと言わないで」
「不吉もなにも……まあ、いいさ。さて、少年。とっとと祝福受けて、とっとと帰れ」
じつにぞんざいな扱われ方だった。
「あんた、名前は?」とシーマは言った。
「オーリ」と俺は答えた。
いかなサービスショット満載のエルフとは言え、やはりいきなり謂れなき攻撃を受けては不快にもなる。
仲良くなれそうな気がまるでしなかった。
「そう。やっぱりあんたなのね。あたしはスナイケアのシーマ。あんた、大学に入ったって?」
「そうだけど」と俺は言った。
なんだ、俺ってそんなに有名人なのか? と俺は思った。
俺はスナイケア(たぶん地名)がどこにあるのかさえ知らないのに。
というか、こいつはババアの話では同い年のはずだが、いやに大人びている。
「魔力、伸ばしてるのね」とシーマ。
「伸ばす?」
「転生してからよ」
は? なんだこいつ。
なに言ってんだ。いや、むしろ、なにを言った?
「あたしは大学入らなかったけど、あんたは入ったのね」
「いや、待ってよ。なんなの、きみは?」
「あたしもあんたと同じよ」とシーマは言った。
つまり。
つまり?
「つまり?」
「いいわ。そのうちまた会うよ。そう風の神が言ってたから」
「いや、意味がわからないんだけど」と俺はすましこんで言ってみたが、誰だよ風の神! と思っていた。
「じゃあね。あと、今日見たぶんはいつか請求するから」
なんかいま地味に恐ろしいことばが聞こえた気がするんですけど。
歌舞伎町か。
歌舞伎町のボッタクリバーか。
まあ、俺、行ったことないんだけど。
っていうか、転生バレしてない?
え、どういうこと? なんでバレんの?
っていうか、その口ぶりだと、おまえも転生者じゃね?
と俺は高速で混乱――もとい、高速でロジックを積み上げていったが、当然なんの結論も出なかった。
「ほら、行くよ」とババアが森側のドアに向かった。
「いや、ちょっと……」
「その子が着替えられないだろうが。アホウ。助平はたいがいにしとくのが賢く生きるコツだよ」とババアは言った。
いや、それを言うなら着替えないとマズいようなところにいかに子供とはいえ、男を置いておくのはどうなんだという問題が残っている。
ほら、シーマがすごい顔で睨んでいる。
いや、そういうつもりはこれっぽっちもなかったんですけど、結果的にそうなってしまったことには、悲しみを覚えますなあ。
「話なら今度にしな。まだその子も2日祝福が残ってるからね。また会うこともあるだろう」
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森はまさに作られた感じがしていた。
「この森は魔法で?」
「ああ。木行神・レグラさまのご加護だよ。というよりも、滝だって水行神ヴィオさまのご加護だね。祝福の滝ってのはそうやってご加護のもとにできてるのさ」とババアは言った。
「難しい話ですか?」
「あんたも大学に入りゃ、そのへんは習うだろ。辺境の出だとそのへんは素養がないだろうからね」
さらりと地方出身者をディスるババアだったが、まあいちいち目くじらを立ててもしょうがないので黙っておいた。
ぼちぼちと聞いた話を総合すれば、これから行く5色の滝は世界各国に散らばる国の数以上にあるらしい。
中には部族ごとに滝を持っている国もあって、要するに魔法を使うやつの登竜門的なものらしかった。
「さて。ここがお待ちかねの場所だよ」とババアは歩みを止めた。
5色の滝から5つの滝つぼが作られていて、5色の霧が漂っていた。
水面もキレイに5色。
デートスポットくらいにはなってもおかしくないレベルだ。
水面があまりにキレイに着色されているので、絵の具かペンキみたいに見えもするが、見ているぶんにはじつに異世界っぽくて悪くない。
そんな若干のセンチメンタリズムを感じている俺に対して、
「飲め」とババアは情緒もなにもなく言った。「あと脱げ」
「飲むんですか?」と俺は脱衣しながら言った。
「浴びてもいい」
「浴びる……。どっちかですか?」
「ああ、両方でもいいぞ。身の清めは終わってるから、あとは取り込むだけだ」とババアは目を細めて、持っていたクルミをかちゃかちゃと鳴らした。「早くしろ。あとがつかえてる」
そういう質問じゃねえよ。
どっちもちょっとな、って話だろ。
「どれを?」
「赤だ。言っただろう? 今日、おまえは火の神・フレアムの祝福を受ける」
「……まあ、じゃあ、飲むことにします」
「そうか。珍しいな。たいてい浴びるんだがね。じゃあ、脱ぐ必要なかったかね。まあ、これを飲むのはちょっと抵抗があるから。あの様子なら、さっきのエルフも浴びたんだろうと――」
俺は勢い良く飛び込んだ。
……まあ、もちろん、エルフの芳しいニオイなどは微塵も感じず、カラーひよこの気分がわかった気がしただけだった。
そういう期待はまったくなかったけど。
唐突に飛び込みたくなっただけだけど。
気候もちょうどいいし。飛び込み日和ってやつだから。やましい気持ちは一切ないけど。
でもやっぱりこう、なんとなしのアレが。
いや、まさにいま俺は想像力という翼をはためかせるべきではないのか?
心頭滅却すれば火もまた涼し。
そう無から有を創りだしてこその転生魔術チートではないか。
目覚めろ、俺の力ああああああああああああああああ!
「どうした。飲むんじゃなかったのか」
「あ、いや、浴びたくなったので」
「そうか。なにか肌にひりつく感じがあるだろ?」
「まったくないですね」
「まったく?」
「まったく」
「……ちょっと掬って顔に塗りこんでみろ」
俺は言われたままにするが、やっぱりカラーひよこ以外の感想がなかった。
「どうだ、すこしは染みるか?」
「いや、まったく」
「潜ってみろ」
言われたままに潜って浮き上がる俺。
足がぎりぎりつくくらいなので、さして深くはない。
「どうだ?」
「赤いですね」
「なにか、ないのか?」
「だから、赤いです」
「悪いんだが、そのまま飲め」
「は?」
「いいからさっさと飲め」
俺はしぶしぶペンキ色した赤い水に口をつける。
これ、ほんとうに前はさっきのエルフ女の子だったんだろうな、まちがってもオッサンじゃないだろうな? っていうか、ここオッサンも使うことはないのか? 祝福、子供しか受けないのか? いやまあでも、さっきの感じだと濡れた髪がほとんど乾いてなかったし、たぶんいや、これでも飲むの? 赤いけど? 人体平気?
「早くしな」
「わかってますよ」
ええい、ままよ、とぐいと飲んだ。
がとくに味はしないし、ニオイもしない。
ただ赤いだけの水だ。
味はまるでない。ペ○エとかみたいに、味には付加価値をまったくつけてないタイプのそれだ。
ありがたいお水なのかもしれないが、馬鹿舌の俺には価値がわからない。
「舌がぴりっと……」
「しませんね」
「……まあ、だろうな。もういい。上がってこい。おまえはとりあえず今日は帰れないと思え」
今夜は帰さないをいただいた。
だが、残念ながらババアだ。
もしかしたらワンチャンじつはババアに化けていただけでした系の誰得可能性はかろうじて残っているが、望みは薄い。というかない。
「なんてことだろうねえ。昨日はあのエルフ。今日はあんた。まあもう引っ越しでも考えにゃならんかね」とババアは唐突に引っ越しを考え始めた。
まるで俺のせいみたいに言われることは非常に遺憾である。
俺はさっさと赤い滝つぼから上がると、紙みたいな服を着た。張り付いて気持ち悪いが、なるほどさっきの子はこういう感じだったのかと思うとなんとも言えず感慨深い。
いや、もうなんか俺は今日はなにを言ってもダメな気がする。
おっさんか。おっさんかなにかか。
「まあ、習いだからいちおう無駄だと思うが、説明しておく。いまおまえの体には赤の水が入り込んでいる。浴びれば肌から、飲めば口から水は入り込む。滝の水に接したものは、翌朝までに体のどこかになにがしかの反応が出る。ある者は手の甲に赤く結晶し、ある者は背中に紋として現れ、あるものは爪の色が変わり、ある者は瞳の色が変わる。どこにどう結晶するのかは神がどれだけ祝福を与えたかによるから、私らにはわからぬこと。だが、どんなカタチであれ体内で結晶すれば祝福を与えられたということだ。体外に排出されれば、いまのおまえには祝福を与えないと神が判断なされたということだ」
「ってことはさ、要するにカラフルなウ○コが出るとダメってこと?」と俺は言った。
まあ、バリウムのあとに出るとウワサの白いウ○コみたいなものだろうと俺は解釈した。
「まあ、そうだ。ただ、おまえが排出することはないだろうさ」と軽くババアは流した。
「どういうこと?」
「神の祝福は火の神、風の神、水の神、土の神の4柱から受けることができる。多いやつなら、体のどこかに4つの祝福の結晶があるってことさ。才能があるやつで、3つってところだがまあ、おまえは4つ付くだろうさ。才能がないなんてことはありえないくらいの魔力だからね。結晶するから排出されない」
「なるほど」
ただし、どうしてそれで俺が今日お泊りすることになるのか、が疑問である。
「ただし、今日のあんたに関してはそういう問題じゃないんだ」とババアは言った。「異物を取り込んでるんだ。なんらかの反応はあってしかるべきなのさ。結晶するしないに関わらず、絶対に反応はある。もしなんの反応もないって場合には可能性はたったひとつしかない」
「ひとつ」
「ああ、本当になんにも感じなかったのなら、あんたは火の神の祝福をあまりに多く受けることができる状態なわけだ。それを寵愛者と言う」
「寵愛者」
「そいつは世界でただひとりだけ、最大究極魔法が使える。あたしもこの目で最大究極魔法を見たことがないから、どれだけ強力なものか、寵愛を受けたらすぐに使えるようになるのかはわからないけどね」
なんだかカッコいい単語が踊りまくっていた。
もちろん、俺のテンションは上がった。
「寵愛者を扱うのはあたしの長い人生の中でもふたりめだ」
さらに俺のテンションが上がる。
「まったくなにも反応がないことと、その夜に神が現れること。これが寵愛者の特徴だ」
「前の寵愛者はいつだったの?」
「昨日さっきのシーマってエルフに風の神が寵愛を与えた」
昨日かよ!
長かった人生で2例が、2日連続かよ!
と俺はババアの滝守人生へのツッコミもそこそこに、そもそもあいつも転生者っぽいし、ひょっとしてチートって俺ひとりじゃなくて何人かいるんだろうかという戦略的知的な考察を重ねていく。
完全シリアスモードへ突入である。
エルフの女の子が寵愛を受けるなんていやらしい響きだなんて微塵も思っていなかった。
「ほんとにあんたは……。6歳にしちゃマセすぎじゃないかね。ちょっと想像力が豊かすぎるし、顔に出やすすぎる」とババアは俺の懸想に対して苦言を呈した。
まあ、これは俺が悪いが、衝動というのはときにとめどないものである。
「安心しろ、あれはまだ処女だと思うがね」
「いや、そんな心配してないんで。生々しいんでやめてもらっていいですか?」
「ああ、すまんね。歳をとるとデリカシーがなくなってね。しかしあんた、助平なクセに実感がともなうと逃げ腰だね。耳年増そうだがね」とババアはにんまりと笑った。